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「……ぬるい」
王宮の「玉座の間」。
この国の最高権力者である国王陛下が、手に持ったティーカップを静かに、しかし怒りを込めてソーサーに戻しました。
「おい、侍従長。今日の紅茶はなぜこんなにぬるいのだ? それに、茶葉の香りもしない。まるで出がらしだ」
「も、申し訳ございません、陛下……」
侍従長が青ざめた顔で平伏しました。
「実は……茶葉の購入予算が下りず、先週の茶葉を天日干しして再利用しておりまして……」
「は? 再利用? 王家が?」
「はい。お湯の温度につきましても、薪(まき)の在庫が尽きかけており、節約のために低温で……」
国王陛下は眉間の皺を深くしました。
最近、王宮の住環境が急速に悪化していることは感じていました。
廊下の隅に埃が溜まっている。
庭の雑草が伸び放題。
衛兵の制服がヨレヨレ。
そして、愛息子であるギルバート王太子の顔色が、死人のように悪い。
「どうなっているのだ? 我が国の財政は破綻したのか?」
「い、いいえ。税収は例年通りでございます」
「ならばなぜ、わしはぬるい出がらし茶を飲まされているのだ!」
国王の怒号が響きます。
侍従長は震えながら、真実を口にしました。
「すべては……メロメ・ヴァンダル公爵令嬢がいなくなったせいでございます」
「メロメ? ああ、ギルバートの婚約者だった娘か」
「はい。彼女が王宮内のあらゆる物資調達、予算配分、人員配置を完璧に管理しておりました。彼女が去ってからというもの、業者の手配もままならず、物流がストップし、この有様でございます」
「……なんだと?」
国王は目を丸くしました。
彼は知らなかったのです。
メロメという一人の令嬢が、王宮という巨大組織の心臓部(主に財布と事務)を担っていたことを。
てっきり、優秀な官僚たちがやっているものだと思っていました。
「では、ギルバートは何をしている? あやつが次期国王として指揮を執っているのではないのか?」
「殿下は……現在、ミミ様の筋肉トレーニングにお付き合いされており、公務どころでは……」
「あのバカ息子がァァァ!!」
ドゴォォン!!
玉座の肘掛けが、王の拳によって粉砕されました。
「直ちにメロメを呼べ! 連れ戻せ!」
「そ、それが……彼女は現在、宰相クラウス閣下の元で再就職されておりまして……」
「クラウスだと? あやつ、わしの嫁候補(予定)を引っこ抜いたのか!」
「加えて、メロメ様は『いかなる理由があろうとも、未払い賃金と精神的慰謝料が支払われるまでは、王宮の敷居は跨がない』と宣言されており……」
「金か! 金ならいくらでも払う! このままではわしの老後が寒いまま終わってしまう!」
国王は立ち上がりました。
「勅命だ! 正式な『招聘状(しょうへいじょう)』を出せ! メロメ・ヴァンダルを、国賓級の待遇で招くのだ!」
「は、はいぃぃっ!」
こうして、王宮から一頭の早馬が飛び出していきました。
向かう先は、ハミルトン公爵邸。
その背には、国の威信と、国王の切実な願い(温かいお茶が飲みたい)が乗せられていました。
一方、その頃。
ハミルトン邸の執務室では。
「……くしゅん」
私が小さくくしゃみをすると、すかさずクラウス様がブランケットをかけてくれました。
「風邪か? 誰かが噂しているな」
「どうせ王宮でしょう。呪いかもしれません」
私は鼻をすすりながら、手元の書類にサインをしました。
夜会での大成功から数日。
私の『美肌ローション』ビジネスは軌道に乗り、工場からの出荷が追いつかないほどです。
クラウス様との関係も、あの夜以来、なんとなく……その、良い雰囲気というか、距離が近いというか。
「メロメ。今度の休日は空けておけよ」
「また視察ですか?」
「違う。ピクニックだ。サンドイッチを作ってやろう」
「貴方が? 毒見が必要ですね」
「失敬な。私の料理スキルはプロ級だぞ。計算通りに調味料を配合するからな」
そんな平和な雑談をしていた時です。
コンコンコン!
