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伝説の執事グレイソンが仲間になってから、私の悠々自適ライフ計画は、恐るべき速さで進み始めた。
「お嬢様、本日のご予定です。午前中は王都の視察を。午後は今後の拠点となる邸宅の候補をいくつか見て回ります」
「わかったわ。視察の準備をお願い」
「はっ。すでにご用意しております」
グレイソンの手配は、まさに完璧の一言だった。
私がお忍びで街に出ると言えば、誰も公爵令嬢とは気づかないような、質素だが清潔な町娘の服と、顔を隠すためのフード付きのマントを用意してくれる。
「すごいわ、グレイソン。これなら誰にも気づかれないわね」
「お褒めにいただき光栄です。さあ、お嬢様、参りましょう」
グレイソンもまた、目立たない商人のような服装に着替えている。二人で質素な馬車に乗り込み、私たちは王都の商業地区へと向かった。
公爵令嬢としてではなく、一人の娘として街を歩くのは初めての経験だった。
市場には活気のある声が飛び交い、スパイスの刺激的な香りや、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂ってくる。貴族のパーティーで出される洗練された料理とは違う、素朴で力強い食べ物の匂いに、私は思わずお腹を鳴らしそうになった。
「ふふ、面白いわ。知らないことばかりね」
「お嬢様が楽しまれているようで、何よりでございます」
グレイソンは私の少し後ろを歩きながら、常に周囲への警戒を怠らない。さすがは伝説の執事だ。
しばらく歩いていると、一軒の小さな屋台の前で、人だかりができているのが見えた。甘くて、香ばしい、何かを焦がしたような匂いが漂ってくる。
「あれは何かしら?」
「さあ……私も初めて見る屋台ですな。確認してまいります」
グレイソンが人混みをかき分けて戻ってくると、その手には小さな陶器の器が二つあった。
「クレーム・ブリュレ、というそうです。どうぞ、お嬢様」
「クレーム・ブリュレ……」
受け取った器の中には、なめらかなカスタードプリンのようなものが入っており、その表面が、美しい飴色に焦がされていた。
スプーンで表面をコンコンと叩くと、カラメルがパリッと割れる心地よい音がする。
そして、一口。
「……!」
私は衝撃を受けた。
なめらかで濃厚なカスタードの甘さと、ほろ苦く香ばしいカラメルの食感。今まで食べたどんな高級菓子よりも、私の心を鷲掴みにした。
「おいしい……! こんなに美味しいお菓子、初めて食べたわ……!」
私は夢中でスプーンを動かし、あっという間に器を空にしてしまった。
「お気に召したようで」
グレイソンが穏やかに微笑む。
「気に入ったなんてもんじゃないわ! 決めた。私、このお菓子を作るパティシエをスカウトする!」
私の突拍子もない宣言に、グレイソンは少し目を見開いたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。
「承知いたしました。早速、このパティシエについて調査を開始いたします」
「ええ、お願いするわ! どんな手を使ってでも、彼を私の専属にするのよ!」
私の脳内では、既に新しい計画が動き出していた。
このクレーム・ブリュレを武器にすれば、社交界に新しい風を吹かせることができるかもしれない。
こうして、私の悠々自適ライフ計画は、思いがけない出会いによって、新たなステージへと進むことになったのだった。
「お嬢様、本日のご予定です。午前中は王都の視察を。午後は今後の拠点となる邸宅の候補をいくつか見て回ります」
「わかったわ。視察の準備をお願い」
「はっ。すでにご用意しております」
グレイソンの手配は、まさに完璧の一言だった。
私がお忍びで街に出ると言えば、誰も公爵令嬢とは気づかないような、質素だが清潔な町娘の服と、顔を隠すためのフード付きのマントを用意してくれる。
「すごいわ、グレイソン。これなら誰にも気づかれないわね」
「お褒めにいただき光栄です。さあ、お嬢様、参りましょう」
グレイソンもまた、目立たない商人のような服装に着替えている。二人で質素な馬車に乗り込み、私たちは王都の商業地区へと向かった。
公爵令嬢としてではなく、一人の娘として街を歩くのは初めての経験だった。
市場には活気のある声が飛び交い、スパイスの刺激的な香りや、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂ってくる。貴族のパーティーで出される洗練された料理とは違う、素朴で力強い食べ物の匂いに、私は思わずお腹を鳴らしそうになった。
「ふふ、面白いわ。知らないことばかりね」
「お嬢様が楽しまれているようで、何よりでございます」
グレイソンは私の少し後ろを歩きながら、常に周囲への警戒を怠らない。さすがは伝説の執事だ。
しばらく歩いていると、一軒の小さな屋台の前で、人だかりができているのが見えた。甘くて、香ばしい、何かを焦がしたような匂いが漂ってくる。
「あれは何かしら?」
「さあ……私も初めて見る屋台ですな。確認してまいります」
グレイソンが人混みをかき分けて戻ってくると、その手には小さな陶器の器が二つあった。
「クレーム・ブリュレ、というそうです。どうぞ、お嬢様」
「クレーム・ブリュレ……」
受け取った器の中には、なめらかなカスタードプリンのようなものが入っており、その表面が、美しい飴色に焦がされていた。
スプーンで表面をコンコンと叩くと、カラメルがパリッと割れる心地よい音がする。
そして、一口。
「……!」
私は衝撃を受けた。
なめらかで濃厚なカスタードの甘さと、ほろ苦く香ばしいカラメルの食感。今まで食べたどんな高級菓子よりも、私の心を鷲掴みにした。
「おいしい……! こんなに美味しいお菓子、初めて食べたわ……!」
私は夢中でスプーンを動かし、あっという間に器を空にしてしまった。
「お気に召したようで」
グレイソンが穏やかに微笑む。
「気に入ったなんてもんじゃないわ! 決めた。私、このお菓子を作るパティシエをスカウトする!」
私の突拍子もない宣言に、グレイソンは少し目を見開いたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。
「承知いたしました。早速、このパティシエについて調査を開始いたします」
「ええ、お願いするわ! どんな手を使ってでも、彼を私の専属にするのよ!」
私の脳内では、既に新しい計画が動き出していた。
このクレーム・ブリュレを武器にすれば、社交界に新しい風を吹かせることができるかもしれない。
こうして、私の悠々自適ライフ計画は、思いがけない出会いによって、新たなステージへと進むことになったのだった。
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