悪役令嬢は婚約破棄に歓喜!

夏乃みのり

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結婚式から、五年が経過した。


クライシス公爵領は、今や王国一の発展を遂げていた。


物流網は「ミリュー式・最適化ルート」によって整備され、特産品の輸出額は五倍に。

かつて赤字だった鉱山は、魔導オートメーション化により昼夜を問わず稼働し、莫大な富を生み出している。


そして、その公爵邸の庭園――かつて雑草だらけのジャングルだった場所は、計算され尽くした美しい幾何学模様の庭園へと変貌していた。


その庭の一角で、私は腕組みをして、目の前の「小さな生き物」と対峙していた。


「……レオン。報告を求めます」


「はい、お母様」


私の前に直立不動で立っているのは、四歳になったばかりの息子、レオンだ。

銀色の髪と、少し生意気そうな青い瞳はラシード様そっくりだが、その理屈っぽい喋り方は完全に私譲りだ。


「なぜ、ピーマンを残したのですか? 栄養摂取効率の観点から、残飯(ロス)は許容できないと教えたはずですが」


「反論を許可願います」


レオンは小さな手を挙げた。


「ピーマンに含まれるビタミンCは、ブロッコリーで代替可能です。今日の昼食にはブロッコリースープが含まれていました。よって、苦味という精神的ストレス(コスト)を払ってまで、ピーマンを摂取する必要性は低いと判断しました」


