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「……完璧だわ。この吸気効率、計算通りね」
レーンは新築のログハウスの中に立ち、暖炉の燃え盛る火を満足げに眺めていた。
「お嬢様、もう夕食ですよ。……というか、一日で家を建てるなんて、やっぱり人間業じゃありません」
アンが疲れ果てた体を引きずりながら、獲れたての山菜をテーブルに置く。
「アン、何を言うの。
木材の運搬に重力加速度を利用し、接合部の加工に摩擦熱を応用しただけよ。
それより、この山菜。
私の計算によると、あと三十二秒ほど加熱すれば細胞壁が適度に破壊され、栄養素の吸収率が最大化されるわ」
「食べる時まで秒単位で指示されると、味が分からなくなりそうです……」
「味覚は脳の電気信号に過ぎないわ。
それよりも『効率的に栄養を摂取した』という事実の方が、精神的な満足度は高いはずよ」
レーンは優雅に椅子に座り、簡素なスープを口に運んだ。
「あぁ……静かだわ。
王宮にいれば、今頃は殿下の『レーン、この書類はどうすればいいんだ?』という、脳を介さない質問を三回は受けているはずだもの」
「殿下、そんなにひどかったんですか?」
「ひどいどころではないわ。
彼の思考回路は迷路のようなもので、入り口と出口が繋がっていないの。
私が最短ルートを提示しても、彼はわざわざ行き止まりにぶつかりに行く。
あれを教育するのに費やした私のエネルギーを石炭に換算すれば、王都の冬を三回は越せるわね」
レーンは窓の外に広がる、月明かりに照らされた森を眺めた。
「ここでは、誰にも私の計算を邪魔されない。
風の音も、川のせせらぎも、全てが物理法則に従って動いている。
予測不可能な愚か者がいない生活。これこそが、私が求めていた『自由』よ」
「……あのお。お嬢様、その『予測不可能な愚か者』が、すぐそこにいるみたいなんですけど」
アンが指差した先、ログハウスの入り口に、数人の影が立っていた。
「レーン! やっと見つけたぞ、レーン・ド・ヴァレリー!」
扉を乱暴に開けて飛び込んできたのは、息を切らし、泥だらけになったアリスティード王太子だった。
レーンはスープを飲む手を止めず、時計をチラリと見た。
「……王都からの距離と、騎士の平均移動速度を計算すれば、到着は明日の朝のはず。
殿下、予定より三時間早いですね。
無断で私の私有地に立ち入るためのエネルギーを、どこから捻出したのかしら?」
「そんなことはどうでもいい!
お前、こんな森の奥に、一日でこんな立派な家を建てたのか!?」
アリスティードは周囲を見渡し、呆然と声を上げた。
その後ろでは、騎士のカイルやシャロンも口を開けて固まっている。
「設計図に沿って動けば、家を建てるなどパズルを解くより簡単です。
それより殿下、足元を見てください」
「あ? 足元……?」
「あなたが今踏んでいるその床材は、先ほどワックスをかけたばかりです。
あなたの泥だらけの靴で踏むことで、私の清掃コストが十五分追加されました。
その十五分を、あなたはどのように補償するつもり?」
「……えっ、謝ればいいのか?」
「謝罪は空気の振動に過ぎません。経済的な価値はないわ。
立ち話は疲れます。用件を三分以内でまとめなさい。
三分を過ぎれば、あなたの滞在による酸素消費量が、私の許容範囲を超えます」
アリスティードは、あまりにいつも通りの、いや、いつも以上に鋭利なレーンの態度に、思わず背筋を伸ばした。
「……分かった。単刀直入に言う。
レーン、王宮に戻ってきてくれ!
君がいないと、国が……いや、私の生活が完全に崩壊しているんだ!」
「却下します」
「秒速で断るな!」
「今の発言に含まれる情報はゼロです。
生活が崩壊しているのは、あなたの自己管理能力が欠如しているからであって、私の責任ではありません。
私が戻ることによる私のメリットは?
またあなたの的外れな小言を聞き、無駄な公務を肩代わりし、生産性のないパーティーに出席する。
……これ以上の損失があるかしら?」
レーンは静かに立ち上がり、窓を開けて夜風を入れた。
「私は今、人生で初めて『自由』を満喫しているの。
この森の生態系を効率化し、近隣の村の経済を立て直す方が、あなたに判子の押し方を教えるより一万倍有意義だわ」
「レーン様……!」
後ろからシャロンが飛び出してきた。
「私、感動しましたわ!
この家の構造、光の入り方、そして何よりレーン様のその……『無駄を殺す目』!
私、殿下の愛人なんてやめます! レーン様の弟子にしてください!」
「ちょっと待て、シャロン!? 君は何を言っているんだ!」
アリスティードの叫びも虚しく、シャロンはレーンの足元に跪いた。
「レーン様! 効率的なお茶の淹れ方、効率的な眉毛の整え方、全てを私に叩き込んでください!」
レーンはシャロンを一瞥し、顎に手を当てた。
「……あなたの学習能力が、平均的なリスを上回っているなら、検討の余地はあるわね。
ただし、私の指導は一分一秒たりとも無駄を許さないわよ?」
「喜んで! 地獄までついていきます!」
「待て! 私の話を聞け!
