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王宮の地下、薄暗い廊下の隅。
そこには、かつて「聖女の再来」と持て囃されたはずの、見る影もなくやつれた令嬢の姿があった。
「……許さない。あの揚げパン女……。そして、私を裏切ったアリステア様も……!」
ルル・男爵令嬢は、恨みがましく声を絞り出した。
彼女の実家は不正調査によって取り潰しの危機にあり、彼女自身も現在は厳重な監視下に置かれている。
しかし、彼女を支持する神殿の一部勢力が、密かに彼女に手を貸していた。
「ルル様、落ち着いてください。例の『薬』の準備は整いましたよ」
影から現れたのは、神殿の法衣を纏った一人の若い司祭だった。
彼の差し出した小瓶には、無色透明の液体が入っている。
「これは、飲んだ者に激しい腹痛と嘔吐を引き起こしますが、命に別状はありません。これを明日の晩餐会で、ナジャ・ローレルの料理に忍び込ませるのです」
「……いいえ、違うわ。私が飲むのよ」
ルルは、冷酷な笑みを浮かべて小瓶を受け取った。
「私が自ら毒を飲み、それをあの女の仕業に見せかける。……あんな食欲の塊のような女なら、『自分の取り分を増やすために、他の候補者を毒で排除しようとした』という筋書きが、誰よりも似合うでしょう?」
「なるほど、それは名案です。王太子妃候補が毒を盛ったとなれば、いくら殿下の寵愛があろうとも、王室は彼女を庇いきれません」
二人の低い笑い声が、地下の壁に不気味に響いた。
一方、そんな陰謀が渦巻いているとは露ほども知らない私は。
離宮の庭園で、ユーフェミア様の厳しい指導の下、とんでもないポーズで静止していた。
「ナジャ様、甘いわ! その姿勢のまま、ティーカップの水を一滴もこぼさずに飲み干すのよ!」
「……む、無理です……! 片足立ちで、しかも頭にスイカを載せてお茶を飲むなんて、どこのサーカスですか、これは!」
「これは『不意の襲撃を受けながらも優雅にお茶を飲み続ける』ための、高度なマナー教育よ!」
ユーフェミア様は、今日も今日とて筋肉の神に愛された顔で叫んでいる。
彼女の理論によれば、晩餐会で椅子を引かれたり、スープにカエルを入れられたりしても(どんな晩餐会だ)、動じない体幹が必要なのだという。
「……ふぅ。……でも、ユーフェミア様。明日の晩餐会、なんだか不穏な空気を感じるんです」
私はようやく足を下ろし、頭のスイカを机に置いた。
昨日のローズ様たちの態度や、学園時代から執念深いことで有名だったルルさんのことを思い出すと、どうしても「ただ食べて終わり」にはならない気がする。
「あら、ナジャ様。あなたもようやく、王宮の毒気に気づき始めたのね」
ユーフェミア様は、どこから取り出したのか、巨大なプロテインシェイカーを振りながら言った。
「いい、ナジャ様。美味しいものを食べるには、まず『安全な環境』を自分で勝ち取らなきゃいけないの。どんな罠が仕掛けられていようと、あなたの強靭な胃袋と体幹で、すべてを粉砕してしまいなさい!」
「……粉砕していいのは、硬いバゲットだけだと思っていました」
「同じことよ! 邪魔するやつは、全部揚げパンの生地だと思って捏ねてしまいなさい!」
ユーフェミア様の激励(?)に、私は少しだけ勇気が湧いてきた。
そうだ。私の目的は、明日のフルコースを平和に、かつ隅々まで堪能すること。
そこに、アリステア様が不意に姿を現した。
「ナジャ。明日のドレスが決まったぞ。……それから、神殿が妙な動きをしている。明日の食事、一口目は必ず私の様子を見てからにしろ」
「えっ、殿下。もしかして、毒見をしてくださるんですか?」
アリステア様は一瞬、言葉に詰まった後、ふいと顔を背けた。
「……勘違いするな。君が倒れたら、私の『無害な置物』がいなくなるから困るだけだ。……あと、君が毒で苦しむ顔よりも、美味そうに頬張る顔の方が……見ていて、その、退屈しないからな」
「殿下……。やっぱり、あなたは最高の高級食材カタログですね!」
「……褒め言葉をもう少し選べるようになれ、君は」
アリステア様は呆れたように去っていったが、その足取りはどこか落ち着きがないように見えた。
明日、公式晩餐会。
ルルの陰謀、ローズ様の嫌がらせ、そして神殿の刺客。
それらすべてを迎え撃つ準備を整えた(主に胃袋の)私は、静かに明日のメニュー表を眺めた。
「……ふふふ。ルルさん、あなたが何を企んでいようと。私の食欲は、どんな猛毒よりも強力ですよ」
