毒舌悪役令嬢、婚約破棄されて素に戻る。君の罵倒が最高の癒やし?

夏乃みのり

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「姿勢が悪い! 背筋は床から垂直に! 歩幅は小指の先ほどに! 笑顔は口角を三ミリ上げて固定!」

「……鬼軍曹ですか、貴方は」

翌日から始まった「花嫁修業」は、予想通りの地獄だった。

城の大広間。
私は頭の上に分厚い百科事典を三冊乗せ、ヒールで一本橋の上を歩かされていた。
指揮を執るのは、皇帝陛下から送り込まれた「マナーの鬼」こと、アルフレッド先生だ。

「口答えをするな! 公爵夫人たるもの、どんな時でも優雅さを保て! たとえ足元に毒蛇がいようとも、微笑みを崩さずに踏み潰すのだ!」

「踏み潰すのは推奨なんですね……」

私はプルプルと震える足でバランスを取りながら、前進した。
部屋の隅では、アイザック公爵がオロオロと見守っている。

「あ、あの、アルフレッド先生。もう少し手加減を……クリムの首が筋肉痛になってしまう」

「甘い! 閣下がそうやって甘やかすから、この娘は『野生の珍獣』のままなのです! 帝都の大舞踏会での立ち振る舞いは見事でしたが、あれは『度胸』で乗り切っただけ! 『品格』が足りん!」

アルフレッド先生はビシッと鞭を振るった。

「いいか、小娘。結婚式は戦場だ。世界中の貴族が、お前の粗(アラ)を探そうと目を皿のようにして集まる。……恥をかきたくなければ、死ぬ気でついてこい!」

「……分かりましたよ。やればいいんでしょう、やれば!」

私はヤケクソで背筋を伸ばし、モデルウォークで完走してみせた。

「ふん、まあまあだ。次は『笑顔の耐久訓練』だ。私が目の前でレモンを丸かじりする間、眉一つ動かさずに微笑み続けろ」

「どんな拷問ですかそれは」



午後は、結婚式の「打ち合わせ」だった。
ここからが、私の本領発揮だ。

会議室には、式場装飾、衣装、料理、引き出物……各業界のトップクリエイターたちが集結していた。
彼らは皆、「公爵家の結婚式」というビッグプロジェクトに目を輝かせている。

「さあ、始めましょうか」

私が席に着くと、アルフレッド先生が後ろに仁王立ちした。

「私が監視する。田舎娘のセンスで、式を台無しにされては困るからな」

「……邪魔だけはしないでくださいね」

私は手元の資料を開き、業者たちを見渡した。

「ではまず、見積もりの確認から。……装花担当の方」

「は、はい! こちらです!」

派手なシャツを着たフローリストが、自信満々にデザイン画を出した。

「今回のテーマは『天空の楽園』! 会場全体を希少な白薔薇で埋め尽くし、天井からはランの花を雨のように降らせます! 予算は金貨一万枚ですが、一生に一度ですから!」

アルフレッド先生が頷く。

「うむ、悪くない。公爵家の威信を示すには、これくらいの豪華さが……」

「却下です」

私は赤ペンで、デザイン画に大きくバツ印をつけた。

「えっ?」

「まず、白薔薇で埋め尽くす? 花粉でゲストがくしゃみをしたらどうするんですか? それにランの雨? 料理に入ったら異物混入です」

私は冷徹に指摘した。

「何より、金貨一万枚は高すぎます。市場価格を調べましたが、今の時期、白薔薇は高騰していますね? それをあえて使うのは、単なる『見栄』か、貴方の懐を温めるためとしか思えません」

