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国境の街、中立都市「アーク」。
古くから両国の緩衝地帯として栄えてきたこの街にある迎賓館が、今回の決戦の舞台だ。
「……ボス。胃薬は持ちましたか?」
馬車を降りる直前、私はアイザック公爵に確認した。
「持った。頭痛薬も、気付け薬もな」
「よろしい。では、行きましょうか。『地獄の家族会議』へ」
私たちは頷き合い、迎賓館の重厚な扉をくぐった。
案内された会議室には、すでに「あちら側」の面々が揃っていた。
長テーブルの向こう側。
中央には、げっそりと頬がこけた私の元義父、国王陛下。
その隣には、なぜか自信満々に胸を張り、ドヤ顔を決めているレジナルド殿下。
そして。
殿下のさらに隣に、見慣れない少女が座っていた。
「……」
私は一瞬、その少女を二度見した。
純白のドレス。
頭には花冠。
背中には、なんと作り物の「天使の羽」をつけている。
両手をお祈りのポーズで組み、キラキラとした瞳で虚空を見つめている。
(……痛い。物理的に視覚が痛い)
「おお、来たかクリム! そしてアイザック!」
レジナルド殿下が立ち上がり、バサッとマント(新品)を翻した。
「遅いぞ! 僕たちはもう、待ちくたびれて『愛の詩(ポエム)』を三篇も作ってしまったところだ!」
「……それは失礼しました。その詩を燃やすための焼却炉を探すのに手間取りまして」
私が席に着きながら答えると、殿下はフンと鼻を鳴らした。
「相変わらず可愛げのない口だ。だが、今の僕には効かんぞ! なぜなら……僕には彼女がいるからだ!」
殿下は、隣の「天使」を指し示した。
「紹介しよう! 彼女こそ、僕の傷ついた心を癒やし、真実の愛を教えてくれた奇跡の聖女! ルルナ・メルヘンだ!」
「……メルヘン?」
「名前からして頭の中がお花畑そうですね」と私が呟く前に、その少女――ルルナが立ち上がった。
彼女はスローモーションのような動きで私の方を向き、悲しげに眉を寄せた。
「……ああ、貴女がクリム様ですね? 可哀想な、迷える子羊さん……」
声が高い。
そして、独特の節回しがある。
まるで舞台女優のようだ。
「……初めまして。迷ってもいませんし、羊類でもありませんが」
「無理をしなくていいのですぅ。私には見えます……貴女の背後に渦巻く、どす黒い『嫉妬』と『未練』のオーラが……!」
ルルナは大げさに胸を押さえた。
「レジ様を愛するあまり、道を踏み外し、悪魔(公爵)に魂を売ってしまったのですね……。なんて悲しい……」
「……」
私は無言でアイザック公爵を見た。
「ボス。私、背後霊でもついているんでしょうか? それとも今日着ている黒のドレスが、彼女の網膜にはオーラに見えているのでしょうか?」
「いや、私の目には美しさしか映っていないが……彼女の目は特殊なフィルターがかかっているようだな」
公爵も苦笑している。
ルルナは私の反応を無視して、テーブルを回り込み、私の目の前までやってきた。
そして、私の手を強引に握りしめた。
「でも、安心してくださいっ! この聖女ルルナが、貴女の汚れた魂を『浄化』してあげますっ!」
「は?」
「えいっ☆」
ルルナは掛け声と共に、ポケットから何かを取り出し、私の顔に向けて振りまいた。
パラパラパラ……。
「……」
私の顔とドレスに、粉がかかった。
それは……金色の、ラメ入りパウダーだった。
「……」
会議室に、沈黙が落ちた。
私はゆっくりと、顔についたラメを指で拭い取った。
「……あの。これは何ですか?」
「『聖なる輝き(ホーリー・グリッター)』ですっ! これで貴女の邪気は払われ、素直な心を取り戻せるはず……さあ、レジ様に謝りましょう? 『ごめんなさい、本当は大好きです』って!」
ルルナは無垢な(に見せかけた)笑顔で首を傾げた。
プチッ。
私の中で、何かが切れる音がした。
私は静かに立ち上がり、パンパンとドレスのラメを払った。
「……国王陛下」
私は冷ややかな声で、向こう側に座る国王に呼びかけた。
「は、はい……」
国王がビクリとする。
