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筋肉痛という名の悪魔が、私の全身を支配している。
階段を一歩降りるたびに「ヒッ」という情けない声が漏れ、生まれたての小鹿のような足取りで王宮の廊下を進む。
「ナジャ様、背筋が丸まっているわよ! 腹筋に力を入れて、丹田を意識して!」
背後から容赦ない叱咤を飛ばすのは、我が師匠(自称)のユーフェミア様だ。
今日の彼女は、これまた動きやすそうなタイトなドレスに身を包み、手にはなぜか扇子ではなく「教育用の竹の棒」を携えている。
「む、無理です……。昨日のスクワットのせいで、私の腹筋は今、死滅しています……」
「死滅してからが本番よ! 今日はついに、社交界へのデビュー……というか、予行演習なんだから」
予行演習。
その言葉に、私は胃のあたりがキュッとなるのを感じた。
今日の午後は、王宮のサロンで開かれる小さなお茶会に出席することになっている。
そこに集まるのは、ルルさんの残党や、アリステア様の婚約者の座を狙っていた野心家な令嬢たちだ。
「いい、ナジャ様。社交界は戦場よ。それも、高度な物理法則が支配する戦場なの」
「物理法則? 悪口や嫌がらせではなくて?」
「甘いわ。彼女たちは、わざとドレスの裾を踏んだり、すれ違いざまに肩をぶつけてきたりするのよ。そこでよろけて転ぼうものなら、一生『あのお転婆な男爵令嬢』というレッテルを貼られておしまいだわ」
なんて恐ろしい。
でも、それってただの暴力なのでは。
「だからこそ、体幹なのよ! ぶつかられても微動だにしない、岩のような安定感! それさえあれば、嫌がらせなんて怖くないわ!」
ユーフェミア様はそう言うと、竹の棒で私の腰をパシッと叩いた。
「さあ、サロンに到着したわよ。胸を張って、重心を落として歩きなさい!」
豪華な扉が開くと、そこには案の定、刺すような視線がいくつも待ち構えていた。
色とりどりのドレスを着た令嬢たちが、扇子の影から私を値踏みするように見つめている。
「あら……。あの方が噂の、揚げパン男爵令嬢?」
「まあ、案外まともな格好をされていますわね。もっと小麦粉にまみれて現れるかと思いましたわ」
聞こえるように悪口を言うのが、この世界のマナーなのだろうか。
私は彼女たちの視線を無視して、まっさかに軽食コーナーのテーブルを目指した。
(お、おいしそう……! あれは、ピスタチオのミニタルトかしら?)
目的のタルトに手を伸ばそうとした、その時だ。
「――おっと。ごめんなさいね、手が滑ってしまって」
横から現れた一人の令嬢が、私に向かってわざとらしく倒れ込んできた。
かなりの勢いだ。普通なら、私はそのまま地面に叩きつけられ、テーブルに突っ込んでいただろう。
(――今だ、ナジャ! 昨日鍛えた大腿四頭筋を信じるのよ!)
脳内でユーフェミア様の声が響いた。
私は反射的に、ぐっと腰を落とし、膝を柔らかく曲げて衝撃を受け止めた。
――ドンッ!
肉と肉がぶつかり合う、令嬢のお茶会にはふさわしくない鈍い音が響く。
「……えっ?」
ぶつかってきた令嬢の方が、まるで見えない壁に弾かれたように、その場に尻餅をついた。
私は一歩も動いていない。
「……あの、大丈夫ですか? 少し重心が浮いていましたよ」
私は、尻餅をついた彼女に、無意識に「教育的指導」を行ってしまった。
「な、なによこれ! 鉄板でも入っているの!? あなた、本当に令嬢なの!?」
「失礼ですね。私は、筋肉という名のドレスを纏っているだけです」
……口から出た言葉が、完全にユーフェミア様に汚染されている。
周囲が騒然とする中、サロンの奥からパチパチと拍手をする音が聞こえた。
「素晴らしい。完璧な防御だ」
アリステア様が、呆れたような、それでいて楽しそうな顔で歩いてきた。
「殿下! ご覧になりましたか!? この女、私を突き飛ばしたのですわ!」
「嘘をつけ。私はずっと見ていたが、君が勝手にぶつかって勝手に飛んでいっただけだ。……ナジャ、お疲れ様。ご褒美に、そのタルトを三つ食べていいぞ」
「三つも!? やったぁ! ……あ、四つはダメですか?」
「交渉するな。三つだ」
私は意気揚々とタルトを皿に盛り、敗北感に打ちひしがれる令嬢たちを尻目に、幸せなティータイムを満喫した。
「ユーフェミア、君の教育は少し過激だが、効果は絶大だな」
「ええ、殿下。ナジャ様のポテンシャルは素晴らしいわ。次は、握力でティーカップを割らない練習が必要かしらね」
……不穏な会話が聞こえた気がするが、タルトが美味しいので気にしないことにした。
社交界の荒波?
