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「……決算報告。前期比一五〇%の増益です。素晴らしい」
ハミルトン公爵邸、かつての客間を改装して作られた『メロメ商会・本店執務室』。
私は革張りの社長椅子に深く腰掛け、分厚い帳簿を閉じて満足げに息を吐きました。
結婚式から半年。
私の予測通り、あの結婚式は国一番のエンターテインメントとなり、ご祝儀と広告収入、そして引き出物の宣伝効果により、莫大な黒字を叩き出しました。
その資金を元手に、私は次々と新事業を展開。
美容液、警備会社、人材派遣、そして最近では『王宮の不用品リサイクル事業』まで。
私は今や、宰相夫人という肩書きよりも、『王都の女帝』あるいは『歩く錬金術師』として名を馳せていました。
「社長。次のアポイントメントですが」
秘書として雇った元・誘拐犯のジョンソンが、スケジュール帳を持ってきました。
彼は今や、立派なビジネスマンです(顔は少し怖いですが)。
「午後二時から、隣国の貿易商との商談。三時から、ミミ教官による『社員の筋肉増強セミナー』の視察。四時から、王宮の財務監査です」
「分刻みですね。移動時間は馬車の中で書類決裁をします。ランチはサンドイッチを片手で」
「承知しました。……あの、社長」
ジョンソンが言いにくそうに口ごもりました。
「何ですか? 時間は金ですよ」
「旦那様……クラウス閣下から、伝言が」
「クラウス様から?」
「『今日の夕食こそは、妻と二人で温かいスープを飲みたい。もし帰ってこないなら、国家権力を使って商会を営業停止にする』……とのことです」
「……職権乱用ですね」
私はこめかみを押さえました。
ここ最近、私は忙しさにかまけて、帰宅時間(といっても同じ屋敷内ですが)が遅くなりがちでした。
クラウス様は表向きは「仕事なら仕方ない」と理解を示してくれていますが、裏ではセバスチャンや私の部下に圧力をかけているようです。
「分かりました。夕食には戻ると伝えてください。……ただし、緊急のトラブルがなければ」
「了解です! (ああ、よかった。これで俺たちの首が繋がった)」
ジョンソンが安堵して部屋を出て行きました。
しかし。
私の辞書に『平穏無事』という言葉はありません。
午後五時。
王宮での監査を終え、帰ろうとした矢先のことです。
「メロメ様! 大変です!」
財務官が泣きついてきました。
「またギルバート殿下……じゃなくて、マッスル・ギルさんが、野菜の納品ついでに『王宮の庭を畑に改造したい』と言い出して、庭師と揉めています!」
「……あいつ、また余計なことを」
午後六時。
トラブルを鎮圧(ギルに「勝手に耕したら野菜の買取価格を下げる」と脅迫)し、馬車に乗ろうとした時です。
「社長! 緊急事態です!」
今度はジョンソンが駆け寄ってきました。
「ミミ教官が、開発中の新作プロテインを暴発させました! 工場が粉まみれです!」
「……損害見積もりは?」
「計算不能です! ただ、街中がバニラ味の匂いに包まれています!」
「ああもう! すぐに行きます!」
私は御者に行き先変更を告げました。
ハミルトン邸のダイニングで待つ夫の顔が脳裏をよぎりましたが、経営者として現場放棄はできません。
結局。
私が屋敷に戻ったのは、時計の針が深夜零時を回った頃でした。
「……ただいま戻りました」
私は疲れ果てて、足を引きずりながら玄関をくぐりました。
屋敷は静まり返っています。
セバスチャンも使用人たちも、もう休んでいるのでしょう。
「……怒ってるでしょうね」
私はため息をつきながら、寝室へと向かいました。
クラウス様のことです。
きっと、氷のように冷たい笑顔で「おかえり、多忙な奥様」と皮肉を言われるに違いありません。
覚悟を決めて、寝室の扉を開けました。
しかし。
「……おや?」
寝室には誰もいませんでした。
ベッドは綺麗なまま。
クラウス様の姿はありません。
「執務室でしょうか?」
私は隣の部屋へ移動しました。
そこには、明かりがついていました。
「クラウス様、遅くなって申し訳……」
言いかけて、私は言葉を失いました。
クラウス様は、デスクに座って書類仕事をしていました。
しかし、その雰囲気がいつもと違います。
