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あれから、三年が過ぎた。
ドラグーン公国は今や、大陸一の経済大国……いえ、実質的な「影の支配国」として君臨している。
かつては魔王の城と恐れられた場所は、今では世界中の商人が集まる経済の中心地となり、その頂点に立つ私たち夫婦は「最凶のカリスマ」として崇められていた。
「……ルミナス様。本日のスケジュールです」
執務室に入ってきたのは、パリッとしたスーツを着こなした青年。
アラン・元王子である。
「午前中は南方諸国との通商条約調印式、午後は『世界トイレサミット』での基調講演となっております」
「ご苦労様、アラン。……サミットの準備は万全?」
「もちろんです。我が清掃部隊が開発した『汚れを弾く結界魔法付き便器』、世界中が度肝を抜くはずです」
アランは自信満々に胸を張った。
彼は今や、単なる清掃リーダーではない。
「衛生大臣」兼「公衆衛生ギルド・グランドマスター」。
借金を完済した後も、「ここが僕の居場所だ」と言って城に残り、その異常なまでの潔癖さとリーダーシップで、公国の衛生環境を世界レベルに引き上げたのだ。
「頼もしい限りですわ。……行ってよし」
「ハッ! 失礼します!」
アランが敬礼して退出していく。
その背中は、かつての頼りない王子とは別人のように大きかった。
(まあ、未だにミナ様には頭が上がらないようですが)
そのミナも、今や「王室御用達パティシエ」として名を馳せている。
彼女の作る新作スイーツを求めて、他国の王族が行列を作るほどだ。
アランとミナ。
二人はまだ「友達以上恋人未満」のような距離感だが、週末には二人で仲良く新作パンの試食会をしているらしい。
お似合いの「小市民カップル」だ。
そして、もう一人。
『ルミナス師匠へ! 今、世界樹のてっぺんにいまーす! 空気が美味しいです!』
机の上には、シャーロット嬢からの手紙。
同封された写真には、雲を突き抜けるような巨木の上で、泥だらけになってピースサインをする彼女の姿があった。
「……皆様、それぞれの『欲望』に忠実に生きていますわね」
私は満足げに手紙を置いた。
「ルミナス」
背後から、低い声がかかる。
振り返ると、キースが立っていた。
三年の月日は、彼をより一層渋く、そして色気のある「魔王」へと熟成させていた。
「どうした? ニヤニヤして」
「ふふ、昔のことを思い出していましたの。……あの頃は、まさか自分がこんなに『優雅』に暮らしているなんて、想像もつきませんでしたわ」
「優雅、か」
キースが苦笑し、私の机の上の山積みになった書類(世界征服計画書)を指差した。
「毎日、世界中の利権を巡って戦争(商戦)をしている女のセリフとは思えんな」
「あら、これこそが優雅ですわ。……自分の才覚一つで、世界を意のままに動かす。これ以上の贅沢がありますこと?」
私は椅子から立ち上がり、キースの元へ歩み寄った。
「それに、私には最高の『共犯者』がいますもの」
「……違いない」
キースが私の腰を抱き寄せ、その額にキスをした。
「俺も退屈とは無縁だ。……お前のおかげで、この世界は遊び場に変わった」
「次はどうします? 東方の大陸に、まだ未開拓の魔石鉱脈があるそうですわよ?」
「いいな。買い占めるか」
「北方の海路も押さえたいですわね。海賊ごと買収して、海上都市を建設しましょうか」
「ククッ……強欲なことだ」
私たちは窓辺に立ち、眼下に広がる領都を見下ろした。
活気に満ちた街並み。
煙突から上がる煙。
そして、私たちの支配の下で、平和に、豊かに暮らす人々。
「ねえ、キース様」
「ん?」
「私、今が一番幸せですわ」
「……奇遇だな。俺もだ」
キースが私の手を握る。
その薬指には、三年前に交わした「契約の証」が輝いている。
「愛しているぞ、ルミナス。……死ぬまで、いや、死んでも離さん」
「ええ、知っていますわ。……私も愛しています、私の魔王様」
私たちは、太陽が昇る地平線に向かって、不敵な笑みを浮かべた。
物語はここで終わる。
だが、私たちの野望は終わらない。
悪役令嬢ルミナスと、魔王公爵キース。
最強にして最凶の夫婦は、これからも世界を面白おかしく、そして強欲に支配し続けるだろう。
「さあ、参りましょうか!」
「ああ、次はどこの市場を独占する?」
「決まっていますわ! 全部、ですわよ!」
「オホホホホホホッ!!」
私の高笑いが、どこまでも澄み渡る青空に響き渡った。