「うっ……そ、それは……」

「花はポイント使いで十分です。代わりに、テーブルクロスと照明で雰囲気を演出する案に変更してください。予算は十分の一、金貨千枚で抑えなさい」

「せ、千枚……!?」

フローリストが白目を剥いて倒れそうになる。
アルフレッド先生が口を挟む。

「おい、クリム! 予算をケチってどうする! 貧乏くさい式にする気か!」

「違います、先生。無駄を省き、本質にお金をかけるのです。……次は料理担当!」

「は、はいっ!」

恰幅のいいシェフが震えながら進み出る。

「料理は……フォアグラ、キャビア、トリュフのフルコースで……」

「ありきたりですね。却下」

「ええっ!?」

「結婚式は長丁場です。こってりした料理ばかりでは、ご年配のゲストの胃が死にます。メインは消化に良く、かつ見た目のインパクトがある『地元の食材を使った創作料理』にしなさい」

私はレシピ案(徹夜で書いた)を叩きつけた。

「あと、ウェディングケーキ。高さ五メートルの塔にする予定のようですが、倒壊リスクがあるので中止。代わりに、ゲスト全員に配れるサイズの生ケーキを人数分用意。味のクオリティは絶対に落とさないこと。……試食して不味かったら、厨房ごと氷漬けにします」

「ひぃぃぃ! 承知いたしましたぁぁ!」

シェフが涙目でメモを取る。

その後も、私の独壇場は続いた。

「ドレス担当! トレーンが長すぎます! 私が転んだら賠償請求しますよ! 三メートル短縮!」
「引き出物担当! 二人の名前入りのお皿? いりません! 貰って困るものランキング一位です! 消え物(高級菓子)にしなさい!」
「招待状担当! 紙質が無駄に厚くて指が切れます! 変更!」

バサッ、バサッ、バサッ。
次々と却下され、改善案を突きつけられる業者たち。
彼らの顔色は青ざめ、手は震え、私を見る目は「客」ではなく「鬼」を見る目に変わっていた。

「……以上です。次回までに修正案を持ってきなさい。手抜きをしたら、私の『目』が節穴でないことを証明して差し上げます」

「は、ははぁーっ!!」

業者たちは逃げるように退室していった。

静まり返る会議室。
アイザック公爵は、ポカンと口を開けていた。

「……すごいな、クリム。業者たちが泣きながら帰っていったぞ」

「プロなら、要求に応えて見せるはずです。……で、先生」

私は振り返り、アルフレッド先生を見た。

「私の仕切り、いかがでしたか? 『品格』は足りませんでしたか?」

アルフレッド先生は、額の汗をハンカチで拭っていた。

「……品格というか、あれは『統率力』だ。軍隊の作戦会議を見ているようだった」

先生は眼鏡の位置を直した。

「……前言撤回しよう。お前はただの田舎娘ではない。……とんでもない『猛獣』だ」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「だが! 式の中身は良くても、主役であるお前の立ち振る舞いが美しくなければ意味がない! 特訓は続けるぞ! 次はダンスだ! 私の足を踏んだら夕食抜きだと思え!」

「……望むところです!」



その夜。
私は筋肉痛で動かない体をベッドに横たえていた。

「……うう、足が棒のようだわ……」

「お疲れ様、クリム」

アイザック公爵が、マッサージオイルを持って入ってきた。

「アルフレッド先生も、少し張り切りすぎだな。明日、少し手加減するよう言っておくよ」

「いいえ……結構です」

私は歯を食いしばって起き上がろうとした。

「私が……完璧な公爵夫人になって……あの眼鏡親父を見返してやるんです……。それに……」

私は公爵の手を握った。

「貴方の隣に立つのに、恥ずかしい姿は見せたくありませんから」

「……クリム」

公爵は感動したように私を見つめ、そして優しく足をマッサージし始めた。

「君は、本当に頑張り屋さんだな。……だが、無理はしないでくれ。私は、ありのままの君が一番好きなんだから」

「……ふん。ノロケは結構です。……あ、そこ、ツボです。もっと強く」

こうして、地獄の花嫁修業と、業者とのバトルの日々は過ぎていった。
そして、ついに。

結婚式当日がやってきた。

それは、ガレリア帝国の歴史に残る、伝説の一日の始まりだった。
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