眼鏡を外し、髪をかき上げ、ネクタイを緩め、そして机の上には……。
大量の『メロメ商会』の商品が並べられていました。
美肌ローション。
プロテイン。
私が監修した家計簿。
そして、私が書いたビジネス書の数々。
「……クラウス様? 何をされているのですか?」
「ああ、おかえり」
クラウス様は顔を上げました。
怒ってはいません。
むしろ、真剣な学者のような顔つきです。
「君の帰りが遅いから、君の仕事を『分析』していたんだ」
「分析?」
「なぜ、君はこんなに働くのか。なぜ、私とのディナーよりも仕事を優先するのか。その謎を解明するために、君の商品と経営戦略をすべて見直していた」
クラウス様は、私の書いたビジネス書『悪役令嬢の錬金術』をパラリとめくりました。
「結論が出たよ」
「……何ですか?」
「君にとって、仕事とは『自己表現』であり『遊び』であり、そして『安心』なんだな」
クラウス様は立ち上がり、私に近づいてきました。
「かつて何も持たなかった君が、自分の力で積み上げた城。それを守るために、君は必死に走り続けている。……違うか?」
図星でした。
私は金が好きです。
でもそれは、金があれば誰も私を傷つけられないからです。
婚約破棄されても、家を追い出されても、金と仕事があれば生きていける。
その強迫観念が、私を突き動かしているのです。
「……お見通しですね」
私は苦笑しました。
「ですが、クラウス様。私はもう、一人ではありません」
「そうだ。君には私がいる」
クラウス様は私の腰を引き寄せました。
「だから、提案がある」
「提案?」
「メロメ商会を、ハミルトン家に『完全子会社化』しないか?」
「……はい?」
「経営権は君に残す。だが、最終的な責任と、赤字補填と、トラブル処理はすべて親会社である私が引き受ける」
クラウス様はニヤリと笑いました。
「つまり、君が失敗しても、工場が爆発しても、元婚約者が暴れても、すべて私が尻拭いをするということだ。君はもっと気楽に、好きなことだけをすればいい」
「……それ、貴方に何のメリットがあるのですか? リスクだらけですよ?」
「メリットならある」
クラウス様は私の耳元で囁きました。
「その代わり、君の『残業時間』を私が買い取る。定時後の君の時間は、すべて私の独占所有物とする」
「……!」
なるほど。
経営統合(M&A)に見せかけた、ただの束縛(愛)です。
「……時価総額、高いですよ?」
「言い値を払おう。私の愛と、時間と、全財産で」
クラウス様は、私の唇を指でなぞりました。
「どうだ? 商談成立か?」
私は少し考えました。
一人で戦うのは、確かに疲れます。
最強のパトロン(夫)に甘えるのも、賢い経営判断かもしれません。
「……条件を追加します」
「なんだ?」
「週に一度は、私が貴方を『接待』します。貴方の疲れを癒やすために、私が全力を尽くす日を作ります」
「ほう。どんな接待だ?」
「マッサージ、手料理、膝枕……オプションはお好みで」
「それは魅力的だ。即決で契約しよう」
クラウス様は満足げに頷き、私を抱き上げました。
「では、早速『契約締結の儀式』を行おうか。……寝室で」
「あ、ちょっと! お風呂がまだ……」
「一緒に入れば時短になる。効率的だろう?」
「……詭弁ですね」
私たちは笑い合いながら、寝室へと消えていきました。
翌日。
王都の新聞に『ハミルトン公爵家、メロメ商会と業務資本提携! 愛の独占禁止法違反か!?』という見出しが躍りました。
私は相変わらず忙しい日々を送っています。
でも、以前とは違います。
トラブルが起きても、少しも怖くありません。
なぜなら、家に帰れば「最強の親会社」が、温かいスープと呆れ顔を用意して待っていてくれるからです。
「ただいま戻りました、あなた」
「おかえり。……今日は三分早いな」
「ええ。走ってきましたから」
宰相夫人は実業家。
そして、世界で一番幸せな『永久就職者』なのです。
ハミルトン公爵邸、かつての客間を改装して作られた『メロメ商会・本店執務室』。
私は革張りの社長椅子に深く腰掛け、分厚い帳簿を閉じて満足げに息を吐きました。
結婚式から半年。
私の予測通り、あの結婚式は国一番のエンターテインメントとなり、ご祝儀と広告収入、そして引き出物の宣伝効果により、莫大な黒字を叩き出しました。