執事のセバスチャンが、珍しく慌てた様子で入ってきました。
「旦那様、メロメ様。王宮より、勅使(ちょくし)が参られました」
「勅使?」
クラウス様が目を細めました。
勅使とは、国王陛下の言葉を直接伝える使者のこと。
よほどの重大事でない限り、派遣されることはありません。
「通せ」
現れたのは、王宮の侍従長でした。
彼はやつれ果てており、目の下のクマはギルバート殿下とお揃いです。
「宰相閣下、そしてメロメ嬢……。突然の訪問、ご容赦ください」
「何の用だ。私は今、メロメとの愛のピクニック計画で忙しいのだが」
「ブッ!」
私はお茶を吹き出しかけました。
嘘をつかないでください。仕事中です。
「へ、陛下より……勅命です」
侍従長は震える手で、金色の巻物を差し出しました。
クラウス様が受け取り、広げます。
そして、内容を一読すると、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべました。
「……なるほど。ついに音を上げたか」
「何て書いてあるんですか?」
「『至急参内(さんだい)されたし。国政に関わる重大な危機につき、メロメ嬢の知恵を借りたい』……だそうだ」
「重大な危機? 戦争でも起きるんですか?」
「いや、おそらく『風呂がぬるい』とか『飯がまずい』とか、そのレベルだろう」
クラウス様は巻物を私に渡しました。
読んでみると、そこには王家の紋章とともに、必死さが滲み出るような文面が並んでいました。
要約すると、『頼むから助けてくれ、言い値でいいから』と書いてあります。
「……行きますか、メロメ?」
クラウス様が試すように尋ねてきました。
「断ることもできるぞ。勅命とはいえ、君はすでに王宮の人間ではない。私が全力で守れば、拒否権はある」
私は考えました。
正直、あのブラック職場に戻る気はありません。
ギルバート殿下の顔も見たくないですし、ミミ嬢の筋肉自慢も間に合っています。
しかし。
『言い値でいいから』。
この一文が、私の守銭奴魂に火をつけました。
「……クラウス様」
「なんだ」
「王宮の財政状況、先日見ましたよね?」
「ああ。火の車だったな」
「現金はありませんが、王家には『資産』があります。土地、美術品、鉱山の採掘権……」
「……君は、国を乗っ取る気か?」
「人聞きが悪い。正当な『コンサルティング報酬』を受け取るだけです」
私はニッコリと微笑みました。
「行きましょう、クラウス様。これはビジネスチャンスです」
「ふっ……。やはり君はブレないな」
クラウス様は満足げに頷きました。
「いいだろう。私も同行する。君が不当な契約を結ばされないよう、私が交渉人(ネゴシエーター)になろう」
「心強いです。では、早速準備を」
私は侍従長に向き直りました。
「お受けいたします。ただし」
「た、ただし?」
「移動の馬車は王家所有の最上級のものをご用意ください。振動で計算の手元が狂うと困りますので」
「は、はい! 直ちに!」
「それと、現地でのおやつは『ル・ソレイユ』のマカロンを用意しておいてください。頭を使いますので」
「承知いたしました!」
侍従長は逃げるように去っていきました。
「さあ、メロメ。戦闘準備だ」
クラウス様が立ち上がりました。
「今回の相手はギルバート殿下ではない。国王陛下だ。手強いぞ?」
「相手にとって不足はありません。それに、私には最強の味方がいますから」
「私のことか?」
「いいえ、この『計算機』です」
「……そこは『貴方です』と言ってほしかったな」
クラウス様が少し拗ねたように唇を尖らせました。
そんな彼の腕に、私はそっと自分の腕を絡ませました。
「……もちろん、貴方もですよ。私の『筆頭株主』様」
「!……ふん、調子のいい奴め」
耳を赤くしてそっぽを向く宰相閣下。
可愛いです。
この反応を見るためなら、多少のサービス発言も経費として計上してもいいかもしれません。
こうして、私は再び王宮へ向かうことになりました。
かつては『捨てられた悪役令嬢』として出て行った門を、今度は『国の救世主(高額請求書付き)』としてくぐるのです。
待っていてください、国王陛下。
そして、ギルバート殿下。
私のコンサル料は、とてつもなくお高いですよ?
