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煌びやかなシャンデリアが輝く、王立アカデミーの卒業パーティー会場。
アリスティード王太子は、胸を張り、眩いばかりの金髪をかき上げた。
その隣には、守ってあげたくなるような儚げな表情を浮かべた男爵令嬢、シャロンが寄り添っている。
「……よし、準備は整ったな」
アリスティードは、会場の隅に配置した衛兵たちに目配せを送った。
彼らは「氷の令嬢」と恐れられるレーンが暴れた際に備えた、精鋭中の精鋭だ。
「殿下、本当にやるのですか? レーン様は、その、少し怖いですが……」
シャロンが上目遣いで不安そうに囁く。
「案ずるな、シャロン。彼女の冷酷な振る舞いは目に余る。
公爵家の権力を盾に、君をいじめていた罪は看過できない。
今日、この場で全ての決着をつける」
アリスティードは意を決し、会場の中央へと進み出た。
音楽が止まり、列席した貴族たちの視線が一斉に彼へと集まる。
「静粛に! 我が婚約者、レーン・ド・ヴァレリー嬢! 前へ出なさい!」
朗々とした声がホールに響き渡った。
……。
沈黙。
「……レーン・ド・ヴァレリー! どこだ、出てきなさい!」
再び叫ぶが、返ってくるのは困惑した貴族たちのざわめきだけだった。
「殿下、レーン様のお姿が見当たりませんが……」
側近の一人が困り顔で歩み寄る。
「何だと? さっきまでそこにいただろう!
衛兵! 彼女を連れてこい! どこかの隅で怯えているに違いない!」
衛兵たちが一斉に会場内を捜索し始める。
しかし、五分経っても、十分経っても、レーンは見つからない。
「報告します! 会場内に、レーン様の姿はありません!」
「バカな! 逃げ出さないように包囲網を敷いていたはずだぞ!」
アリスティードの額に脂汗が浮かぶ。
シナリオでは、ここでレーンが悔しそうに膝をつき、自分とシャロンの愛を認めて去っていくはずだった。
「殿下、あちらを!」
シャロンが指差したのは、会場の入り口付近に立つ一人の給仕だった。
その手には、銀盆に乗せられた一通の封筒がある。
アリスティードはひったくるようにそれを受け取り、封を切った。
中には、レーンの美しい筆跡でたった一行、こう書かれていた。
『婚約破棄、承りました。手続きの簡略化のため、本日より失踪いたします。
なお、引き継ぎ資料は自室に置いてありますので、速やかにご確認ください。
業務の滞りは、国の損失に直結いたします。では、お達者で』
「失踪……いたします……?」
アリスティードは呆然と呟いた。
「あの……殿下? 『婚約破棄を承りました』って、まだ殿下は何もおっしゃってないのに……」
シャロンの言葉が、アリスティードの胸に突き刺さる。
「先読みされたというのか……?
この私が、あいつを断罪しようとする瞬間を……!」
「殿下! それどころではありません!」
そこへ、血相を変えた王宮の文官たちが駆け込んできた。
「なんだ、騒々しい! 今はそれどころではない!」
「それどころなのです! レーン様の公爵邸の私室に、膨大な書類が残されていました!
中身を確認したところ……我々が半年かかっても終わらなかった徴税システムの改善案と、
来年度の予算編成の最終稿、そして……!」
文官は震える手で、もう一枚のメモを差し出した。
「これです! これを見てください!」
アリスティードがそれを受け取ると、そこには見慣れた文字でこうあった。
『追伸:王太子殿下へ。
あなたが毎日遊んでいたせいで溜まっていた未決裁書類三千件、代筆して処理しておきました。
ただし、最終的な承認印だけはご自身で押してください。
それが王としての最低限の仕事です。……二度手間ですね、効率が悪くて吐き気がします』
会場が、静まり返った。
アリスティードの顔が、みるみるうちに青白くなっていく。
「代筆……三千件……?」
「殿下! これが処理されないと、明日から王宮の物流が止まります!
すぐに、すぐに公爵邸へ向かって承認印を押していただかないと!」
「だが、今からパーティーが……」
「パーティーなどやっている場合ではありません!
国が、国が止まるのです!」
文官たちの悲鳴に近い訴えに、アリスティードはよろめいた。
隣にいたシャロンは、その山のような書類のリストをチラリと見て、目を輝かせた。
「すごい……さすがレーン様。
これだけの内容を、一人で、あの短期間で……」
「シャロン? 君まで何を言っているんだ!」
「あ、いえ! 何でもありません殿下!
