毒舌悪役令嬢、婚約破棄されて素に戻る。君の罵倒が最高の癒やし?

夏乃みのり

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「クリムを返せ! この悪魔め! 僕のクリムをどこにやった!!」

城の正門前。
そこには、まるで三流劇団の主演男優のようなポーズで叫ぶ、レジナルド殿下の姿があった。

泥だらけの白いスーツ。
乱れた金髪。
そして、後ろには「お城おっきぃ~!」と観光気分で写真を撮ろうとしている(※この世界にカメラはないが、ポーズだけは一丁前な)モモ。

衛兵たちに槍を突きつけられても、殿下は怯むことなく……いや、単に空気が読めていないだけだろう、大声で喚き散らしている。

私とアイザック公爵は、その様子を城壁の上から見下ろしていた。

「……ボス。帰っていいですか? 視界に入れるだけでIQが下がりそうです」

「待て待て。せっかくの『珍獣』だ。もう少し観察しよう」

公爵は双眼鏡(オペラグラス)片手に楽しそうだ。
私は深いため息をつき、拡声器代わりの魔導具(メガホン)を手に取った。

「……あー、テステス。本日は晴天なり。……そこな不審者」

私の声が響き渡ると、レジナルド殿下がバッと顔を上げた。

「クリム!? クリムか!?」

「ええ、クリムです。貴方の元婚約者であり、現在はアイザック公爵の筆頭補佐官を務める、全人類の中で最も貴方の顔を見たくない女です」

「おお、クリム! 無事だったか! やつれ果てて……酷い扱いを受けているのだな!?」

殿下は涙ぐんでいる。
私は自分の頬をぺたぺたと触った。

「やつれるどころか、毎食デザート付きで肌ツヤは最高です。体重もベストコンディションを維持しています」

「嘘をつくな! 脅されているのだろう! 『幸せだと言え』と、その横にいる冷酷公爵にナイフを突きつけられているのだろう!?」

殿下がビシッとアイザック公爵を指差す。
公爵は「心外だな」と肩をすくめた。

「レジナルド殿下。私はナイフなど突きつけていない。突きつけているのは『書類』と『現実』だけだ」

「黙れ悪魔め! 僕には分かるぞ! クリムは心の中で泣いているんだ! 『助けてレジ様、白馬に乗って迎えに来て』と叫んでいるんだ!」

……駄目だ。
会話が成立しない。
この男の脳内には、高性能な「都合の良い翻訳機」が埋め込まれているらしい。

私は頭痛をこらえながら言った。

「殿下。百歩譲って私が助けを求めているとして、貴方は何に乗って来たのですか? 白馬?」

「馬車だ! 途中で車輪が壊れたから、最後は農家の荷車に乗せてもらったがな!」

「白馬ですらありませんね。ドナドナですか」

「細かいことはいいんだ! さあ、今すぐ門を開けろ! 僕はクリムを取り戻すまで、ここを一歩も動かないぞ!」

殿下はその場に胡座をかいて座り込んだ。
モモも「えぇ~、私もぉ? 足痛ぁい」と言いつつ、殿下の膝の上に座る。

「……どうする、クリム。実力行使で排除するか? それとも水を撒くか?」

公爵が物騒な提案をする。

「水を撒くのは掃除の時だけです。……仕方ありません。一度、中に入れましょう」

「入れるのか?」

「ここで座り込みを続けられたら、流通の邪魔です。それに、公衆の面前で王族を追い返したとなれば、ガレリアの『冷酷さ』が強調されてしまいます」

私はニヤリと笑った。

「どうせなら、城の中でたっぷりと『現実』を見せて差し上げましょう。彼らが夢見ている『悲劇のヒロイン救出劇』が、いかに滑稽な妄想かということを」



重厚な城門が、ギギギ……と音を立てて開いた。

「おお! 開いたぞ! やはりクリムの愛が勝ったのだ!」

レジナルド殿下はモモの手を引き、意気揚々と城内に入ってきた。
待ち構えていたのは、私とアイザック公爵、そして武装した近衛兵たちだ。

「クリム!」

殿下が私に抱きつこうと突進してくる。
私はサッと身をかわした。

ズザーッ!

殿下は勢い余って、地面に盛大に転んだ。

「ぐふっ!?」

「足元にご注意ください、殿下。私の心の壁(ATフィールド)が見えませんでしたか?」

「くっ……照れ屋だな、クリムは。公爵の手前、素直になれないのか」

殿下は鼻血を拭いながら立ち上がり、キッとアイザック公爵を睨みつけた。

「おい、氷の公爵! クリムを返してもらおうか! 彼女は僕に必要なんだ!」

「必要?」

公爵は冷ややかな目で見下ろした。

「それは『愛しているから』か? それとも『仕事が回らないから』か?」

「ど、どっちもだ! 愛しているし、書類も片付かない! 一石二鳥だろう!」

「最低の発言ですね」

私が横から口を挟むと、モモがぷくーっと頬を膨らませた。

「ひどぉい公爵様ぁ。レジ様はぁ、クリム様のためにここまで来たんですよぉ? 愛の力ですよぉ?」

モモは公爵に媚びるような上目遣いをする。
だが、公爵は眉一つ動かさない。

「……君。誰だ?」

「えっ? モモですぅ♡」

「いや、名前ではない。なぜ部外者がここにいる? 貴族としての礼儀作法も知らず、TPOをわきまえない服で、あまつさえ他国の公爵に気安く話しかける……珍しい猿か何かか?」