王宮の「玉座の間」。
この国の最高権力者である国王陛下が、手に持ったティーカップを静かに、しかし怒りを込めてソーサーに戻しました。
「おい、侍従長。今日の紅茶はなぜこんなにぬるいのだ? それに、茶葉の香りもしない。まるで出がらしだ」
「も、申し訳ございません、陛下……」
侍従長が青ざめた顔で平伏しました。
「実は……茶葉の購入予算が下りず、先週の茶葉を天日干しして再利用しておりまして……」
「は? 再利用? 王家が?」
「はい。お湯の温度につきましても、薪(まき)の在庫が尽きかけており、節約のために低温で……」
国王陛下は眉間の皺を深くしました。
最近、王宮の住環境が急速に悪化していることは感じていました。
廊下の隅に埃が溜まっている。
庭の雑草が伸び放題。
衛兵の制服がヨレヨレ。
そして、愛息子であるギルバート王太子の顔色が、死人のように悪い。
「どうなっているのだ? 我が国の財政は破綻したのか?」
「い、いいえ。税収は例年通りでございます」
「ならばなぜ、わしはぬるい出がらし茶を飲まされているのだ!」
国王の怒号が響きます。
侍従長は震えながら、真実を口にしました。
「すべては……メロメ・ヴァンダル公爵令嬢がいなくなったせいでございます」
「メロメ? ああ、ギルバートの婚約者だった娘か」
「はい。彼女が王宮内のあらゆる物資調達、予算配分、人員配置を完璧に管理しておりました。彼女が去ってからというもの、業者の手配もままならず、物流がストップし、この有様でございます」
「……なんだと?」
国王は目を丸くしました。
彼は知らなかったのです。
メロメという一人の令嬢が、王宮という巨大組織の心臓部(主に財布と事務)を担っていたことを。
てっきり、優秀な官僚たちがやっているものだと思っていました。
「では、ギルバートは何をしている? あやつが次期国王として指揮を執っているのではないのか?」
「殿下は……現在、ミミ様の筋肉トレーニングにお付き合いされており、公務どころでは……」
「あのバカ息子がァァァ!!」
ドゴォォン!!
玉座の肘掛けが、王の拳によって粉砕されました。
「直ちにメロメを呼べ! 連れ戻せ!」
「そ、それが……彼女は現在、宰相クラウス閣下の元で再就職されておりまして……」
「クラウスだと? あやつ、わしの嫁候補(予定)を引っこ抜いたのか!」
「加えて、メロメ様は『いかなる理由があろうとも、未払い賃金と精神的慰謝料が支払われるまでは、王宮の敷居は跨がない』と宣言されており……」
「金か! 金ならいくらでも払う! このままではわしの老後が寒いまま終わってしまう!」
国王は立ち上がりました。
「勅命だ! 正式な『招聘状(しょうへいじょう)』を出せ! メロメ・ヴァンダルを、国賓級の待遇で招くのだ!」
「は、はいぃぃっ!」
こうして、王宮から一頭の早馬が飛び出していきました。
向かう先は、ハミルトン公爵邸。
その背には、国の威信と、国王の切実な願い(温かいお茶が飲みたい)が乗せられていました。
一方、その頃。
ハミルトン邸の執務室では。
「……くしゅん」
私が小さくくしゃみをすると、すかさずクラウス様がブランケットをかけてくれました。
「風邪か? 誰かが噂しているな」
「どうせ王宮でしょう。呪いかもしれません」
私は鼻をすすりながら、手元の書類にサインをしました。
夜会での大成功から数日。
私の『美肌ローション』ビジネスは軌道に乗り、工場からの出荷が追いつかないほどです。
クラウス様との関係も、あの夜以来、なんとなく……その、良い雰囲気というか、距離が近いというか。
「メロメ。今度の休日は空けておけよ」
「また視察ですか?」
「違う。ピクニックだ。サンドイッチを作ってやろう」
「貴方が? 毒見が必要ですね」
「失敬な。私の料理スキルはプロ級だぞ。計算通りに調味料を配合するからな」
そんな平和な雑談をしていた時です。
コンコンコン!
