悪役令嬢は婚約破棄に歓喜!

夏乃みのり

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「条件その1。『不良債権の即時処理』です」


私はファイルの1ページ目をめくり、冷徹に告げた。


「不良債権……とは?」


国王陛下が怯えたように聞き返す。


「ジェラルド王太子殿下のことです」


「なっ……!?」


「殿下は国家運営において、コストばかりかかって利益を生まない、完全なる『負債(リスク)』です。今回の経済危機のトリガーも彼にある。……経営再建の第一歩は、この負債を切り離すことです」


私は赤ペンで、組織図のトップにあるジェラルドの名前を、バツ印で容赦なく塗りつぶした。


「具体的には、王太子の『廃嫡』。および、王位継承権の剥奪を要求します」


「そ、そんな……! ジェラルドは私の息子だぞ!?」


「息子である前に、国の害悪です。情に流されて組織全体を沈没させるつもりですか?」


私は畳み掛けた。


「彼をこのまま放置すれば、いずれ第二、第三の危機を招きます。……彼を切るか、国が死ぬか。二つに一つです」


陛下は苦渋の表情でラシード様を見た。

ラシード様は無言で、しかし肯定するように頷いた。


「……わ、わかった。……ジェラルドを、廃嫡とする」


陛下が絞り出すように言った。


「言質、取りました」


私はすかさず、用意していた『王命書(下書き済み)』を差し出した。


「では、ここに署名を。公的文書にしておかないと、後で揉めますので」


「よ、用意周到だな……」


陛下は震える手でサインをした。

これで、あのバカ殿下の転落は確定した。


「条件その2。『包括的賠償およびコンサルティング料の支払い』」


私は2ページ目をめくった。


「現金での支払いは国庫を圧迫しますので、現物支給で構いません。……王家直轄領にある『未開発の魔力鉱山』の採掘権、および今後十年の『関税免除特権』を、クライシス公爵家に譲渡してください」


「ま、魔力鉱山だと!? あれは王家の虎の子だぞ!」


「今、採掘する技術も予算もないでしょう? 私たちが効率的に開発し、税金を納めてあげます。Win-Winですよ」


「ぐぬぬ……」


陛下は呻いたが、背に腹は代えられない。

二つ目のサインもゲットだ。


「そして最後、条件その3。『全権限の一時委譲』」


私はファイルを閉じた。


「今後一週間、国の経済および物流に関する全指揮権を私にください。大臣も、将軍も、私の指示に絶対服従させること。……口答えする無能は、即刻クビにする権限も含みます」


「わ、私を差し置いて、お前が指揮を執るのか?」


「ええ。今のパニック状態を収束させるには、トップダウンでの高速意思決定が必要です。会議なんてしている暇はありません」


私はニッコリと微笑んだ。


「安心してください。私は『結果』しか出しませんから」


国王陛下は、ラシード様を見た。

ラシード様は、「彼女に任せれば間違いない」とでも言うように、誇らしげに胸を張っていた。


「……わかった。全権を、ミリュー嬢に委ねる」


「交渉成立(ディール)です」


私は立ち上がった。


「では、業務開始(オペレーション・スタート)といきましょうか」





その瞬間から、クライシス公爵邸の応接室は『臨時・国家戦略司令室』へと変貌した。


「通信魔法、接続! 財務大臣、物流大臣、騎士団長を呼び出しなさい!」


私が指示を出すと、ラシード様が魔導具を起動させる。

空中に三つのホログラムウィンドウが展開され、慌てふためく大臣たちの顔が映し出された。


『へ、陛下!? どこにいらっしゃるのですか! 城は大混乱で……』


「黙りなさい」


私が一喝した。


『なっ、誰だ貴様は! ここは王家専用の回線だぞ!』


「本日只今より、国家非常事態収束の全権を任されたミリュー・アークライトです。……陛下、承認を」


私は後ろに控える陛下を指差した。


「……うむ。彼女の言葉は、余の言葉と思え。逆らう者は処分する」


大臣たちが息を呑む。


「さて、時間がないので手短に指示します。メモの用意は?」


私は手帳を開き、機関銃のように指示を飛ばし始めた。


「財務大臣! 今すぐ『特別国債』の発行を宣言しなさい! 引受先はクライシス公爵家です。これで市場に『資金は潤沢である』という安心感を与えます!」


『は、はいっ!』


「物流大臣! 王都の主要道路を封鎖している検問を全撤廃! 代わりに、軍用輸送車を民間に開放しなさい! 食料のピストン輸送を開始します。ルートは私が計算した『最短経路(クリティカル・パス)』を使用すること!」


