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エルクハルト王国の王宮、その最も重々しい空気が支配する会議室で、私エドワードは、父である国王そして宰相と共に一枚の羊皮紙を前に言葉を失っていた。
それは、隣国アークライトから届いた公式な外交文書だった。
「……以上が、事件の概要でございます」
宰相が、乾いた声で読み上げ終わる。
その内容は衝撃的というほかなかった。アークライトの有力貴族であるバルテルミ辺境伯が、我が国からの賓客であるアルカ・フォン・クラインを利用しゼノン騎士団長を失脚させようと画策。あろうことか、彼女を誘拐しようとまでしたがゼノン騎士団長の迅速な対応により未遂に終わりアルカは無事に保護されたと。そして、バルテルミは全ての罪を認め爵位を剥奪の上永久に幽閉されることになった、と。
「……誘拐、未遂……」
私の唇から、かすれた声が漏れた。
アルカが、そんな命の危険にさえ晒されるような、恐ろしい目に遭っていたというのか。私が何も知らずにリリアとの関係に悩んでいたまさにその時に。
そして、彼女を救ったのは私ではなくゼノンという別の男だった。
私が守るべきだったはずの女性が、私の手の届かない場所で他の男に守られた。その事実は鋭い刃となって私のプライドを心臓を、容赦なく突き刺した。
文書にはこうも書かれていた。『ゼノン騎士団長とアルカ嬢の、互いを深く信頼し合う勇敢な行動によりこの度の事件は最悪の事態を免れました』
(互いを深く信頼し合う……だと……?)
その一文が、私の胸の中でどす黒い嫉妬の炎となって燃え上がった。
「エドワード!」
沈黙を破ったのは、父である国王の怒りに満ちた声だった。
「これが、どういうことかお前にわかるか!」
父は、激しい動きで立ち上がるとテーブルを強く叩いた。
「お前が『嫉妬深く、傲慢な悪女』だと断じて何の慰謝料も払わずに捨てたあの令嬢が、今や隣国との関係をも左右する最重要人物となっているのだぞ!」
「……っ!」
「彼女がもし、あの"氷刃のゼノン"と結ばれ、アークライトの騎士団長妃にでもなってみろ! 我が国にとって、どれほどの損失となるか! そして、元婚約者であるお前にとって、どれほどの恥となるか、わかっているのか!」
父の言葉は、正論だった。正論だからこそ私には返す言葉が何一つなかった。
恋愛ごっこだと思っていた自分の愚かな行いが、もはやそれだけでは済まされない深刻な外交問題国益の問題にまで発展してしまっていたのだ。
父からの厳しい叱責を受け、私はまるで罪人のように憔悴しきって自室へと戻った。
部屋の前では、リリアが泣きそうな顔で私を待っていた。
「殿下……! いかがなさいましたの? 会議室から、国王陛下の大きな声が聞こえて……わたくし、心配で……」
彼女の、純粋な心からの気遣い。以前の私ならその優しさに癒されていたはずだった。
だが、今の私にはその無垢な優しささえもが耐えがたい苦痛だった。
「……君には、関係ないことだ」
「そんな……! わたくしは、殿下の婚約者ですのよ!」
「黙れ!」
私は、自分でも信じられないほど冷たく激しい声で彼女を怒鳴りつけていた。
「君のせいではない……。だが今は頼むから一人にしてくれ……!」
私の、今までにない激しい拒絶にリリアの美しい瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。彼女は深く傷ついたように小さく嗚咽を漏らすと何も言わずに部屋を駆け出して行った。
ばたん、と閉ざされた扉の向こうで彼女の悲しい泣き声が遠ざかっていく。
(……俺は、一体何をしているんだ……)
一人になった部屋で、私は力なく壁に手をついた。
アルカを失い、リリアを傷つけ父に失望され隣国からは侮られている。全て全てが数週間前のあの卒業パーティーでの私の浅はかな判断が招いた結果だった。
「真実の愛」だなどと、浮かれていた自分を殴りつけてやりたい。
机の上には、リリアが私のためにと描いた可愛らしい花の絵が置かれていた。そしてその下には、処理しなければならない公務の書類が山のように埋もれている。
私は、虚ろな目でそれらをただ見つめた。
隣国で、今アルカはどうしているだろう。ゼノンという男に守られ安堵の笑みを浮かべているのだろうか。
その想像が、私の心を嫉妬と後悔でずたずたに引き裂いていく。
「……アルカ」
絞り出した声は、誰に聞かれることもなく虚しく部屋に響いた。
「俺は……俺が、間違っていた……」
