毒舌悪役令嬢、婚約破棄されて素に戻る。君の罵倒が最高の癒やし?

夏乃みのり

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大広間の空気は、完全に凍りついていた。

「……父上」

レジナルド殿下(猿ぐつわ付き)が、床の上で「んー! んー!」と何かを訴えている。
芋虫のようにモゾモゾ動くその姿は、一国の王子というより、捕獲された未確認生物だ。

隣国ガレリアの国王陛下は、冷ややかな視線を息子から外し、私へと向けた。
その眼光は鋭く、歴戦の猛者のそれだ。

「答えよ、娘。貴様が我が国の王子を『泥団子』と呼び、牢獄へぶち込んだ張本人か?」

周囲の貴族たちが息を呑む。
ここで私が「はい」と言えば、不敬罪で首が飛ぶかもしれない。
「いいえ」と嘘をつけば、アイザック公爵に迷惑がかかる。

私はアイザック公爵の腕をそっと外し、一歩前へ出た。
背筋を伸ばし、扇を優雅に開く。

「お初にお目にかかります、国王陛下。元・王太子婚約者、クリム・ベルベットでございます」

私は完璧なカーテシーを披露した。
そして、ニッコリと微笑んだ。

「訂正させていただきます。泥団子と呼んだのは事実ですが、牢獄へぶち込んだのではありません。『ご自身が不法入国されたため、安全確保のために最も警備の厳重なお部屋へご案内した』のです」

「……ほう? 口が減らん女だ」

国王が眉をひそめる。

「だが、息子は『悪女に洗脳された』と言っているぞ? 貴様が妖術を使い、国政を混乱させたとな」

「妖術?」

私は鼻で笑ってしまった。

「陛下。もし私にそんな便利な力があるなら、まず殿下のその『お花畑のような脳内』を更地にして、一から常識の種を撒いておりますわ」

「……なに?」

「国政が混乱したのは妖術のせいではありません。単に、殿下が『書類の読み方』も『計算の仕方』も『ハンコの押し方』も知らず、全て私に丸投げしていたからです」

私は懐から、レジナルド殿下が送りつけてきた手紙(燃やし損ねたコピー)を取り出した。

「証拠はこちらです。殿下が私に送ってきた『業務放棄の嘆願書』ならぬ『ラブレター』です。『書類が見つからない』『お茶が淹れられない』……これが、次期国王の言葉でしょうか?」