『ぐ、軍用車を!? しかし手続きが……』


「手続きなんて後回しです! 民が飢えるのと、書類が汚れるのと、どっちが大事ですか! やらなければ貴方の首を物理的に飛ばしますよ?」


『ひぃっ! や、やります!』


「騎士団長! 貴方は部下を率いて、市場で買い占めを行っている悪徳商人を摘発しなさい! 見せしめに一店舗でも検挙すれば、価格高騰は止まります!」


『御意!』


私の指示が飛ぶたびに、画面の向こうで組織が動き出す。

滞っていた血流が、ドクン、ドクンと音を立てて流れ出すのが分かる。


「……すごい」


後ろで見ていた国王陛下が、呆然と呟いた。


「あの大臣たちが、赤子のように従っている……。余が言っても『検討します』としか言わなかった連中が……」


「要は『伝え方』と『恐怖』のバランスです」


私は冷めた紅茶を一口飲んだ。


「彼らは責任を取りたくないだけ。だから私が『全責任は私が取る、失敗したら私が腹を切る』という覚悟を見せ(実際は切るつもりはありませんが)、同時に『従わなければ今すぐ社会的死を与える』と脅せば、誰だって動きます」


「そ、そうか……」


陛下は少し引いていたが、隣のラシード様は違った。


「……美しい」


ラシード様は、画面に向かってテキパキと指示を出し、並行して手元の計算機で損益分岐点を弾き出している私の横顔を、うっとりと見つめていた。


「この指揮能力……。数万の兵を動かす将軍以上だ。やはり君は、宰相補佐……いや、女王の器だ」


「買い被りすぎです。私はただの『片付け屋』ですよ」


私はフッと笑い、次の指示を出した。


「次は広報戦略です! 王都の広場に伝令を出し、『ラシード宰相の復帰』と『物資の到着予定時刻』を分単位で公表させなさい! パニックの正体は『不安』です。正確な情報を与えれば、人は落ち着きます!」





それから三日間。

私は不眠不休(仮眠はラシード様の膝枕で3時間ほど取った)で指揮を執り続けた。


結果は、劇的だった。


初日で物流が動き出し、二日目で市場価格が安定し、三日目には王都に活気が戻った。

クライシス公爵家の莫大な資金投入と、私の無駄のないリソース配分により、王国経済は見事にV字回復を果たしたのだ。


「……終わった」


四日目の朝。

私は最後の報告書――『経済復興完了報告書』にサインをし、ペタンとデスクに突っ伏した。


「お疲れ様、ミリュー」


ラシード様が、私の肩にブランケットを掛けてくれる。

彼もまた、私のサポートで奔走してくれた。


「ありがとう、ラシード様。……貴方の『顔パス(信用力)』のおかげです」


「いや、君の『脳みそ』のおかげだ」


私たちは疲れ切った顔で、しかし満足げに微笑み合った。


そこへ、トマスが入ってきた。


「旦那様、ミリュー様。国王陛下がお帰りになられます」


私たちは玄関へ向かった。


陛下は、来た時とは別人のように、少しだけ背筋が伸びていた。


「ミリュー嬢、そしてラシードよ。……礼を言う。国は救われた」


「仕事をしたまでです。請求書はお忘れなく」


私が羊皮紙(報酬契約書)を振ってみせると、陛下は苦笑した。


「ああ、分かっている。……高い授業料だったが、安いものだ」


そして、陛下は真剣な顔になった。


「城に戻り次第、ジェラルドの廃嫡を正式に発表する。……そして、あの『リリナ』とかいう娘についても、調査せねばならん」


「リリナ様、ですか?」


「うむ。今回の騒動の裏で、彼女が隣国の工作員と接触していたという情報が入った。……どうやら、ただの浪費家ではないらしい」


その言葉に、私とラシード様の目が鋭く光った。


「……なるほど。単なる無能な悪女かと思っていましたが」


「害虫にも、毒の種類があったということだな」


ラシード様がボキボキと指を鳴らす。


「陛下。その件、追加オプションで私たちが引き受けましょうか?」


私が提案すると、陛下はニヤリと笑った。


「頼む。……毒を持って毒を制す。お前たちになら任せられる」


陛下が帰っていく。

その背中を見送りながら、私は新たな「仕事(獲物)」の予感に、疲れも忘れてワクワクしていた。


「リリナ様の正体……。面白くなってきましたね、ラシード様」


「ああ。徹底的に暴いてやろう。……私の平穏な新婚生活(予定)を邪魔する者は、地の果てまで追い詰める」


私たちは顔を見合わせ、邪悪な……いえ、建設的な笑みを浮かべた。


さあ、最後の仕上げだ。

ジェラルド殿下は終わった。

次は、リリナという名の「バグ」を駆除する番だ。
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