婚約破棄を待っていた!異議なし高笑いさせていただきますわ!

夏乃みのり

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「いいですか、皆様。これはただの結婚式ではありません」

魔王城の大広間。

集められた城の家宰、料理長、財務大臣、そして各界のトップ職人たちを前に、私は教鞭(指示棒)をビシッと振るった。

「これは、ドラグーン公国が世界にその威信を示すための『軍事パレード』であり、隣国への『威圧行動』であり、そして何より……私の美学の集大成ですわ!」

私の背後には、黒板に書かれたスローガン。

『妥協=死』
『予算=青天井』
『地味=重罪』

「失敗は許されません。私の理想を1ミリでも下回れば……分かっていますわね?」

私はニッコリと微笑んだ。

「全員、キース様の魔法の実験台になっていただきます」

「ひぃぃぃぃッ!?」

職人たちが震え上がる。

隣に座るキースは、頬杖をついて楽しそうに笑っている。

「だ、そうだ。……お前たち、命が惜しければ最高の仕事をしろ。俺もルミナスの機嫌を損ねたくないんでな」

「そ、そんなぁ……魔王様まで言いなりだ……」

財務大臣が涙目で手を挙げた。

「あ、あの、ルミナス様。提示された予算案ですが……これ、ゼロが二つ多くありませんか? 国家予算の半分が飛びますが……」

「あら、半分で済みますの? 優秀ですわね」

私は平然と返した。

「ケチな式など、悪役令嬢の名折れです。それに、この式で世界中の要人から『ご祝儀』を巻き上げれば、十分に元は取れますわ」

「ご、ご祝儀で回収……!?」

「これは投資です。……文句があるなら、貴方の私財を没収してもよろしくてよ?」

「け、決定します! 予算承認!」

大臣が即座にハンコを押した。

「よろしい。では、部門ごとの打ち合わせに入りますわ!」

          ◇

**【第一戦線:ドレス選び】**

王室御用達のデザイナーが、震える手で純白のドレスを差し出した。

「こ、こちらはいかがでしょう! 最高級シルクに、真珠をあしらった清純な……」

「却下」

私は一瞥もせずに切り捨てた。

「白? 清純? 私に喧嘩を売っていますの?」

「ひっ!?」

「私は『悪役令嬢』ですのよ? ヒロインが着るようなフワフワしたドレスなど、着てたまるもんですか!」

私はデザイン画をサラサラと描いて渡した。

「ベースは漆黒。あるいは深紅。そこに金糸で『世界征服』をイメージした刺繍を入れなさい。背中は大胆に開けて、スカートの裾は引きずるほど長く。……そうね、歩くたびに薔薇の香りが漂うような仕掛けも欲しいですわ」

「そ、そんな技術は……」

「やるのです。納期は三日」

「み、三日ぁッ!?」

「できなければ、貴方の店を『ダサい店』として公報します」

「やります! 寝ずにやりますぅぅ!」

デザイナーが泣きながら走り去った。

**【第二戦線:ウェディングケーキ】**

厨房では、ミナが粉まみれになって奮闘していた。

「ルミナス様ぁ! 設計図通りに作ると、ケーキが天井を突き破っちゃいますぅ!」

ミナが指差した先には、建設中の「バベルの塔」のような巨大なケーキの土台があった。

「天井なんて壊せばいいのです」

私は即答した。

「高さは権力の象徴です。最低でも十メートルは欲しいですわ」

「じゅうめーとる!?」

「スポンジの間には、最高級の宝石(アメ細工)を敷き詰めて。最上段には、私とキース様が世界を見下ろしているフィギュアを飾りなさい」

「わかりましたぁ! 私、パン職人の意地にかけて、世界一高いケーキを作ります!」

ミナの目は本気だ。

彼女の才能(と腕力)なら、きっとやり遂げるだろう。

**【第三戦線:会場設営】**

式場となる大聖堂の前では、作業着姿のアラン(元王子)率いる清掃部隊が整列していた。

「報告します! 大聖堂の床磨き、完了しました!」

アランが敬礼する。

その顔は清々しいほどに真剣だ。

「床に落ちた埃が滑って転ぶレベルまで磨き上げました! 確認お願いします!」

「ご苦労様。……どれ」

私は大聖堂に入り、床をチェックした。

ピカピカだ。

私の顔が鏡のように映り込んでいる。

「……合格ですわ。これなら、ドレスの裾が汚れる心配もありません」

「よかった……!」

アランが安堵の息を吐く。

「元婚約者の晴れ舞台だ。……曇りひとつない状態で送り出してやりたかったんだ」

「……ふん。相変わらず、無駄にいい奴ですわね」

私は少しだけ口元を緩めた。

「特別ボーナスを出しておきます。式の当日は、貴方も参列なさい。……一番後ろの席で、私の幸せな姿を指をくわえて見ているといいわ」

「ハハ、謹んでそうさせてもらうよ」

アランは嬉しそうに笑った。

**【最終戦線:招待状の発送】**

執務室に戻った私は、招待客リストの最終チェックを行っていた。

「隣国の国王、西の辺境伯ヴェイン、南の商業連合長……。全員出席の返事が来ていますわ」

「欠席したら、後で何をされるか分からないからな」

キースが苦笑する。

「お前の『招待状』、脅迫状に見えたぞ。『欠席の場合は、貴国の関税率を見直します』って書いてあったが」

「親切な案内文ですわ。……あら?」

私はリストの末尾を見て、眉をひそめた。

「誰ですの、この『正義の勇者パーティー』というのは」

「ああ。最近、東の地方で名を上げている冒険者グループらしい。『魔王を倒して名を上げる』とか息巻いているそうだ」

「……結婚式の日に?」

「式の最中に乱入してくるつもりらしいぞ。……どうする? 事前に潰しておくか?」

キースが殺気を放つ。

しかし、私はニヤリと笑った。

「いいえ。招待してあげましょう」

「は?」

「余興(エンターテインメント)が必要でしょう? 幸せな結婚式に、スパイスとして『勇者との戦闘』なんて、最高に盛り上がりますわ」

「……お前、本当に悪党だな」

「花嫁衣装で勇者を返り討ちにする。……伝説になりますわよ?」

「ククッ……いいだろう。特等席を用意してやれ」

          ◇

こうして、怒涛の準備期間は過ぎ去った。

ドレスは完成し、ケーキは塔となり、会場は鏡のように輝き、世界中のVIP(と生贄の勇者)が集結しつつある。

式の前夜。

私はバルコニーで、完成した式場を見下ろしていた。

「……完璧ですわ」

「ああ。俺たちの門出にふさわしい舞台だ」

キースが後ろから抱きしめてくる。

「緊張しているか?」

「まさか。武者震いですわ」

私は彼の手を握り返した。

「明日は、私が世界で一番幸せで、最強の女であることを証明する日ですもの」

「違いない。……俺も、世界一の果報者であることを証明してやる」

月明かりの下、私たちは最後の独身の夜を惜しむように、静かに寄り添った。

嵐の前の静けさ。

いいえ、嵐の中心にいるような高揚感。

さあ、夜が明ければ本番だ。

悪役令嬢ルミナス、一世一代の晴れ舞台。

派手に、強欲に、そして優雅に。

世界中をあっと言わせてやろうではないか。

「おやすみなさい、キース様。……明日の朝、祭壇でお会いしましょう」

「ああ。……遅刻するなよ、花嫁」

いざ、結婚式(戦争)へ!
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