私は、景気づけにスイカを豪快に叩き割った。
そこには、かつて「聖女の再来」と持て囃されたはずの、見る影もなくやつれた令嬢の姿があった。
「……許さない。あの揚げパン女……。そして、私を裏切ったアリステア様も……!」
ルル・男爵令嬢は、恨みがましく声を絞り出した。
彼女の実家は不正調査によって取り潰しの危機にあり、彼女自身も現在は厳重な監視下に置かれている。
しかし、彼女を支持する神殿の一部勢力が、密かに彼女に手を貸していた。
「ルル様、落ち着いてください。例の『薬』の準備は整いましたよ」
影から現れたのは、神殿の法衣を纏った一人の若い司祭だった。
彼の差し出した小瓶には、無色透明の液体が入っている。
「これは、飲んだ者に激しい腹痛と嘔吐を引き起こしますが、命に別状はありません。これを明日の晩餐会で、ナジャ・ローレルの料理に忍び込ませるのです」
「……いいえ、違うわ。私が飲むのよ」
ルルは、冷酷な笑みを浮かべて小瓶を受け取った。
「私が自ら毒を飲み、それをあの女の仕業に見せかける。……あんな食欲の塊のような女なら、『自分の取り分を増やすために、他の候補者を毒で排除しようとした』という筋書きが、誰よりも似合うでしょう?」
「なるほど、それは名案です。王太子妃候補が毒を盛ったとなれば、いくら殿下の寵愛があろうとも、王室は彼女を庇いきれません」
二人の低い笑い声が、地下の壁に不気味に響いた。
一方、そんな陰謀が渦巻いているとは露ほども知らない私は。
離宮の庭園で、ユーフェミア様の厳しい指導の下、とんでもないポーズで静止していた。
「ナジャ様、甘いわ! その姿勢のまま、ティーカップの水を一滴もこぼさずに飲み干すのよ!」
「……む、無理です……! 片足立ちで、しかも頭にスイカを載せてお茶を飲むなんて、どこのサーカスですか、これは!」
「これは『不意の襲撃を受けながらも優雅にお茶を飲み続ける』ための、高度なマナー教育よ!」
ユーフェミア様は、今日も今日とて筋肉の神に愛された顔で叫んでいる。
彼女の理論によれば、晩餐会で椅子を引かれたり、スープにカエルを入れられたりしても(どんな晩餐会だ)、動じない体幹が必要なのだという。
「……ふぅ。……でも、ユーフェミア様。明日の晩餐会、なんだか不穏な空気を感じるんです」
私はようやく足を下ろし、頭のスイカを机に置いた。
昨日のローズ様たちの態度や、学園時代から執念深いことで有名だったルルさんのことを思い出すと、どうしても「ただ食べて終わり」にはならない気がする。
「あら、ナジャ様。あなたもようやく、王宮の毒気に気づき始めたのね」
ユーフェミア様は、どこから取り出したのか、巨大なプロテインシェイカーを振りながら言った。
「いい、ナジャ様。美味しいものを食べるには、まず『安全な環境』を自分で勝ち取らなきゃいけないの。どんな罠が仕掛けられていようと、あなたの強靭な胃袋と体幹で、すべてを粉砕してしまいなさい!」
「……粉砕していいのは、硬いバゲットだけだと思っていました」
「同じことよ! 邪魔するやつは、全部揚げパンの生地だと思って捏ねてしまいなさい!」
ユーフェミア様の激励(?)に、私は少しだけ勇気が湧いてきた。
そうだ。私の目的は、明日のフルコースを平和に、かつ隅々まで堪能すること。
そこに、アリステア様が不意に姿を現した。
「ナジャ。明日のドレスが決まったぞ。……それから、神殿が妙な動きをしている。明日の食事、一口目は必ず私の様子を見てからにしろ」
「えっ、殿下。もしかして、毒見をしてくださるんですか?」
アリステア様は一瞬、言葉に詰まった後、ふいと顔を背けた。
「……勘違いするな。君が倒れたら、私の『無害な置物』がいなくなるから困るだけだ。……あと、君が毒で苦しむ顔よりも、美味そうに頬張る顔の方が……見ていて、その、退屈しないからな」
「殿下……。やっぱり、あなたは最高の高級食材カタログですね!」
「……褒め言葉をもう少し選べるようになれ、君は」
アリステア様は呆れたように去っていったが、その足取りはどこか落ち着きがないように見えた。
明日、公式晩餐会。
ルルの陰謀、ローズ様の嫌がらせ、そして神殿の刺客。
それらすべてを迎え撃つ準備を整えた(主に胃袋の)私は、静かに明日のメニュー表を眺めた。
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