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「……見つけました」
数日後の夜。公爵邸の執務室。
私は一枚の書類を指で弾き、ニヤリと笑った。
「やはり、真っ黒(ブラック)ですね」
「何が出た? ミリュー」
隣で剣の手入れをしていたラシード様が顔を上げる。
「リリナ様の『経費報告書』の裏帳簿です。ジェラルド殿下から巻き上げた金の使途が、どうもおかしいと思いまして」
私は分析結果を提示した。
「『ドレス代』『宝石代』に見せかけていますが、購入先の実態がない店ばかり。資金の流れを追ったところ……隣国の『帝都』にある怪しげな商社に送金されていました」
「隣国……帝国か」
ラシード様の目が鋭くなる。
「あそこは我が国を虎視眈々と狙っている軍事国家だ。まさか、リリナは……」
「ええ。十中八九、帝国の工作員(スパイ)でしょう」
「なんだと!?」
ラシード様が立ち上がる。
「あの頭の悪そうな女がスパイ? 信じられん。演技だったというのか?」
「いえ、頭が悪いのは『素』でしょう。ですが、その無害そうな外見を利用して、王太子に接近し、国の中枢に入り込む……。ある意味、最適な人材配置です」
私は感心したように頷いた。
「敵ながら、人事担当者の目は確かですね。……さて、尻尾を出してもらいましょうか」
私はデスクの上に、わざとらしく一冊のファイルを置いた。
表紙には、大きく赤字で『極秘:クライシス公爵領・隠し地下金庫の地図』と書いてある。
「……ミリュー。その罠、あまりに露骨すぎないか?」
「馬鹿には、これくらい分かりやすい餌が一番です」
私は部屋の照明を落とし、物陰に隠れた。
「さあ、ショータイムです」
◇
深夜二時。
公爵邸は静まり返っていた。
廊下を、ヒタヒタと忍び歩く足音がする。
カチャリ。
執務室のドアが、ピッキングで静かに開けられた。
入ってきたのは、黒いキャットスーツ(ただしフリル付き)に身を包んだ、小柄な影だった。
「ふふふ……ちょろいわねぇ」
影――リリナは、忍び足でデスクに近づくと、私が置いたファイルをひったくった。
「あった! 隠し金庫の地図! これさえあれば、帝国の借金も返せるし、本部の幹部にもなれるわぁ!」
リリナは月明かりの下でファイルをめくった。
「えーっと、金庫の場所は……」
ペラッ。
そこには、一枚の紙が入っていた。
書かれていた文字は――。
『残念! そこは私のデスクです』
「は?」
リリナが固まる。
パチンッ!
指を鳴らす音が響き、室内の照明が一斉に点灯した。
「こんばんは、リリナ様。……いえ、帝国諜報部所属、コードネーム『ピンク・キャット(仮)』さん?」
「ひゃあっ!?」
リリナが飛び上がって振り返る。
そこには、優雅に紅茶を飲んでいる私と、抜き身の剣を持ったラシード様、そして武装した警備兵たちが待ち構えていた。
「な、な、なんで!? 私、完璧に気配を消してたのにぃ!」
「気配は消えていても、臭いが残っています」
私は鼻をつまんだ。
「『魅惑のローズ・スペシャル』。半径五十メートル先からでも分かりますよ。スパイなら無臭タイプの制汗剤を使うべきです。減点100」
「う、嘘よぉぉ!」
リリナは後ずさる。
「そ、それに、このファイル! 偽物なの!?」
「当然です。重要な機密情報を、紙ベースで机の上に放置するわけがないでしょう? セキュリティ意識が低すぎます。減点500」
「くっ……! バレちゃあ仕方ないわね!」
リリナは開き直った。
キャットスーツのジッパーを下げ、胸元から短剣を取り出す。
その顔つきが、いつもの甘ったれたものから、少しだけ険しいものに変わる。
「そうよ! 私は帝国のエリートスパイ! この国の情報を盗み出し、内部から崩壊させるために送り込まれたのよ!」
「ほう」
ラシード様が冷たく見下ろす。
「ジェラルドを骨抜きにし、国政を停滞させたのは、貴様の仕業か」
「そうよぉ! あの馬鹿王子、ちょろすぎて笑っちゃったわ! 『可愛い』って言えば何でも言うこと聞くんだもん!」
リリナは高笑いした。
「でも計算外だったわ! まさかミリュー、あんたみたいな化け物がいるなんて! あんたがいなきゃ、今頃この国は私のものだったのにぃ!」
