どうして身代わりとして、私が新たな婚約者候補に?

夏乃みのり

文字の大きさ
14 / 28

14

 昨夜の「特製パイ二種盛り」は、間違いなく私の人生における食の歴史に深く刻まれる傑作だった。
 サクサクのパイ生地が弾けるたびに、悩みも動悸もすべて胃袋の彼方へ消え去った。

 ……はずなのだが。
 翌朝、王宮の長い廊下を歩いていると、妙に周囲がざわついていることに気づいた。

「おい、見ろよ。あの方が例の……」

「街で暴漢十人を素手でなぎ倒したという、『爆食の護衛令嬢』か?」

「いや、噂では素手で牛を解体して、その場でローストビーフにしたとか……」

 ……待ってほしい。
 噂に尾ひれがつきすぎて、もはや私は人間をやめていることになっていないだろうか。

 私は、手に持っていた(予備の)スコーンを一度袋にしまった。
 ここで何かを食べようものなら、「歩きながら鉄板を食いちぎった」などと言われかねない。

「あら、ごきげんよう、ナジャ・ローレル様。朝から随分と殺気立っていらっしゃること」

 背後から、皮肉たっぷりの声がした。
 振り返ると、そこには扇子で口元を隠した三人の令嬢が立っていた。
 昨日のルルさんの取り巻きとはまた違う、いかにも「伝統ある高位貴族です」というオーラを纏った方々だ。

「……ごきげんよう。殺気など出しているつもりはありませんが。……あ、お腹が空きすぎて、少し目つきが鋭くなっていたかもしれません」

「ふん、相変わらず卑しいお言葉ですわね。あなたが昨日、殿下と街で『乱闘騒ぎ』を起こしたという噂、既に社交界中に広まっていますわよ」

 中央に立つ、巻き髪が立派な令嬢――ローズ伯爵令嬢が、蔑むような視線を私に投げた。

「殿下をお守りもせず、自分だけ野蛮に暴れ回るなんて。おかげでアリステア様の御名に傷がつきましたわ。恥を知りなさい、この『揚げパン女』!」

「……あの、一つ訂正させてください。私は自分だけ暴れたわけではありません。殿下もノリノリで投げ飛ばしていらっしゃいました」

「殿下がそんな野蛮なことをなさるはずがありませんわ! あなたが無理やり巻き込んだのでしょう!?」

 無理やり、と言われればそうかもしれない。
 でも、あの時の殿下は、高級レストランのフルコースを前にした私くらい、いい笑顔をしていたのだ。

「いい、ナジャ様。あなたのような『食い意地の張った下級貴族』が、王宮に居座り続けることは許されません。神殿からも、あなたの素行を疑問視する声が上がっているのですよ」

「神殿……。あ、地下倉庫に干し肉があるという神殿ですね?」

「……何の話をしていますの!? とにかく! 明日の公式晩餐会で、あなたがどれほど王太子妃にふさわしくないか、白日の下に晒して差し上げますわ!」

 ローズ様は、勝ち誇ったように扇子をパチンと閉じた。
 晩餐会。
 その言葉に、私の耳がぴくりと反応した。

「公式晩餐会……。それって、もしかして、フルコースが出るのですか?」

「ええ、そうですわ! 各国の要人が集まる、最高級の晩餐会ですわよ。あなたのようなマナーの欠片もない女が、恥をかかずに乗り切れるかしら?」

「最高級の、フルコース……」

 私の脳内に、まだ見ぬ豪華な料理たちが、パレードのように行進し始めた。
 キャビア、トリュフ、フォアグラ……。
 そして、まだ見ぬ王宮秘伝のデザート。

「ローズ様。私、決意しました」

「な、なによ。ようやく身を引く決心がついたのかしら?」

「いいえ。その晩餐会、絶対に出席します! そして、最高のマナーで、すべての料理を完食してみせます!」

「……完食するのが目標なんですの!?」

 私の鼻息の荒さに、令嬢たちは一歩後ずさった。
 噂の「猛獣」っぷりを、少しだけ実感させてしまったかもしれない。

 彼女たちが逃げるように去っていった後、私は独り言を呟いた。

「マナー……マナーか。……あ、ユーフェミア様に相談しよう。あの人なら、きっと『効率的なフルコースの食べ方』とか知っていそうだし」

 私は、残していたスコーンを力強く一口で頬張った。
 
 噂なんてどうでもいい。
 公式晩餐会という名の「食べ放題(形式は違うけれど)」に向けて、私の戦いは新たな局面を迎えようとしていた。

 一方その頃、アリステア様は執務室で、神殿からの抗議文を読みながら、楽しそうにペンを回していた。

「……公式晩餐会か。ナジャを狙う刺客たちが、彼女の食欲に圧倒される様が目に浮かぶようだな。……よし、メインディッシュはさらに一皿増やしておけと厨房に伝えろ」

 王子の期待(?)もまた、斜め上の方向へと加速していた。
感想 2

あなたにおすすめの小説

ど天然で超ドジなドアマットヒロインが斜め上の行動をしまくった結果

宝月 蓮
ファンタジー
アリスはルシヨン伯爵家の長女で両親から愛されて育った。しかし両親が事故で亡くなり叔父一家がルシヨン伯爵家にやって来た。叔父デュドネ、義叔母ジスレーヌ、義妹ユゲットから使用人のように扱われるようになったアリス。しかし彼女は何かと斜め上の行動をするので、逆に叔父達の方が疲れ切ってしまうのである。そしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 表紙に素敵なFAいただきました! ありがとうございます!

本の通りに悪役をこなしてみようと思います

Blue
恋愛
ある朝。目覚めるとサイドテーブルの上に見知らぬ本が置かれていた。 本の通りに自分自身を演じなければ死ぬ、ですって? こんな怪しげな本、全く信用ならないけれど、やってやろうじゃないの。 悪役上等。 なのに、何だか様子がおかしいような?

「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗
恋愛
異世界恋愛短編詰め合わせです。 気になったものだけでもおつまみください! 『君を買いたいと言われましたが、私は売り物ではありません』 『悪役令嬢は、友の多幸を望むのか』 『わたくしでは、お姉様の身代わりになりませんか?』 『婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。 』 『婚約破棄された悪役令嬢だけど、騎士団長に溺愛されるルートは可能ですか?』 他多数。 他サイトにも重複投稿しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。