それより早く行きましょう! 承認印を三千回押すのは、かなり重労働ですよ!」
アリスティードは、自分が用意していた「完璧な断罪劇」が、
レーンの「完璧すぎる事務処理能力」によって粉々に打ち砕かれたことを悟った。
「くそっ……! レーン、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むんだ!」
アリスティードは叫びながら、豪華な会場を後にした。
これから朝まで、三千枚の書類に判子を押し続けるという地獄が待っているとも知らずに。
一方、その頃。
王都から遠く離れた街道を、一台の質素な馬車が軽快に走っていた。
「あぁ、空気が美味しいわ。
無駄な虚飾も、無駄な権力争いも、無駄な恋愛ごっこもない世界。
……最高ね」
御者台に座るアンが、心配そうに振り返る。
「お嬢様、本当にいいんですか? 今頃、王宮は大パニックですよ」
「いいのよ。私は十分に働いたわ。
これからは、自分の時間を、自分のために、一分一秒たりとも無駄にせず使うの」
レーンはトランクから一冊の本を取り出した。
それは『効率的な農地の開墾法:実践編』。
彼女の新しい人生は、まだ始まったばかりだった。
アリスティード王太子は、胸を張り、眩いばかりの金髪をかき上げた。
その隣には、守ってあげたくなるような儚げな表情を浮かべた男爵令嬢、シャロンが寄り添っている。
「……よし、準備は整ったな」
アリスティードは、会場の隅に配置した衛兵たちに目配せを送った。
彼らは「氷の令嬢」と恐れられるレーンが暴れた際に備えた、精鋭中の精鋭だ。
「殿下、本当にやるのですか? レーン様は、その、少し怖いですが……」
シャロンが上目遣いで不安そうに囁く。
「案ずるな、シャロン。彼女の冷酷な振る舞いは目に余る。
公爵家の権力を盾に、君をいじめていた罪は看過できない。
今日、この場で全ての決着をつける」
アリスティードは意を決し、会場の中央へと進み出た。
音楽が止まり、列席した貴族たちの視線が一斉に彼へと集まる。
「静粛に! 我が婚約者、レーン・ド・ヴァレリー嬢! 前へ出なさい!」
朗々とした声がホールに響き渡った。
……。
沈黙。
「……レーン・ド・ヴァレリー! どこだ、出てきなさい!」
再び叫ぶが、返ってくるのは困惑した貴族たちのざわめきだけだった。
「殿下、レーン様のお姿が見当たりませんが……」
側近の一人が困り顔で歩み寄る。
「何だと? さっきまでそこにいただろう!
衛兵! 彼女を連れてこい! どこかの隅で怯えているに違いない!」
衛兵たちが一斉に会場内を捜索し始める。
しかし、五分経っても、十分経っても、レーンは見つからない。
「報告します! 会場内に、レーン様の姿はありません!」
「バカな! 逃げ出さないように包囲網を敷いていたはずだぞ!」
アリスティードの額に脂汗が浮かぶ。
シナリオでは、ここでレーンが悔しそうに膝をつき、自分とシャロンの愛を認めて去っていくはずだった。
「殿下、あちらを!」
シャロンが指差したのは、会場の入り口付近に立つ一人の給仕だった。
その手には、銀盆に乗せられた一通の封筒がある。
アリスティードはひったくるようにそれを受け取り、封を切った。
中には、レーンの美しい筆跡でたった一行、こう書かれていた。
『婚約破棄、承りました。手続きの簡略化のため、本日より失踪いたします。
なお、引き継ぎ資料は自室に置いてありますので、速やかにご確認ください。
業務の滞りは、国の損失に直結いたします。では、お達者で』
「失踪……いたします……?」
アリスティードは呆然と呟いた。
「あの……殿下? 『婚約破棄を承りました』って、まだ殿下は何もおっしゃってないのに……」
シャロンの言葉が、アリスティードの胸に突き刺さる。
「先読みされたというのか……?
この私が、あいつを断罪しようとする瞬間を……!」
「殿下! それどころではありません!」
そこへ、血相を変えた王宮の文官たちが駆け込んできた。
「なんだ、騒々しい! 今はそれどころではない!」
「それどころなのです! レーン様の公爵邸の私室に、膨大な書類が残されていました!
中身を確認したところ……我々が半年かかっても終わらなかった徴税システムの改善案と、
来年度の予算編成の最終稿、そして……!」
文官は震える手で、もう一枚のメモを差し出した。
「これです! これを見てください!」
アリスティードがそれを受け取ると、そこには見慣れた文字でこうあった。
『追伸:王太子殿下へ。
あなたが毎日遊んでいたせいで溜まっていた未決裁書類三千件、代筆して処理しておきました。
ただし、最終的な承認印だけはご自身で押してください。
それが王としての最低限の仕事です。……二度手間ですね、効率が悪くて吐き気がします』
会場が、静まり返った。
アリスティードの顔が、みるみるうちに青白くなっていく。
「代筆……三千件……?」
「殿下! これが処理されないと、明日から王宮の物流が止まります!
すぐに、すぐに公爵邸へ向かって承認印を押していただかないと!」
「だが、今からパーティーが……」
「パーティーなどやっている場合ではありません!
国が、国が止まるのです!」
文官たちの悲鳴に近い訴えに、アリスティードはよろめいた。
隣にいたシャロンは、その山のような書類のリストをチラリと見て、目を輝かせた。
「すごい……さすがレーン様。
これだけの内容を、一人で、あの短期間で……」
「シャロン? 君まで何を言っているんだ!」
「あ、いえ! 何でもありません殿下!
それより早く行きましょう! 承認印を三千回押すのは、かなり重労働ですよ!」
アリスティードは、自分が用意していた「完璧な断罪劇」が、
レーンの「完璧すぎる事務処理能力」によって粉々に打ち砕かれたことを悟った。
「くそっ……! レーン、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むんだ!」
アリスティードは叫びながら、豪華な会場を後にした。
これから朝まで、三千枚の書類に判子を押し続けるという地獄が待っているとも知らずに。
一方、その頃。
王都から遠く離れた街道を、一台の質素な馬車が軽快に走っていた。
「あぁ、空気が美味しいわ。
無駄な虚飾も、無駄な権力争いも、無駄な恋愛ごっこもない世界。
……最高ね」
御者台に座るアンが、心配そうに振り返る。
「お嬢様、本当にいいんですか? 今頃、王宮は大パニックですよ」
「いいのよ。私は十分に働いたわ。
これからは、自分の時間を、自分のために、一分一秒たりとも無駄にせず使うの」
レーンはトランクから一冊の本を取り出した。
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