どうして身代わりとして、私が新たな婚約者候補に?

夏乃みのり

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 王宮の応接室。
 そこは、普段なら一国の運命を左右する外交官や、重鎮たちが集う厳格な場所だ。
 しかし今、その空間を支配しているのは、別の意味での緊迫感……というか、「異質さ」だった。

「……ナジャ。紹介してくれ。そちらに座って、出されたマドレーヌを五個同時に頬張ろうとしているのは、誰だ?」

 アリステア様が、片手で額を押さえながら問いかけてきた。
 私は、自分の席の隣で「もぐもぐ」と幸せそうに口を動かす二人組を指差した。

「殿下、ご紹介します。我が父、ローレル男爵と、母のマーガレットです。……父様、母様。口の中のものを飲み込んでから挨拶してください」

「ああ、ナジャ! こんなにバターたっぷりのマドレーヌ、私たちが一生かけて稼ぐパン代よりも高いんじゃないかしら!」

「本当だ、マーガレット。この香り、まるで天国の麦畑に立っているようだ。……あ、殿下。ご挨拶が遅れました。ローレル男爵です。娘が何か、高価な食材を勝手に飲み込んだりしていませんか?」

 父様は、慌ててマドレーヌを飲み込み、椅子から立ち上がってぎこちない礼をした。
 
 私の両親は、絵に描いたような「善良で貧乏で食いしん坊な田舎貴族」である。
 アリステア様が私を婚約者候補にしたと聞いて、心配のあまり(あるいは王宮の食事が気になって)、飛んできたのだ。

「……ふむ。ナジャのあの独特の感性は、どうやら遺伝だったようだな」

 アリステア様は、呆れを通り越して感心したように二人を見つめた。

「殿下! うちのナジャがご迷惑をかけていないか心配で……。この子は昔から、お祝いのケーキのイチゴだけを素早く抜き取る特技があったものですから」

「母様、その話は今しなくていいわよ!」

「いいえ、男爵。ナジャ嬢には感謝している。彼女の『食に対する誠実さ』が、私の歪んだ王宮生活に新鮮な風を吹き込んでくれた」

 殿下が真面目な顔で言うと、父様はなぜか深刻な顔で頷いた。

「なるほど……。つまり、ナジャの『毒味を兼ねた完食』が役に立っているということですね。ですが殿下、この子は高級なものばかり食べさせると、実家の質素な麦粥を食べられなくなってしまいます。どうか、あまり甘やかさないでやってください」

「父様、私の心配の方向がおかしいわよ。そこは普通『王太子妃としての品格』とかを心配するところじゃないの?」

「品格? ナジャ、お前はもう『揚げパンを優雅に食べる方法』という、我が家最高の作法を身につけているじゃないか。それ以上の何が必要なんだ?」

 父様の言葉に、アリステア様が耐えきれず「くっ……」と吹き出した。

「ははは! 素晴らしい。ナジャ、君の両親も最高だ。……よし、決めた。ローレル男爵夫妻。君たちも、しばらく王宮に滞在していきなさい。ナジャの妃教育の見学……という名目でな」

「えっ、いいのですか!? 王宮の夜食も食べ放題ですか!?」

 母様の目が、私の獲物を見つけた時の瞳と同じようにキラキラと輝いた。

「ああ。最高級のシェフが、君たちのために特別なメニューを用意させよう。……ただし、ナジャの教育の邪魔にならない範囲でな」

「やりました、お父様! これで私たちの貯金を食費に回さなくて済みますわ!」

「ああ、お母様! これこそが真の『王家の慈悲』というものだ!」

 手を取り合って喜ぶ両親。
 私は、なんだか自分がとても恥ずかしい生き物のように思えてきて、そっと顔を伏せた。

「……殿下。本当にいいんですか? 私の実家、放っておくと王宮の備蓄を半分くらい食い尽くしますよ?」

「構わん。これほどまでに計算しやすく、裏表のない貴族は珍しい。……それに、君がどんな環境で育ったかを知ることで、君への『攻略法』が見えてきた気がする」

 アリステア様は、私の耳元で楽しげに囁いた。

「……餌を増やすだけですよ、私の攻略法なんて」

「それが一番確実で、一番平和だと思わないか?」

 殿下の笑みには、昨日までの冷徹さはなく、どこか「家族」を慈しむような温かさが混じっていた。

 しかし、喜びも束の間。
 母様が、マドレーヌの最後の一つを口に放り込みながら、重大な一言を放った。

「そうそう、ナジャ。実家を出る前にね、神殿の方からお手紙が届いていたのよ。『ナジャ様の真の姿を鑑定しに行く』って」

「鑑定……?」

「ええ。昨日の晩餐会の騒ぎで、あなたが聖女ルル様を陥れたという噂を、神殿の上層部が信じ込んでいるみたい。近々、最高位の神官が王宮に来るんですって」

 私の心臓が、冷たい水に浸かったように冷えた。
 ……また神殿か。

「……殿下。私、また不味いお茶を飲まされますか?」

「いや。今度は茶葉ではないだろう。……だが、案ずるな。君の背後には、私が、そして――」

 殿下は、幸せそうに紅茶をおかわりする私の両親を指差した。

「――あの、恐ろしいほどのポジティブ食欲軍団がついている。神殿の堅苦しい連中も、君たちの前では食欲に屈するしかないだろう」

 こうして、ローレル一家という名の「最強の食欲部隊」が王宮に集結した。
 神殿の来襲を前に、私たちはとりあえず、お昼ご飯のローストチキンの献立について真剣に会議を始めるのだった。
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