22 / 28
22
しおりを挟む
医務室での「乙女ウイルス」騒動から数時間後。
私は深呼吸をして、キースの執務室の扉をノックした。
「……ルミナスですわ。入ります」
「……ああ」
中から聞こえた声は、いつもより少し硬かった。
扉を開けると、キースは窓際に立ち、背を向けていた。
夕日が彼の長い影を床に落としている。
「あの、先ほどは取り乱して申し訳ありませんでした」
私は努めて冷静に切り出した。
「少々、脳の回路がショートしていたようで。……もう平気ですわ」
「そうか。ウイルスは除去できたのか?」
「ええ。完全駆除しました(嘘です。潜伏期間に入っただけです)」
私は心の中で舌を出した。
「で、話というのは?」
キースがゆっくりと振り返った。
その表情は、いつになく真剣で、そして……なぜか少し、頬が赤い?
「ルミナス。……これを受け取れ」
彼が背中に隠していた手を突き出した。
そこには、巨大な花束が握られていた。
ただし、普通の可愛らしい花束ではない。
花弁は漆黒、茎は深紅、そして葉の先からはポタポタと謎の紫色の液体が滴っている。
禍々しいオーラが全開だ。
「……なんですか、これ。呪いのアイテム?」
「花束だ」
キースが真顔で答える。
「見舞いの品だ。……本で読んだ。『女性が体調を崩した際は、花を贈ると効果的である』と」
「……その本、著者はどこの魔界の住人ですの?」
私は引きつった笑みを浮かべた。
「どう見ても猛毒植物ですけれど」
「安心しろ、毒はない。……たぶん」
「たぶん!?」
「これは『魔界蘭(デビル・オーキッド)』だ。魔力の強い場所にしか咲かない希少種で、一本で城が建つほどの価値がある」
「城が建つ……!」
その単語に、私の目が輝いた。
(現金な私。でも、それが私!)
「まあ、それほど高価なものを……。毒々しい見た目も、見慣れれば『悪の華』として趣がありますわね」
私は恐る恐る花束を受け取った。
ずっしりと重い。
「……で、なぜこれを私に?」
「だから、見舞いだと言っただろう」
キースが視線を逸らし、ボソリと言った。
「お前がいなくなってから数時間……執務室が静かすぎて、調子が狂ったんだ」
「静かすぎて?」
「ああ。いつもなら、隣でお前が『この予算案は無駄です』とか『アラン殿下はまたトイレで歌ってますわ』とか、毒舌を吐いているだろう?」
彼は頭をガシガシと掻いた。
「その毒がないと……なんというか、空気が薄い気がしてな。落ち着かんのだ」
「……」
私は花束を抱えたまま、瞬きをした。
それはつまり。
私の声が聞きたい。
私がいないと寂しい。
そう言っているのと同義ではないか。
(……なっ、ななな……!)
再び私の心臓が暴走を始める。
これが「魔王のデレ」か。
直球の「好き」という言葉よりも、遥かに破壊力が高い。
「……貴方、ドMなんですの?」
私は照れ隠しに、精一杯の憎まれ口を叩いた。
「私の毒舌がないと禁断症状が出るなんて、変態ですわよ?」
「否定はせん」
キースが私の目の前まで歩み寄り、覗き込んできた。
「俺をおかしくさせたのは、お前だからな。……責任を取って、一生俺に毒を吐き続けろ」
「……っ!」
近い。顔が近い。
そして、その赤い瞳に見つめられると、蛇に睨まれたカエル……いいえ、恋に落ちた乙女になってしまう。
「……分かりましたわよ」
私は顔を背け、花束に顔を埋めた(少し変な匂いがした)。
「貴方が破産するまで、罵倒し続けて差し上げますわ。……覚悟なさい」
「ああ、望むところだ」
キースが嬉しそうに笑い、私の頭をポンと撫でた。
その手つきは、不器用だけれど、驚くほど優しかった。
「……ところで、ルミナス」
「なんですの?」
「その花、食虫植物の一種だから、あまり顔を近づけない方がいいぞ。鼻を食われる」
「早く言いなさいよッ!!」
私は慌てて花束を離した。
ガブッ!!
花束が空中で牙をむき、私の前髪を数ミリかすめ取った。
「危ないじゃないですか! 殺す気ですの!?」
「ハハハ! やはりお前は怒っている方がいい! 元気が戻ったな!」
「笑い事じゃありませんわーーッ!!」
執務室に、いつもの騒がしい声が戻った。
ロマンチックな雰囲気は台無しだが、これが私たちなりの「通常運転」。
でも。
(……一本で城が建つ花、か)
私は暴れる花束を魔法で拘束しながら、少しだけ口元を緩めた。
不器用で、危険で、そして最高に高価なプレゼント。
私のことをよく理解している彼らしい贈り物だ。
「……大切にしますわ。ガラスケースに入れて、厳重に封印して」
「枯らすなよ? 毎日魔力を吸わせないと暴れるからな」
「手間のかかる花ですこと……まるで贈り主にそっくりですわ」
「お互い様な」
私たちは顔を見合わせ、また笑った。
私の「乙女ウイルス」は、どうやら彼にも少しずつ感染し始めているようだ。
自覚のないままに。
私は深呼吸をして、キースの執務室の扉をノックした。
「……ルミナスですわ。入ります」
「……ああ」
中から聞こえた声は、いつもより少し硬かった。
扉を開けると、キースは窓際に立ち、背を向けていた。
夕日が彼の長い影を床に落としている。
「あの、先ほどは取り乱して申し訳ありませんでした」
私は努めて冷静に切り出した。
「少々、脳の回路がショートしていたようで。……もう平気ですわ」
「そうか。ウイルスは除去できたのか?」
「ええ。完全駆除しました(嘘です。潜伏期間に入っただけです)」
私は心の中で舌を出した。
「で、話というのは?」
キースがゆっくりと振り返った。
その表情は、いつになく真剣で、そして……なぜか少し、頬が赤い?