そのあまりにも遅すぎた後悔の言葉は、窓の外で降り始めた冷たい雨の音にかき消されていった。
それは、隣国アークライトから届いた公式な外交文書だった。
「……以上が、事件の概要でございます」
宰相が、乾いた声で読み上げ終わる。
その内容は衝撃的というほかなかった。アークライトの有力貴族であるバルテルミ辺境伯が、我が国からの賓客であるアルカ・フォン・クラインを利用しゼノン騎士団長を失脚させようと画策。あろうことか、彼女を誘拐しようとまでしたがゼノン騎士団長の迅速な対応により未遂に終わりアルカは無事に保護されたと。そして、バルテルミは全ての罪を認め爵位を剥奪の上永久に幽閉されることになった、と。
「……誘拐、未遂……」
私の唇から、かすれた声が漏れた。
アルカが、そんな命の危険にさえ晒されるような、恐ろしい目に遭っていたというのか。私が何も知らずにリリアとの関係に悩んでいたまさにその時に。
そして、彼女を救ったのは私ではなくゼノンという別の男だった。
私が守るべきだったはずの女性が、私の手の届かない場所で他の男に守られた。その事実は鋭い刃となって私のプライドを心臓を、容赦なく突き刺した。
文書にはこうも書かれていた。『ゼノン騎士団長とアルカ嬢の、互いを深く信頼し合う勇敢な行動によりこの度の事件は最悪の事態を免れました』
(互いを深く信頼し合う……だと……?)
その一文が、私の胸の中でどす黒い嫉妬の炎となって燃え上がった。
「エドワード!」
沈黙を破ったのは、父である国王の怒りに満ちた声だった。
「これが、どういうことかお前にわかるか!」
父は、激しい動きで立ち上がるとテーブルを強く叩いた。
「お前が『嫉妬深く、傲慢な悪女』だと断じて何の慰謝料も払わずに捨てたあの令嬢が、今や隣国との関係をも左右する最重要人物となっているのだぞ!」
「……っ!」
「彼女がもし、あの"氷刃のゼノン"と結ばれ、アークライトの騎士団長妃にでもなってみろ! 我が国にとって、どれほどの損失となるか! そして、元婚約者であるお前にとって、どれほどの恥となるか、わかっているのか!」
父の言葉は、正論だった。正論だからこそ私には返す言葉が何一つなかった。
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父からの厳しい叱責を受け、私はまるで罪人のように憔悴しきって自室へと戻った。
部屋の前では、リリアが泣きそうな顔で私を待っていた。
「殿下……! いかがなさいましたの? 会議室から、国王陛下の大きな声が聞こえて……わたくし、心配で……」
彼女の、純粋な心からの気遣い。以前の私ならその優しさに癒されていたはずだった。
だが、今の私にはその無垢な優しささえもが耐えがたい苦痛だった。
「……君には、関係ないことだ」
「そんな……! わたくしは、殿下の婚約者ですのよ!」
「黙れ!」
私は、自分でも信じられないほど冷たく激しい声で彼女を怒鳴りつけていた。
「君のせいではない……。だが今は頼むから一人にしてくれ……!」
私の、今までにない激しい拒絶にリリアの美しい瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。彼女は深く傷ついたように小さく嗚咽を漏らすと何も言わずに部屋を駆け出して行った。
ばたん、と閉ざされた扉の向こうで彼女の悲しい泣き声が遠ざかっていく。
(……俺は、一体何をしているんだ……)
一人になった部屋で、私は力なく壁に手をついた。
アルカを失い、リリアを傷つけ父に失望され隣国からは侮られている。全て全てが数週間前のあの卒業パーティーでの私の浅はかな判断が招いた結果だった。
「真実の愛」だなどと、浮かれていた自分を殴りつけてやりたい。
机の上には、リリアが私のためにと描いた可愛らしい花の絵が置かれていた。そしてその下には、処理しなければならない公務の書類が山のように埋もれている。
私は、虚ろな目でそれらをただ見つめた。
隣国で、今アルカはどうしているだろう。ゼノンという男に守られ安堵の笑みを浮かべているのだろうか。
その想像が、私の心を嫉妬と後悔でずたずたに引き裂いていく。
「……アルカ」
絞り出した声は、誰に聞かれることもなく虚しく部屋に響いた。
「俺は……俺が、間違っていた……」
そのあまりにも遅すぎた後悔の言葉は、窓の外で降り始めた冷たい雨の音にかき消されていった。
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