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ルルさんが引きずられていった後、テラスには平和が戻った。
……はずだったのだが、現実はそう甘くない。砂糖たっぷりの揚げパンほどには。
「……殿下。あそこでプルプル震えている集団は、放置でよろしいのですか?」
私が指差したのは、テラスの入り口付近で固まっている数人の令嬢たちだ。
彼女たちはルルの取り巻き、いわゆる「聖女親衛隊」の方々である。
「ああ、気にするな。主犯が連行されたショックで、脳の処理が追いついていないだけだ」
アリステア様は、スコーンの最後の一欠片を優雅に口へ運ぶ。
しかし、その「処理待ち」だった令嬢の一人が、勇気を振り絞ったのか絶叫した。
「そ、そんなの認めませんわ! ルル様こそが、この国に光をもたらす聖女なのですよ! その隣に並ぶのは、そんな……そんな『歩く食欲』みたいな女ではないはずです!」
「歩く食欲。……殿下、今の言葉、私の新しい二つ名に採用してもいいですか?」
「却下だ。せめて『走る美食家』くらいにしておけ」
殿下、フォローになっていません。
「いいですか! 聖女様は、清らかな祈りによって、汚れた水を浄化することだってできるのですわ! あなたにそんな奇跡が起こせますの!?」
令嬢は勝ち誇ったように、テーブルの上に置かれた水の入ったグラスを指差した。
……浄化?
そんな手品みたいなことが、本当にできるのだろうか。
「奇跡、ですか。……そうですね、私にも一つだけ、食べ物に関する奇跡なら起こせます」
「なんですって……!? 言ってみなさいよ!」
私は、おもむろに立ち上がった。
そして、侍女さんが持ってきた「特製・超濃厚ベリージャム」の小瓶を手に取る。
「見ていてくださいね。この、真っ赤でドロドロした、ある種おどろおどろしい物体が……」
私はスコーンの上に、これでもかとジャムを載せた。
「……私の口を経由することで、瞬時に消えて無くなり、私の幸せに変換されます。はい、消えた!」
ぱくり、と一口で食べる。
甘酸っぱい香りと、果肉の食感が最高だ。
「……どうです? これ以上の奇跡が、この世にありますか?」
「…………は?」
令嬢たちは、開いた口が塞がらないという様子で固まった。
アリステア様は、こらえきれないというように吹き出した。
「ははは! 確かに、君の胃袋はブラックホール並みの奇跡だな。浄化どころか消滅だ」
「笑い事ではありませんわ、殿下! こんな、こんなふざけた女が王太子妃候補だなんて、神殿が黙っていませんわよ!」
令嬢たちが捨て台詞を残して去っていく。
どうやら次は、神殿というラスボス的な場所から刺客が来るらしい。
「殿下。私、神殿の偉い人に怒られたら、パンを没収されますか?」
「案ずるな。神殿の連中が何を言おうと、私が黙らせる。それに、神殿の地下倉庫には、百年ものの極上ワインと、最高級の干し肉が眠っているという噂だぞ」
「……なんですって? それは、交渉の余地がありますね」
私は拳を握りしめた。
神殿がなんだ。高位聖職者がなんだ。
美味しいものがそこにあるのなら、私はどこへでも赴こう。
「よし、決まりだ。ナジャ、明日は神殿から『教育係』が派遣されてくることになっている。……まあ、少々癖のある人物だが、君なら上手くやれるだろう」
「教育係、ですか。……マナーとか、ダンスとか?」
「いや。……多分、腹筋とか背筋だな」
「……はい?」
殿下の不穏な言葉の意味を、私は翌日、身をもって知ることになる。
現れたのは、昨日別れたはずの、あの「筋肉公爵令嬢」だったのだから。
……はずだったのだが、現実はそう甘くない。砂糖たっぷりの揚げパンほどには。
「……殿下。あそこでプルプル震えている集団は、放置でよろしいのですか?」
私が指差したのは、テラスの入り口付近で固まっている数人の令嬢たちだ。
彼女たちはルルの取り巻き、いわゆる「聖女親衛隊」の方々である。
「ああ、気にするな。主犯が連行されたショックで、脳の処理が追いついていないだけだ」
アリステア様は、スコーンの最後の一欠片を優雅に口へ運ぶ。
しかし、その「処理待ち」だった令嬢の一人が、勇気を振り絞ったのか絶叫した。
「そ、そんなの認めませんわ! ルル様こそが、この国に光をもたらす聖女なのですよ! その隣に並ぶのは、そんな……そんな『歩く食欲』みたいな女ではないはずです!」
「歩く食欲。……殿下、今の言葉、私の新しい二つ名に採用してもいいですか?」
「却下だ。せめて『走る美食家』くらいにしておけ」
殿下、フォローになっていません。
「いいですか! 聖女様は、清らかな祈りによって、汚れた水を浄化することだってできるのですわ! あなたにそんな奇跡が起こせますの!?」
令嬢は勝ち誇ったように、テーブルの上に置かれた水の入ったグラスを指差した。
……浄化?
そんな手品みたいなことが、本当にできるのだろうか。
「奇跡、ですか。……そうですね、私にも一つだけ、食べ物に関する奇跡なら起こせます」
「なんですって……!? 言ってみなさいよ!」
私は、おもむろに立ち上がった。
そして、侍女さんが持ってきた「特製・超濃厚ベリージャム」の小瓶を手に取る。
「見ていてくださいね。この、真っ赤でドロドロした、ある種おどろおどろしい物体が……」
私はスコーンの上に、これでもかとジャムを載せた。
「……私の口を経由することで、瞬時に消えて無くなり、私の幸せに変換されます。はい、消えた!」
ぱくり、と一口で食べる。
甘酸っぱい香りと、果肉の食感が最高だ。
「……どうです? これ以上の奇跡が、この世にありますか?」
「…………は?」
令嬢たちは、開いた口が塞がらないという様子で固まった。
アリステア様は、こらえきれないというように吹き出した。
「ははは! 確かに、君の胃袋はブラックホール並みの奇跡だな。浄化どころか消滅だ」
「笑い事ではありませんわ、殿下! こんな、こんなふざけた女が王太子妃候補だなんて、神殿が黙っていませんわよ!」
令嬢たちが捨て台詞を残して去っていく。
どうやら次は、神殿というラスボス的な場所から刺客が来るらしい。
「殿下。私、神殿の偉い人に怒られたら、パンを没収されますか?」
「案ずるな。神殿の連中が何を言おうと、私が黙らせる。それに、神殿の地下倉庫には、百年ものの極上ワインと、最高級の干し肉が眠っているという噂だぞ」
「……なんですって? それは、交渉の余地がありますね」
私は拳を握りしめた。
神殿がなんだ。高位聖職者がなんだ。
美味しいものがそこにあるのなら、私はどこへでも赴こう。
「よし、決まりだ。ナジャ、明日は神殿から『教育係』が派遣されてくることになっている。……まあ、少々癖のある人物だが、君なら上手くやれるだろう」
「教育係、ですか。……マナーとか、ダンスとか?」
「いや。……多分、腹筋とか背筋だな」
「……はい?」
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現れたのは、昨日別れたはずの、あの「筋肉公爵令嬢」だったのだから。
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