「この会議室は禁煙ですが、『粉塵の散布』は許可されているのですか? 彼女が撒き散らしたのは、成分分析するに……安物の雲母(マイカ)と、着色料と、あと微量の砂糖ですね。アリが寄ってきますよ?」
「うっ……す、すまん……」
「それに、彼女の言う『浄化』とは、他人の高価なドレスを汚す行為を指すのですか? クリーニング代、請求させていただいてよろしいですか?」
「も、もちろん払う! 言い値で払う!」
私が視線をルルナに戻すと、彼女は「えっ?」という顔で固まっていた。
「ど、どうして……? 浄化されないの? 普通ならここで泣き崩れて改心するはずなのに……」
「人生は脚本通りにはいきませんよ、お嬢さん」
私は一歩、彼女に近づいた。
「それに『聖女』と名乗るなら、もう少しマシな奇跡を見せなさい。ラメを撒くくらいなら、宴会芸の方がまだ需要があります」
「ひ、ひどいっ! レジ様ぁ~! この人、聖なる力を馬鹿にしますぅ~!」
ルルナは泣き真似をして、レジナルド殿下の胸に飛び込んだ。
「よ、よしよし! 泣くなルルナ! 僕が守ってやる!」
殿下はルルナを抱きしめ、私を睨みつけた。
「クリム! 貴様、嫉妬も大概にしろ! ルルナの清らかな心に触れて、自分の醜さが恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしいのは殿下のその『男を見る目のなさ』です」
私はため息をついた。
「前回のモモ様といい、今回のルルナ様といい……なぜ殿下は、こうも『地雷』ばかりを踏み抜くのですか? 地雷処理班の資格でもお持ちで?」
「じ、地雷だと!? 彼女は聖女だぞ! 昨夜だって、僕の頭痛を『痛いの痛いの飛んでいけ~☆』で治してくれたんだ!」
「それは自然治癒です。もしくはプラシーボ効果です」
「違う! 愛の力だ!」
殿下とルルナは、会議室の中心で抱き合い、二人だけの世界に入ってしまった。
国王陛下が、深く、深く頭を抱えて机に突っ伏した。
「……もう嫌だ……。誰か余を殺してくれ……」
「父上、しっかりしてください。ここで倒れられたら、このバカ息子の介護を誰がするんですか」
アイザック公爵が、憐れみの目で国王に水を差し出した。
「……アイザック殿……。すまない……。こんなものを見せて……」
「いえ。おかげでクリムの『絶縁の意志』が固まったようですから、感謝しますよ」
公爵はニヤリと笑い、私を見た。
私は頷いた。
「ええ。ボスのおっしゃる通りです」
私は改めて、国王陛下に向き直った。
「陛下。今回の会談の目的は『私の返還』および『貿易摩擦の解消』でしたね?」
「……うむ。だが……」
国王はチラリと、イチャつく息子と自称聖女を見た。
「……今さら『戻ってきてくれ』とは言えん空気だな」
「賢明なご判断です。あの中(動物園)に戻るくらいなら、私はアイザック公爵の城の地下牢の方がマシです」
「……だろうな」
「ですので、提案があります」
私は懐から、昨日作成した書類を取り出した。
「我がガレリア帝国と、貴国との『不可侵条約』ならぬ『不干渉条約』です。今後、レジナルド殿下が私に半径一キロ以内に近づいた場合、貴国は違約金として国家予算の一割を支払う……という内容です」
「……一割!?」
「高いですか? ですが、殿下のストーカー行為による私の精神的苦痛と、業務妨害による損害を考えれば、妥当な金額かと」
「……」
国王は書類を受け取り、震える手で中身を確認した。
そして、チラリと息子を見た。
「レジ様ぁ~、あーん♡」
「あーん♡ ルルナの作ったクッキー(炭)は美味しいなぁ!」
国王は、無言でペンを取り出し、書類にサインした。
「……成立だ」
「ありがとうございます。商談成立ですね」
私は書類を回収し、アイザック公爵に渡した。
「ボス、やりましたよ。これで平和が買えました」
「仕事が早いな、クリム。国家予算の一割とは、いい臨時収入だ」
公爵は満足げに頷いた。
その時だ。
「……待ちなさいよ」
低い、ドスの効いた声がした。
振り向くと、ルルナが殿下の腕の中から離れ、私を睨みつけていた。
先ほどの「聖女」の顔ではない。
目つきが鋭く、口元が歪んでいる。