「ルミナス。……これを受け取れ」
彼が背中に隠していた手を突き出した。
そこには、巨大な花束が握られていた。
ただし、普通の可愛らしい花束ではない。
花弁は漆黒、茎は深紅、そして葉の先からはポタポタと謎の紫色の液体が滴っている。
禍々しいオーラが全開だ。
「……なんですか、これ。呪いのアイテム?」
「花束だ」
キースが真顔で答える。
「見舞いの品だ。……本で読んだ。『女性が体調を崩した際は、花を贈ると効果的である』と」
「……その本、著者はどこの魔界の住人ですの?」
私は引きつった笑みを浮かべた。
「どう見ても猛毒植物ですけれど」
「安心しろ、毒はない。……たぶん」
「たぶん!?」
「これは『魔界蘭(デビル・オーキッド)』だ。魔力の強い場所にしか咲かない希少種で、一本で城が建つほどの価値がある」
「城が建つ……!」
その単語に、私の目が輝いた。
(現金な私。でも、それが私!)
「まあ、それほど高価なものを……。毒々しい見た目も、見慣れれば『悪の華』として趣がありますわね」
私は恐る恐る花束を受け取った。
ずっしりと重い。
「……で、なぜこれを私に?」
「だから、見舞いだと言っただろう」
キースが視線を逸らし、ボソリと言った。
「お前がいなくなってから数時間……執務室が静かすぎて、調子が狂ったんだ」
「静かすぎて?」
「ああ。いつもなら、隣でお前が『この予算案は無駄です』とか『アラン殿下はまたトイレで歌ってますわ』とか、毒舌を吐いているだろう?」
彼は頭をガシガシと掻いた。
「その毒がないと……なんというか、空気が薄い気がしてな。落ち着かんのだ」
「……」
私は花束を抱えたまま、瞬きをした。
それはつまり。
私の声が聞きたい。
私がいないと寂しい。
そう言っているのと同義ではないか。
(……なっ、ななな……!)
再び私の心臓が暴走を始める。
これが「魔王のデレ」か。
直球の「好き」という言葉よりも、遥かに破壊力が高い。
「……貴方、ドMなんですの?」
私は照れ隠しに、精一杯の憎まれ口を叩いた。
「私の毒舌がないと禁断症状が出るなんて、変態ですわよ?」
「否定はせん」
キースが私の目の前まで歩み寄り、覗き込んできた。
「俺をおかしくさせたのは、お前だからな。……責任を取って、一生俺に毒を吐き続けろ」
「……っ!」
近い。顔が近い。
そして、その赤い瞳に見つめられると、蛇に睨まれたカエル……いいえ、恋に落ちた乙女になってしまう。
「……分かりましたわよ」
私は顔を背け、花束に顔を埋めた(少し変な匂いがした)。
「貴方が破産するまで、罵倒し続けて差し上げますわ。……覚悟なさい」
「ああ、望むところだ」
キースが嬉しそうに笑い、私の頭をポンと撫でた。
その手つきは、不器用だけれど、驚くほど優しかった。
「……ところで、ルミナス」
「なんですの?」
「その花、食虫植物の一種だから、あまり顔を近づけない方がいいぞ。鼻を食われる」
「早く言いなさいよッ!!」
私は慌てて花束を離した。
ガブッ!!
花束が空中で牙をむき、私の前髪を数ミリかすめ取った。
「危ないじゃないですか! 殺す気ですの!?」
「ハハハ! やはりお前は怒っている方がいい! 元気が戻ったな!」
「笑い事じゃありませんわーーッ!!」
執務室に、いつもの騒がしい声が戻った。
ロマンチックな雰囲気は台無しだが、これが私たちなりの「通常運転」。
でも。
(……一本で城が建つ花、か)
私は暴れる花束を魔法で拘束しながら、少しだけ口元を緩めた。
不器用で、危険で、そして最高に高価なプレゼント。
私のことをよく理解している彼らしい贈り物だ。
「……大切にしますわ。ガラスケースに入れて、厳重に封印して」
「枯らすなよ? 毎日魔力を吸わせないと暴れるからな」
「手間のかかる花ですこと……まるで贈り主にそっくりですわ」
「お互い様な」
私たちは顔を見合わせ、また笑った。
私の「乙女ウイルス」は、どうやら彼にも少しずつ感染し始めているようだ。
自覚のないままに。
10
あなたにおすすめの小説
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?
あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。
理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。
レイアは妹への処罰を伝える。
「あなたも婚約解消しなさい」
何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は
だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。
私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。
そのまま卒業と思いきや…?
「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※短編です。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4800文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる