悪役令嬢は婚約破棄に歓喜!

夏乃みのり

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「重い……」


控室で、私は呻き声を上げた。


「このドレス、総重量15キログラムはあるわよね? 生地の選定ミスだわ。シルクの密度が高すぎるし、装飾のパールも過剰在庫の処分セールかと思うくらい付いているし」


鏡に映る私は、純白のウェディングドレスに埋もれていた。

美しい。

確かに美しいが、これはもはや「衣装」というより「拘束具」だ。


「お嬢様、いえ奥様。動かないでください! まだティアラ(重量2キロ)が乗っておりません!」


メイク担当のメイドたちが、必死の形相で私を「塗装(メイクアップ)」していく。


「あと口紅! もっと赤く! 幸せオーラを物理的に演出するのです!」


「物理的って……。ねえ、ファンデーションの厚塗りは断熱材代わりになるから、空調の温度を下げてちょうだい。汗で崩れるわ」


私は手元のメモ(進行表)をチェックしようと腕を上げたが、ドレスが重すぎて上がらない。


「非効率だわ……! 結婚式なんて、役所に紙を出して終わりでいいのに!」


私がぼやくと、背後からクスクスと笑い声が聞こえた。


「諦めろ、ミリュー。これは『必要な儀式』だ」


振り返ると(首を回すのもしんどいが)、そこには純白の礼服に身を包んだラシード様が立っていた。


「……っ」


私は息を呑んだ。

いつもの黒い服も似合うが、白も破壊的に似合う。

銀髪が光に透け、青い瞳が優しく輝いている。

まさに「王子様」そのものだ。(本物の王子はジャガイモ畑にいるが)


「……悔しいですが、視覚効果(ビジュアル)は満点ですね。ラシード様」


「君こそ。……言葉が出ないほど美しい」


ラシード様は私の手を取り、甲に口づけを落とした。


「その重いドレスも、君が着ると戦闘服(アーマー)に見えるよ。……この国の頂点に立つ女帝の装いだ」


「否定できませんね。今日の私は、全方位に『マウント』を取るためにここにいますから」


私はニヤリと笑った。


「さあ、行きましょうか。この非効率で、コストがかかりすぎて、でも一生に一度のビッグ・プロジェクト……『結婚式』の遂行へ!」





大聖堂の扉が開く。


パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡り、参列者たちが一斉に立ち上がる。


「……ひぃっ、目が合った」

「微笑んでいる……逆に怖い……」

「あの方たちが、あの王太子を葬った……」


参列席からは、祝福の声よりも、畏敬と恐怖のさざ波が聞こえてくる。

無理もない。

今日の招待客リストは、私が厳選した「今後、公爵家と取引がある貴族」と「一度締め上げておく必要がある狸じじい達」で構成されているからだ。


私はラシード様の腕に掴まり、バージンロードを進んだ。


「……ラシード様。右側の三列目、ボルドー伯爵のネクタイが曲がっています」


「……放っておけ」


「左側の五列目、祭壇の花の配置が左右非対称です。シンメトリーにするべきでは?」


「……今は前だけを見ていろ」


ラシード様が苦笑しながら、私を祭壇へと導く。


神父様が待っていた。

やけに緊張している。

彼もまた、私が「誓いの言葉が長すぎます。三分の一に短縮してください」と事前にクレームを入れたことを知っているからだ。


「えー、あー……神の御前にて、二人の永遠の愛を……」


神父様が震える声で読み上げる。


私は心の中でタイムキーパーをしていた。

(導入部、現在30秒経過。……よし、巻きが入っていますね。優秀です)


「では、誓いの言葉を。新郎、ラシード・ヴァン・クライシス」


「はい」


ラシード様が私に向き直る。

その顔は真剣そのもので、冗談めいた雰囲気は一切ない。


「ミリュー。……私は、病める時も、健やかなる時も、君が書類仕事に追われている時も、君が計算高い悪だくみをしている時も……すべてを愛し、守り抜くことを誓います」


(……なんですか、その具体的すぎる誓いは)


私は顔が熱くなるのを感じた。

会場からも「えっ、悪だくみ?」「でも愛が重い……」とざわめきが起きる。


「新婦、ミリュー・ヴァン・クライシス」


私の番だ。

私は深呼吸をして、ラシード様を見上げた。


「私は……富める時も、貧しき時(まあ、私が管理すれば貧しくはさせませんが)も、貴方が仕事中毒で倒れた時も、貴方が私への過保護をこじらせた時も……貴方を支え、管理し、共に歩むことを誓います」


「……フッ」


ラシード様が噴き出した。


「完璧な誓いだ。……契約成立だな?」


「ええ。違約金は発生させませんよ」


「では、誓いのキスを」


神父様が促す。


ここだ。

最大の難関。

私は事前にシミュレーションしていた。


(公衆の面前での接触行為。恥ずかしいですが、儀式として必須。角度は30度、接触時間は2秒。これでスマートに終わらせる!)


私は目を閉じ、ラシード様が近づくのを待った。


1、2、……。


唇が触れる。

柔らかく、温かい感触。


(よし、2秒経過。離脱(リリース)!)


私が身を引こうとした、その時。


グイッ。


ラシード様の手が私の後頭部に回り、逃げ道を塞いだ。


(えっ?)


「……まだだ」


彼が唇の隙間で囁く。


「2秒じゃ足りない。……非効率だろう? 一度で済ませるなら、もっと深くしないと」


「んっ!?」


次の瞬間、優しいキスは、深く、情熱的なものへと変わった。


会場がどよめく。

「キャーッ!」という令嬢たちの悲鳴と、「おお……」という男性たちの感嘆の声。


私の思考回路は、真っ白になった。


(ちょ、ちょっと! 計算外! 長いです! 10秒……20秒……!?)


酸素が足りない。

重いドレスのせいか、彼の熱のせいか、立っていられないほど足が震える。


ラシード様が私の腰を強く抱きしめ、倒れないように支えてくれる。


ようやく彼が唇を離した時、私は完全に茹で上がっていた。


「……はぁ、はぁ……」


「……ごちそうさま」


ラシード様は悪戯っぽく笑い、親指で私の唇を拭った。


「これで、誰の目にも明らかだろう。……君は、私のものだ」


独占欲の塊だ。

効率とか、儀式とか、そんな建前はどうでもよくて、ただ私を見せびらかしたかっただけなのだ。


(……完敗です)


私は真っ赤な顔で彼を睨んだ(つもりだが、潤んだ目のせいで上目遣いにしかなっていない)。


「……ペナルティです、ラシード様」


「なんだ?」


「あとで……控室で、反省会(延長戦)を行います」


「……喜んで」


ワァァァァァッ!!


大聖堂に、割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。

空からはフラワーシャワーが降り注ぎ、私たちの門出を祝福している。


私は舞い落ちる花びらを見上げながら、ふと思った。


この結婚式。

準備に三ヶ月、費用は莫大、当日は重労働。

コストパフォーマンスで言えば最悪だ。


けれど。


隣で笑うラシード様の顔と、私の胸に溢れるこの温かい感情(幸福感)を天秤にかければ。


(……投資対効果(ROI)は、無限大(インフィニティ)……ですね)


私はラシード様の手を握り返した。


「さあ、ラシード様! パレードの時間です! 領民たちに、私たちの『最強の経営陣』っぷりを見せつけてやりましょう!」


「ああ、行こう。……私の愛しい、世界一の奥さん」


教会の扉の向こうには、どこまでも広がる青空と、私たちの騒がしくも幸せな未来が待っていた。
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