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王都では、依然としてリーリアのお菓子の人気が衰えることはなかった。
その事実に、エミリアの嫉妬の炎は、日増しに燃え盛っていた。
自分の地位を確固たるものにするには、邪魔なリーリアの影を、完全に払拭しなくてはならない。
そう考えた彼女は、実に稚拙で、短絡的な計画を実行に移すことにした。
「いいこと? あなたは、わたくしが主催したサロンの参加者になりすまして、噂を流すのです」
エミリアは、腹心の侍女にそう命じた。
「『先日、話題のクライネルトのお菓子をいただいたら、ひどくお腹を壊してしまいましたの。あのお菓子、何か良くないものでも入っているのかしら』……とね。あとは、ゴシップ好きの夫人たちが、面白おかしく広めてくれますわ」
「かしこまりました、エミリア様」
侍女は深く頭を下げ、早速その役目を果たしに社交界へと紛れ込んでいった。
エミリアは、自分の計画がうまくいくことを信じて疑わなかった。
その数日後。
北の領地にいる私の元へ、ギルバート会長から一通の急ぎの手紙が届けられた。
そこには、王都で流れ始めたという、私のお菓子に関する悪質な噂について、詳細に記されていた。
「……ふぅむ」
私は手紙を読み終えると、それをひらひらと揺らしながら、窓の外に広がる穏やかな景色を眺めた。
(あらあら、まあまあ。どなたか存じませんが、随分と古典的な嫌がらせをなさる方ですこと)
犯人の見当は、おおよそついていた。
ジークフリード殿下の新しい婚約者、エミリアさん。
彼女くらいだろう、こんな回りくどくて、効果の薄そうなことをするのは。
「リーリア様、いかがなさいました? 深刻なお顔をされて……」
お茶を運んできてくれた侍女が、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ううん、何でもありませんわ。それより、見てちょうだい! 新しく開発した『木苺とチョコレートのムース』よ。完璧な二層構造に仕上がったの!」
私の関心は、もはや手紙の内容にはなかった。
頭の中は、目の前でぷるぷると震える、美しいムースのことでいっぱいだ。
「さ、こんな手紙を読んでいる暇はありませんわ! このムースが最高の状態のうちに、味見をしませんと!」
噂の件など、すっかり頭の彼方へ。
私にとって、お菓子の食べ頃を逃すことの方が、よっぽどの一大事なのだ。
その頃、王都では、エミリアの目論見は大きく外れていた。
彼女が流した噂は、確かに一時的には広がった。
しかし、リーリアのお菓子を実際に食べたことのある貴婦人たちの反応は、彼女の予想とは全く違うものだったのだ。
「まあ、お腹を壊したですって? わたくしは毎日いただいておりますが、むしろお通じが良くなって、お肌の調子も最高ですわよ?」
「ええ、ええ。きっと、その噂を流したのは、あのお菓子の人気に嫉妬した、心の醜いどなたかですのよ。おーほほほ」
「そもそも、リーリア様が、人の体に害をなすようなものをお作りになるはずがありませんわ」
エミリアの稚拙な噂は、リーリアの人徳と、お菓子の確かな品質の前に、全くの無力だった。
それどころか、「幻のお菓子を巡る、社交界の黒い陰謀」として、かえって人々の好奇心を煽り、お菓子の人気にさらに拍車をかけてしまうという、皮肉な結果を招いたのである。
噂作戦の失敗を知ったエミリアは、次の手に出た。
ギルバート商会の会長を王宮に呼びつけ、王太子妃としての権威を傘に、直接圧力をかけたのだ。
「ギルバート会長。あのような得体の知れないお菓子を、王都で流通させるのは、即刻おやめなさい。これは、王家からの命令ですわよ」
しかし、相手は百戦錬磨の老獪な商人だ。
そんな脅しに、怯むはずもなかった。