「さ、猿ぅ!?」

モモがショックで固まる。
公爵の毒舌(天然)は、私の教育のおかげで切れ味を増しているようだ。

「まあ待て、アイザック」

レジナルド殿下が前に出た。

「単刀直入に言おう。クリムを返せば、今回の拉致事件は不問にしてやる。さらに、僕のサイン入りブロマイドをくれてやってもいい」

「いらない」

公爵は即答した。

「ゴミを増やすな。それに、クリムは渡さない。彼女は私のものだ」

「な……っ!?」

公爵の言葉に、殿下だけでなく私も心臓が跳ねた。
公爵は、私の肩をぐっと抱き寄せた。

「彼女は我がガレリア帝国が誇る、最高に優秀で、最高に美しく、そして最高に口が悪い、私の大切なパートナーだ。泥団子のような貴様らには勿体ない」

「ど、泥団子だと……!?」

「そうだ。彼女を返してほしければ……そうだな」

公爵は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「私と勝負するか?」

「しょ、勝負……?」

「ああ。剣でも魔法でも、あるいはチェスでもいい。貴殿が得意なもので、私に勝てたらクリムを返そう」

殿下の顔が引きつった。
剣術? 公爵は大陸最強の騎士の一人だ。
魔法? 公爵の魔力量は桁外れだ。
チェス? 公爵の頭脳戦に勝てるわけがない。

「くっ……! 卑怯だぞ! 野蛮人が!」

「では、何なら勝てる?」

殿下は脂汗を流しながら考え込み、そして叫んだ。

「……ポエムだ!!」

「は?」

「クリムへの愛を綴ったポエム対決だ! これなら負けん! 僕は毎日彼女に(一方的に)送っていたからな!」

会場が静まり返った。
衛兵たちが「えっ、何この人……」という目で殿下を見ている。

私は頭を抱えた。
公爵も、さすがに呆れ顔だ。

「……断る。時間の無駄だ」

「逃げるのか! やはり愛では僕に勝てないのだな!」

勝ち誇る殿下。
その時、私はスッと手を挙げた。

「……ボス。許可を」

「なんだ、クリム」

「この方々を、あそこへ案内してもよろしいですか?」

私は城の裏手にある、古びた石造りの建物を指差した。

「『貴賓館(という名の元・牢獄)』へ」

「……ほう?」

「彼らは国賓としての手続きを踏んでいません。身分証も提示していません。つまり、法的には『不法入国者』です」

私は冷徹に言い放った。

「本来なら国外追放ですが、殿下が『動かない』と仰るのなら、然るべき場所で頭を冷やしていただきましょう。……ポエムの創作活動に最適な、静かで、冷たくて、鉄格子のあるお部屋で」

レジナルド殿下の顔色が変わる。

「な、なんだそれは! 僕は王子だぞ! 客室を用意しろ! ふかふかのベッドと、最高級のワインを!」

「ありません。あるのは『煎餅布団』と『水』だけです」

私は衛兵たちに合図した。

「連行して。抵抗するようなら、麻酔針の使用を許可するわ」

「はっ!!」

衛兵たちが一斉に殿下とモモを取り囲む。

「や、やめろ! 離せ! 無礼者! クリム、助けてくれぇぇぇ!!」

「きゃあぁぁ! 服が汚れるぅぅぅ!」

二人の悲鳴は、衛兵たちによってズルズルと引きずられていき、やがて鉄の扉の向こうへと消えていった。

ガチャン、と鍵のかかる重い音が響く。

「……ふぅ。これで静かになりましたね」

私はパンパンと手を払った。

アイザック公爵は、面白そうにその様子を眺めていた。

「……容赦ないな、クリム。元婚約者だろう?」

「元、です。今はただの騒音発生源(ノイズメーカー)です」

「だが、これで外交問題にならないか?」

「大丈夫です。一応、手紙を書いておきます。『殿下が熱烈に滞在を希望されたため、当家の最も歴史ある建造物にご案内しました』と」

「嘘は言っていないな。牢獄は築三百年の歴史がある」

公爵は声を上げて笑った。

「ははは! 気に入った。やはり君は最高だ。……さて、害虫駆除も終わったことだし、仕事に戻ろうか」

「ええ。……あ、ボス」

「ん?」

「さっきの……『私のものだ』っていう台詞」

私は少しだけ視線を逸らし、ボソッと言った。

「……所有物扱いされるのは癪ですが、泥団子発言へのカウンターとしては悪くなかったです」

「そうか。それはよかった」

公爵は優しく微笑んだ。

「だが、所有物扱いしたつもりはないよ。君は私の『自慢』だからな」

「……っ、またそうやってサラッと!」

私が赤面しかけた時。

「閣下ー!! クリム様ー!!」

遠くからセバスチャンが走ってきた。

「なにごとですか、爺や。また変な手紙?」

「いえ、違います! たった今、緊急の知らせが!」

セバスチャンは息を切らして報告した。

「来週の閣下の誕生パーティー……隣国の国王陛下、つまりレジナルド殿下の父君が、急遽出席されるそうです!!」

「「……は?」」

私と公爵の声がハモった。

「国王が? なぜ?」

「行方不明になった王子を探しに……いえ、『息子の教育的指導をしてくれた礼を言いたい』とのことで……」

私は天を仰いだ。

牢屋には馬鹿王子。
来週には国王襲来。

「……ボス」

「なんだ、クリム」

「給料、上げてください」

「検討しよう。……いや、即決だ。五倍にしよう」

私たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。
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