消えた婚約指輪の行方

葛葉

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ジャッカルの逞しい腕に抱き上げられた瞬間、リリアンヌの意識は急速に混濁していった。

昨夜、一人きりの暗闇の中で、彼女は極限まで磨り減るような孤独に苛まれていた。ジャッカルは昨夜、ここにはいなかった。その不在が彼女をどれほど追い詰め、絶望の淵へと立たせていたか。だからこそ、今、彼女の背と膝裏を支える彼の確かな体温、軍服の硬い質感、そして肺腑を痺れさせるような白檀の香りは、抗いがたい安寧の毒となってリリアンヌを包み込んでいた。

「……あ……さま……」

消え入るような吐息を漏らし、リリアンヌの長い睫毛がゆっくりと重なる。涙に濡れた頬は微かな熱を持ち、彼女は己を救い上げてくれた絶対的な守護者の腕の中で、深い眠りの淵へと滑り落ちていった。

ジャッカルは、リリアンヌの瞼に、蝶が止まるような柔らかな口づけを落とした。そして、折れてしまいそうなほど細い彼女の体を、容易く「お姫様抱っこ」の形で抱え上げる。リリアンヌの金色の髪が数筋、彼の肩章に絡みついた。ジャッカルはそれを、愛おしい獲物を慈しむような目で見つめると、静かな、それでいて確かな足取りで、彼女をベッドへと運んだ。

---

寝室の扉が重厚な音を立てて閉まり、世界には二人だけが残された。
ジャッカルは、リリアンヌを天蓋付きのベッドへと横たえた。白雪のようなシーツの上に投げ出された彼女の姿は、まるで祭壇に捧げられた供物のようであり、その無防備な儚さが、ジャッカルの中にある「愛ゆえの独占欲」を決定的に呼び覚ましていた。

窓から差し込む光を背負い、ジャッカルの瞳が、獣のように怪しく、鈍い光を放ち始める。彼は、これほどまでに脆く、自分の一言で泣き崩れるリリアンヌの愛らしさに、胸を焼かれるような情動を覚えていた。

「これほどまで無防備に私を求めるとは……。私を、狂わせたいのか」

彼はベッドの縁に腰を下ろし、リリアンヌの頬を、指の背でゆっくりとなぞった。指先は、彼女の耳たぶを愛撫し、白磁のような項(うなじ)へと滑り降りる。リリアンヌは夢の中で、心地よい熱に浮かされているのか、小さく「う……」と声を漏らし、わずかに首を振った。

ジャッカルの手は、リリアンヌのドレスの胸元――複雑なレースが組み合わされた、その僅かな隙間から、躊躇うことなく滑り込ませた。

「……っ」

指先が、彼女の柔らかな肌に直接触れる。リリアンヌの体温は、昨夜の憔悴と今の安堵のせいか、驚くほど高かった。しっとりと汗ばんだ薄い皮膚の下で、早鐘を打つ鼓動がジャッカルの掌に直接伝わってくる。

彼は、彼女の心臓の音を確かめるように、その膨らみをゆっくりと掌で圧迫した。指先が鎖骨のラインをなぞり、さらに深く、彼女の純潔の領域へと潜り込んでいく。ドレスの布地と肌が擦れる僅かな音が、静まり返った部屋に卑猥なほど鮮明に響く。リリアンヌは無防備なまま、彼の愛撫を受け入れ、その熱にうなされている。

リリアンヌの唇が、無意識に、助けを求めるように半開きになる。ジャッカルはその誘いに応じるように、彼女の唇に自らのそれを重ねた。単なる口づけではない。彼女の吐息をすべて、自分の肺腑に吸い込み、彼女の内側を自分一色に染め上げるような、執着に満ちた接吻。

「もっと……もっと私がいなければ呼吸すらできなくなるほどに、私だけを信じればいい」

ジャッカルは唇を引き離すと、軍服の内ポケットに隠し持っていた、小さな琥珀色の小瓶を取り出した。

---


それは、ジャッカルが戦地や極限の社交場で神経を鎮めるために用いる、禁忌に近い秘薬であった。感覚を鋭敏にさせ、深い陶酔と安らぎ、そして与え主への強い依存を呼び起こす性質を持つ。

ジャッカルは迷うことなく小瓶の栓を抜き、自らの一口分を口に含んだ。
芳醇な、けれどどこか毒々しい花の香りが彼の口内に広がる。

彼は再び、眠れる森の美女へと顔を寄せた。リリアンヌの顎を左手で優しく、しかし抗えぬ力で固定すると、彼女の柔らかな唇に、自分の唇を完全に密着させた。

「ん……む……」

不意の侵入に、リリアンヌの喉が小さく鳴った。ジャッカルは舌を滑り込ませ、彼女の口腔を蹂躙しながら、溜めていた熱い液体を、ゆっくりと、確実に、彼女の喉の奥へと流し込んだ。

リリアンヌは無意識のうちにそれを嚥下し、反射的にジャッカルの首に細い腕を絡ませた。薬の熱が回ったのか、彼女の呼吸はさらに荒くなり、閉ざされた瞳の奥では、甘美で熱い、逃げ場のない夢が始まっていた。

「これで……もう、お前は私なしでは眠ることすらできなくなる」

ジャッカルは、リリアンヌの濡れた唇を指で愛おしげになぞり、満足げに微笑んだ。
もはや、外部の騒音も、下劣な家族の視線も、失われた装飾品のことさえも、今のジャッカルにはどうでもよかった。

ただ、自分の腕の中で熱を上げ、自分から与えられた毒に染まっていくこの少女さえいればいい。

ジャッカルは、熱を帯びたリリアンヌの体をさらに強く抱き寄せ、彼女の首筋に深く、消えない印を刻むように唇を寄せた。

リリアンヌの体温が、熱く、甘く、ジャッカルの腕の中で溶けていく。
外の世界がどれほど崩れようとも、このカーテンの向こう側だけは、彼らだけの濃密な永遠が始まろうとしていた。
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