執事のセバスチャンが、珍しく慌てた様子で入ってきました。
「旦那様、メロメ様。王宮より、勅使(ちょくし)が参られました」
「勅使?」
クラウス様が目を細めました。
勅使とは、国王陛下の言葉を直接伝える使者のこと。
よほどの重大事でない限り、派遣されることはありません。
「通せ」
現れたのは、王宮の侍従長でした。
彼はやつれ果てており、目の下のクマはギルバート殿下とお揃いです。
「宰相閣下、そしてメロメ嬢……。突然の訪問、ご容赦ください」
「何の用だ。私は今、メロメとの愛のピクニック計画で忙しいのだが」
「ブッ!」
私はお茶を吹き出しかけました。
嘘をつかないでください。仕事中です。
「へ、陛下より……勅命です」
侍従長は震える手で、金色の巻物を差し出しました。
クラウス様が受け取り、広げます。
そして、内容を一読すると、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべました。
「……なるほど。ついに音を上げたか」
「何て書いてあるんですか?」
「『至急参内(さんだい)されたし。国政に関わる重大な危機につき、メロメ嬢の知恵を借りたい』……だそうだ」
「重大な危機? 戦争でも起きるんですか?」
「いや、おそらく『風呂がぬるい』とか『飯がまずい』とか、そのレベルだろう」
クラウス様は巻物を私に渡しました。
読んでみると、そこには王家の紋章とともに、必死さが滲み出るような文面が並んでいました。
要約すると、『頼むから助けてくれ、言い値でいいから』と書いてあります。
「……行きますか、メロメ?」
クラウス様が試すように尋ねてきました。
「断ることもできるぞ。勅命とはいえ、君はすでに王宮の人間ではない。私が全力で守れば、拒否権はある」
私は考えました。
正直、あのブラック職場に戻る気はありません。
ギルバート殿下の顔も見たくないですし、ミミ嬢の筋肉自慢も間に合っています。
しかし。
『言い値でいいから』。
この一文が、私の守銭奴魂に火をつけました。
「……クラウス様」
「なんだ」
「王宮の財政状況、先日見ましたよね?」
「ああ。火の車だったな」
「現金はありませんが、王家には『資産』があります。土地、美術品、鉱山の採掘権……」
「……君は、国を乗っ取る気か?」
「人聞きが悪い。正当な『コンサルティング報酬』を受け取るだけです」
私はニッコリと微笑みました。
「行きましょう、クラウス様。これはビジネスチャンスです」
「ふっ……。やはり君はブレないな」
クラウス様は満足げに頷きました。
「いいだろう。私も同行する。君が不当な契約を結ばされないよう、私が交渉人(ネゴシエーター)になろう」
「心強いです。では、早速準備を」
私は侍従長に向き直りました。
「お受けいたします。ただし」
「た、ただし?」
「移動の馬車は王家所有の最上級のものをご用意ください。振動で計算の手元が狂うと困りますので」
「は、はい! 直ちに!」
「それと、現地でのおやつは『ル・ソレイユ』のマカロンを用意しておいてください。頭を使いますので」
「承知いたしました!」
侍従長は逃げるように去っていきました。
「さあ、メロメ。戦闘準備だ」
クラウス様が立ち上がりました。
「今回の相手はギルバート殿下ではない。国王陛下だ。手強いぞ?」
「相手にとって不足はありません。それに、私には最強の味方がいますから」
「私のことか?」
「いいえ、この『計算機』です」
「……そこは『貴方です』と言ってほしかったな」
クラウス様が少し拗ねたように唇を尖らせました。
そんな彼の腕に、私はそっと自分の腕を絡ませました。
「……もちろん、貴方もですよ。私の『筆頭株主』様」
「!……ふん、調子のいい奴め」
耳を赤くしてそっぽを向く宰相閣下。
可愛いです。
この反応を見るためなら、多少のサービス発言も経費として計上してもいいかもしれません。
こうして、私は再び王宮へ向かうことになりました。
かつては『捨てられた悪役令嬢』として出て行った門を、今度は『国の救世主(高額請求書付き)』としてくぐるのです。
待っていてください、国王陛下。
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今作の初投稿はアルファさんでその時にたくさん応援いただいたため、もう少し時間ありますので皆様に読んでいただけたらと第二部更新いたします。
第二部に合わせて、『これからの私たち』以降修正しております。
転生関係の謎にも触れてますので、ぜひぜひ更新の際はお付き合いいただけたら幸いです。
2025.9.9追記
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