「褒め言葉として受け取っておきます」
私は冷静に手帳にメモを取った。
『敵の敗因:リサーチ不足および慢心』。
「で? どうするつもりですか? 完全に包囲されていますが」
「ふん! エリートの私をナメないで! 煙玉でドロンよ!」
リリナは懐から黒い玉を取り出し、地面に叩きつけようとした。
しかし。
スカッ。
玉は地面に落ちる前に、何もない空中で止まった。
「え?」
見ると、リリナの手首は、背後から現れたトマス(元・凄腕の暗殺者という設定を最近知った)によってガッチリと掴まれていた。
「残念ですが、館内での火気使用は厳禁でございます」
「い、いつの間に背後にぃ!?」
「貴女の足音がうるさすぎましたので。ヒール付きのブーツで忍び込みとは、舐めておられますかな?」
トマスは無表情でリリナの手首をひねり上げた。
「いたたたた! ギブ! ギブアップぅぅ!」
「……秒殺ですね」
私は呆れて溜め息をついた。
「エリート? これが? 帝国の諜報レベルも落ちたものですね」
「ち、違うのよぉ! 今日は調子が悪かっただけぇ!」
リリナが床に押さえつけられながら喚く。
ラシード様が剣を突きつけた。
「……終わりだ。スパイ容疑で処刑、あるいは一生地下牢か。選ばせてやる」
「ひぃぃっ! 殺さないでぇ! 私、まだ死にたくないぃ! ブランドバッグも買ってないし、イケメンとも結婚してないのにぃ!」
リリナはボロボロと涙(今度は本物)を流して命乞いをした。
あまりに情けない。
悪役としての美学もカケラもない。
「……ラシード様」
私はラシード様の剣を押し下げた。
「殺すのは非効率です。死体処理のコストがかかりますし、外交カードとしても使えなくなります」
「では、どうする? 牢屋に放り込むか?」
「いえ。……有効活用(リサイクル)しましょう」
私はニヤリと笑い、リリナの前にしゃがみ込んだ。
「リリナ様。取引(ディール)です」
「と、取引……?」
「貴女には、三つの才能があります」
私は指を折った。
「一つ、どんなに罵倒されてもめげない『図太さ』。二つ、目的のためなら手段を選ばない『行動力』。そして三つ、男に取り入り情報を引き出す『ハニートラップ(ただし馬鹿限定)』のスキル」
「そ、それって褒めてるのぉ?」
「これらのスキルは、我が公爵家の諜報部隊(裏仕事班)で非常に役立ちます」
私は彼女の顎をクイッと持ち上げた。
「死刑になりたくなければ、私の下で働きなさい。給料は出来高払い。ただし、ミスをしたら……分かりますね?」
「は、はいぃ……働きますぅ! 何でもしますぅ!」
リリナは必死に頷いた。
プライドも国への忠誠心もゼロだ。
ある意味、清々しいほどの生存本能だ。
「契約成立です」
私は立ち上がり、トマスに指示した。
「トマス、彼女を『再教育』して。まずは……そうね、隣国の商人たちが集まる酒場に潜入させて、市場価格の動向を探らせて」
「承知いたしました」
「えっ、酒場!? ドレスは!? 夜会は!?」
「ありません。貴女の新しい制服は、その『町娘のエプロン』です」
トマスがどこからともなく取り出したボロボロのエプロンを投げ渡す。
「そ、そんなぁぁぁ……!」
リリナの絶叫が執務室に響いた。
こうして、隣国のスパイ騒動は、私のヘッドハンティング(強制労働契約)によって、あっけなく幕を閉じた。
かつての恋敵(ライバル)は、今や私の忠実な(恐怖で支配された)部下となった。
「……ミリュー。君は本当に、何も捨てないな」
ラシード様が呆れたように、しかし愛おしそうに私を見る。
「ゴミも資源です。使えるものは親の敵でも使え。……我が家の家訓に追加しておいてください」
私はウィンクをした。
ジェラルド殿下は廃嫡。
リリナは下働き。
王国の危機は去り、私の周りには平和と、最適化された労働環境だけが残った。
……はずだった。
「うっ……!」
突然、ラシード様が胸を押さえて膝をついた。
「ラシード様!?」
私が駆け寄る。
彼の顔は赤く、呼吸が荒い。
「ごめん……少し、眩暈が……」
彼の体は、火のように熱かった。
(まさか……過労? それとも……)
私の脳裏に、先日からの「動悸」と「熱」の正体がよぎる。
これは、ただの風邪ではない。