「あんた……調子乗ってんじゃないわよ?」
「……おや? キャラ設定が崩壊していますよ?」
「うるさい! なんなのよ、あんた! 『悪役令嬢』のくせに、なんでそんなに幸せそうなのよ!」
ルルナは地団駄を踏んだ。
「シナリオ通りなら、あんたは婚約破棄されて、惨めに野垂れ死ぬはずでしょ!? なんで隣国の公爵なんて超優良物件をゲットしてんのよ! ズルいじゃない!」
「……シナリオ?」
私が眉をひそめると、ルルナはハッとして口を押さえた。
「あ……」
「……ほう。面白いことを言いますね」
私は彼女に近づいた。
「シナリオ、とは? 貴女、もしかして……」
「ち、違うわよ! なんでもない!」
ルルナは慌ててごまかそうとするが、私は見逃さなかった。
彼女の瞳に浮かぶ焦りと、そして「計算」の色を。
(……なるほど。ただの痛い子かと思ったけど、何か『裏』があるようね)
「陛下、殿下。お話中失礼します」
私は二人に背を向け、ルルナの目の前に立った。
「この『聖女様』、少し事情聴取が必要かもしれませんね」
「な、なによ! 私のバックにはレジ様がいるんだからね!」
ルルナが殿下に助けを求めようとした瞬間。
「……黙れ」
アイザック公爵が、低く唸った。
その一言で、室内の空気が凍りついた。
公爵がゆっくりと立ち上がり、私の隣に並ぶ。
その全身から放たれるのは、本物の「強者」の覇気だ。
「私のパートナーに喧嘩を売ったんだ。……ただで帰れると思うなよ? お嬢さん」
ルルナの顔から血の気が引いていく。
「ひっ……」
「さあ、クリム。どう料理する? 煮るか、焼くか、それとも論破して再起不能にするか」
「そうですね……」
私はニッコリと、今日一番の「悪役令嬢スマイル」を浮かべた。
「まずは、その背中の『天使の羽』をもぎ取って、中身がただの綿であることを証明して差し上げましょうか」
「いやぁぁぁ!! 来ないでぇぇぇ!!」
ルルナの絶叫が、アークの街に響き渡った。
こうして、「聖女」vs「悪役令嬢」の戦いは、私の圧勝……というより、一方的な蹂躙で幕を開けたのだった。
古くから両国の緩衝地帯として栄えてきたこの街にある迎賓館が、今回の決戦の舞台だ。
「……ボス。胃薬は持ちましたか?」
馬車を降りる直前、私はアイザック公爵に確認した。
「持った。頭痛薬も、気付け薬もな」
「よろしい。では、行きましょうか。『地獄の家族会議』へ」
私たちは頷き合い、迎賓館の重厚な扉をくぐった。
案内された会議室には、すでに「あちら側」の面々が揃っていた。
長テーブルの向こう側。
中央には、げっそりと頬がこけた私の元義父、国王陛下。
その隣には、なぜか自信満々に胸を張り、ドヤ顔を決めているレジナルド殿下。
そして。
殿下のさらに隣に、見慣れない少女が座っていた。
「……」
私は一瞬、その少女を二度見した。
純白のドレス。
頭には花冠。
背中には、なんと作り物の「天使の羽」をつけている。
両手をお祈りのポーズで組み、キラキラとした瞳で虚空を見つめている。
(……痛い。物理的に視覚が痛い)
「おお、来たかクリム! そしてアイザック!」
レジナルド殿下が立ち上がり、バサッとマント(新品)を翻した。
「遅いぞ! 僕たちはもう、待ちくたびれて『愛の詩(ポエム)』を三篇も作ってしまったところだ!」
「……それは失礼しました。その詩を燃やすための焼却炉を探すのに手間取りまして」
私が席に着きながら答えると、殿下はフンと鼻を鳴らした。
「相変わらず可愛げのない口だ。だが、今の僕には効かんぞ! なぜなら……僕には彼女がいるからだ!」
殿下は、隣の「天使」を指し示した。
「紹介しよう! 彼女こそ、僕の傷ついた心を癒やし、真実の愛を教えてくれた奇跡の聖女! ルルナ・メルヘンだ!」
「……メルヘン?」
「名前からして頭の中がお花畑そうですね」と私が呟く前に、その少女――ルルナが立ち上がった。
彼女はスローモーションのような動きで私の方を向き、悲しげに眉を寄せた。
「……ああ、貴女がクリム様ですね? 可哀想な、迷える子羊さん……」
声が高い。
そして、独特の節回しがある。
まるで舞台女優のようだ。
