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「……え、国境? リコ、今、国境と言ったのか?」
王宮の地図が広げられた執務室。レオン王子は、リコが指し示した北部の赤い境界線を二度見、三度見した。
「ええ。隣国のジュリアン殿下がすごすごと帰った後、あちらの国が『物流の権利』を巡って、我が国との国境付近に軍を集結させ始めましたの」
リコは、指示棒で地図上の「アルト砦」をトントンと叩いた。
「ひ、ひぃっ……! 戦争ですわ! マリエッタ、軍服なんて持っておりませんし、そもそも血を見るのは美容に悪いですわ!」
マリエッタが頬を押さえて震える。
「安心なさい、マリエッタさん。戦争なんて、予算の無駄遣い以外の何物でもありませんわ。ですから、あなたたちには『書類』と『言葉』だけで、この軍隊を追い返してきてもらいます」
「……書類と、言葉だけでか?」
レオンが、ごくりと喉を鳴らした。
「そうですわ。あちらの国は、我が国が輸出した塩の『純度』が規定以下だと言い張り、賠償金として領土の一部を要求しています。……典型的な言いがかりですわね」
リコは、セバスが持ってきた分厚いトランクを机に置いた。
「この中に、過去十年間の塩の輸出記録、隣国の土壌データ、そしてジュリアン殿下が密かに王都で豪遊した際の『領収書の写し』が入っています」
「じ、ジュリアン様の領収書……? そんなもの、何に使うんですの?」
マリエッタが首を傾げる。
「交渉の基本は、相手の『財布の弱み』を握ることですわ。……レオン様。あなたは現地の指揮官と対等に渡り合い、この不当な要求を跳ね除けなさい。マリエッタ、あなたは輸出記録の不整合を指摘し、あちらの役人の計算ミスを『論理的』に粉砕するのです」
リコは、二人の前に立ち、これまでになく真剣な眼差しを向けた。
「これが最終課題です。……もし失敗して領土を奪われたら、その瞬間にあなたたちの『愛』もろとも、私がこの国から追放して差し上げますわ。……いいですわね?」
「……あ、ああ。わかったよ、リコ。……マリエッタ、行こう。私たちの『勉強』が、ただの遊びではなかったことを証明する時だ」
「はい、レオン様! マリエッタ、あちらの役人さんたちに、本当の『数字の地獄』を見せて差し上げますわ!」
数日後。寒風吹き荒れる北部のアルト砦。
そこには、威圧的な態度で並ぶ隣国の使節団と、それに向かい合うレオン、マリエッタの姿があった。
「……フン。王太子のレオン殿下自らお越しとは。だが、塩の品質不良は明白だ。この土地を譲り受けるまで、我が軍は一歩も引かんぞ」
筋骨隆々の隣国将軍が、机を叩いて吠える。
レオンは、震える膝を「リコに怒られる恐怖」で無理やり押さえつけ、冷徹な微笑を浮かべた。
「……将軍。塩の純度の話をされる前に。……あちらに見えるジュリアン殿下の別動隊、ずいぶんと新しい馬を揃えていらっしゃるようですね?」
「それがどうした!」
「その馬の購入資金……。三ヶ月前に我が国から『救済金』として送った資金の使途と、驚くほど一致しているのですが。……これは我が国に対する、明白な横領の疑いがありますね?」
レオンは、リコから授かった領収書の写しを、スッと突き出した。
「な……なな、何だと!?」
「さらに、マリエッタ。例の件を」
「はい、レオン様。……将軍。そちらの提示された『不合格通知』にある計算式……。基礎定数が五年前の古いデータになっていますわ。現在の貿易協定に基づき計算し直すと、むしろ我が国が『過払い』の状態になります。……差額の金貨五百枚、今すぐ利子付きで返してくださる?」
マリエッタが、算盤を弾くよりも速い速度で、脳内の「パズル」を組み立てて告げた。
「金貨、五百枚だと……!? バカな、そんなはずが……!」
「計算式、ここに書いて差し上げましょうか? それとも、これを国際法廷に提出して、あなたたちの国が『計算もできない無能な侵略者』であることを世界中に宣伝しましょうか?」
マリエッタの瞳が、リコそっくりの冷徹な光を放つ。
砦の会議室に、沈黙が流れた。
