「婚約破棄だ!二度と顔を見せるな!」と言われたので。

夏乃みのり

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王宮の大広間は、むせ返るような熱気と、高級な香水の匂いに満ちていました。


煌びやかなシャンデリア。

生演奏の優雅なワルツ。

そして、国中から集まった着飾った貴族たち。


「……ふむ。客入りは上々ですね」


私は会場の入口で、扇の隙間からホールを見渡し、即座に人数と想定資産総額を計算しました。


「およそ三百人。一人当たり金貨十枚使ってくれれば、今夜の売上は金貨三千枚……悪くありません」


「メロメ。君の目には、人間が歩く財布に見えているのか?」


隣でクラウス様が苦笑しました。


「失礼な。財布ではありません。『優良顧客(ロイヤルカスタマー)』です」


「言い方の問題だな」


私たちは顔を見合わせ、小さく笑いました。

その時、式部官が杖を床に打ち鳴らし、高らかに声を張り上げました。


「宰相、クラウス・ハミルトン公爵閣下! ならびに、メロメ・ヴァンダル公爵令嬢、ご入場!」


重厚な扉が、ゆっくりと開かれます。


一斉に、数百人の視線が私たちに注がれました。

その視線には、好奇心、羨望、そして少しの侮蔑が含まれています。

無理もありません。

『冷徹な宰相』と『婚約破棄された悪役令嬢』の組み合わせです。

普通なら、針のむしろでしょう。


しかし。


ザッ……。


私たちが一歩、会場に足を踏み入れた瞬間。

その侮蔑の色が、驚愕へと塗り替えられました。


「……え?」

「あれが……メロメ嬢か?」

「なんと美しい……」


ざわめきが、さざ波のように広がっていきます。

ミッドナイトブルーのドレスは、会場の照明を浴びて、まるで星空を纏ったかのように輝きました。

胸元の『月の涙』が、神秘的な光を放ちます。

そして何より、私の(自称)営業用スマイルは完璧でした。


「堂々としていろ。君は今夜、この国で一番美しい」


クラウス様が、私の腰に回した手に力を込めました。

その凛とした立ち振る舞いと、私を守るような所作に、令嬢たちが黄色い悲鳴を上げます。


「キャーッ! クラウス様、素敵!」

「あんな優しそうな顔、初めて見たわ……」

「お似合いすぎて、妬く気にもなれない……」


私たちは、まるで海を割るように、人混みの中を進みました。

視線が心地よい。

かつてギルバート殿下の後ろで、陰口を叩かれていた頃とは大違いです。

これが『権力(宰相)』と『財力(ドレス)』の力ですか。

素晴らしい。やはり世の中、金と地位です。


「……おい、嘘だろう?」


人垣の向こうから、呆然とした声が聞こえました。


声の主を探すと、ホールの中心、王族専用のスペースに、その人物はいました。


ギルバート殿下です。


しかし、その姿は哀れなものでした。

かつては仕立ての良い軍服を着こなしていたはずが、今日の衣装はどこかサイズが合っていません。

肩幅がキツそうで、逆にウエストはブカブカ。

顔色も悪く、目の下には濃いクマがあります。


そして、その腕にぶら下がっているのは、ショッキングピンクのドレスを着たミミ嬢。

彼女の二の腕は、ドレスのパフスリーブを内側から破壊しそうなほどパンプアップしていました。


「ギルバート様ぁ、お腹空きましたぁ。プロテインないんですかぁ?」


「しっ、静かにしろミミ。今、大事なところなんだ」


殿下はミミ嬢をあしらいながら、食い入るようにこちらを見ています。

目をこすり、瞬きをし、そしてもう一度見ました。

見事なまでの『二度見』です。


私たちは、殿下の前まで進み、足を止めました。


「ごきげんよう、ギルバート殿下。本日はお招きいただき、光栄です」


私が優雅にカーテシーをすると、殿下は口を半開きにしたまま固まりました。


「……め、メロメ……なのか?」


「はい、メロメですが。何か?」


「ば、馬鹿な……。お前、そんな……あんな地味で、可愛げのない女だったはずが……」


殿下の視線が、私のつま先から頭のてっぺんまで、舐めるように移動します。

そして、ドレスの背中が大きく開いた部分で、ゴクリと喉を鳴らしました。


「綺麗だ……」


無意識に漏れたその言葉。

周囲の貴族たちにも、はっきりと聞こえました。


「あんな美人が元婚約者?」

「殿下、逃した魚は大きかったんじゃないか?」

「今のピンク色の筋肉娘より、よっぽどいいじゃないか」


ひそひそ話が聞こえてきます。

殿下の顔が、赤くなったり青くなったり忙しなく変化します。


「殿下。あまりジロジロ見ないでいただけますか? 減るものではありませんが、視線料を請求しますよ」


私が冷たく言い放つと、殿下はハッと我に返りました。


「か、金の話をするな! せっかく見直してやったのに、中身は相変わらず守銭奴か!」