「……初めまして。迷ってもいませんし、羊類でもありませんが」
「無理をしなくていいのですぅ。私には見えます……貴女の背後に渦巻く、どす黒い『嫉妬』と『未練』のオーラが……!」
ルルナは大げさに胸を押さえた。
「レジ様を愛するあまり、道を踏み外し、悪魔(公爵)に魂を売ってしまったのですね……。なんて悲しい……」
「……」
私は無言でアイザック公爵を見た。
「ボス。私、背後霊でもついているんでしょうか? それとも今日着ている黒のドレスが、彼女の網膜にはオーラに見えているのでしょうか?」
「いや、私の目には美しさしか映っていないが……彼女の目は特殊なフィルターがかかっているようだな」
公爵も苦笑している。
ルルナは私の反応を無視して、テーブルを回り込み、私の目の前までやってきた。
そして、私の手を強引に握りしめた。
「でも、安心してくださいっ! この聖女ルルナが、貴女の汚れた魂を『浄化』してあげますっ!」
「は?」
「えいっ☆」
ルルナは掛け声と共に、ポケットから何かを取り出し、私の顔に向けて振りまいた。
パラパラパラ……。
「……」
私の顔とドレスに、粉がかかった。
それは……金色の、ラメ入りパウダーだった。
「……」
会議室に、沈黙が落ちた。
私はゆっくりと、顔についたラメを指で拭い取った。
「……あの。これは何ですか?」
「『聖なる輝き(ホーリー・グリッター)』ですっ! これで貴女の邪気は払われ、素直な心を取り戻せるはず……さあ、レジ様に謝りましょう? 『ごめんなさい、本当は大好きです』って!」
ルルナは無垢な(に見せかけた)笑顔で首を傾げた。
プチッ。
私の中で、何かが切れる音がした。
私は静かに立ち上がり、パンパンとドレスのラメを払った。
「……国王陛下」
私は冷ややかな声で、向こう側に座る国王に呼びかけた。
「は、はい……」
国王がビクリとする。
「この会議室は禁煙ですが、『粉塵の散布』は許可されているのですか? 彼女が撒き散らしたのは、成分分析するに……安物の雲母(マイカ)と、着色料と、あと微量の砂糖ですね。アリが寄ってきますよ?」
「うっ……す、すまん……」
「それに、彼女の言う『浄化』とは、他人の高価なドレスを汚す行為を指すのですか? クリーニング代、請求させていただいてよろしいですか?」
「も、もちろん払う! 言い値で払う!」
私が視線をルルナに戻すと、彼女は「えっ?」という顔で固まっていた。
「ど、どうして……? 浄化されないの? 普通ならここで泣き崩れて改心するはずなのに……」
「人生は脚本通りにはいきませんよ、お嬢さん」
私は一歩、彼女に近づいた。
「それに『聖女』と名乗るなら、もう少しマシな奇跡を見せなさい。ラメを撒くくらいなら、宴会芸の方がまだ需要があります」
「ひ、ひどいっ! レジ様ぁ~! この人、聖なる力を馬鹿にしますぅ~!」
ルルナは泣き真似をして、レジナルド殿下の胸に飛び込んだ。
「よ、よしよし! 泣くなルルナ! 僕が守ってやる!」
殿下はルルナを抱きしめ、私を睨みつけた。
「クリム! 貴様、嫉妬も大概にしろ! ルルナの清らかな心に触れて、自分の醜さが恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしいのは殿下のその『男を見る目のなさ』です」
私はため息をついた。
「前回のモモ様といい、今回のルルナ様といい……なぜ殿下は、こうも『地雷』ばかりを踏み抜くのですか? 地雷処理班の資格でもお持ちで?」
「じ、地雷だと!? 彼女は聖女だぞ! 昨夜だって、僕の頭痛を『痛いの痛いの飛んでいけ~☆』で治してくれたんだ!」
「それは自然治癒です。もしくはプラシーボ効果です」
「違う! 愛の力だ!」
殿下とルルナは、会議室の中心で抱き合い、二人だけの世界に入ってしまった。
国王陛下が、深く、深く頭を抱えて机に突っ伏した。
「……もう嫌だ……。誰か余を殺してくれ……」
「父上、しっかりしてください。ここで倒れられたら、このバカ息子の介護を誰がするんですか」
アイザック公爵が、憐れみの目で国王に水を差し出した。