「これはこれは、エミリア様。しかし、王太子妃殿下ともあろうお方が、一つの商会の商売に対し、個人的な感情で口出しをなさるなど、あってはならないことと存じますが……。それに、我が商会は、クライネルト公爵家とも、長年懇意にさせていただいておりますので」
やんわりと、しかし痛烈に。
ギルバート会長の反撃に、エミリアはぐうの音も出なかった。
その顛末は、すぐにアシュトン団長の耳にも入った。
彼は、私が心を痛めているに違いないと、血相を変えて私の部屋へ駆け込んできた。
「リーリア様! 王都での心無い嫌がらせの件、お聞き及びのことと存じます。ご心痛、いかばかりかと……! ですが、ご安心ください! 何かあれば、この私が、必ずや貴女様をお守りいたします!」
息巻く彼を前に、私はきょとんと首を傾げた。
「あら、団長。ちょうどよかったわ」
「はっ! 何なりとお申し付けください!」
「このムース、試作品なのですけれど、酸味と甘味のバランスが、どうにもしっくりこなくて。団長は、どちらがお好みかしら? 騎士の方々の、男性的なご意見も参考にさせていただきたいのです」
「…………は?」
私の言葉に、アシュトン団長は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
(話が……話が全く噛み合わん……!)
彼の心の声が、手に取るように分かった。
(このお方は、鋼の精神をお持ちなのか……? それとも、ただ単に、何も考えていらっしゃらないだけなのか……?)
彼の混乱をよそに、私は「さあさあ、どうぞ」と、スプーンを差し出す。
全ての嫌がらせが空振りに終わり、王宮の自室で「キーッ! なんでうまくいかないのよ!」とクッションを叩きつけて絶叫するエミリア。
その頃、北の領地では、私がアシュトン団長からもらったアドバイスを元に、完璧な味に仕上がったムースを一口食べ至福のため息をついていた。
「んー、我ながら、最高の出来栄えですわ」
二人の間には、あまりにも大きな器の違いと、決して埋まることのない心の距離が存在していたのだった。
その事実に、エミリアの嫉妬の炎は、日増しに燃え盛っていた。
自分の地位を確固たるものにするには、邪魔なリーリアの影を、完全に払拭しなくてはならない。
そう考えた彼女は、実に稚拙で、短絡的な計画を実行に移すことにした。
「いいこと? あなたは、わたくしが主催したサロンの参加者になりすまして、噂を流すのです」
エミリアは、腹心の侍女にそう命じた。
「『先日、話題のクライネルトのお菓子をいただいたら、ひどくお腹を壊してしまいましたの。あのお菓子、何か良くないものでも入っているのかしら』……とね。あとは、ゴシップ好きの夫人たちが、面白おかしく広めてくれますわ」
「かしこまりました、エミリア様」
侍女は深く頭を下げ、早速その役目を果たしに社交界へと紛れ込んでいった。
エミリアは、自分の計画がうまくいくことを信じて疑わなかった。
その数日後。
北の領地にいる私の元へ、ギルバート会長から一通の急ぎの手紙が届けられた。
そこには、王都で流れ始めたという、私のお菓子に関する悪質な噂について、詳細に記されていた。
「……ふぅむ」
私は手紙を読み終えると、それをひらひらと揺らしながら、窓の外に広がる穏やかな景色を眺めた。
(あらあら、まあまあ。どなたか存じませんが、随分と古典的な嫌がらせをなさる方ですこと)
犯人の見当は、おおよそついていた。
ジークフリード殿下の新しい婚約者、エミリアさん。
彼女くらいだろう、こんな回りくどくて、効果の薄そうなことをするのは。
「リーリア様、いかがなさいました? 深刻なお顔をされて……」
お茶を運んできてくれた侍女が、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ううん、何でもありませんわ。それより、見てちょうだい! 新しく開発した『木苺とチョコレートのムース』よ。完璧な二層構造に仕上がったの!」