レーン、婚約破棄は取り消しだ! だから帰ろう!」
アリスティードが必死に手を伸ばすが、レーンはその手を華麗にスルーして、薪を暖炉にくべた。
「殿下、もう一度言います。
私を動かしたいなら、感情ではなく、論理的な利益を提示しなさい。
今のあなたは、ただの『騒がしいエネルギー消費体』に過ぎないわ」
こうして、感動の再会になるはずだった森の夜は、
レーンによる「王太子の無能さの定量的分析」という名の説教大会へと変貌していった。
レーンは新築のログハウスの中に立ち、暖炉の燃え盛る火を満足げに眺めていた。
「お嬢様、もう夕食ですよ。……というか、一日で家を建てるなんて、やっぱり人間業じゃありません」
アンが疲れ果てた体を引きずりながら、獲れたての山菜をテーブルに置く。
「アン、何を言うの。
木材の運搬に重力加速度を利用し、接合部の加工に摩擦熱を応用しただけよ。
それより、この山菜。
私の計算によると、あと三十二秒ほど加熱すれば細胞壁が適度に破壊され、栄養素の吸収率が最大化されるわ」
「食べる時まで秒単位で指示されると、味が分からなくなりそうです……」
「味覚は脳の電気信号に過ぎないわ。
それよりも『効率的に栄養を摂取した』という事実の方が、精神的な満足度は高いはずよ」
レーンは優雅に椅子に座り、簡素なスープを口に運んだ。
「あぁ……静かだわ。
王宮にいれば、今頃は殿下の『レーン、この書類はどうすればいいんだ?』という、脳を介さない質問を三回は受けているはずだもの」
「殿下、そんなにひどかったんですか?」
「ひどいどころではないわ。
彼の思考回路は迷路のようなもので、入り口と出口が繋がっていないの。
私が最短ルートを提示しても、彼はわざわざ行き止まりにぶつかりに行く。
あれを教育するのに費やした私のエネルギーを石炭に換算すれば、王都の冬を三回は越せるわね」
レーンは窓の外に広がる、月明かりに照らされた森を眺めた。
「ここでは、誰にも私の計算を邪魔されない。
風の音も、川のせせらぎも、全てが物理法則に従って動いている。
予測不可能な愚か者がいない生活。これこそが、私が求めていた『自由』よ」
「……あのお。お嬢様、その『予測不可能な愚か者』が、すぐそこにいるみたいなんですけど」
アンが指差した先、ログハウスの入り口に、数人の影が立っていた。
「レーン! やっと見つけたぞ、レーン・ド・ヴァレリー!」
扉を乱暴に開けて飛び込んできたのは、息を切らし、泥だらけになったアリスティード王太子だった。
レーンはスープを飲む手を止めず、時計をチラリと見た。
「……王都からの距離と、騎士の平均移動速度を計算すれば、到着は明日の朝のはず。
殿下、予定より三時間早いですね。
無断で私の私有地に立ち入るためのエネルギーを、どこから捻出したのかしら?」
「そんなことはどうでもいい!
お前、こんな森の奥に、一日でこんな立派な家を建てたのか!?」
アリスティードは周囲を見渡し、呆然と声を上げた。
その後ろでは、騎士のカイルやシャロンも口を開けて固まっている。
「設計図に沿って動けば、家を建てるなどパズルを解くより簡単です。
それより殿下、足元を見てください」
「あ? 足元……?」
「あなたが今踏んでいるその床材は、先ほどワックスをかけたばかりです。
あなたの泥だらけの靴で踏むことで、私の清掃コストが十五分追加されました。
その十五分を、あなたはどのように補償するつもり?」
「……えっ、謝ればいいのか?」
「謝罪は空気の振動に過ぎません。経済的な価値はないわ。
立ち話は疲れます。用件を三分以内でまとめなさい。
三分を過ぎれば、あなたの滞在による酸素消費量が、私の許容範囲を超えます」
アリスティードは、あまりにいつも通りの、いや、いつも以上に鋭利なレーンの態度に、思わず背筋を伸ばした。
「……分かった。単刀直入に言う。
レーン、王宮に戻ってきてくれ!
君がいないと、国が……いや、私の生活が完全に崩壊しているんだ!」
「却下します」
「秒速で断るな!」
「今の発言に含まれる情報はゼロです。
生活が崩壊しているのは、あなたの自己管理能力が欠如しているからであって、私の責任ではありません。
私が戻ることによる私のメリットは?
またあなたの的外れな小言を聞き、無駄な公務を肩代わりし、生産性のないパーティーに出席する。
……これ以上の損失があるかしら?」
レーンは静かに立ち上がり、窓を開けて夜風を入れた。
「私は今、人生で初めて『自由』を満喫しているの。
この森の生態系を効率化し、近隣の村の経済を立て直す方が、あなたに判子の押し方を教えるより一万倍有意義だわ」
「レーン様……!」
後ろからシャロンが飛び出してきた。
「私、感動しましたわ!
この家の構造、光の入り方、そして何よりレーン様のその……『無駄を殺す目』!
私、殿下の愛人なんてやめます! レーン様の弟子にしてください!」
「ちょっと待て、シャロン!? 君は何を言っているんだ!」
アリスティードの叫びも虚しく、シャロンはレーンの足元に跪いた。
「レーン様! 効率的なお茶の淹れ方、効率的な眉毛の整え方、全てを私に叩き込んでください!」
レーンはシャロンを一瞥し、顎に手を当てた。
「……あなたの学習能力が、平均的なリスを上回っているなら、検討の余地はあるわね。
ただし、私の指導は一分一秒たりとも無駄を許さないわよ?」
「喜んで! 地獄までついていきます!」
「待て! 私の話を聞け!
レーン、婚約破棄は取り消しだ! だから帰ろう!」
アリスティードが必死に手を伸ばすが、レーンはその手を華麗にスルーして、薪を暖炉にくべた。
「殿下、もう一度言います。
私を動かしたいなら、感情ではなく、論理的な利益を提示しなさい。
今のあなたは、ただの『騒がしいエネルギー消費体』に過ぎないわ」
こうして、感動の再会になるはずだった森の夜は、
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