毒舌悪役令嬢、婚約破棄されて素に戻る。君の罵倒が最高の癒やし?

夏乃みのり

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「……ボス。いえ、あなた。笑顔が硬いです」

揺れる馬車の中。

私は向かいに座るアイザック公爵の頬を、人差し指でツンツンとつついた。

「口角をもっと上げて。目は優しく細めて。今のままだと、これから借金の取り立てに行くマフィアのボスか、敵国の領地を焼き払いに行く将軍にしか見えません」

「む……努力はしているんだが」

公爵は鏡を見ながら、ひきつった笑顔を作った。

「どうだ? 『爽やかな好青年』に見えるか?」

「『獲物を前に舌なめずりする肉食獣』に見えます」

私たちは今、黄金の馬車(セバスチャンが本当に用意した純金メッキの馬車)に乗って、私の実家であるベルベット侯爵家に向かっていた。

今日の公爵の衣装は、私のコーディネートによる「好感度アップ作戦用」のベージュのスーツだ。
いつもの黒い軍服風の衣装よりは柔らかく見えるはずなのだが……いかんせん、中身から滲み出る「覇気」が隠しきれていない。

「……はぁ。まあいいです。父は威圧感に弱いですから、逆に効果的かもしれません」

私は窓の外を見た。
見慣れた屋敷が見えてきた。
かつて、私が「役立たず」と罵られ、追い出された家。

「……緊張しているのか? クリム」

公爵が、私の震える手をそっと握った。

「大丈夫だ。私がついている。もし彼らが君を侮辱するようなら、即座に屋敷ごと買い取って更地にしてやる」

「……それは最終手段にしてください。あくまで『円満な』結婚報告ですから」

馬車が屋敷の正門に到着する。
門番たちが、黄金の馬車を見て腰を抜かしているのが見えた。

「到着でございます、閣下、奥様!」

御者が扉を開ける。
私は深呼吸をして、アイザック公爵の手を取り、降り立った。

そこには。

「よ、ようこそおいでくださいました……ッ!!」

地面に額を擦り付けんばかりに平伏している、父と義母、そして使用人一同の姿があった。

「……出迎えの姿勢が良すぎませんか?」

私が呟くと、父がビクッと震えながら顔を上げた。

「と、当然だ! ガレリア帝国の筆頭公爵様がお見えなのだぞ! 粗相があっては一族郎党の破滅……! ひいいっ!」

父はアイザック公爵と目が合った瞬間、悲鳴を上げて再び地面にへばりついた。

公爵は困ったように私を見た。

「……クリム。私はまだ何も言っていないのだが」

「存在自体が凶器なんですよ。さあ、中へ」



通された応接間は、私がいた頃よりも少し豪華になっていた。
どうやら、アイザック公爵が以前置いていった「手切れ金(という名の口止め料)」で家具を新調したらしい。

父と義母は、ソファの隅っこで小さくなっていた。
対して私たちは、上座に堂々と座っている。
どちらが家の主人か分からない構図だ。

「えー、お父様。お母様。本日は、改めてご挨拶に伺いました」

私が切り出すと、父が震える声で答えた。

「は、はい……。なんでしょうか……。もしや、クリムが何か不始末を? 返品でしょうか? 慰謝料なら分割で……」

「違います。ネガティブな想像力を働かせないでください」

私は扇子でテーブルを叩いた。

「本日は、アイザック・ル・グラン公爵閣下より、お話がございます」

私は公爵に目配せをした。
(さあ、どうぞ!)

公爵はコホンと咳払いをし、居住まいを正した。

「……ベルベット侯爵」

「は、はいっ!!」

「本日は、貴殿に折り入って頼みがある」

公爵は真剣な眼差しで、父を見据えた。
その目力が強すぎて、父の顔色が青から白へ変わっていく。

「頼み……? は、はい、なんでしょうか……。臓器の提供でしょうか……?」

「違う。……娘さんを、私にください」

シーン……。

時が止まった。
父と義母は、口をパクパクとさせている。

「……は?」

「クリム嬢を、私の妻として迎えたい。正式に結婚の許可をいただきたい」

公爵はテーブルの上に、持参した風呂敷包みをドン! と置いた。

「これは結納品だ。ガレリア産の最高級ダイヤモンド、王家御用達のブランデー、そして……貴家の借金を完済し、さらに向こう三代遊んで暮らせるだけの『支援金』の目録だ」

包みが解かれ、中から目がくらむような財宝と、分厚い小切手の束が現れる。
義母の目が、宝石よりも怪しく輝いた。

「ま、まあ……! なんて素敵なダイヤモンド……!」

「そ、それにこの金額は……!?」

父が小切手を見て震え出した。

「こ、これを……本当に? あの、可愛げのない、生意気なクリムを引き取るだけで……?」

ピキッ。

アイザック公爵の眉が跳ね上がった。

「……侯爵。今、なんと?」

「ひっ!?」

「可愛げがない? 生意気? ……貴殿の目は節穴か?」

公爵の声が、低く、地を這うような響きに変わる。
「爽やかな好青年」の仮面が剥がれ落ち、「氷の公爵」が顔を出した。

「クリムは、誰よりも賢く、美しく、そして慈悲深い女性だ。彼女の毒舌は知性の裏返しであり、彼女の態度は強さの証明だ。それを理解できないとは……親として失格ではないか?」