もっと厄介で、もっと甘美な――最後の障害の訪れだった。
数日後の夜。公爵邸の執務室。
私は一枚の書類を指で弾き、ニヤリと笑った。
「やはり、真っ黒(ブラック)ですね」
「何が出た? ミリュー」
隣で剣の手入れをしていたラシード様が顔を上げる。
「リリナ様の『経費報告書』の裏帳簿です。ジェラルド殿下から巻き上げた金の使途が、どうもおかしいと思いまして」
私は分析結果を提示した。
「『ドレス代』『宝石代』に見せかけていますが、購入先の実態がない店ばかり。資金の流れを追ったところ……隣国の『帝都』にある怪しげな商社に送金されていました」
「隣国……帝国か」
ラシード様の目が鋭くなる。
「あそこは我が国を虎視眈々と狙っている軍事国家だ。まさか、リリナは……」
「ええ。十中八九、帝国の工作員(スパイ)でしょう」
「なんだと!?」
ラシード様が立ち上がる。
「あの頭の悪そうな女がスパイ? 信じられん。演技だったというのか?」
「いえ、頭が悪いのは『素』でしょう。ですが、その無害そうな外見を利用して、王太子に接近し、国の中枢に入り込む……。ある意味、最適な人材配置です」
私は感心したように頷いた。
「敵ながら、人事担当者の目は確かですね。……さて、尻尾を出してもらいましょうか」
私はデスクの上に、わざとらしく一冊のファイルを置いた。
表紙には、大きく赤字で『極秘:クライシス公爵領・隠し地下金庫の地図』と書いてある。
「……ミリュー。その罠、あまりに露骨すぎないか?」
「馬鹿には、これくらい分かりやすい餌が一番です」
私は部屋の照明を落とし、物陰に隠れた。
「さあ、ショータイムです」
◇
深夜二時。
公爵邸は静まり返っていた。
廊下を、ヒタヒタと忍び歩く足音がする。
カチャリ。
執務室のドアが、ピッキングで静かに開けられた。
入ってきたのは、黒いキャットスーツ(ただしフリル付き)に身を包んだ、小柄な影だった。
「ふふふ……ちょろいわねぇ」
影――リリナは、忍び足でデスクに近づくと、私が置いたファイルをひったくった。
「あった! 隠し金庫の地図! これさえあれば、帝国の借金も返せるし、本部の幹部にもなれるわぁ!」
リリナは月明かりの下でファイルをめくった。
「えーっと、金庫の場所は……」
ペラッ。
そこには、一枚の紙が入っていた。
書かれていた文字は――。
『残念! そこは私のデスクです』
「は?」
リリナが固まる。
パチンッ!
指を鳴らす音が響き、室内の照明が一斉に点灯した。
「こんばんは、リリナ様。……いえ、帝国諜報部所属、コードネーム『ピンク・キャット(仮)』さん?」
「ひゃあっ!?」
リリナが飛び上がって振り返る。
そこには、優雅に紅茶を飲んでいる私と、抜き身の剣を持ったラシード様、そして武装した警備兵たちが待ち構えていた。
「な、な、なんで!? 私、完璧に気配を消してたのにぃ!」
「気配は消えていても、臭いが残っています」
私は鼻をつまんだ。
「『魅惑のローズ・スペシャル』。半径五十メートル先からでも分かりますよ。スパイなら無臭タイプの制汗剤を使うべきです。減点100」
「う、嘘よぉぉ!」
リリナは後ずさる。
「そ、それに、このファイル! 偽物なの!?」
「当然です。重要な機密情報を、紙ベースで机の上に放置するわけがないでしょう? セキュリティ意識が低すぎます。減点500」
「くっ……! バレちゃあ仕方ないわね!」
リリナは開き直った。
キャットスーツのジッパーを下げ、胸元から短剣を取り出す。
その顔つきが、いつもの甘ったれたものから、少しだけ険しいものに変わる。
「そうよ! 私は帝国のエリートスパイ! この国の情報を盗み出し、内部から崩壊させるために送り込まれたのよ!」
「ほう」
ラシード様が冷たく見下ろす。
「ジェラルドを骨抜きにし、国政を停滞させたのは、貴様の仕業か」
「そうよぉ! あの馬鹿王子、ちょろすぎて笑っちゃったわ! 『可愛い』って言えば何でも言うこと聞くんだもん!」
リリナは高笑いした。
「でも計算外だったわ! まさかミリュー、あんたみたいな化け物がいるなんて! あんたがいなきゃ、今頃この国は私のものだったのにぃ!」
「褒め言葉として受け取っておきます」
私は冷静に手帳にメモを取った。
