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「あなた。そこの書類の山、今日中に片付けないと夕食は抜きです」
「クリム、無慈悲すぎる! これ全部読んだら目が潰れてしまう!」
「大丈夫です。貴方の目は節穴……いえ、頑丈にできていますから。さあ、手を動かす!」
ガレリア帝国の公爵城、執務室。
そこでは数年前と変わらず、あるいは以前にも増して激しい「夫婦漫才」が繰り広げられていた。
あれから、三年。
私、クリム・ル・グラン(旧姓ベルベット)は、公爵夫人として、そして相変わらずの「筆頭補佐官(兼・猛獣使い)」として、多忙な日々を送っていた。
「……はぁ。どうしてこう、貴方は次から次へと仕事を増やすのですか?」
私は呆れ顔で、新しい決裁箱をアイザックの机に置いた。
「先日の『第一回・全国激辛グルメ祭り』の開催といい、今回の『巨大アイザック像(雪像)』の建設許可といい……」
「祭りは民の活力を上げるためだ! 雪像は……ほら、冬の観光資源として……」
「却下しました。雪像を作る予算で、除雪車を三台買いました」
「さすが私の妻! 合理的!」
アイザックは嬉しそうに私に抱きつこうとしたが、私はスッと身をかわした。
「仕事中はソーシャルディスタンスです」
「ケチだなぁ。三年経ってもツレないなんて」
アイザックはむくれながらも、幸せそうにペンを走らせている。
その横顔は、出会った頃よりも少し精悍になり、そして随分と表情が柔らかくなった。
「氷の公爵」なんて異名は、今や完全に過去のものだ。
現在の彼の通り名は――『愛妻家の皇帝(尻に敷かれし者)』だ。
「……それにしても、平和になったものだな」
アイザックがふと手を止め、窓の外を見た。
城下町は活気に溢れ、煙突からは煙が立ち上っている。
私が主導した道路整備と商業改革のおかげで、ガレリアの経済はうなぎ登りだ。
「ええ。害虫駆除もあらかた終わりましたしね」
「そういえば、隣国の『彼ら』はどうしている?」
「レジナルド元殿下とルルナ様ですか?」
私は記憶の片隅にある「ゴミ箱」を漁った。
「風の噂では……僻地の開拓村で、仲良く喧嘩しながら畑を耕しているそうですよ。殿下はクワの使い方が下手で毎日怒られ、ルルナ様は『こんなのシナリオにない!』と叫びながらも、意外と農作業の才能が開花したとか」
「ははは! それはいい。彼らにとってのハッピーエンドを見つけたようだな」
「ええ。私たちの視界に入らない場所で幸せになってくれるなら、それが一番です」
私たちは笑い合った。
その時。
バタン!!
執務室の扉が、勢いよく開いた。
入ってきたのは、セバスチャン……ではなく、小さな影だった。
「パパ! ママ!」
駆け込んできたのは、金色の髪に、私と同じ少し釣り上がった目をした、二歳の男の子だ。
「……あら、レオン。どうしたの? 乳母は?」
「逃げてきた!」
レオンは元気よく答えると、アイザックの膝によじ登った。
「パパ! 剣の稽古して! セバスチャンじいやじゃ弱いんだもん!」
「おっ、言うようになったな! よし、パパが相手をしてやろう!」
アイザックは仕事を放り出して、デレデレの顔で息子を抱き上げた。
「……あなた。仕事は?」
「息子の教育も大事な公務だ! な、レオン?」
「うん! ママ、いってきまーす!」
二人は嵐のように部屋を出て行ってしまった。
「……まったく」
私は取り残された執務室で、大きなため息をついた。
「似なくていいところばかり似て……。将来は『お調子者の毒舌家』になりそうね」
そう言いながらも、私の口元は自然と緩んでいた。
机の上には、家族三人の肖像画が飾られている。
かつて「可愛げがない」と言われ、婚約破棄された私が、こんなに騒がしくて温かい場所にいるなんて。
「……さて」
私は立ち上がり、窓を開けた。
心地よい風が入ってくる。
「サボった分のツケは、夜にたっぷりと払ってもらいましょうか」
私はニヤリと笑い、アイザックを追いかけるために部屋を出た。
私の「猛獣使い」としての仕事は、まだまだ定年退職できそうにない。
けれど、それも悪くない。
廊下の向こうから、夫と息子の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
それが、今の私にとっての「最高のBGM」だった。
