「婚約破棄だ!二度と顔を見せるな!」と言われたので。

夏乃みのり

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「よくぞ参った、メロメよ! 待ちかねたぞ!」


王宮の玉座の間。

重厚な扉が開かれるやいなや、国王陛下が玉座から身を乗り出しました。

その姿には、かつての威厳ある覇王の面影はありません。

寒さに震え、シワの寄った服を着て、手にはカイロ代わりの温石(おんジャク)を握りしめている、ただの初老の男性です。


「お久しぶりでございます、陛下。ご機嫌麗しゅう……とは言えないようですね」


私は優雅にカーテシーを行いました。

隣では、クラウス様が完璧な礼をしつつ、鋭い視線で周囲を観察しています。


「うむ、麗しくない。まったく麗しくないのだ! 風呂は水! 食事は冷たい! 城内は埃っぽい! わしはもう限界だ!」


陛下が悲痛な叫びを上げました。

周囲に控える大臣たちも、皆一様にうつむいています。

彼らもまた、予算不足による暖房停止の被害者なのでしょう。鼻水が出ている人もいます。


「単刀直入に言おう、メロメ。戻ってこい。今すぐにだ」


陛下が懇願しました。


「ギルバートとの婚約破棄は撤回する。あやつの教育係として、いや、もう実質的な『王宮の管理人』として、全権を委ねる。だから、この寒くてひもじい生活を何とかしてくれ!」


「……魅力的なご提案ですが」


私はゆっくりと顔を上げ、ニッコリと微笑みました。


「お断りします」


「な、なにぃ!?」


「私は現在、ハミルトン公爵家と雇用契約を結んでおります。福利厚生は手厚く、上司(クラウス様)は有能で、職場環境は快適そのもの。わざわざ、傾きかけた泥舟(王宮)に戻る理由がございません」


「ど、泥舟とは……! しかし、国の危機なのだぞ!」


「国の危機を招いたのは、王族の放漫財政です。尻拭いはご自身でどうぞ」


私の冷たい正論に、陛下がぐぬぬと詰まりました。

ここで、クラウス様が一歩前に出ました。


「陛下。私の大切な補佐官を、安易に引き抜こうとしないでいただきたい。彼女は今や、我が国の行政の中枢を担う不可欠な人材です」


「くっ、クラウス……。お前、わしよりその娘が大事か?」


「はい、大事です(即答)」


「即答しおった!?」


陛下がガックリと肩を落としました。

しかし、ここで引き下がるわけにはいかないようです。

温かいお茶への渇望は、人を必死にさせます。


「た、頼む! 期間限定でもいい! 外部委託でもいい! 金なら払う! だから知恵を貸してくれ!」


「……『金なら払う』。その言葉、待っておりました」


私は懐から、あらかじめ作成しておいた『コンサルティング契約書』を取り出しました。


「正規雇用ではなく、『業務委託契約』であれば、お引き受けしましょう。ただし、条件があります」


「な、なんだ? 何でも言ってみろ」


「第一に、私の身分はあくまで『ハミルトン公爵家所属』です。王宮の指揮下には入りません」


「うむ、認めよう」


「第二に、報酬についてです」


私は契約書の数字を指差しました。


「時給、金貨一枚。いかがでしょう?」


「じ、時給金貨一枚!?」


大臣たちがどよめきました。

それは、一般的な騎士の年収に匹敵する額です。

一時間働くだけで、家が建ちます。


「高い! 暴利だ!」


「おやおや。高いと思われますか? 私が一時間動けば、王宮の無駄な経費を金貨百枚は削減してみせますが?」


「ぐっ……」


「コストパフォーマンスを考えれば、破格の安さですよ? 嫌なら結構です。私は帰って、クラウス様と温かいココアを飲みますので」


私が踵を返そうとすると、陛下が「待て待て待て!」と叫びました。


「払う! 払うから行ってくれるな! ココアが飲みたいのはわしも同じじゃ!」


「契約成立ですね。では、第三の条件」


私はさらに畳み掛けました。


「私の業務に対し、ギルバート殿下およびミミ男爵令嬢の干渉を一切禁じます。もし彼らが私の邪魔をした場合、違約金として追加で金貨一万枚を請求します」


「わかった、わかった! あやつらは部屋に閉じ込めておく!」


「よろしい。では、ここにサインを」


陛下が震える手でペンを取り、羊皮紙にサインをしようとした、その時です。


バーン!!


