どうして身代わりとして、私が新たな婚約者候補に?

夏乃みのり

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 公式晩餐会での「子鴨のオレンジソース防衛戦」から数日後。
 王宮の審問室にて、ついに不敬罪および殺人未遂、さらには数々の横領容疑をかけられたルルと、神殿の汚職司祭の裁きが下されることになった。

 本来、ここは冷たく厳かな沈黙が支配する場所なのだが。
 なぜか私の席の隣には、小さなサイドテーブルが置かれ、そこには焼きたてのミートパイが鎮座している。

「……あの、殿下。いくらなんでも、裁判中にパイを食べるのは、王族の品格的にどうなんでしょうか」

 私は、パイの香ばしい匂いに鼻をヒクつかせながら、隣のアリステア様に小声で尋ねた。
 アリステア様は、手にした書類に目を落としたまま、平然と答える。

「気にするな。これは審問の緊張感を和らげるための……そう、アロマテラピーの一種だと思えばいい。それに、君が腹を空かせて倒れたら、裁判が中断して非効率だろう?」

「アロマにしては、少し肉汁の主張が激しすぎませんか」

 私がツッコミを入れている間に、扉が開き、ボロボロになったルルさんと司祭が引き立てられてきた。
 メイド服は汚れ、かつての「聖女」の面影は微塵もない。

「……嘘よ。こんなの、絶対に何かの間違いだわ! 私こそがこの国の光! アリステア様に愛されるはずのヒロインなのよ!」

 ルルさんは鎖をジャラジャラと鳴らしながら、狂ったように叫んだ。
 その視線が、アリステア様の隣でパイを手に取ろうとしている私に向けられる。

「ナジャ・ローレル! あなたね!? あなたがその卑しい胃袋で、私の運命を全部飲み込んだのね! この、食欲の化け物!」

「失礼ですね。私は化け物ではありません。ただの、少し人より燃費の悪い美食家です」

 私は、一口パイをかじった。
 サクッ。じゅわっ。
 ……あぁ、この肉の旨味。犯罪の香りがするほど美味しい。

「ルル。往苦しいぞ」

 アリステア様の冷徹な声が響く。
 彼は書類をパラリと捲り、ルルさんの前に突きつけた。

「君が聖女として振る舞うために、神殿と結託して行ってきた『奇跡の捏造』。その証拠がこれだ。貧民街に毒を撒き、それを自分の『祈り』で浄化したように見せかける……。神の名を借りた、最悪の自作自演だな」

「そ、それは……! 私はただ、皆に希望を与えたかっただけで……!」

「希望だと? その影で、どれだけの人間が後遺症に苦しんだと思っている。……さらには、ナジャに盛ろうとしたあの毒。あれは神殿が、逆らう者を廃人にするために密造していた禁薬だ」

 アリステア様の瞳には、一切の情けがなかった。
 
 司祭は、もはや言い逃れはできないと悟ったのか、その場に力なく崩れ落ちた。
 しかし、ルルさんだけは、まだ諦めていないようで私を指差した。

「でも! この女だって同罪よ! 殿下を誑かして、王宮の財産を私物化して……! 毎日あんなに贅沢をして、国民に申し訳ないと思わないの!?」

「贅沢? ルルさん、私は殿下に宝石をねだったことは一度もありませんよ」

 私は、パイの最後の一口を飲み込み、優雅に(?)口元を拭った。

「私が頂いているのは、殿下からの『信頼の証』としての食事です。国民の皆様だって、王妃がひもじい思いをして不機嫌でいるより、お腹いっぱいで上機嫌な方が安心するはずですわ」

「そうだな。ナジャが満足そうに笑っているだけで、国内の幸福度は三パーセント上昇するという統計もある。……私調べだがな」

「殿下、そのデータはさすがに捏造です」

 アリステア様は、満足げに頷くと、判決を言い渡した。

「神殿の司祭は、即刻その地位を剥奪。資産を没収の上、生涯を地下牢で過ごしてもらう。……そしてルル」

 ルルさんが、期待を込めたような、あるいは絶望したような瞳で殿下を見上げる。

「君は、王国北端にある、最も戒律の厳しい修道院へ送る。そこでは贅沢は一切禁止だ。一日の食事は、自分たちで耕した痩せた土地から採れる、硬いライ麦パン一切れと、薄いスープのみ」

「……えっ!? パン一切れ!? そんなの、死んじゃうわよ!」

「ナジャの爪の垢を煎じて飲むがいい。彼女なら、その一切れのパンからでも無限の喜びを見出すだろうが……君には、自分の罪を噛みしめるための、良い修行になるだろう」

「嫌よ! 嫌よぉぉぉ! 私はフレンチが食べたい! アリステア様と優雅なランチがしたいのぉぉ!」

 ルルさんの絶叫が審問室に響き渡る中、彼女は騎士たちに引きずられていった。
 彼女が最期に見たのは、私が追加で注文した『デザートのプリン』が運ばれてくる光景だった。

「……ふぅ。これで一件落着ですね、殿下」

「ああ。……不快な毒虫はいなくなった。これでこれからは、誰にも邪魔されずに君の食事を見守ることができる」

 アリステア様は、私の髪を優しく撫でた。
 
 ルルさんが送られた修道院は、実は「一度入ったら二度と出られない」と言われる、世俗から完全に隔離された場所だ。
 彼女がそこで、本物の「パンの有り難み」を学ぶ日が来るのかどうか……それは、神のみぞ知るところである。

「ナジャ。次は、私たちの結婚式のメニューを決めなければな」

「はい! 殿下、式場全体をパン生地で作るというのはどうでしょう?」

「……それは、客が会場を食べてしまうのではないか?」

「それこそが、究極の参加型披露宴ですわ!」

 私たちは、ルルさんの去った審問室で、新たな「食の野望」について語り合った。
 
 悪役は去り、美味しいものだけが残る。
 これこそが、私の求めていた「真実の結末」なのかもしれない。
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