「クリム、無慈悲すぎる! これ全部読んだら目が潰れてしまう!」
「大丈夫です。貴方の目は節穴……いえ、頑丈にできていますから。さあ、手を動かす!」
ガレリア帝国の公爵城、執務室。
そこでは数年前と変わらず、あるいは以前にも増して激しい「夫婦漫才」が繰り広げられていた。
あれから、三年。
私、クリム・ル・グラン(旧姓ベルベット)は、公爵夫人として、そして相変わらずの「筆頭補佐官(兼・猛獣使い)」として、多忙な日々を送っていた。
「……はぁ。どうしてこう、貴方は次から次へと仕事を増やすのですか?」
私は呆れ顔で、新しい決裁箱をアイザックの机に置いた。
「先日の『第一回・全国激辛グルメ祭り』の開催といい、今回の『巨大アイザック像(雪像)』の建設許可といい……」
「祭りは民の活力を上げるためだ! 雪像は……ほら、冬の観光資源として……」
「却下しました。雪像を作る予算で、除雪車を三台買いました」
「さすが私の妻! 合理的!」
アイザックは嬉しそうに私に抱きつこうとしたが、私はスッと身をかわした。
「仕事中はソーシャルディスタンスです」
「ケチだなぁ。三年経ってもツレないなんて」
アイザックはむくれながらも、幸せそうにペンを走らせている。
その横顔は、出会った頃よりも少し精悍になり、そして随分と表情が柔らかくなった。
「氷の公爵」なんて異名は、今や完全に過去のものだ。
現在の彼の通り名は――『愛妻家の皇帝(尻に敷かれし者)』だ。
「……それにしても、平和になったものだな」
アイザックがふと手を止め、窓の外を見た。
城下町は活気に溢れ、煙突からは煙が立ち上っている。
私が主導した道路整備と商業改革のおかげで、ガレリアの経済はうなぎ登りだ。
「ええ。害虫駆除もあらかた終わりましたしね」
「そういえば、隣国の『彼ら』はどうしている?」
「レジナルド元殿下とルルナ様ですか?」
私は記憶の片隅にある「ゴミ箱」を漁った。
「風の噂では……僻地の開拓村で、仲良く喧嘩しながら畑を耕しているそうですよ。殿下はクワの使い方が下手で毎日怒られ、ルルナ様は『こんなのシナリオにない!』と叫びながらも、意外と農作業の才能が開花したとか」
「ははは! それはいい。彼らにとってのハッピーエンドを見つけたようだな」
「ええ。私たちの視界に入らない場所で幸せになってくれるなら、それが一番です」
私たちは笑い合った。
その時。
バタン!!
執務室の扉が、勢いよく開いた。
入ってきたのは、セバスチャン……ではなく、小さな影だった。
「パパ! ママ!」
駆け込んできたのは、金色の髪に、私と同じ少し釣り上がった目をした、二歳の男の子だ。
「……あら、レオン。どうしたの? 乳母は?」
「逃げてきた!」
レオンは元気よく答えると、アイザックの膝によじ登った。
「パパ! 剣の稽古して! セバスチャンじいやじゃ弱いんだもん!」
「おっ、言うようになったな! よし、パパが相手をしてやろう!」
アイザックは仕事を放り出して、デレデレの顔で息子を抱き上げた。
「……あなた。仕事は?」
「息子の教育も大事な公務だ! な、レオン?」
「うん! ママ、いってきまーす!」
二人は嵐のように部屋を出て行ってしまった。
「……まったく」
私は取り残された執務室で、大きなため息をついた。
「似なくていいところばかり似て……。将来は『お調子者の毒舌家』になりそうね」
そう言いながらも、私の口元は自然と緩んでいた。
机の上には、家族三人の肖像画が飾られている。
かつて「可愛げがない」と言われ、婚約破棄された私が、こんなに騒がしくて温かい場所にいるなんて。
「……さて」
私は立ち上がり、窓を開けた。
心地よい風が入ってくる。
「サボった分のツケは、夜にたっぷりと払ってもらいましょうか」
私はニヤリと笑い、アイザックを追いかけるために部屋を出た。
私の「猛獣使い」としての仕事は、まだまだ定年退職できそうにない。
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廊下の向こうから、夫と息子の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
それが、今の私にとっての「最高のBGM」だった。
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