ドラグーン公国は今や、大陸一の経済大国……いえ、実質的な「影の支配国」として君臨している。
かつては魔王の城と恐れられた場所は、今では世界中の商人が集まる経済の中心地となり、その頂点に立つ私たち夫婦は「最凶のカリスマ」として崇められていた。
「……ルミナス様。本日のスケジュールです」
執務室に入ってきたのは、パリッとしたスーツを着こなした青年。
アラン・元王子である。
「午前中は南方諸国との通商条約調印式、午後は『世界トイレサミット』での基調講演となっております」
「ご苦労様、アラン。……サミットの準備は万全?」
「もちろんです。我が清掃部隊が開発した『汚れを弾く結界魔法付き便器』、世界中が度肝を抜くはずです」
アランは自信満々に胸を張った。
彼は今や、単なる清掃リーダーではない。
「衛生大臣」兼「公衆衛生ギルド・グランドマスター」。
借金を完済した後も、「ここが僕の居場所だ」と言って城に残り、その異常なまでの潔癖さとリーダーシップで、公国の衛生環境を世界レベルに引き上げたのだ。
「頼もしい限りですわ。……行ってよし」
「ハッ! 失礼します!」
アランが敬礼して退出していく。
その背中は、かつての頼りない王子とは別人のように大きかった。
(まあ、未だにミナ様には頭が上がらないようですが)
そのミナも、今や「王室御用達パティシエ」として名を馳せている。
彼女の作る新作スイーツを求めて、他国の王族が行列を作るほどだ。
アランとミナ。
二人はまだ「友達以上恋人未満」のような距離感だが、週末には二人で仲良く新作パンの試食会をしているらしい。
お似合いの「小市民カップル」だ。
そして、もう一人。
『ルミナス師匠へ! 今、世界樹のてっぺんにいまーす! 空気が美味しいです!』
机の上には、シャーロット嬢からの手紙。
同封された写真には、雲を突き抜けるような巨木の上で、泥だらけになってピースサインをする彼女の姿があった。
「……皆様、それぞれの『欲望』に忠実に生きていますわね」
私は満足げに手紙を置いた。
「ルミナス」
背後から、低い声がかかる。
振り返ると、キースが立っていた。
三年の月日は、彼をより一層渋く、そして色気のある「魔王」へと熟成させていた。
「どうした? ニヤニヤして」
「ふふ、昔のことを思い出していましたの。……あの頃は、まさか自分がこんなに『優雅』に暮らしているなんて、想像もつきませんでしたわ」
「優雅、か」
キースが苦笑し、私の机の上の山積みになった書類(世界征服計画書)を指差した。
「毎日、世界中の利権を巡って戦争(商戦)をしている女のセリフとは思えんな」
「あら、これこそが優雅ですわ。……自分の才覚一つで、世界を意のままに動かす。これ以上の贅沢がありますこと?」
私は椅子から立ち上がり、キースの元へ歩み寄った。
「それに、私には最高の『共犯者』がいますもの」
「……違いない」
キースが私の腰を抱き寄せ、その額にキスをした。
「俺も退屈とは無縁だ。……お前のおかげで、この世界は遊び場に変わった」
「次はどうします? 東方の大陸に、まだ未開拓の魔石鉱脈があるそうですわよ?」
「いいな。買い占めるか」
「北方の海路も押さえたいですわね。海賊ごと買収して、海上都市を建設しましょうか」
「ククッ……強欲なことだ」
私たちは窓辺に立ち、眼下に広がる領都を見下ろした。
活気に満ちた街並み。
煙突から上がる煙。
そして、私たちの支配の下で、平和に、豊かに暮らす人々。
「ねえ、キース様」
「ん?」
「私、今が一番幸せですわ」
「……奇遇だな。俺もだ」
キースが私の手を握る。
その薬指には、三年前に交わした「契約の証」が輝いている。
「愛しているぞ、ルミナス。……死ぬまで、いや、死んでも離さん」
「ええ、知っていますわ。……私も愛しています、私の魔王様」
私たちは、太陽が昇る地平線に向かって、不敵な笑みを浮かべた。
物語はここで終わる。
だが、私たちの野望は終わらない。
悪役令嬢ルミナスと、魔王公爵キース。
最強にして最凶の夫婦は、これからも世界を面白おかしく、そして強欲に支配し続けるだろう。
「さあ、参りましょうか!」
「ああ、次はどこの市場を独占する?」
「決まっていますわ! 全部、ですわよ!」
「オホホホホホホッ!!」
私の高笑いが、どこまでも澄み渡る青空に響き渡った。
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