『敵の敗因:リサーチ不足および慢心』。
「で? どうするつもりですか? 完全に包囲されていますが」
「ふん! エリートの私をナメないで! 煙玉でドロンよ!」
リリナは懐から黒い玉を取り出し、地面に叩きつけようとした。
しかし。
スカッ。
玉は地面に落ちる前に、何もない空中で止まった。
「え?」
見ると、リリナの手首は、背後から現れたトマス(元・凄腕の暗殺者という設定を最近知った)によってガッチリと掴まれていた。
「残念ですが、館内での火気使用は厳禁でございます」
「い、いつの間に背後にぃ!?」
「貴女の足音がうるさすぎましたので。ヒール付きのブーツで忍び込みとは、舐めておられますかな?」
トマスは無表情でリリナの手首をひねり上げた。
「いたたたた! ギブ! ギブアップぅぅ!」
「……秒殺ですね」
私は呆れて溜め息をついた。
「エリート? これが? 帝国の諜報レベルも落ちたものですね」
「ち、違うのよぉ! 今日は調子が悪かっただけぇ!」
リリナが床に押さえつけられながら喚く。
ラシード様が剣を突きつけた。
「……終わりだ。スパイ容疑で処刑、あるいは一生地下牢か。選ばせてやる」
「ひぃぃっ! 殺さないでぇ! 私、まだ死にたくないぃ! ブランドバッグも買ってないし、イケメンとも結婚してないのにぃ!」
リリナはボロボロと涙(今度は本物)を流して命乞いをした。
あまりに情けない。
悪役としての美学もカケラもない。
「……ラシード様」
私はラシード様の剣を押し下げた。
「殺すのは非効率です。死体処理のコストがかかりますし、外交カードとしても使えなくなります」
「では、どうする? 牢屋に放り込むか?」
「いえ。……有効活用(リサイクル)しましょう」
私はニヤリと笑い、リリナの前にしゃがみ込んだ。
「リリナ様。取引(ディール)です」
「と、取引……?」
「貴女には、三つの才能があります」
私は指を折った。
「一つ、どんなに罵倒されてもめげない『図太さ』。二つ、目的のためなら手段を選ばない『行動力』。そして三つ、男に取り入り情報を引き出す『ハニートラップ(ただし馬鹿限定)』のスキル」
「そ、それって褒めてるのぉ?」
「これらのスキルは、我が公爵家の諜報部隊(裏仕事班)で非常に役立ちます」
私は彼女の顎をクイッと持ち上げた。
「死刑になりたくなければ、私の下で働きなさい。給料は出来高払い。ただし、ミスをしたら……分かりますね?」
「は、はいぃ……働きますぅ! 何でもしますぅ!」
リリナは必死に頷いた。
プライドも国への忠誠心もゼロだ。
ある意味、清々しいほどの生存本能だ。
「契約成立です」
私は立ち上がり、トマスに指示した。
「トマス、彼女を『再教育』して。まずは……そうね、隣国の商人たちが集まる酒場に潜入させて、市場価格の動向を探らせて」
「承知いたしました」
「えっ、酒場!? ドレスは!? 夜会は!?」
「ありません。貴女の新しい制服は、その『町娘のエプロン』です」
トマスがどこからともなく取り出したボロボロのエプロンを投げ渡す。
「そ、そんなぁぁぁ……!」
リリナの絶叫が執務室に響いた。
こうして、隣国のスパイ騒動は、私のヘッドハンティング(強制労働契約)によって、あっけなく幕を閉じた。
かつての恋敵(ライバル)は、今や私の忠実な(恐怖で支配された)部下となった。
「……ミリュー。君は本当に、何も捨てないな」
ラシード様が呆れたように、しかし愛おしそうに私を見る。
「ゴミも資源です。使えるものは親の敵でも使え。……我が家の家訓に追加しておいてください」
私はウィンクをした。
ジェラルド殿下は廃嫡。
リリナは下働き。
王国の危機は去り、私の周りには平和と、最適化された労働環境だけが残った。
……はずだった。
「うっ……!」
突然、ラシード様が胸を押さえて膝をついた。
「ラシード様!?」
私が駆け寄る。
彼の顔は赤く、呼吸が荒い。
「ごめん……少し、眩暈が……」
彼の体は、火のように熱かった。
(まさか……過労? それとも……)
私の脳裏に、先日からの「動悸」と「熱」の正体がよぎる。
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