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「……よし。ここを『最終防衛拠点』とするわ」
レーンは、深く険しい森の奥、日当たりの良い斜面を指差して力強く宣言した。
「……お嬢様。村の皆さんにあれだけ引き留められたのに、なぜわざわざこんな熊も出そうな僻地に?」
背後で、大量の荷物を背負ったアンが、今にも膝をつきそうな足取りで尋ねる。
「アン、村は非効率の塊よ。
確かに私の指導で生産性は上がったけれど、人間関係という名の『感情的コスト』が多すぎるわ。
朝起きてから寝るまで、感謝の言葉や世間話に応対するだけで、一日平均四十五分もの時間が浪費されている。
一年に換算すれば約二百七十三時間。
その時間があれば、新しい魔導具の一つや二つは開発できるわ」
「感謝されるのを『コスト』呼ばわりするのは、お嬢様くらいなものですよ」
「だから、この森よ。
ここなら邪魔者はいないし、燃料となる木材は無限、水源も計算通り三十二メートル先にある。
さあ、アン。日が暮れる前にログハウスを完成させるわよ。
設計図は、今朝の移動中の十五分で書き上げたわ」
レーンが取り出したのは、ミリ単位で書き込まれた緻密な建築図面だった。
「完成させるって……今からですか!? 大工さんもいないのに!」
「大工を雇うための交渉時間と、彼らの作業のムラを管理するストレスを考えれば、自分でやるのが最も合理的よ。
私の計算した手順に従えば、素人のあなたでも熟練職人の三倍の速さで動けるわ」
「無茶を言わないでください!」
しかし、レーンの「効率の暴走」は止まらない。
彼女はドレスの袖をまくり上げ、腰に下げた手斧を抜くと、迷いのない足取りで巨木に向き合った。
「まず、この樹齢五十年程度の杉。
重心の位置、繊維の方向、風向きを計算すると……ここをこの角度で叩けば、狙った方向に三秒で倒れるわ」
コン、コン、と二回。
レーンが斧を振るうと、まるで魔法でも使ったかのように、巨木が正確な位置に倒れ伏した。
「……お嬢様。今の、力任せじゃないですよね?」
「ただの物理法則の応用よ。力を使うのは無駄だもの。
さあアン、あなたはそこの枝を十五センチ間隔で切り落として。
角度は四十五度。一動作に一・五秒以上かけないこと。はい、スタート!」
「ひえぇぇ! 鬼軍曹がいるー!」
それから数時間。
森の中には、規則正しい打撃音と、レーンの冷徹な指示、そしてアンの悲鳴だけが響き渡った。
レーンの動きには、一切の迷いがない。
木材を削り、溝を掘り、組み上げる。
その全てが最短距離の動線で結ばれ、まるで早送り映像を見ているかのようだった。
「……ふぅ。一階部分の骨組みは完了ね」
「……はぁ、はぁ……お嬢様……もう、指一本動きません……。
でも、本当に家が……形になってる……」
アンが地面に這いつくばりながら見上げた先には、完璧な比率で組み上げられたログハウスの土台があった。
「驚くことじゃないわ。
適切な設計と、徹底した時間管理があれば、当然の結果よ。
次は屋根の防水処理ね。
付近で採取した樹脂と蜜蝋を三対一の割合で配合すれば、既存の建材より十二パーセント高い耐久性が得られるわ」
レーンは休む間もなく、即席の竃で樹脂を煮込み始める。
「お嬢様、少しは休憩という概念を持ってください……。
お茶を飲むとか、空を眺めるとか……」
「休憩?
アン、心拍数を一定に保ちながら作業すれば、筋肉の疲労は最小限に抑えられるわ。
私にとって、この『創造的作業』そのものが最高の休息よ。
無駄な会議で、殿下の的外れな発言を聞かされている時間に比べれば、天国だわ」
レーンは鍋をかき混ぜながら、ふと、遠く王都の方角を眺めた。
「今頃、あちらでは誰かが私の悪口を言うことに貴重なカロリーを消費しているのでしょうね。
……あぁ、本当に効率が悪いわ」
その頃、森の入り口付近。
「……隊長、見てください。あの切り株の切断面を」
捜索隊の一人、騎士のカイルが震える声で指摘した。
「なんだ、これは。
刃を入れた跡が……一度しかない。
この巨木を一撃で、しかも完璧な計算のもとに倒したというのか?」
アリスティード王太子が、馬から降りてその切り株を覗き込む。
「……レーンだ。間違いなくあいつの仕業だ。
あいつは昔からそうだった。
私が庭の木に登って降りられなくなった時も、助ける前に『その枝の強度なら、あと五分は耐えられます。焦るだけ酸素の無駄です』と真顔で言ってきた女だ」
「殿下、あちらに煙が……!
