どうして身代わりとして、私が新たな婚約者候補に?

夏乃みのり

文字の大きさ
21 / 28

21

 公式晩餐会での「毒入り茶事件」から数日。王宮内は、嵐の前の静けさと、焼きたてのパイの香りに包まれていた。

 私は今、離宮の応接間で、これまでにない「最大の敵」と対峙していた。
 それは、神殿から派遣された最高位の神官、大司教その人である。

「……ナジャ・ローレル嬢。あなたが、我が神殿が誇る聖女ルルを陥れ、あまつさえ神聖な薬草を『不味い』と断じた不届き者ですか」

 目の前に座る大司教様は、真っ白な法衣に身を包み、いかにも「私は清廉潔白です」という顔をして私を睨みつけている。
 その隣では、私の父様と母様が、神殿からのお土産だという『聖なる干し肉』を勝手に開封して、もぐもぐと咀嚼していた。

「大司教様。陥れただなんて人聞きの悪い。私はただ、自分の舌に正直に生きてきただけです。……あ、父様、その干し肉、少し塩気が強くないですか?」

「おっと、ナジャ、鋭いな。確かにこれは、もう少し熟成させた方が旨味が凝縮されるタイプだぞ」

「あら、私はこの野性味あふれる感じ、好きだわ。噛めば噛むほど、神の慈悲……じゃなくて、牛の生命力が伝わってくるわね」

 大司教様は、目の前で繰り広げられる「ローレル家・干し肉批評会」に、額の血管をピクピクと震わせた。

「ええい、黙りなさい! 今日はあなたの『適格性』を鑑定しに来たのです! この『真実の鏡』に手を触れなさい。もしあなたに邪な心があれば、鏡は黒く濁り、清らかな心があれば、光り輝くはずです!」

 大司教様が取り出したのは、古めかしい手鏡のようなものだった。
 ……また、そういうオカルトチックな道具ですか。

「……分かりました。触ればいいんですね。あ、触る前に手を拭いてもいいですか? さっきスコーンを食べた時のバターが、少しついている気がするので」

「早くしなさい!」

 私は渋々、その鏡にそっと指を触れた。
 
 邪な心。
 ……今の私の頭の中にあるのは、今夜の舞踏会で出るという『子鴨のオレンジソース添え』のことだけだ。
 これを邪心と言うのなら、私は真っ黒に濁る自信がある。

 ――その時だった。

 キィィィィン、という高い音と共に、鏡が猛烈な光を放ち始めた。
 その色は、清らかな白……というよりは、こんがりと揚がった『黄金色の揚げパン』のような、暖かみのあるオレンジ色だった。

「……なっ!? これほどまでの輝き……。邪心がないどころか、欲望という概念が一周回って『悟り』の域に達しているというのか!?」

「大司教様、眩しいです。……あ、でもこの色、なんだかお腹が空いてくる輝きですね」

 大司教様は、ガタガタと震えながら鏡を取り落とした。
 
 どうやら、私の「食欲一点突破」の精神構造は、神殿の鑑定道具すらバグらせてしまったらしい。

「ば、馬鹿な……。聖女ルルの時は、もっと弱々しい光だったというのに……。この女、食欲だけで神の領域に触れているというのか……」

「大司教様、あまり考えすぎない方がいいですよ。それより、その干し肉、もう一袋ありませんか?」

 父様の追撃に、大司教様は「おのれぇ……!」と叫びながら、逃げるように部屋を飛び出していった。
 
 鑑定終了。
 結果、私は「理由は分からないが、とにかく清らか(?)である」と認定された。

 そこへ、入れ替わるようにアリステア様が入ってきた。
 彼は去っていく大司教の背中を見送り、満足そうに鼻を鳴らした。

「……ふん。神殿の連中も、君の『胃袋の深淵』には勝てなかったようだな」

「殿下、お疲れ様です。……それより、今夜の舞踏会、本当に出席しないといけないんですか? 私、もう今の鑑定だけでお腹がいっぱい……じゃなくて、胸がいっぱいです」

「そうはいかん。今夜は隣国の要人も招いた、今期最大の舞踏会だ。君を正式な『婚約者候補』として披露する重要な場だからな」

 アリステア様は、私の肩を優しく掴み、その瞳を真っ直ぐに私に向けた。
 
 昨日、ユーフェミア様に「好きだと自覚しなさい」と言われてから、こういう距離感にめっぽう弱くなってしまった。
 心臓が、まるで揚げ物をする時の油のようにパチパチと跳ねる。

「……ナジャ。今夜のドレスは、さらに一段と気合を入れてある。君のその『黄金の心』にふさわしいやつをな」

「殿下……。あ、あの、あまり締め付けないやつでお願いします。子鴨のオレンジソースが入らなくなりますから」

「……善処しよう。だが、今夜は食事だけではなく、私とのダンスも忘れるなよ。君を他の男に貸し出すつもりはないからな」

 殿下の独占欲が、言葉の端々から漏れ出している。
 私は、顔が赤くなるのを隠すように、残っていた干し肉を一口で頬張った。

 しかし。
 華やかな舞踏会の裏側で、幽閉されていたはずのルルが、怪しい影と接触していることを、私たちはまだ知らなかった。

「……ふふふ、ナジャ・ローレル。今夜、あなたのその『食欲』を、絶望に変えてあげるわ」

 王宮の地下牢の片隅で、ルルの不気味な声が響いた。
 
 いよいよ、物語は最大の山場、嵐の舞踏会へと突入する。
 私は無事に子鴨を食べることができるのか。
 そして、アリステア様とのダンスを踊りきることができるのか。
 
 戦いの鐘が、静かに鳴り響こうとしていた。
感想 2

あなたにおすすめの小説

ど天然で超ドジなドアマットヒロインが斜め上の行動をしまくった結果

宝月 蓮
ファンタジー
アリスはルシヨン伯爵家の長女で両親から愛されて育った。しかし両親が事故で亡くなり叔父一家がルシヨン伯爵家にやって来た。叔父デュドネ、義叔母ジスレーヌ、義妹ユゲットから使用人のように扱われるようになったアリス。しかし彼女は何かと斜め上の行動をするので、逆に叔父達の方が疲れ切ってしまうのである。そしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 表紙に素敵なFAいただきました! ありがとうございます!

本の通りに悪役をこなしてみようと思います

Blue
恋愛
ある朝。目覚めるとサイドテーブルの上に見知らぬ本が置かれていた。 本の通りに自分自身を演じなければ死ぬ、ですって? こんな怪しげな本、全く信用ならないけれど、やってやろうじゃないの。 悪役上等。 なのに、何だか様子がおかしいような?

「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗
恋愛
異世界恋愛短編詰め合わせです。 気になったものだけでもおつまみください! 『君を買いたいと言われましたが、私は売り物ではありません』 『悪役令嬢は、友の多幸を望むのか』 『わたくしでは、お姉様の身代わりになりませんか?』 『婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。 』 『婚約破棄された悪役令嬢だけど、騎士団長に溺愛されるルートは可能ですか?』 他多数。 他サイトにも重複投稿しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。