「……アイザック殿……。すまない……。こんなものを見せて……」
「いえ。おかげでクリムの『絶縁の意志』が固まったようですから、感謝しますよ」
公爵はニヤリと笑い、私を見た。
私は頷いた。
「ええ。ボスのおっしゃる通りです」
私は改めて、国王陛下に向き直った。
「陛下。今回の会談の目的は『私の返還』および『貿易摩擦の解消』でしたね?」
「……うむ。だが……」
国王はチラリと、イチャつく息子と自称聖女を見た。
「……今さら『戻ってきてくれ』とは言えん空気だな」
「賢明なご判断です。あの中(動物園)に戻るくらいなら、私はアイザック公爵の城の地下牢の方がマシです」
「……だろうな」
「ですので、提案があります」
私は懐から、昨日作成した書類を取り出した。
「我がガレリア帝国と、貴国との『不可侵条約』ならぬ『不干渉条約』です。今後、レジナルド殿下が私に半径一キロ以内に近づいた場合、貴国は違約金として国家予算の一割を支払う……という内容です」
「……一割!?」
「高いですか? ですが、殿下のストーカー行為による私の精神的苦痛と、業務妨害による損害を考えれば、妥当な金額かと」
「……」
国王は書類を受け取り、震える手で中身を確認した。
そして、チラリと息子を見た。
「レジ様ぁ~、あーん♡」
「あーん♡ ルルナの作ったクッキー(炭)は美味しいなぁ!」
国王は、無言でペンを取り出し、書類にサインした。
「……成立だ」
「ありがとうございます。商談成立ですね」
私は書類を回収し、アイザック公爵に渡した。
「ボス、やりましたよ。これで平和が買えました」
「仕事が早いな、クリム。国家予算の一割とは、いい臨時収入だ」
公爵は満足げに頷いた。
その時だ。
「……待ちなさいよ」
低い、ドスの効いた声がした。
振り向くと、ルルナが殿下の腕の中から離れ、私を睨みつけていた。
先ほどの「聖女」の顔ではない。
目つきが鋭く、口元が歪んでいる。
「あんた……調子乗ってんじゃないわよ?」
「……おや? キャラ設定が崩壊していますよ?」
「うるさい! なんなのよ、あんた! 『悪役令嬢』のくせに、なんでそんなに幸せそうなのよ!」
ルルナは地団駄を踏んだ。
「シナリオ通りなら、あんたは婚約破棄されて、惨めに野垂れ死ぬはずでしょ!? なんで隣国の公爵なんて超優良物件をゲットしてんのよ! ズルいじゃない!」
「……シナリオ?」
私が眉をひそめると、ルルナはハッとして口を押さえた。
「あ……」
「……ほう。面白いことを言いますね」
私は彼女に近づいた。
「シナリオ、とは? 貴女、もしかして……」
「ち、違うわよ! なんでもない!」
ルルナは慌ててごまかそうとするが、私は見逃さなかった。
彼女の瞳に浮かぶ焦りと、そして「計算」の色を。
(……なるほど。ただの痛い子かと思ったけど、何か『裏』があるようね)
「陛下、殿下。お話中失礼します」
私は二人に背を向け、ルルナの目の前に立った。
「この『聖女様』、少し事情聴取が必要かもしれませんね」
「な、なによ! 私のバックにはレジ様がいるんだからね!」
ルルナが殿下に助けを求めようとした瞬間。
「……黙れ」
アイザック公爵が、低く唸った。
その一言で、室内の空気が凍りついた。
公爵がゆっくりと立ち上がり、私の隣に並ぶ。
その全身から放たれるのは、本物の「強者」の覇気だ。
「私のパートナーに喧嘩を売ったんだ。……ただで帰れると思うなよ? お嬢さん」
ルルナの顔から血の気が引いていく。
「ひっ……」
「さあ、クリム。どう料理する? 煮るか、焼くか、それとも論破して再起不能にするか」
「そうですね……」
私はニッコリと、今日一番の「悪役令嬢スマイル」を浮かべた。
「まずは、その背中の『天使の羽』をもぎ取って、中身がただの綿であることを証明して差し上げましょうか」
「いやぁぁぁ!! 来ないでぇぇぇ!!」
ルルナの絶叫が、アークの街に響き渡った。
こうして、「聖女」vs「悪役令嬢」の戦いは、私の圧勝……というより、一方的な蹂躙で幕を開けたのだった。
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