「おやおや。外見でしか判断できない浅はかさは、相変わらずですね」


「なんだと!?」


「それに、殿下こそ随分とお疲れのご様子。……お肌、カサカサですよ?」


私はわざとらしく、殿下の顔を覗き込みました。


「連日の筋トレ……いえ、公務でお疲れなのですね。ストレスはお肌の大敵ですわ」


「うっ……うるさい! 誰のせいで苦労していると思っているんだ!」


「自業自得でしょう」


会話がヒートアップしそうになったその時、クラウス様がスッと私の前に割って入りました。


「殿下。私のパートナーに、あまり気安く話しかけないでいただきたい」


氷の視線。

周囲の気温が三度ほど下がった気がします。


「ク、クラウス……。お前、メロメをそんなに着飾らせて……まるで自分の所有物のように!」


「所有物ではない。彼女は私の『宝石』だ。傷がつくと困る」


クラウス様は、私の肩を抱き寄せ、見せつけるように引き寄せました。


「それに殿下。貴方には、隣に可愛らしい婚約者殿がいらっしゃるではないですか」


「え?」


殿下が横を見ると、ミミ嬢が退屈そうに空気椅子(スクワットの一種)をしていました。


「ねえギルバート様ぁ。私、あそこのローストビーフが食べたいですぅ。タンパク質ぅ」


「ミ、ミミ! 空気椅子はやめろ! 恥ずかしい!」


「だってぇ、じっとしてると筋肉が縮んじゃうんですぅ」


会場から失笑が漏れます。

かつて『真実の愛』と称えられた二人の姿は、今や完全にコメディです。


「くそっ……! なぜだ……なぜお前がそっちにいて、私がこっちなんだ……!」


殿下は悔しげに私を見つめました。

その瞳には、明らかな『未練』の色が浮かんでいます。

あんなに罵って婚約破棄したくせに、綺麗になった途端にこれです。

男心とは、なんと単純で現金なものでしょうか。


「メロメ。……戻ってくる気はないか?」


殿下が、小声で呟きました。


「は?」


「いや、その……側室でもいいと言ったが、今なら正妃にしてやっても……」


「聞こえませんね」


私は耳に手を当てました。


「あ、もしかして『この美肌の秘訣を知りたい』とおっしゃいました?」


「は? いや、そんなことは……」


「聞こえました! 皆様! 殿下が私の肌の美しさに興味を持たれましたわ!」


私はここぞとばかりに、声を張り上げました。

周囲の貴婦人たちが「えっ?」と注目します。


「実は私、ハミルトン公爵家と共同開発した、特別な美容液を使っているんです!」


私はドレスのスリットから、素早く小瓶を取り出しました。

照明を浴びて、小瓶の中の液体がキラキラと輝きます。


「見てください、このツヤ! 徹夜で書類整理をしても、元婚約者に理不尽な借金を押し付けられても、この一滴があればプルプルです!」


「まあ! あのメロメ様が言うなら……!」

「宰相閣下も認めた品なの?」

「私も欲しいわ!」


私のプレゼンに、貴婦人たちが食いつきました。

ギルバート殿下とのロマンス(笑)などより、自分自身の美貌の方が重要なのです。

女の世界もまた、現金なものです。


「今なら、会場限定価格でご予約承ります! 先着五十名様には、宰相閣下のサイン入りブロマイド(非売品)をお付けします!」


「買うわ!!」

「私に十本ちょうだい!」

「閣下のブロマイド付き!? 言い値で買うわ!」


一瞬にして、優雅な夜会会場が、バーゲン会場へと変貌しました。

令嬢たちが殺到し、私はもみくちゃにされます。


「ちょ、メロメ!?」


クラウス様が目を丸くしています。

まさか自分のブロマイドが特典にされているとは知らなかったでしょう。

事後承諾です。肖像権の使用料は、今夜の夕食で相殺します。


「ギルバート様、私には買ってくれないんですかぁ?」


ミミ嬢が殿下の袖を引っ張りました。


「あ、あれは高いんだ……今の私には……」


「ケチ! 甲斐性なし! 筋肉も金もない男なんて!」


「ぐああっ!」


殿下はミミ嬢に背中をバシッと叩かれ(軽く骨の折れる音がしました)、よろめきながら私を見ました。

その目には、涙が浮かんでいます。


「メロメ……お前、本当に……」


「商売繁盛で何よりです」


私は注文票をさばきながら、殿下にニッコリと微笑みかけました。

それは、かつて彼に向けたどんな笑顔よりも、生き生きと輝いていたことでしょう。


「あ、殿下も買います? 男性用育毛トニックも試作中ですが」


「いらん!!」


殿下の絶叫は、女性たちの「きゃあきゃあ」という歓声にかき消されていきました。


こうして、私の『夜会デビュー』は、社交界への華麗なる復帰と、過去最高益の樹立という、二重の成功を収めたのでした。

ただ一人、勝手にブロマイドを売られたクラウス様だけが、苦笑しながら頭を抱えていましたが。
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