毒舌悪役令嬢、婚約破棄されて素に戻る。君の罵倒が最高の癒やし?

夏乃みのり

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「……ボス。少しお時間よろしいですか?」

執務室に、私の底冷えするような声が響いた。

報告書の書き方を叩き込んでから数日。

業務効率は劇的に改善したが、私は新たな「敵」と戦っていた。

それは、公爵家の『家計簿』だ。

「ん? どうした、クリム。そんなに眉間に皺を寄せて。せっかくの美貌が台無しだぞ」

アイザック公爵は、すっかり綺麗になった机の上で、優雅に脚を組んで本を読んでいる。

ここ数日、私の罵倒を浴びて精神が安定しているのか、肌ツヤが無駄に良い。

私は手元の分厚い帳簿を、ダン! と机に叩きつけた。

「世辞は結構です。それより、この支出について説明を求めます」

「支出? ああ、財務はセバスチャンたちに任せているが……何か問題でも?」

「問題しかありません。この項目です。『城内美化費』、金貨五千枚」

私は該当箇所を指差した。

金貨五千枚。

一般庶民なら一生遊んで暮らせる金額だ。

「ああ、城の維持管理には金がかかるからな。壁の塗り替えや、庭の手入れ……」

「いいえ、内訳が違います。ここを見てください。『アイザック閣下・等身大ブロンズ像(玄関用)』『アイザック閣下・純金製胸像(廊下用)』『アイザック閣下・クリスタル像(トイレ用)』……」

私は震える声で読み上げた。

「……これ、なんですか?」

公爵がキョトンとした顔をする。

「……像、だな」

「見れば分かります! 私が聞いているのは、なぜトイレにまで貴方のクリスタル像が必要なのかということです! 用を足すたびに貴方と目が合うなんて、どんな羞恥プレイですか!?」

「いや、私は許可していないぞ? 勝手に置かれていたような……」

「そこです! 貴方が『細かいことは任せる』と丸投げするから、あの信者(部下)たちが暴走して、予算を『推し活』につぎ込んでいるんですよ!」

私は頭を抱えた。

この城の家計簿は、ツッコミどころのバーゲンセールだ。

他にも『閣下の肖像画入りクッキー開発費』だの『閣下の寝息を録音したオルゴール試作費』だの、正気を疑う項目が並んでいる。

「セバスチャン! 爺や! いますか!?」

私が叫ぶと、壁の隠し扉が回転し、セバスチャンが忍者のように現れた。

「お呼びでございますか、クリム様」

「この銅像の発注を今すぐキャンセルなさい。キャンセル料がかかっても構いません。完成させるよりマシです」

「ええっ!? し、しかし、あれは名匠に依頼した最高傑作で……閣下の凛々しい眉の角度を再現するのに三ヶ月も……」

「却下! そんなものに予算を使うなら、城下町の道路整備に回しなさい! 昨日馬車で通った時、石畳がガタガタでしたよ!」

「で、ですが……トイレのクリスタル像は、便秘に悩む家臣たちから『閣下に見守られていると出るものも出る』と好評で……」

「病院に行けと言いなさい!!」

私は帳簿で机をバンバン叩いた。

「いいですか!? 公爵家のお金は、貴方たちの『コレクション費用』ではありません! 領民から預かった血税です! それを主人のフィギュア制作に使うなど、横領もいいところです!」

私の剣幕に、セバスチャンがシュンと縮こまる。

アイザック公爵は、怒る私を見て、なぜか嬉しそうに口元を緩めている。

「……ふふ」

「何が可笑しいんですか、ボス。貴方も同罪ですよ。自分の顔がプリントされたクッキーを、平気な顔で3時のおやつに食べていましたよね?」

「いや、味は美味しかったからな。……しかし、そうか。クリムは素晴らしいな」

公爵は本を置き、立ち上がった。

そして、私の手を取った。

「普通の令嬢なら、ドレスや宝石をねだるものだ。なのに君は、私の像を作ることよりも、領民のための道路整備を優先しろと言う。……まさに、国母の器だ」

「国母になる予定はありません。単に、無駄金が許せない貧乏性なだけです」

「照れるな。君のそういう、合理的で慈悲深いところが気に入った」

「慈悲じゃありません。トイレに貴方の像があるのが生理的に無理なだけです」

私が手を振り払おうとしても、公爵はガッチリと握って離さない。

「分かった。君の提案通り、不必要な『私グッズ』の制作は全て中止しよう。浮いた予算は、全て公共事業と福祉に回す」

「……言質取りましたよ。議事録に残しますからね」

「ああ。……だが、一つ問題がある」

公爵が真面目な顔になる。

「問題?」

「君が指摘した道路の件だ。私は普段、主要な大通りしか通らないから、路地裏や下町の状況を把握しきれていない。報告書には『全て順調』としか書かれないしな」

「……でしょうね。あの信者フィルターを通した報告書じゃ、スラム街ですら『風通しの良い住宅地』と書かれかねません」

「そこでだ、クリム」

公爵は私の目を覗き込んだ。

「現地視察に行こう」

「視察? あの大名行列みたいなパレードをするんですか? あんなもの、事前に掃除された綺麗な道を通るだけで何の意味もありませんよ」

「違う。……『お忍び』だ」

公爵は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「身分を隠して、平民の服を着て、城下町を歩く。ありのままのガレリアを見るんだ。……もちろん、君も一緒に来てくれるだろう?」

私はため息をついた。

お忍び。

貴族がやりたがる「庶民ごっこ」の代名詞だ。

大抵の場合、変装がバレバレで周囲に気を使わせるか、世間知らずを露呈してトラブルに巻き込まれるかの二択だ。

だが。

「……まあ、悪くない提案ですね」

私はニヤリと笑った。

「書類の上だけで数字を動かすのは飽きてきましたし。それに、貴方がどれだけ世間知らずの『お坊ちゃん』なのか、特等席で見物できるチャンスですし」

「お手柔らかに頼むよ。私は買い物一つ、自分でしたことがないんだ」

「でしょうね。財布の紐の緩みっぱなしな公爵様」

私はセバスチャンに向き直った。

「爺や。そういうわけだから、地味な服を用意して。素材は良くてもいいけど、デザインは極力シンプルに。間違っても家紋入りのマントとか用意しないでよ?」

「は、はい……! 承知いたしました!」

セバスチャンは慌てて部屋を出て行った。

「楽しみだな、クリム。君との初デートだ」

「デートじゃありません、現地調査です。経費で落としますからね」

「ははは! 君は本当にブレないな!」

こうして、私たちは「お忍び視察」へと繰り出すことになった。

……その裏で、私の元婚約者たちが、国境を越えてこちらに向かっているとも知らずに。
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