婚約破棄を待っていた!異議なし高笑いさせていただきますわ!

夏乃みのり

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ドラグーン公国の大聖堂。

その巨大な扉の前には、大陸中から集まった王侯貴族たちが、緊張した面持ちで整列していた。

「おい、聞いたか? 今日の引き出物は『呪いの魔石』らしいぞ」

「違う、式中に誰かが生贄に捧げられるという噂だ……」

招待客たちが震えている。

無理もない。

会場内は、深紅の薔薇と黒いタペストリーで飾られ、パイプオルガンからは重低音の効いた、まるで「ラスボス戦」のようなBGMが流れているのだから。

「新郎新婦の入場です!」

司祭(ゴブリン族の長老)が叫ぶ。

重厚な扉が、ギギギ……と音を立てて開かれた。

瞬間。

ザァァァッ!!

黒い花吹雪が舞い散り、私たち二人が姿を現した。

「……見ろ、あれが花嫁か?」

「黒……! なんて不吉で、なんて美しいんだ……!」

どよめきが波のように広がる。

私は漆黒のドレスに身を包んでいた。

背中は大胆に開かれ、スカートの裾は十メートルにも及び、そこに金糸で描かれた「茨の紋様」が、動くたびに怪しく煌めく。

頭上には、ダイヤモンドで作られた角のようなティアラ。

清楚な花嫁?

冗談ではない。

私は「魔王の伴侶」として、この場に君臨しに来たのだ。

「行くぞ、ルミナス」

隣に立つキースが、私の手を取る。

彼もまた、漆黒の礼服に真紅のマントを羽織り、圧倒的な魔王オーラを放っている。

「ええ。参りましょう、あなた」

私たちはバージンロードを歩き出した。

コツ、コツ、コツ。

ヒールの音が響くたびに、列席者たちが自然と頭を下げる。

恐怖か、敬意か。

どちらでもいい。

私たちが世界の中心であるという事実さえ伝われば。

最前列には、目を輝かせるミナ(特製パティシエ服)と、感動で涙ぐむシャーロット嬢(木登りスタイルの礼服)。

最後列には、デッキブラシを直立不動で構えるアラン(清掃リーダー)の姿が見えた。

祭壇の前まで進み、私たちは向き合った。

「では、誓いの言葉を」

司祭が促す。

キースが私の瞳を見つめ、低い声で告げた。

「我、キース・ドラグーンは誓う。汝を生涯の共犯者とし、汝の強欲と悪辣さを愛し、共に世界を蹂躙することを」

普通の結婚式なら悲鳴が上がる内容だが、ここでは拍手が起きた。

私はニヤリと笑い返した。

「我、ルミナス・ヴァン・ローゼンは誓います。汝の財産と権力を使い潰し、汝が地獄に落ちるその時まで、最前席で高笑いし続けることを」

「……異議のある者はいるか?」

キースが会場を見渡す。

「いあるなら、今すぐ前に出ろ。灰にしてやる」

シーン……。

誰一人として声を上げない。

完璧だ。

このまま指輪の交換へ──

「待ったァァァッ!!」

その時、大聖堂のステンドグラスが派手に割れ、数人の男女が飛び込んできた。

「その結婚、正義の名において認めん!」

「魔王キース! そして悪女ルミナス! 今日こそ貴様らを倒し、世界に平和を取り戻す!」

剣を構えた少年と、魔法使い、僧侶、戦士。

噂の「勇者パーティー」である。

「キャアァァッ!?」

「勇者だ! 乱入者だ!」

招待客たちがパニックになる……かと思いきや、誰も動かない。

むしろ、「おっ、始まったな」「余興か?」とワインを飲み始めている。

「……ふっ」

私は扇子を開き、口元を隠した。

「お待ちしておりましたわ、勇者様御一行」

「なっ……余裕ぶるなよ!」

勇者が剣を突きつける。

「神聖な結婚式を血で染めてやる!」

「血で染まるのは貴方たちですわ。……キース様、共同作業ですわよ」

「ああ。ケーキ入刀の代わりだ」

キースが指を鳴らすと、祭壇の床から巨大な魔剣がせり上がってきた。

「い、いくぞみんな! かかれぇぇ!」

勇者たちが突っ込んでくる。

私はドレスの裾を翻し、魔法で生成した「黒薔薇の鞭」を一閃させた。

ビシィッ!!

