婚約破棄を待っていた!異議なし高笑いさせていただきますわ!

夏乃みのり

文字の大きさ
28 / 28

28

しおりを挟む
あれから、三年が過ぎた。

ドラグーン公国は今や、大陸一の経済大国……いえ、実質的な「影の支配国」として君臨している。

かつては魔王の城と恐れられた場所は、今では世界中の商人が集まる経済の中心地となり、その頂点に立つ私たち夫婦は「最凶のカリスマ」として崇められていた。

「……ルミナス様。本日のスケジュールです」

執務室に入ってきたのは、パリッとしたスーツを着こなした青年。

アラン・元王子である。

「午前中は南方諸国との通商条約調印式、午後は『世界トイレサミット』での基調講演となっております」

「ご苦労様、アラン。……サミットの準備は万全?」

「もちろんです。我が清掃部隊が開発した『汚れを弾く結界魔法付き便器』、世界中が度肝を抜くはずです」

アランは自信満々に胸を張った。

彼は今や、単なる清掃リーダーではない。

「衛生大臣」兼「公衆衛生ギルド・グランドマスター」。

借金を完済した後も、「ここが僕の居場所だ」と言って城に残り、その異常なまでの潔癖さとリーダーシップで、公国の衛生環境を世界レベルに引き上げたのだ。

「頼もしい限りですわ。……行ってよし」

「ハッ! 失礼します!」

アランが敬礼して退出していく。

その背中は、かつての頼りない王子とは別人のように大きかった。

(まあ、未だにミナ様には頭が上がらないようですが)

そのミナも、今や「王室御用達パティシエ」として名を馳せている。

彼女の作る新作スイーツを求めて、他国の王族が行列を作るほどだ。

アランとミナ。

二人はまだ「友達以上恋人未満」のような距離感だが、週末には二人で仲良く新作パンの試食会をしているらしい。

お似合いの「小市民カップル」だ。

そして、もう一人。

『ルミナス師匠へ! 今、世界樹のてっぺんにいまーす! 空気が美味しいです!』

机の上には、シャーロット嬢からの手紙。

同封された写真には、雲を突き抜けるような巨木の上で、泥だらけになってピースサインをする彼女の姿があった。

「……皆様、それぞれの『欲望』に忠実に生きていますわね」

私は満足げに手紙を置いた。

「ルミナス」

背後から、低い声がかかる。

振り返ると、キースが立っていた。

三年の月日は、彼をより一層渋く、そして色気のある「魔王」へと熟成させていた。

「どうした? ニヤニヤして」

「ふふ、昔のことを思い出していましたの。……あの頃は、まさか自分がこんなに『優雅』に暮らしているなんて、想像もつきませんでしたわ」

「優雅、か」

キースが苦笑し、私の机の上の山積みになった書類(世界征服計画書)を指差した。

「毎日、世界中の利権を巡って戦争(商戦)をしている女のセリフとは思えんな」

「あら、これこそが優雅ですわ。……自分の才覚一つで、世界を意のままに動かす。これ以上の贅沢がありますこと?」

私は椅子から立ち上がり、キースの元へ歩み寄った。

「それに、私には最高の『共犯者』がいますもの」

「……違いない」

キースが私の腰を抱き寄せ、その額にキスをした。

「俺も退屈とは無縁だ。……お前のおかげで、この世界は遊び場に変わった」

「次はどうします? 東方の大陸に、まだ未開拓の魔石鉱脈があるそうですわよ?」

「いいな。買い占めるか」

「北方の海路も押さえたいですわね。海賊ごと買収して、海上都市を建設しましょうか」

「ククッ……強欲なことだ」

私たちは窓辺に立ち、眼下に広がる領都を見下ろした。

活気に満ちた街並み。

煙突から上がる煙。

そして、私たちの支配の下で、平和に、豊かに暮らす人々。

「ねえ、キース様」

「ん?」

「私、今が一番幸せですわ」

「……奇遇だな。俺もだ」

キースが私の手を握る。

その薬指には、三年前に交わした「契約の証」が輝いている。

「愛しているぞ、ルミナス。……死ぬまで、いや、死んでも離さん」

「ええ、知っていますわ。……私も愛しています、私の魔王様」

私たちは、太陽が昇る地平線に向かって、不敵な笑みを浮かべた。

物語はここで終わる。

だが、私たちの野望は終わらない。

悪役令嬢ルミナスと、魔王公爵キース。

最強にして最凶の夫婦は、これからも世界を面白おかしく、そして強欲に支配し続けるだろう。

「さあ、参りましょうか!」

「ああ、次はどこの市場を独占する?」

「決まっていますわ! 全部、ですわよ!」

「オホホホホホホッ!!」

私の高笑いが、どこまでも澄み渡る青空に響き渡った。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※短編です。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4800文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...