「……ほう」


私は眉をひそめた。

生意気だ。

だが、論理は通っている。


「……よろしい。そのディベート能力(口答え)に免じて、今回の残飯は不問とします。ただし、夕食のデザート(報酬)はカットです」


「なっ……! 契約違反ですお母様! 交渉の余地を……!」


「ありません。決定事項です」


私が冷徹に告げると、レオンはガックリと項垂れた。


「……厳しいな、ミリュー」


背後から、クスクスという笑い声が聞こえた。

振り返ると、ラシード様が立っていた。

五年経ってもその美貌は衰えるどころか、渋みが増して破壊力が上がっている。


「ラシード様。甘やかしてはいけません。教育とは、将来への投資です。彼が次期公爵として『効率的』に生き抜くためのスキルセットを、今からインストールしているのです」


「四歳児にインストールするには、少し高度すぎないか?」


ラシード様は苦笑しながら、レオンを抱き上げた。


「パパぁ……お母様が鬼です。デザートの配給停止を解除してください」


「よしよし。パパの分を半分あげよう」


「ラシード様! それが『甘やかし』だと言っているのです!」


「いいじゃないか。……君に似て賢い子だ」


ラシード様は愛おしそうにレオンの頬にすり頬をした。

レオンも「パパ大好き(チョロい)」という顔で抱きついている。

まったく、この父子は。


「ところで、ミリュー。北から荷物が届いていたぞ」


「北? ああ……」


ラシード様が指差したのは、トマスが運んできた木箱だ。

中には、泥付きの立派なジャガイモがぎっしりと詰まっている。


送り主の名前は『修道士ジェラルド』。


「……またですか。豊作のようですね」


「手紙も入っていた。『今期の収穫量は前年比120%を達成。土壌改良の成果が出た。……借金完済まで、あと三千四百九十五年』だそうだ」


「順調ですね。彼、王太子より農夫の才能があったようです」


私は感心した。

ジェラルド元殿下は、あの後、極寒の地でジャガイモ作りに目覚め、今や「北の芋聖人」と呼ばれているらしい。

人間、適材適所とはよく言ったものだ。


「あ、奥様ぁ! おやつの時間ですよぉ!」


屋敷の方から、エプロン姿のメイドが走ってきた。

ピンク色の髪を束ね、手にはトレーを持っている。

リリナだ。


「リリナ。走らないで。紅茶がこぼれます」


「大丈夫ですってぇ! 私、もう『バランス感覚スキル』はカンストしましたから!」


リリナは器用にトレイを操りながら到着した。

彼女もまた、私のスパルタ教育……もとい、温かい指導の下、公爵家のメイド長補佐にまで出世していた。

ついでに、裏の仕事(情報収集)でも大活躍している。


「今日のジャガイモ、どうしますぅ? ポタージュ? それともコロッケ?」


「フライドポテトにして。レオンの好物だから」


「りょうかーい! ……あ、トマスさん! サボってないで手伝ってくださいよぉ!」


リリナは逞しくなり、今やトマスすら顎で使うようになっている。

彼女もまた、ここで「生きがい」を見つけたようだ。





夕暮れ時。

レオンが遊び疲れて眠った後、私とラシード様はバルコニーに出て、並んで座っていた。


眼下には、灯りのともり始めた領地の街並みが広がっている。


「……平和だな」


ラシード様がワイングラスを傾けながら呟く。


「ええ。犯罪発生率は過去最低、税収は過去最高。……完璧な状態(ステータス)です」


「ミリュー」


ラシード様が私の肩に手を回し、引き寄せた。


「君は……幸せか?」


唐突な問いに、私は瞬きをした。


「幸せ、ですか?」


私は手元のグラスを見つめた。

かつて、私は「自由なスローライフ」を夢見ていた。

誰にも縛られず、責任も負わず、ただ寝て過ごす日々を。


でも、今はどうだ。

公爵夫人としての責務、領地経営、育児、そして夫の管理。

毎日がタスクの山だ。

忙しいし、気も休まらないし、睡眠時間は……まあ、確保しているけれど。


「……非効率ですね」


私は呟いた。


「ん?」


「結婚も、育児も、誰かと生きることも。……一人でいるより、ずっと手間がかかるし、コストもかかるし、予測不能なトラブルばかりです」


私はラシード様を見上げた。


「でも」


彼が不安そうな顔をする前に、私は言葉を続けた。


「その『手間』によって得られる対価(リターン)が……私の計算を遥かに超えているんです」


私は彼の胸に頭を預けた。


「貴方が笑うと、疲れが吹き飛びます。レオンが成長すると、どんな投資よりもワクワクします。……この感情的利益(エモーショナル・プロフィット)は、数値化できません」


私は目を閉じて、彼の体温を感じた。


「結論として……今の私は、世界で一番『高利回り』な人生を送っています。……つまり、最高に幸せです」


「……そうか」


ラシード様の腕に力がこもる。


「私もだ。……君が隣にいてくれるだけで、私の人生は黒字だ。これ以上の富はいらない」


「あら、それは困ります。レオンの養育費と、老後の資金、それに別荘の購入計画もありますから、まだまだ稼いでいただかないと」


「ふっ……厳しいな、私の奥さんは」


ラシード様は楽しそうに笑い、私の唇にキスをした。


長く、甘い、とろけるような口づけ。

何度重ねても、私の心拍数は跳ね上がる。


「……愛しているよ、ミリュー」


「はい。私もです、ラシード様」


夜空には満天の星。

私の「悪役令嬢」としての人生は、婚約破棄から始まり、数々の効率化(バトル)を経て、この穏やかな場所に辿り着いた。


これは、とある合理主義者の令嬢が、計算外の愛に振り回されながらも、誰よりも効率的に、そして誰よりも貪欲に幸せを掴み取った物語。


私のスローライフ計画は失敗したけれど。

この忙しくて愛おしい毎日は、決して悪くない。


「さて、ラシード様。明日のスケジュール確認ですが……」


「……今夜くらい、仕事の話は抜きにしないか?」


「駄目です。効率的な朝を迎えるためには、夜の準備が不可欠です」


「……やれやれ」


ラシード様は呆れながらも、幸せそうに私をお姫様抱っこした。


「なら、ベッドの中で聞こう。……長い夜になりそうだからな」


「……ふふっ。望むところです」


私たちは笑い合い、温かい光の漏れる部屋へと戻っていった。


悪役令嬢ミリューの「効率的な幸せ」は、これからもずっと、この場所で続いていくのだ。
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