「ぐわぁっ!?」

魔法使いと僧侶が、鞭の一撃で吹き飛ぶ。

「なっ……速い!?」

「ドレスが重くないのか!?」

「このドレスは特注の『戦闘用ドレス』ですわ! 重り(ウェイト)を外せば、貴方たちより速く動けますのよ!」

私は優雅にステップを踏みながら、次々と勇者の仲間をなぎ倒していく。

キースもまた、片手で勇者の剣を受け止め、デコピン一発で壁まで吹っ飛ばしていた。

「終わりか? 退屈な余興だ」

「く、くそぉぉ……! 魔王め……! なんて強さだ……!」

勇者たちはボロボロになりながら、床に這いつくばった。

ステンドグラスの破片が散乱し、壁にはヒビが入っている。

「あーあ、汚してしまいましたわね」

私がつぶやくと、会場の隅から影が動いた。

「清掃部隊、突撃ィィィッ!!」

アランの声だ。

「イエッサー!!」

彼率いるオーク清掃隊が、純金デッキブラシを持って乱入してきた。

シュババババッ!!

目にも留まらぬ速さで、ガラス片や瓦礫が片付けられていく。

「ひぃっ!? なんだこいつら!?」

勇者が驚愕する。

「邪魔だ勇者! そこをどけ! まだ磨き残しがあるんだ!」

アランがブラシで勇者を掃き出す。

「うわぁぁぁっ!?」

勇者たちはゴミのようにちりとり(巨大)に回収され、大聖堂の外へと放り出された。

「清掃完了! 床、異常なし!」

アランがサムズアップする。

会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「ブラボー!」「なんて手際だ!」「最高のエンターテインメントだ!」

私はアランに向かって、小さくウィンクを送った。

彼は照れくさそうに鼻をこすり、列に戻っていった。

「……さて」

私はキースに向き直った。

「邪魔者も片付きましたし、続きを」

「ああ」

キースは私の左手を取り、結婚指輪をはめた。

私も彼の手を取り、指輪を贈る。

二つの指輪が触れ合った瞬間、魔力が共鳴し、まばゆい光が溢れた。

「ルミナス」

キースが私の腰を引き寄せ、ヴェール(黒レース)を持ち上げた。

「愛している。……俺の最愛の悪女」

「私も愛していますわ。……私の最強の魔王様」

私たちは、破壊と祝福の跡が残る祭壇の上で、深く長い口付けを交わした。

歓声と、パイプオルガンの音色。

そして、ミナが運んできた十メートルのウェディングケーキが、天井に届くほどの迫力でそびえ立つ。

「皆様! 本日は私の『勝利宣言』にお集まりいただき、感謝しますわ!」

キスを終えた私は、ブーケを高々と掲げた。

「これより、ドラグーン公国は、私とキース様の共同経営により、さらなる発展と支配を目指します! 逆らう者は……先ほどの勇者のようになると思ってくださいませ!」

「「「オオオオオオッ!!!」」」

列席者たちが拳を突き上げる。

もはや結婚式というより、悪の組織の決起集会だ。

でも、これがいい。

これが私たちらしい。

「オホホホホホホッ!!」

私の高笑いが、大聖堂に響き渡る。

隣でキースも、満足げに笑っている。

幸せすぎて、笑いが止まらない。

悪役令嬢ルミナス、本日ここに、最強のパートナーと共に「ハッピーエンド」を迎えましたの!

……いえ、これは終わりではありませんわね。

私たちの世界征服(ハネムーン)は、ここからが本番なのですから!
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