またしても、タイミング悪く扉が開きました。

この国の人々は、ノックという文化を知らないのでしょうか。


「待てぇぇぇっ!!」


現れたのは、当然のごとくギルバート殿下でした。

その後ろには、なぜかダンベルを持ったミミ嬢もいます。


「父上! 騙されてはいけません! その女は魔女です!」


殿下は叫びながら、私と陛下の間に割って入りました。


「時給金貨一枚だと? ふざけるな! そんな金があるなら、ミミのプロテイン代に回すべきだ!」


「ギルバート様、ナイスバルクですぅ! その意気です!」


ミミ嬢が応援します。


「ギルバート……邪魔をするな……わしは今、契約を……」


陛下が弱々しく言いますが、殿下は聞く耳を持ちません。

彼は私の方へ向き直り、鬼の形相で睨みつけました。


「メロメ! お前、まだ金に執着しているのか! 恥を知れ!」


「恥? 労働の対価を要求することが、なぜ恥なのですか?」


「王家に尽くすのは名誉だろう! 金銭を要求するなど、守銭奴のすることだ!」


「名誉でパンは買えません。名誉でドレスは作れません。そして何より」


私は冷ややかな視線を送りました。


「名誉では、貴方の借金は返せませんよ?」


「ぐぬっ……!」


「だいたい、殿下。貴方は『愛があれば金などいらぬ』と仰いましたね? では伺いますが、なぜ今、王宮はこんなに寒いのですか? なぜ食事は質素なのですか? 貴方の愛とやらで、暖炉に火をつけてみてはいかがです?」


「そ、それは……」


「愛で腹は膨れません。愛で部屋は暖まりません。現実(リアル)を動かすのは、いつだって予算と実務能力です」


私の言葉に、周囲の大臣たちがウンウンと深く頷いています。

彼らもまた、殿下の『愛』という名の無責任さに振り回されてきた被害者だからです。


「くっ……詭弁だ! 父上、こんな女に金を払う必要はありません! 私が……私が何とかします!」


「お前に何ができると言うのだ!」


陛下がついにキレました。


「お前が『予算管理なんて面倒だ』と放り出した結果がこれだろう! お前の愛するミミ嬢の筋肉のために、国庫が空になりかけておるのだぞ!」


「し、しかし……」


「黙れ! メロメよ、サインしたぞ! これで契約成立だ!」


陛下は殿下を無視して、素早くサインを書き殴りました。


「ありがとうございます、陛下。毎度あり」


私は契約書を確認し、満足げに頷きました。

これで私は、王宮公認の『最高給取りコンサルタント』です。


「さて、業務を開始します」


私はパンパン、と手を叩きました。


「まず、そこの暖炉。薪がないなら、殿下の部屋にある不要な家具を燃やしてください」


「はぁ!? 私のコレクション棚をか!?」


「どうせ贋作のコレクションでしょう? 燃焼効率が良さそうです」


「や、やめろー!」


「次に、厨房。食材がないなら、庭の観賞用の鯉を調理してください。あれは食用にもなる品種です」


「わしの鯉が……いや、背に腹は代えられん」


陛下が涙を飲んで許可しました。


「そして、ギルバート殿下とミミ嬢」


私は二人を指差しました。


「貴方たちには、特別任務を与えます」


「に、任務?」


「王宮の掃除です。人手が足りません。その有り余る体力と筋肉を使って、城中の廊下を雑巾掛けしてください」


「な、なぜ王太子の私が雑巾掛けなど!」


「嫌なら働かざる者食うべからず。今日の夕食は抜きです」


「ひどい! タンパク質が摂れないとカタボリック(筋肉分解)しちゃいますぅ!」


ミミ嬢が悲鳴を上げました。


「じゃあ、やります! 雑巾掛けは全身運動になりますから!」


「ミ、ミミ!?」


「ギルバート様もやりましょう! レッツ・クリーニング!」


ミミ嬢は殿下の襟首を掴み、ズルズルと廊下へ引きずっていきました。

「離せ! 私は王太子だぞ! メロメ、覚えてろー!!」


殿下の絶叫が遠ざかっていきます。

その様子を見て、私はフッと息を吐きました。


「……ふぅ。初期対応完了です」


「見事な手際だ」


一部始終を見ていたクラウス様が、パチパチと拍手を送ってくれました。


「時給金貨一枚の価値は十分にあるな。あのバカ息子を一瞬で排除し、王宮に活気(掃除の熱気)を取り戻させた」


「これくらい朝飯前です。……さて、クラウス様」


「ん?」


「私の時給はハミルトン家からも出ていますが、王宮からも出ます。つまり、今の私は『ダブルインカム』状態です」


私は計算機を掲げました。


「今夜は、王都で一番高いお酒を奢りますよ。私の稼ぎで」


「ほう。私を養ってくれるのか?」


「いえ、割り勘でもいいですが」


「そこは『奢る』と言い切ってくれ。……だが、嬉しい申し出だ」


クラウス様は優しく笑い、私の頭を撫でました。


「では、仕事が終わるまでここで待たせてもらうよ。君が稼ぐ姿を、特等席で見学させてもらおう」


「邪魔しないでくださいね? 一秒ごとにチャリンチャリンと音が鳴る私の脳内を」


こうして、私は王宮の『影の支配者』……いえ、『超高額コンサルタント』として君臨することになりました。

陛下は温かいお茶を飲んで涙し、大臣たちは私の指示でキビキビと働き、殿下とミミ嬢は廊下をピカピカに磨き上げる。

すべてが合理的で、効率的で、そして利益を生む世界。


ああ、なんて素晴らしいんでしょう。

やっぱり、世の中は金と筋肉(労働力)ですね。
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