セバスチャンがすかさず手紙を受け取り、国王陛下へ差し出す。
国王はそれを読み……顔を真っ赤にして震え出した。

「こ、これは……」

「『君の瞳は星屑、僕の脳みそは綿菓子』……いえ、そこまでは書いていませんが、似たようなものです」

「……ぐ、ぐぬぬ……!」

国王は手紙を握りつぶした。
そして、床で芋虫になっている息子を見下ろした。

「レジナルド!!」

「んぐっ!?」

「貴様、ここまで無能だったのか!? クリム嬢がいなくなってから城が回らなくなったとは聞いていたが……まさか、自分ではお茶一つ淹れられんとは!!」

国王の怒号が響く。
レジナルド殿下が涙目で首を振るが、もう遅い。

国王はハッと顔を上げ、私を見た。
その目は、先ほどの敵意ではなく、ある種の「尊敬」……いや、「すがりつくような色」を帯びていた。

「……クリム嬢。いや、クリム先生」

「は?」

「頼む! 戻ってきてくれ! 息子の教育係として! いや、宰相としてでもいい! このバカを……このバカを更生させられるのは、世界で貴女しかいない!」

まさかのスカウト。
会場がざわめく。
「悪女じゃなかったのか?」「すげえ、国王に認めさせたぞ」

しかし、私は即答した。

「お断りします」

「な、なぜだ! 金か!? 地位か!?」

「いいえ。生理的に無理だからです」

バッサリ。
国王が絶句する中、私の腰に手が回された。

「父上(義父となる予定の)。諦めてください」

アイザック公爵が、勝ち誇った顔で私を引き寄せた。

「彼女はもう、我がガレリアの至宝だ。返品も貸出も受け付けない。……それに」

公爵はニヤリと笑った。

「彼女の毒舌(メンテナンス)を受けられるのは、私だけの特権ですので」

「……アイザック。貴様、いつの間にそんなドMに……」

国王は頭を抱えた。
そして、深いため息をつくと、衛兵たちに指示を出した。

「……回収せよ」

「んー! んー!(やだー!)」

「レジナルド、及びその浮気相手モモ。両名をこれより『王家直轄・再教育施設(スパルタ矯正所)』へ送る! クリム嬢の爪の垢を煎じて飲むまで、娑婆には出さんと思え!」

ズルズルズル……。
レジナルド殿下とモモが、再び引きずられていく。
今度は隣国への強制送還だ。

去り際、国王は私に向き直り、深々と頭を下げた。

「……クリム嬢。息子が迷惑をかけた。詫びとして、慰謝料は弾ませてもらう。……達者でな」

「はい。陛下も、子育てのやり直し、頑張ってくださいませ」

嵐のように現れ、嵐のように去っていった国王一行。
大広間には、奇妙な連帯感と、安堵の空気が残された。

「……ふぅ。終わりましたね」

私が肩の力を抜くと、会場から割れんばかりの拍手が湧き起こった。
それは、公爵への祝福と、そして「最強の毒舌補佐官」への称賛の拍手だった。



数時間後。
パーティーはお開きとなり、静寂が戻った城のバルコニー。

「……疲れた」

アイザック公爵が、ベンチに座り込んでネクタイを緩めていた。
彼は結局、あの後も上機嫌で酒を飲み続け、今はすっかり出来上がっている。

「飲みすぎですよ、ボス。水を持ってきますから」

私が立ち上がろうとすると、ガシッと腕を掴まれた。

「……行くな」

「はい?」

「水なんかいらない。……ここにいろ」

公爵は私の腕を引き、強引に隣に座らせた。
そして、その重たい頭を、私の肩にコテッと乗せてきた。

「……重いです、ボス。頭蓋骨の中に石でも詰まっていますか?」

「脳みそが詰まっているんだ。……ああ、いい匂いがする」

公爵は私の首筋に顔を埋め、深呼吸した。
酒の匂いと、彼の香水の匂いが混じり合う。
体温が高い。

「……クリム。君は、すごいな」

「何がです」

「あの親父(国王)を、言葉だけで撃退するなんて。……私でも、あそこまで鮮やかにはできない」

「ただの事実陳列罪です」

「……行かないでくれ」

公爵の声が、急に弱々しくなった。

「レジナルドが連れ戻しに来た時……少し怖かったんだ。君が、『やっぱり王子様がいい』って帰ってしまうんじゃないかと」

「……」

「君がいなくなったら、私はまた……退屈な『氷の公爵』に戻ってしまう。……それじゃあ、寂しいんだ」

子供のような言葉。
普段の自信満々な彼からは想像もつかない、素直な本音。

私の心臓が、またうるさく鳴り始めた。
こんな無防備な姿を見せられて、突き放せるわけがない。

私はため息をつき、肩に乗っている金色の髪を、そっと指で梳いた。

「……帰りませんよ」

「本当か?」

「ええ。言ったでしょう? ここは給料がいいし、福利厚生も充実しているって」

「……それだけか?」

公爵が顔を上げ、至近距離で私を見つめた。
潤んだ青い瞳が、私を捕らえて離さない。

「……私という『上司』に、魅力はないのか?」

「……」

ズルイ。
そんな顔で聞くのは反則だ。

私は視線を逸らし、小さく呟いた。

「……まあ、顔はいいですし。……ここぞという時に守ってくれるところは、悪くないと評価しています」

「……ふっ、素直じゃないな」

公爵は嬉しそうに笑うと、私の手を握りしめた。

「覚悟しておけ、クリム。私はこれから、君をもっと『好待遇』で縛り付けるからな。逃げようとしても、離さないぞ」

「……望むところです。ブラック企業だったら、即刻訴えますからね」

「ははは……」

公爵は満足したのか、そのまま私の肩に頭を戻し、寝息を立て始めた。

「……まったく」

私は夜風に吹かれながら、眠る主人の寝顔を見つめた。
重いし、酒臭いし、手がかかる。
でも。

(……悪くないわね、こういうのも)

月明かりの下、私はこっそりと、彼の髪に触れた。
私の「悪役令嬢」としての第二の人生は、どうやら予想以上に甘くて、騒がしいものになりそうだ。

その時。
バルコニーの下から、カシャリカシャリと音がした。

「……爺や?」

見下ろすと、植え込みの中にセバスチャンが潜み、画用紙に猛スピードでスケッチしていた。

「ひっ! み、見つかりましたか! あまりに尊い構図でしたので、つい……!」

「……明日、その絵を提出しなさい。焼却処分にします」

「そ、そんなぁ~!!」

私の怒声と、セバスチャンの悲鳴が夜空に響く。
やっぱり、甘い雰囲気だけで終わるはずがない。
これが、私の新しい日常だ。
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