悪役令嬢は婚約破棄に歓喜!

夏乃みのり

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王宮の「審問の間」。

そこは普段、重罪人を裁くために使われる場所だが、今日の空気は少し違っていた。

張り詰めた緊張感の中に、どこか「事務的」な空気が漂っていたからだ。


玉座には、疲れ果てた(しかし安堵した表情の)国王陛下。

その横には、新しい公爵夫人としての「制服(ドレス)」を完璧に着こなした私と、私を守るように立つラシード様。


そして、床に跪かされているのは――。


「納得がいきません! 父上! なぜ私がこんな目に!」


元・王太子ジェラルド。

そして、その隣で小さくなっている元・男爵令嬢リリナだ。


「黙れ、ジェラルド」


国王陛下が冷たく言い放つ。


「お前はもう王太子ではない。ただの『ジェラルド・ファン・愚か者(フール)』だ」


「愚か者……!? 名前まで変わっているではありませんか!」


「当然だ。お前のしでかした不始末、経済的損失、そして何より……ラシードとミリュー嬢を怒らせた罪。これらを精算するには、王籍剥奪だけでは足りん」


陛下は一枚の羊皮紙を投げ渡した。


「判決を言い渡す。……ジェラルド、お前を『北の果てにある修道院』へ送る」


「し、修道院……?」


ジェラルドが絶句する。


「そこで一生、清貧と祈りの日々を送るがいい。……と言いたいところだが」


陛下はチラリと私を見た。

私は手元の計算機を叩きながら、補足説明に入った。


「失礼します、陛下。訂正を」


「うむ。ミリュー、頼む」


私は一歩前に進み出て、ジェラルド(元・殿下)を見下ろした。


「ジェラルド様。ただ祈っているだけでは、貴方が作った5000億ガメルの負債は一向に減りません。それは非生産的です」


「ミ、ミリュー……? 助けてくれるのか?」


ジェラルドが縋るような目で私を見る。

私はニッコリと微笑んだ。


「ええ。貴方に『労働の喜び』と『金の重み』を教えて差し上げます。修道院の裏山には、未開拓の農地があります。そこでジャガイモを育ててください」


「は? ジャガイモ?」


「はい。貴方の今の市場価値(時給)で5000億ガメルを返済するには……計算上、約三千五百年かかります。不老不死の薬でも飲まない限り完済は不可能ですが、少しでも元本を減らす努力は義務です」


「さ、三千年!? 農作業!? 私は王族だぞ! 鍬など持ったこともない!」


「ご安心ください。人間、追い詰められれば何でもできます。道具(私)に頼りきりだった貴方が、初めて自分の手で何かを生み出す……感動的な成長物語(ドキュメンタリー)になりそうですわ」


私は冷酷に告げた。


「ちなみに、監視役として我が公爵家の『鬼教官(トマスのおじい様)』を派遣します。サボればムチが飛んできますので、ご注意を」


「ひぃぃっ! 嫌だ! ラシード、お前からも何とか言ってくれ!」


ジェラルドがラシード様に助けを求める。

しかし、それは最悪の選択だった。


ラシード様は、絶対零度の瞳で彼を見下ろした。


「……感謝しろ、ジェラルド」


「へ?」


「私が提案したのは、『鉱山の最深部で魔物と戦わせる』か『実験用のモルモットにする』だった。……ミリューの慈悲で、ジャガイモ栽培で済んだのだ」


「慈悲!? これが!?」


「ああ。それに、君が北へ行くことで、私の視界から君が消える。……それが私にとって最大の『報酬』だ」


ラシード様は吐き捨てるように言った。


「二度と戻ってくるな。次に私の妻の前に顔を出したら……その時は、ジャガイモの肥料になってもらう」


「ひぃぃぃっ!」


ジェラルドは腰を抜かし、衛兵たちに引きずられていった。

「ミリュー! カムバック! 私の便利な道具ぅぅぅ!」という情けない叫び声が、廊下にこだまして消えていった。


「……さて」


残されたのは、一人震えているリリナだ。


「次は貴女です、リリナ様」


「ひっ……! ご、ごめんなさい! 私、国へ帰ります! 二度と来ませんから!」


リリナが土下座する。


「帰る? それは困ります」


私は首を横に振った。


「貴女には、我が公爵家との『労働契約』が残っていますから」


「えっ……」


「貴女のスパイ活動による損害賠償、および私に対する精神的苦痛の慰謝料。……これらをチャラにする代わりに、貴女を我が家の『終身雇用・雑用係』として採用いたします」


「ざ、雑用……?」


「はい。貴女の図太さと、どんな環境でも生きていけるゴキブ……いえ、生命力は貴重なリソースです」


私は新しい雇用契約書を突きつけた。


「業務内容は、屋敷のトイレ掃除、ドブさらい、そして私の『ストレス解消用の話し相手(サンドバッグ)』です。給料は現物支給(まかない飯)。休みは年二回」


「そ、そんなぁ! 奴隷じゃない!」


「いいえ、『研修生』です。……嫌なら、今すぐスパイ罪で処刑台へ送りますが? 今ならギロチンの刃を新調したばかりで、切れ味抜群だそうですよ?」


「やりますぅぅぅ! 掃除でも何でもしますぅぅ!」


リリナは泣きながら契約書にサインした。

プライドも何もない。

あるのは「生きたい」という執念だけだ。

ある意味、ジェラルドよりは見込みがある。


「契約成立ですね」


私は満足げに頷いた。


「トマス、彼女を連れて行って。……ああ、制服は一番ボロボロのやつでいいわ。どうせ汚れるから」


「かしこまりました。さあ、リリナ様、まずは馬小屋の掃除からでございます」


「うわぁぁぁん! 私の玉の輿計画がぁぁぁ!」


リリナもまた、トマスに首根っこを掴まれて退場していった。


審問の間には、私とラシード様、そして陛下だけが残された。


「……ふぅ。これで、すべて片付きましたね」


私は手帳を閉じ、大きく伸びをした。


「ゴミ掃除完了。収支報告書もこれでプラスに転じます」


「……恐ろしい娘だ」


国王陛下が引きつった笑みを浮かべる。


「息子の人生を『ジャガイモ』に変え、隣国のスパイを『掃除婦』に変えるとは……。敵に回さなくて本当によかった」


「お褒めいただき光栄です。今後とも、我がクライシス公爵家をご贔屓に」


私は優雅にカーテシーをした。


「行きましょう、ラシード様。屋敷に戻って、次のタスクが待っています」


「次のタスク?」


ラシード様が私の手を取り、エスコートする。


「ええ。……一番面倒で、一番非効率で、でも一番重要なイベントです」


私は少し照れながら言った。


「……結婚式の準備ですよ。招待状のリストアップ、座席表の作成、予算の配分……山積みです」


「フッ……そうだな」


ラシード様は愛おしそうに私の手袋越しにキスをした。


「だが、君となら、それすらも楽しいデートになりそうだ」


「……同感です。効率的に、かつ盛大にやりましょう」


私たちは扉へと歩き出した。


背後で陛下が「……仲が良いのはいいが、私の目の前でイチャつくのは止めてくれんか」とぼやいていたが、それは聞こえないふりをした。


ざまぁは完了した。

過去の清算は終わった。


これからは、未来のための――私たちの「幸せな家庭経営」が始まるのだ。
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