私の関心は、もはや手紙の内容にはなかった。
頭の中は、目の前でぷるぷると震える、美しいムースのことでいっぱいだ。
「さ、こんな手紙を読んでいる暇はありませんわ! このムースが最高の状態のうちに、味見をしませんと!」
噂の件など、すっかり頭の彼方へ。
私にとって、お菓子の食べ頃を逃すことの方が、よっぽどの一大事なのだ。
その頃、王都では、エミリアの目論見は大きく外れていた。
彼女が流した噂は、確かに一時的には広がった。
しかし、リーリアのお菓子を実際に食べたことのある貴婦人たちの反応は、彼女の予想とは全く違うものだったのだ。
「まあ、お腹を壊したですって? わたくしは毎日いただいておりますが、むしろお通じが良くなって、お肌の調子も最高ですわよ?」
「ええ、ええ。きっと、その噂を流したのは、あのお菓子の人気に嫉妬した、心の醜いどなたかですのよ。おーほほほ」
「そもそも、リーリア様が、人の体に害をなすようなものをお作りになるはずがありませんわ」
エミリアの稚拙な噂は、リーリアの人徳と、お菓子の確かな品質の前に、全くの無力だった。
それどころか、「幻のお菓子を巡る、社交界の黒い陰謀」として、かえって人々の好奇心を煽り、お菓子の人気にさらに拍車をかけてしまうという、皮肉な結果を招いたのである。
噂作戦の失敗を知ったエミリアは、次の手に出た。
ギルバート商会の会長を王宮に呼びつけ、王太子妃としての権威を傘に、直接圧力をかけたのだ。
「ギルバート会長。あのような得体の知れないお菓子を、王都で流通させるのは、即刻おやめなさい。これは、王家からの命令ですわよ」
しかし、相手は百戦錬磨の老獪な商人だ。
そんな脅しに、怯むはずもなかった。
「これはこれは、エミリア様。しかし、王太子妃殿下ともあろうお方が、一つの商会の商売に対し、個人的な感情で口出しをなさるなど、あってはならないことと存じますが……。それに、我が商会は、クライネルト公爵家とも、長年懇意にさせていただいておりますので」
やんわりと、しかし痛烈に。
ギルバート会長の反撃に、エミリアはぐうの音も出なかった。
その顛末は、すぐにアシュトン団長の耳にも入った。
彼は、私が心を痛めているに違いないと、血相を変えて私の部屋へ駆け込んできた。
「リーリア様! 王都での心無い嫌がらせの件、お聞き及びのことと存じます。ご心痛、いかばかりかと……! ですが、ご安心ください! 何かあれば、この私が、必ずや貴女様をお守りいたします!」
息巻く彼を前に、私はきょとんと首を傾げた。
「あら、団長。ちょうどよかったわ」
「はっ! 何なりとお申し付けください!」
「このムース、試作品なのですけれど、酸味と甘味のバランスが、どうにもしっくりこなくて。団長は、どちらがお好みかしら? 騎士の方々の、男性的なご意見も参考にさせていただきたいのです」
「…………は?」
私の言葉に、アシュトン団長は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
(話が……話が全く噛み合わん……!)
彼の心の声が、手に取るように分かった。
(このお方は、鋼の精神をお持ちなのか……? それとも、ただ単に、何も考えていらっしゃらないだけなのか……?)
彼の混乱をよそに、私は「さあさあ、どうぞ」と、スプーンを差し出す。
全ての嫌がらせが空振りに終わり、王宮の自室で「キーッ! なんでうまくいかないのよ!」とクッションを叩きつけて絶叫するエミリア。
その頃、北の領地では、私がアシュトン団長からもらったアドバイスを元に、完璧な味に仕上がったムースを一口食べ至福のため息をついていた。
「んー、我ながら、最高の出来栄えですわ」
二人の間には、あまりにも大きな器の違いと、決して埋まることのない心の距離が存在していたのだった。
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