その資金を元手に、私は次々と新事業を展開。
美容液、警備会社、人材派遣、そして最近では『王宮の不用品リサイクル事業』まで。
私は今や、宰相夫人という肩書きよりも、『王都の女帝』あるいは『歩く錬金術師』として名を馳せていました。
「社長。次のアポイントメントですが」
秘書として雇った元・誘拐犯のジョンソンが、スケジュール帳を持ってきました。
彼は今や、立派なビジネスマンです(顔は少し怖いですが)。
「午後二時から、隣国の貿易商との商談。三時から、ミミ教官による『社員の筋肉増強セミナー』の視察。四時から、王宮の財務監査です」
「分刻みですね。移動時間は馬車の中で書類決裁をします。ランチはサンドイッチを片手で」
「承知しました。……あの、社長」
ジョンソンが言いにくそうに口ごもりました。
「何ですか? 時間は金ですよ」
「旦那様……クラウス閣下から、伝言が」
「クラウス様から?」
「『今日の夕食こそは、妻と二人で温かいスープを飲みたい。もし帰ってこないなら、国家権力を使って商会を営業停止にする』……とのことです」
「……職権乱用ですね」
私はこめかみを押さえました。
ここ最近、私は忙しさにかまけて、帰宅時間(といっても同じ屋敷内ですが)が遅くなりがちでした。
クラウス様は表向きは「仕事なら仕方ない」と理解を示してくれていますが、裏ではセバスチャンや私の部下に圧力をかけているようです。
「分かりました。夕食には戻ると伝えてください。……ただし、緊急のトラブルがなければ」
「了解です! (ああ、よかった。これで俺たちの首が繋がった)」
ジョンソンが安堵して部屋を出て行きました。
しかし。
私の辞書に『平穏無事』という言葉はありません。
午後五時。
王宮での監査を終え、帰ろうとした矢先のことです。
「メロメ様! 大変です!」
財務官が泣きついてきました。
「またギルバート殿下……じゃなくて、マッスル・ギルさんが、野菜の納品ついでに『王宮の庭を畑に改造したい』と言い出して、庭師と揉めています!」
「……あいつ、また余計なことを」
午後六時。
トラブルを鎮圧(ギルに「勝手に耕したら野菜の買取価格を下げる」と脅迫)し、馬車に乗ろうとした時です。
「社長! 緊急事態です!」
今度はジョンソンが駆け寄ってきました。
「ミミ教官が、開発中の新作プロテインを暴発させました! 工場が粉まみれです!」
「……損害見積もりは?」
「計算不能です! ただ、街中がバニラ味の匂いに包まれています!」
「ああもう! すぐに行きます!」
私は御者に行き先変更を告げました。
ハミルトン邸のダイニングで待つ夫の顔が脳裏をよぎりましたが、経営者として現場放棄はできません。
結局。
私が屋敷に戻ったのは、時計の針が深夜零時を回った頃でした。
「……ただいま戻りました」
私は疲れ果てて、足を引きずりながら玄関をくぐりました。
屋敷は静まり返っています。
セバスチャンも使用人たちも、もう休んでいるのでしょう。
「……怒ってるでしょうね」
私はため息をつきながら、寝室へと向かいました。
クラウス様のことです。
きっと、氷のように冷たい笑顔で「おかえり、多忙な奥様」と皮肉を言われるに違いありません。
覚悟を決めて、寝室の扉を開けました。
しかし。
「……おや?」
寝室には誰もいませんでした。
ベッドは綺麗なまま。
クラウス様の姿はありません。
「執務室でしょうか?」
私は隣の部屋へ移動しました。
そこには、明かりがついていました。
「クラウス様、遅くなって申し訳……」
言いかけて、私は言葉を失いました。
クラウス様は、デスクに座って書類仕事をしていました。
しかし、その雰囲気がいつもと違います。
眼鏡を外し、髪をかき上げ、ネクタイを緩め、そして机の上には……。
大量の『メロメ商会』の商品が並べられていました。
美肌ローション。
プロテイン。
私が監修した家計簿。
そして、私が書いたビジネス書の数々。
「……クラウス様? 何をされているのですか?」
「ああ、おかえり」
クラウス様は顔を上げました。
怒ってはいません。
むしろ、真剣な学者のような顔つきです。
「君の帰りが遅いから、君の仕事を『分析』していたんだ」