「も、申し訳ございません!!」

「私がこの財宝を積んだのは、彼女の『値札』ではない。彼女を育ててくれたことへの、せめてもの『礼儀』だ。……勘違いするなよ?」

公爵の背後から、黒いオーラが立ち昇る。
父と義母は、抱き合ってガタガタと震えている。

私はため息をつき、公爵の袖を引いた。

「……あなた。威圧しすぎです。交渉じゃなくて脅迫になっています」

「すまない。君を悪く言われると、つい……」

公爵はシュンとしてオーラを引っ込めた。
私は父に向き直った。

「……というわけです、お父様。この結婚を受け入れれば、侯爵家は安泰。ガレリア帝国との太いパイプも手に入ります。……断る理由は、ございませんわよね?」

私はニッコリと、有無を言わせぬ笑顔を向けた。

父は、涙目で何度も頷いた。

「もちろんだ!! 喜んで!! ああ、クリム! お前は我が家の救世主だ! 誇りだ! 自慢の娘だ!!」

「……現金なものですね。まあ、予想通りですが」

私は冷めた目で、手のひらを返した両親を見た。
かつては傷ついた言葉も、今の私には何の影響もない。
だって、隣には、私の価値を本当の意味で理解してくれる人がいるから。

「では、書類にサインをお願いします」

私が婚姻届(ガレリア様式)を差し出すと、父はマッハの速度でサインをした。

「よし! これで成立だ!」

公爵が書類を回収し、満足げに頷いた。
そして、改めて父と義母に向き直り、今度は穏やかな顔で頭を下げた。

「……ありがとう。必ず、彼女を幸せにする」

その真摯な態度に、父も一瞬だけ、毒気を抜かれたような顔をした。

「……公爵様。娘は……気が強くて、口も悪いですが……どうか、よろしくお願いします」

「ええ。その『気の強さ』に、私は救われているのです」

公爵は私を見て、優しく微笑んだ。



「……ふぅ。疲れましたね」

帰りの馬車の中。
私はどっと疲れが出て、シートに沈み込んだ。

「ああ。だが、これで名実ともに、君は私のものだ」

公爵は上機嫌だ。
私の左手を取り、薬指に嵌められた指輪――先ほどの結納品とは別の、彼が個人的に用意したシンプルな指輪――にキスをした。

「クリム。帰ったら、結婚式の準備だ。世界一盛大な式にするぞ」

「……予算の上限は設けますよ。あと、私のドレスは動きやすいものでお願いします。いつ敵襲があるか分かりませんから」

「花嫁が戦闘態勢でどうする」

私たちは笑い合った。
黄金の馬車は、夕日に向かって走っていく。
実家との因縁も、これできっぱりと断ち切れた。
あとは……幸せな未来へ向かうだけだ。

……と思っていたのだが。

城に戻った私たちを待っていたのは、セバスチャンと、見知らぬ「お客」だった。

「お帰りなさいませ、閣下、奥様!」

「ただいま、爺や。……で、そちらの方は?」

私が視線を向けた先には、分厚い眼鏡をかけ、ボサボサの髪をした、いかにも「気難しそうな」初老の男性が立っていた。

「……ふん。帰ってきたか、若造ども」

男性は私たちを見ても頭も下げず、腕組みをして鼻を鳴らした。

「誰だ、貴様は。不法侵入なら叩き出すぞ」

アイザック公爵が不機嫌そうに前に出る。
しかし、男性は動じない。

「私は『アルフレッド』。……帝国の『宮廷筆頭マナー講師』であり、来月の結婚式までの間、このクリム・ベルベットとかいう田舎娘を『完璧な公爵夫人』に仕立て上げるよう、皇帝陛下から命じられた者だ」

「……は?」

「今日から地獄の特訓を開始する。覚悟しておけ、跳ねっ返り娘。……その猫背と、減らず口を矯正してやる!」

私と公爵は顔を見合わせた。

「……ボス」

「なんだ、クリム」

「最後の最後で、一番面倒なラスボス(姑ポジション)が来ましたね」

結婚式まで、あと一ヶ月。
私の「花嫁修業(バトル)」が、幕を開けようとしていた。
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