物理的に耐えられるなら、案外大したことないかもしれない。
階段を一歩降りるたびに「ヒッ」という情けない声が漏れ、生まれたての小鹿のような足取りで王宮の廊下を進む。
「ナジャ様、背筋が丸まっているわよ! 腹筋に力を入れて、丹田を意識して!」
背後から容赦ない叱咤を飛ばすのは、我が師匠(自称)のユーフェミア様だ。
今日の彼女は、これまた動きやすそうなタイトなドレスに身を包み、手にはなぜか扇子ではなく「教育用の竹の棒」を携えている。
「む、無理です……。昨日のスクワットのせいで、私の腹筋は今、死滅しています……」
「死滅してからが本番よ! 今日はついに、社交界へのデビュー……というか、予行演習なんだから」
予行演習。
その言葉に、私は胃のあたりがキュッとなるのを感じた。
今日の午後は、王宮のサロンで開かれる小さなお茶会に出席することになっている。
そこに集まるのは、ルルさんの残党や、アリステア様の婚約者の座を狙っていた野心家な令嬢たちだ。
「いい、ナジャ様。社交界は戦場よ。それも、高度な物理法則が支配する戦場なの」
「物理法則? 悪口や嫌がらせではなくて?」
「甘いわ。彼女たちは、わざとドレスの裾を踏んだり、すれ違いざまに肩をぶつけてきたりするのよ。そこでよろけて転ぼうものなら、一生『あのお転婆な男爵令嬢』というレッテルを貼られておしまいだわ」
なんて恐ろしい。
でも、それってただの暴力なのでは。
「だからこそ、体幹なのよ! ぶつかられても微動だにしない、岩のような安定感! それさえあれば、嫌がらせなんて怖くないわ!」
ユーフェミア様はそう言うと、竹の棒で私の腰をパシッと叩いた。
「さあ、サロンに到着したわよ。胸を張って、重心を落として歩きなさい!」
豪華な扉が開くと、そこには案の定、刺すような視線がいくつも待ち構えていた。
色とりどりのドレスを着た令嬢たちが、扇子の影から私を値踏みするように見つめている。
「あら……。あの方が噂の、揚げパン男爵令嬢?」
「まあ、案外まともな格好をされていますわね。もっと小麦粉にまみれて現れるかと思いましたわ」
聞こえるように悪口を言うのが、この世界のマナーなのだろうか。
私は彼女たちの視線を無視して、まっさかに軽食コーナーのテーブルを目指した。
(お、おいしそう……! あれは、ピスタチオのミニタルトかしら?)
目的のタルトに手を伸ばそうとした、その時だ。
「――おっと。ごめんなさいね、手が滑ってしまって」
横から現れた一人の令嬢が、私に向かってわざとらしく倒れ込んできた。
かなりの勢いだ。普通なら、私はそのまま地面に叩きつけられ、テーブルに突っ込んでいただろう。
(――今だ、ナジャ! 昨日鍛えた大腿四頭筋を信じるのよ!)
脳内でユーフェミア様の声が響いた。
私は反射的に、ぐっと腰を落とし、膝を柔らかく曲げて衝撃を受け止めた。
――ドンッ!
肉と肉がぶつかり合う、令嬢のお茶会にはふさわしくない鈍い音が響く。
「……えっ?」
ぶつかってきた令嬢の方が、まるで見えない壁に弾かれたように、その場に尻餅をついた。
私は一歩も動いていない。
「……あの、大丈夫ですか? 少し重心が浮いていましたよ」
私は、尻餅をついた彼女に、無意識に「教育的指導」を行ってしまった。
「な、なによこれ! 鉄板でも入っているの!? あなた、本当に令嬢なの!?」
「失礼ですね。私は、筋肉という名のドレスを纏っているだけです」
……口から出た言葉が、完全にユーフェミア様に汚染されている。
周囲が騒然とする中、サロンの奥からパチパチと拍手をする音が聞こえた。
「素晴らしい。完璧な防御だ」
アリステア様が、呆れたような、それでいて楽しそうな顔で歩いてきた。
「殿下! ご覧になりましたか!? この女、私を突き飛ばしたのですわ!」
「嘘をつけ。私はずっと見ていたが、君が勝手にぶつかって勝手に飛んでいっただけだ。……ナジャ、お疲れ様。ご褒美に、そのタルトを三つ食べていいぞ」
「三つも!? やったぁ! ……あ、四つはダメですか?」
「交渉するな。三つだ」
私は意気揚々とタルトを皿に盛り、敗北感に打ちひしがれる令嬢たちを尻目に、幸せなティータイムを満喫した。
「ユーフェミア、君の教育は少し過激だが、効果は絶大だな」
「ええ、殿下。ナジャ様のポテンシャルは素晴らしいわ。次は、握力でティーカップを割らない練習が必要かしらね」
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