何かが燃えている……いえ、煮込まれているような臭いがします!」
シャロンが指差す先、森の奥深くから、規則正しく白い煙が立ち上っていた。
「行くぞ。
あいつを連れ戻す。
……いや、あいつの『完璧な城』に、我々が立ち入る許可を貰いに行くんだ!」
アリスティードは、かつてない緊張感とともに、森の深部へと足を踏み入れた。
彼らが目にしたのは、伝説の聖女の隠れ家でも、恐ろしい魔女の館でもなかった。
そこにあったのは、
「あまりにも合理的すぎて、森の生態系すら効率化され始めている」
異様なほどに整然とした、レーン・ド・ヴァレリーの「完璧な生活圏」だった。
レーンは、深く険しい森の奥、日当たりの良い斜面を指差して力強く宣言した。
「……お嬢様。村の皆さんにあれだけ引き留められたのに、なぜわざわざこんな熊も出そうな僻地に?」
背後で、大量の荷物を背負ったアンが、今にも膝をつきそうな足取りで尋ねる。
「アン、村は非効率の塊よ。
確かに私の指導で生産性は上がったけれど、人間関係という名の『感情的コスト』が多すぎるわ。
朝起きてから寝るまで、感謝の言葉や世間話に応対するだけで、一日平均四十五分もの時間が浪費されている。
一年に換算すれば約二百七十三時間。
その時間があれば、新しい魔導具の一つや二つは開発できるわ」
「感謝されるのを『コスト』呼ばわりするのは、お嬢様くらいなものですよ」
「だから、この森よ。
ここなら邪魔者はいないし、燃料となる木材は無限、水源も計算通り三十二メートル先にある。
さあ、アン。日が暮れる前にログハウスを完成させるわよ。
設計図は、今朝の移動中の十五分で書き上げたわ」
レーンが取り出したのは、ミリ単位で書き込まれた緻密な建築図面だった。
「完成させるって……今からですか!? 大工さんもいないのに!」
「大工を雇うための交渉時間と、彼らの作業のムラを管理するストレスを考えれば、自分でやるのが最も合理的よ。
私の計算した手順に従えば、素人のあなたでも熟練職人の三倍の速さで動けるわ」
「無茶を言わないでください!」
しかし、レーンの「効率の暴走」は止まらない。
彼女はドレスの袖をまくり上げ、腰に下げた手斧を抜くと、迷いのない足取りで巨木に向き合った。
「まず、この樹齢五十年程度の杉。
重心の位置、繊維の方向、風向きを計算すると……ここをこの角度で叩けば、狙った方向に三秒で倒れるわ」
コン、コン、と二回。
レーンが斧を振るうと、まるで魔法でも使ったかのように、巨木が正確な位置に倒れ伏した。
「……お嬢様。今の、力任せじゃないですよね?」
「ただの物理法則の応用よ。力を使うのは無駄だもの。
さあアン、あなたはそこの枝を十五センチ間隔で切り落として。
角度は四十五度。一動作に一・五秒以上かけないこと。はい、スタート!」
「ひえぇぇ! 鬼軍曹がいるー!」
それから数時間。
森の中には、規則正しい打撃音と、レーンの冷徹な指示、そしてアンの悲鳴だけが響き渡った。
レーンの動きには、一切の迷いがない。
木材を削り、溝を掘り、組み上げる。
その全てが最短距離の動線で結ばれ、まるで早送り映像を見ているかのようだった。
「……ふぅ。一階部分の骨組みは完了ね」
「……はぁ、はぁ……お嬢様……もう、指一本動きません……。
でも、本当に家が……形になってる……」
アンが地面に這いつくばりながら見上げた先には、完璧な比率で組み上げられたログハウスの土台があった。
「驚くことじゃないわ。
適切な設計と、徹底した時間管理があれば、当然の結果よ。
次は屋根の防水処理ね。
付近で採取した樹脂と蜜蝋を三対一の割合で配合すれば、既存の建材より十二パーセント高い耐久性が得られるわ」
レーンは休む間もなく、即席の竃で樹脂を煮込み始める。
「お嬢様、少しは休憩という概念を持ってください……。
お茶を飲むとか、空を眺めるとか……」
「休憩?
アン、心拍数を一定に保ちながら作業すれば、筋肉の疲労は最小限に抑えられるわ。
私にとって、この『創造的作業』そのものが最高の休息よ。
無駄な会議で、殿下の的外れな発言を聞かされている時間に比べれば、天国だわ」
レーンは鍋をかき混ぜながら、ふと、遠く王都の方角を眺めた。
「今頃、あちらでは誰かが私の悪口を言うことに貴重なカロリーを消費しているのでしょうね。
……あぁ、本当に効率が悪いわ」
その頃、森の入り口付近。
「……隊長、見てください。あの切り株の切断面を」
捜索隊の一人、騎士のカイルが震える声で指摘した。
「なんだ、これは。
刃を入れた跡が……一度しかない。
この巨木を一撃で、しかも完璧な計算のもとに倒したというのか?」
アリスティード王太子が、馬から降りてその切り株を覗き込む。
「……レーンだ。間違いなくあいつの仕業だ。
あいつは昔からそうだった。
私が庭の木に登って降りられなくなった時も、助ける前に『その枝の強度なら、あと五分は耐えられます。焦るだけ酸素の無駄です』と真顔で言ってきた女だ」
「殿下、あちらに煙が……!
何かが燃えている……いえ、煮込まれているような臭いがします!」
シャロンが指差す先、森の奥深くから、規則正しく白い煙が立ち上っていた。
「行くぞ。
あいつを連れ戻す。
……いや、あいつの『完璧な城』に、我々が立ち入る許可を貰いに行くんだ!」
アリスティードは、かつてない緊張感とともに、森の深部へと足を踏み入れた。
彼らが目にしたのは、伝説の聖女の隠れ家でも、恐ろしい魔女の館でもなかった。
そこにあったのは、
「あまりにも合理的すぎて、森の生態系すら効率化され始めている」
異様なほどに整然とした、レーン・ド・ヴァレリーの「完璧な生活圏」だった。
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