「分析?」
「なぜ、君はこんなに働くのか。なぜ、私とのディナーよりも仕事を優先するのか。その謎を解明するために、君の商品と経営戦略をすべて見直していた」
クラウス様は、私の書いたビジネス書『悪役令嬢の錬金術』をパラリとめくりました。
「結論が出たよ」
「……何ですか?」
「君にとって、仕事とは『自己表現』であり『遊び』であり、そして『安心』なんだな」
クラウス様は立ち上がり、私に近づいてきました。
「かつて何も持たなかった君が、自分の力で積み上げた城。それを守るために、君は必死に走り続けている。……違うか?」
図星でした。
私は金が好きです。
でもそれは、金があれば誰も私を傷つけられないからです。
婚約破棄されても、家を追い出されても、金と仕事があれば生きていける。
その強迫観念が、私を突き動かしているのです。
「……お見通しですね」
私は苦笑しました。
「ですが、クラウス様。私はもう、一人ではありません」
「そうだ。君には私がいる」
クラウス様は私の腰を引き寄せました。
「だから、提案がある」
「提案?」
「メロメ商会を、ハミルトン家に『完全子会社化』しないか?」
「……はい?」
「経営権は君に残す。だが、最終的な責任と、赤字補填と、トラブル処理はすべて親会社である私が引き受ける」
クラウス様はニヤリと笑いました。
「つまり、君が失敗しても、工場が爆発しても、元婚約者が暴れても、すべて私が尻拭いをするということだ。君はもっと気楽に、好きなことだけをすればいい」
「……それ、貴方に何のメリットがあるのですか? リスクだらけですよ?」
「メリットならある」
クラウス様は私の耳元で囁きました。
「その代わり、君の『残業時間』を私が買い取る。定時後の君の時間は、すべて私の独占所有物とする」
「……!」
なるほど。
経営統合(M&A)に見せかけた、ただの束縛(愛)です。
「……時価総額、高いですよ?」
「言い値を払おう。私の愛と、時間と、全財産で」
クラウス様は、私の唇を指でなぞりました。
「どうだ? 商談成立か?」
私は少し考えました。
一人で戦うのは、確かに疲れます。
最強のパトロン(夫)に甘えるのも、賢い経営判断かもしれません。
「……条件を追加します」
「なんだ?」
「週に一度は、私が貴方を『接待』します。貴方の疲れを癒やすために、私が全力を尽くす日を作ります」
「ほう。どんな接待だ?」
「マッサージ、手料理、膝枕……オプションはお好みで」
「それは魅力的だ。即決で契約しよう」
クラウス様は満足げに頷き、私を抱き上げました。
「では、早速『契約締結の儀式』を行おうか。……寝室で」
「あ、ちょっと! お風呂がまだ……」
「一緒に入れば時短になる。効率的だろう?」
「……詭弁ですね」
私たちは笑い合いながら、寝室へと消えていきました。
翌日。
王都の新聞に『ハミルトン公爵家、メロメ商会と業務資本提携! 愛の独占禁止法違反か!?』という見出しが躍りました。
私は相変わらず忙しい日々を送っています。
でも、以前とは違います。
トラブルが起きても、少しも怖くありません。
なぜなら、家に帰れば「最強の親会社」が、温かいスープと呆れ顔を用意して待っていてくれるからです。
「ただいま戻りました、あなた」
「おかえり。……今日は三分早いな」
「ええ。走ってきましたから」
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皆様に温かく見守っていただいたおかげです。ありがとうございます(*・ω・)*_ _)ペコリ
詳細は追々ご報告いたします。
アルファさんでは書籍情報解禁のち発売となった際にはサイトの規定でいずれ作品取り下げとなりますが、
今作の初投稿はアルファさんでその時にたくさん応援いただいたため、もう少し時間ありますので皆様に読んでいただけたらと第二部更新いたします。
第二部に合わせて、『これからの私たち』以降修正しております。
転生関係の謎にも触れてますので、ぜひぜひ更新の際はお付き合いいただけたら幸いです。
2025.9.9追記
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