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晩餐会の会場は、静まり返っていた。
毒入りの可能性があるお茶を一口含んで「不味い」と一蹴し、その直後に平然とマカロンを頬張る令嬢。
そんな前代未聞の光景を前に、各国の要人たちはフォークを握ったまま石のように固まっている。
「……ナジャ。もう一度聞くが、本当に体調に変化はないのか? 顔色が悪いとか、腹痛があるとか」
アリステア様が、私の肩を抱いたまま、まるで壊れ物を扱うような手つきで私の顔を覗き込んできた。
「殿下、ご心配なく。強いて言えば、このマカロンが美味しすぎて、全種類制覇する前に胃袋の容量が限界を迎えそうなことくらいが悩みです」
「……そうか。ならばよし。……さて」
アリステア様の視線が、一瞬で氷点下まで冷え切った。
彼が射抜いたのは、騎士たちに取り押さえられ、ガタガタと震えている神殿の司祭だ。
「司祭殿。説明を伺おうか。なぜ私の婚約者候補のカップに、神殿が秘匿しているはずの『不快な副作用を持つ薬草』の成分が含まれていたのかを」
「そ、それは……! 何かの間違いです! 私はただ、ルル様の付き添いで参っただけで……!」
司祭は必死に首を振るが、その額からは滝のような汗が流れている。
私はマカロンを飲み込むと、一歩前に出た。
「司祭様。往々にして、犯人は自分が完璧だと思っているところに隙を作るものですよ」
「な、なんだと……!? 下級貴族の小娘が知ったようなことを!」
「知っているも何も、バレバレなんですよ。司祭様、あなたの法衣の袖口……。そこについている赤いシミは、何ですか?」
司祭が、ハッとして自分の袖を見た。そこには、小さな、しかし鮮やかな赤いシミがついている。
「……あ、これは、その、聖水に使う果汁が跳ねただけで……!」
「いいえ。それは、私が一口含んで吐き出した『毒入り茶』の飛沫です。私がカップを戻した瞬間、あなたは驚いて身を乗り出しましたよね? その時に飛んだんです」
私は、テーブルに置かれた自分のカップを指差した。
「そして、そのカップに残っている匂いと、あなたの袖から漂う匂い……。それはまさに、今さっき私が酷評した『肉を柔らかくするための安いハーブ』の匂いと同じです」
「な……肉を柔らかくするだと!? これは神殿に伝わる、精神を混濁させる神聖な……!」
「あ。認めましたね」
私がにっこりと微笑むと、司祭は「しまっ……!」と口を押さえた。
会場のあちこちから、失笑が漏れる。
「……司祭殿。どうやら、私の婚約者候補の方が、神殿の隠密部隊よりも捜査能力が高いようだな」
アリステア様が、皮肉たっぷりに告げた。
そこへ、死んだふり……もとい、気を失ったふりをしていたルルさんが、火がついたように叫びだした。
「違います! 私、知りません! 全部、この司祭が勝手にやったことですわ! 私はただ、美味しいお茶が飲みたかっただけで……!」
「ルルさん。あなたはさっき、一口も飲んでいないのに『どうして倒れないのよ』って仰いましたよね?」
私は、床にへたり込んでいる彼女を見下ろした。
「飲んでもいないのに、それが倒れるような代物だと知っていた。……それ、食いしん坊の世界では『試食もせずにレビューを書く』くらいの禁忌ですよ?」
「……何よそれ! 意味がわからないわよ!」
「要するに、嘘つきだってことです。……あ、殿下。彼女、今お腹が鳴りましたよ」
私の鋭い耳(食べ物の気配を察知する機能付き)が、ルルさんの腹部からの微かな振動を捉えた。
「え……?」
「ぐぅぅ~~……」
静まり返った会場に、ルルさんの無慈悲な空腹音が響き渡った。
彼女は、毒を飲む演出のために、朝から何も食べていなかったのだろう。
アリステア様は、深いため息をついた。
「……ルル。真実の愛を語る口から、そんな情けない音を出すとはな。ナジャを見習え。彼女は命を狙われても、次の皿を心配しているぞ」
「……殿下、それは褒めているのですよね?」
「最大級の賛辞だ」
結局、司祭とルルさんは、その場で正式に拘束された。
神殿の汚職、そして王家に対する反逆未遂。
明日には、王国全土を揺るがす大ニュースになるだろう。
……しかし。
「――皆様! お騒がせいたしました! 事件は解決しましたので、晩餐会を続行しましょう!」
私が両手を広げて宣言すると、参加者たちは呆気にとられながらも、徐々に席に戻り始めた。
「ナジャ。君、本当に肝が据わっているな。……普通はここで怖がって、私の胸に飛び込んでくる場面だぞ」
「殿下の胸よりも、今はあちらの『特製仔羊のロースト』の温もりを求めています。……あ、殿下。私の分、まだ残っていますよね?」
「……料理長に、君の分だけ特別に三倍の厚さで切るよう命じておいた」
「殿下! 愛しています! 高級食材カタログとして!」
「……いつかその『カタログ』という呼び名を、別の言葉に変えさせてみせるよ」
アリステア様は、どこか楽しげに、そして少しだけ熱っぽい瞳で私を見た。
晩餐会は、その後、何事もなかったかのように(いや、あったけれど)再開された。
私は宣言通り、仔羊のローストを三倍の厚さで完食し、デザートのワゴンを二往復させるという、もう一つの「伝説」を刻んだのである。
犯人がバレバレな事件は、こうして私の満腹感と共に幕を閉じた。
しかし、この夜の出来事が、アリステア様の独占欲に火をつけてしまったことに。
私はまだ、気づいていなかったのである。