かつての「おバカコンビ」をナメてかかっていた隣国の使節団は、今、自分たちが「知性の猛獣」に囲まれていることに気づき、戦慄したのである。
王宮の地図が広げられた執務室。レオン王子は、リコが指し示した北部の赤い境界線を二度見、三度見した。
「ええ。隣国のジュリアン殿下がすごすごと帰った後、あちらの国が『物流の権利』を巡って、我が国との国境付近に軍を集結させ始めましたの」
リコは、指示棒で地図上の「アルト砦」をトントンと叩いた。
「ひ、ひぃっ……! 戦争ですわ! マリエッタ、軍服なんて持っておりませんし、そもそも血を見るのは美容に悪いですわ!」
マリエッタが頬を押さえて震える。
「安心なさい、マリエッタさん。戦争なんて、予算の無駄遣い以外の何物でもありませんわ。ですから、あなたたちには『書類』と『言葉』だけで、この軍隊を追い返してきてもらいます」
「……書類と、言葉だけでか?」
レオンが、ごくりと喉を鳴らした。
「そうですわ。あちらの国は、我が国が輸出した塩の『純度』が規定以下だと言い張り、賠償金として領土の一部を要求しています。……典型的な言いがかりですわね」
リコは、セバスが持ってきた分厚いトランクを机に置いた。
「この中に、過去十年間の塩の輸出記録、隣国の土壌データ、そしてジュリアン殿下が密かに王都で豪遊した際の『領収書の写し』が入っています」
「じ、ジュリアン様の領収書……? そんなもの、何に使うんですの?」
マリエッタが首を傾げる。
「交渉の基本は、相手の『財布の弱み』を握ることですわ。……レオン様。あなたは現地の指揮官と対等に渡り合い、この不当な要求を跳ね除けなさい。マリエッタ、あなたは輸出記録の不整合を指摘し、あちらの役人の計算ミスを『論理的』に粉砕するのです」
リコは、二人の前に立ち、これまでになく真剣な眼差しを向けた。
「これが最終課題です。……もし失敗して領土を奪われたら、その瞬間にあなたたちの『愛』もろとも、私がこの国から追放して差し上げますわ。……いいですわね?」
「……あ、ああ。わかったよ、リコ。……マリエッタ、行こう。私たちの『勉強』が、ただの遊びではなかったことを証明する時だ」
「はい、レオン様! マリエッタ、あちらの役人さんたちに、本当の『数字の地獄』を見せて差し上げますわ!」
数日後。寒風吹き荒れる北部のアルト砦。
そこには、威圧的な態度で並ぶ隣国の使節団と、それに向かい合うレオン、マリエッタの姿があった。
「……フン。王太子のレオン殿下自らお越しとは。だが、塩の品質不良は明白だ。この土地を譲り受けるまで、我が軍は一歩も引かんぞ」
筋骨隆々の隣国将軍が、机を叩いて吠える。
レオンは、震える膝を「リコに怒られる恐怖」で無理やり押さえつけ、冷徹な微笑を浮かべた。
「……将軍。塩の純度の話をされる前に。……あちらに見えるジュリアン殿下の別動隊、ずいぶんと新しい馬を揃えていらっしゃるようですね?」
「それがどうした!」
「その馬の購入資金……。三ヶ月前に我が国から『救済金』として送った資金の使途と、驚くほど一致しているのですが。……これは我が国に対する、明白な横領の疑いがありますね?」
レオンは、リコから授かった領収書の写しを、スッと突き出した。
「な……なな、何だと!?」
「さらに、マリエッタ。例の件を」
「はい、レオン様。……将軍。そちらの提示された『不合格通知』にある計算式……。基礎定数が五年前の古いデータになっていますわ。現在の貿易協定に基づき計算し直すと、むしろ我が国が『過払い』の状態になります。……差額の金貨五百枚、今すぐ利子付きで返してくださる?」
マリエッタが、算盤を弾くよりも速い速度で、脳内の「パズル」を組み立てて告げた。
「金貨、五百枚だと……!? バカな、そんなはずが……!」
「計算式、ここに書いて差し上げましょうか? それとも、これを国際法廷に提出して、あなたたちの国が『計算もできない無能な侵略者』であることを世界中に宣伝しましょうか?」
マリエッタの瞳が、リコそっくりの冷徹な光を放つ。
砦の会議室に、沈黙が流れた。
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