毒入りの可能性があるお茶を一口含んで「不味い」と一蹴し、その直後に平然とマカロンを頬張る令嬢。
そんな前代未聞の光景を前に、各国の要人たちはフォークを握ったまま石のように固まっている。
「……ナジャ。もう一度聞くが、本当に体調に変化はないのか? 顔色が悪いとか、腹痛があるとか」
アリステア様が、私の肩を抱いたまま、まるで壊れ物を扱うような手つきで私の顔を覗き込んできた。
「殿下、ご心配なく。強いて言えば、このマカロンが美味しすぎて、全種類制覇する前に胃袋の容量が限界を迎えそうなことくらいが悩みです」
「……そうか。ならばよし。……さて」
アリステア様の視線が、一瞬で氷点下まで冷え切った。
彼が射抜いたのは、騎士たちに取り押さえられ、ガタガタと震えている神殿の司祭だ。
「司祭殿。説明を伺おうか。なぜ私の婚約者候補のカップに、神殿が秘匿しているはずの『不快な副作用を持つ薬草』の成分が含まれていたのかを」
「そ、それは……! 何かの間違いです! 私はただ、ルル様の付き添いで参っただけで……!」
司祭は必死に首を振るが、その額からは滝のような汗が流れている。
私はマカロンを飲み込むと、一歩前に出た。
「司祭様。往々にして、犯人は自分が完璧だと思っているところに隙を作るものですよ」
「な、なんだと……!? 下級貴族の小娘が知ったようなことを!」
「知っているも何も、バレバレなんですよ。司祭様、あなたの法衣の袖口……。そこについている赤いシミは、何ですか?」
司祭が、ハッとして自分の袖を見た。そこには、小さな、しかし鮮やかな赤いシミがついている。
「……あ、これは、その、聖水に使う果汁が跳ねただけで……!」
「いいえ。それは、私が一口含んで吐き出した『毒入り茶』の飛沫です。私がカップを戻した瞬間、あなたは驚いて身を乗り出しましたよね? その時に飛んだんです」
私は、テーブルに置かれた自分のカップを指差した。
「そして、そのカップに残っている匂いと、あなたの袖から漂う匂い……。それはまさに、今さっき私が酷評した『肉を柔らかくするための安いハーブ』の匂いと同じです」
「な……肉を柔らかくするだと!? これは神殿に伝わる、精神を混濁させる神聖な……!」
「あ。認めましたね」
私がにっこりと微笑むと、司祭は「しまっ……!」と口を押さえた。
会場のあちこちから、失笑が漏れる。
「……司祭殿。どうやら、私の婚約者候補の方が、神殿の隠密部隊よりも捜査能力が高いようだな」
アリステア様が、皮肉たっぷりに告げた。
そこへ、死んだふり……もとい、気を失ったふりをしていたルルさんが、火がついたように叫びだした。
「違います! 私、知りません! 全部、この司祭が勝手にやったことですわ! 私はただ、美味しいお茶が飲みたかっただけで……!」
「ルルさん。あなたはさっき、一口も飲んでいないのに『どうして倒れないのよ』って仰いましたよね?」
私は、床にへたり込んでいる彼女を見下ろした。
「飲んでもいないのに、それが倒れるような代物だと知っていた。……それ、食いしん坊の世界では『試食もせずにレビューを書く』くらいの禁忌ですよ?」
「……何よそれ! 意味がわからないわよ!」
「要するに、嘘つきだってことです。……あ、殿下。彼女、今お腹が鳴りましたよ」
私の鋭い耳(食べ物の気配を察知する機能付き)が、ルルさんの腹部からの微かな振動を捉えた。
「え……?」
「ぐぅぅ~~……」
静まり返った会場に、ルルさんの無慈悲な空腹音が響き渡った。
彼女は、毒を飲む演出のために、朝から何も食べていなかったのだろう。
アリステア様は、深いため息をついた。
「……ルル。真実の愛を語る口から、そんな情けない音を出すとはな。ナジャを見習え。彼女は命を狙われても、次の皿を心配しているぞ」
「……殿下、それは褒めているのですよね?」
「最大級の賛辞だ」
結局、司祭とルルさんは、その場で正式に拘束された。
神殿の汚職、そして王家に対する反逆未遂。
明日には、王国全土を揺るがす大ニュースになるだろう。
……しかし。
「――皆様! お騒がせいたしました! 事件は解決しましたので、晩餐会を続行しましょう!」
私が両手を広げて宣言すると、参加者たちは呆気にとられながらも、徐々に席に戻り始めた。
「ナジャ。君、本当に肝が据わっているな。……普通はここで怖がって、私の胸に飛び込んでくる場面だぞ」
「殿下の胸よりも、今はあちらの『特製仔羊のロースト』の温もりを求めています。……あ、殿下。私の分、まだ残っていますよね?」
「……料理長に、君の分だけ特別に三倍の厚さで切るよう命じておいた」
「殿下! 愛しています! 高級食材カタログとして!」
「……いつかその『カタログ』という呼び名を、別の言葉に変えさせてみせるよ」
アリステア様は、どこか楽しげに、そして少しだけ熱っぽい瞳で私を見た。
晩餐会は、その後、何事もなかったかのように(いや、あったけれど)再開された。
私は宣言通り、仔羊のローストを三倍の厚さで完食し、デザートのワゴンを二往復させるという、もう一つの「伝説」を刻んだのである。
犯人がバレバレな事件は、こうして私の満腹感と共に幕を閉じた。
しかし、この夜の出来事が、アリステア様の独占欲に火をつけてしまったことに。
私はまだ、気づいていなかったのである。
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