5 / 40
5.王命、アイゼンベルク討伐 side国王
side 国王
「兵を編成せよ。アイゼンベルク領に向かい、大公並びにルシアーナを捕らえよ。王命だ!!」
──やられた。
計画は、前々から練られていたに違いない。
ルシアーナ・アイゼンベルク
この私からの呼び出しも、最初から想定内だったのか。つくづく、大公そっくりで腹が立つ。
ルシアーナの祖父である大公は、私が幼い頃から、常に私を愚かだとでも言いたげな目を向けていた。
間違いなく、己の息子を次期国王として据えるつもりで画策していたのだろう。私が王になった後も、いつか取って代わろうとしていたに違いない。
しかし、息子夫妻は馬車の事故でこの世を去った。代わりに、ルシアーナを、と考えたのか──笑わせる。
我が父と大公は、幼少期から仲の良い兄弟だったと聞く。そして、父上は賢王だった。
そのせいもあって、私は、王の器を持たぬ凡庸と陰で囁かれた。そんなこと幼い頃から気づいていた。
しかし、それでも父は私を王太子に据えたのだ。
愛する弟と愛する息子の間で、私を選んでくれた。
私が十八のとき、父は病に倒れた。
王家の後ろ盾を確かなものとするため、父は侯爵家の令嬢との婚姻を望んでいた。だが私は、その婚姻を「父の病が癒えたのちに」と言い訳して、先延ばしにした。
それから幾ばくも経たぬうちに、父の容体は悪化し、ついには立つことも叶わなくなった。
やがて私は、王位を継ぐこととなる。
そして、国王となったその年、ようやく結婚した。もちろん、愛のない侯爵令嬢ではない。相手は、学院時代から互いに心を通わせていた子爵令嬢──今の王妃である。
その知らせに、大公をはじめ、父の忠臣たちは一斉に反対の声を上げた。だが、もはや王となった私に、誰が異を唱えられよう。
“私が、ドレイスブルグ国の国王だ。王命に背くというのか”
その一言で、彼らの口は一斉に閉ざされた。
孫である王太子が生まれて三年後、父は、ルシアーナとの婚約を整えたのち、そのまま崩御した。
その知らせを受けたとき、私は静かに思った。
――これで、すべてを自らの手で動かせる、と。
父の生前、「私を支えるため」と称して整えられた数々の“新制”を、私は一つ残らず見直した。そして、私に忠誠を誓う者たちだけで、王の座を取り巻く枠組みを新たに築いたのである。
「陛下! こんなこと、許されません!」
「そうです、厳罰を下すべきです!」
怒号のような声が、部屋を満たした。
ぼんやりと過去を思い返していた私の意識を、臣下たちの熱が引き戻す。
「……その通りだ」
私はゆっくりと立ち上がる。
「父が残したという“証文”の確認も必要だ。罪を問わないだと? そんな馬鹿げた話があるか。必ず見つけ出し、破棄しろ。ルシアーナの行動に裏づけを与えてはならん」
くだらない嘘を。
父上が、私に黙ってそんな狡猾な真似をするものか。……いや、待て。大公と内々に通じていた可能性も、捨てきれぬ。
大公は、息子夫婦が亡くなって以来、すっかり気力を失ったように見えた。
王宮にも顔を出さず、世を捨てたかのように静かに暮らしていた。
だが――その裏で、長い年月をかけて私を観察し、見極め、最後に一矢報いようとしていたのか。
なめやがって。
脳裏に、ルシアーナの顔が浮かぶ。ベールで口元を隠し、ただ瞳だけで感情を語る女。あの瞳が気に入らなかった。まるで大公の生き写しのように、何もかもを見透かす冷たい目。
その目に見据えられるたび、大公に監視されているような錯覚に囚われた。思い出すだけで、胸の奥に黒いもやが立ちのぼる。
だが――女神の使徒が現れ、息子が恋をした。
ルシアーナとの婚約を解消するには、これ以上ない大義名分だった。宰相が養女にと願い出てくれたおかげで、身分の問題も解決し、王妃も満足していた。
……なのに、ルシアーナもまた、女神の使徒だと?
しかも、サラよりも強い力を持つというのか。
くそ。
知っていたのなら使いようもあった。孫娘に女神の紋章が現れたことを、大公は黙っていたのだな。国への報告義務があるだろう、それを……!
……いや、まさか。父上は、それを知っておられたのか?
知らぬは、私だけだったというのか。
「陛下、ご報告いたします。兵は、一週間の準備の後に出立可能でございます」
「一週間だと!? アイゼンベルク領に着くだけでも一週間はかかるのだぞ。二週間も猶予を与えれば、向こうは迎え撃つ準備を整えてしまうではないか!」
側近の声がわずかに震え、室内の空気が凍りついた。
「そ、そうおっしゃられましても──」
「ならば、有力な者を数名、転移魔法で先行させろ。現地の情報を集め、兵が到着するまでの作戦を立てさせるのだ」
命を下した矢先、別の報告が返る。
「試みましたが……なぜか弾かれ、転移が成立しませんでした」
「何だと!? 魔法が遮られたのか?」
「いいえ、そのような反応ではなく……何か、柔らかな力に押し返されるような感触で──」
体中の血が一気に冷えた。
ちっ、と舌打ちが無意識に漏れる。
ルシアーナの力だ。可能性は高い。女神の使徒の力を用い、術そのものを弾き返しているのだろう。
「三日だ。準備期間を三日に短縮しろ。夜も休むな。可能な限り速く出立せよ!」
命じ終え、私は深く椅子にもたれかかった。窓の外では、遠くの雲が重く垂れ込めている。
行く手を阻む、見えぬ壁。
――ルシアーナ。この王国の歯車に深く、食い込もうというのか。絶対に許さん。
「兵を編成せよ。アイゼンベルク領に向かい、大公並びにルシアーナを捕らえよ。王命だ!!」
──やられた。
計画は、前々から練られていたに違いない。
ルシアーナ・アイゼンベルク
この私からの呼び出しも、最初から想定内だったのか。つくづく、大公そっくりで腹が立つ。
ルシアーナの祖父である大公は、私が幼い頃から、常に私を愚かだとでも言いたげな目を向けていた。
間違いなく、己の息子を次期国王として据えるつもりで画策していたのだろう。私が王になった後も、いつか取って代わろうとしていたに違いない。
しかし、息子夫妻は馬車の事故でこの世を去った。代わりに、ルシアーナを、と考えたのか──笑わせる。
我が父と大公は、幼少期から仲の良い兄弟だったと聞く。そして、父上は賢王だった。
そのせいもあって、私は、王の器を持たぬ凡庸と陰で囁かれた。そんなこと幼い頃から気づいていた。
しかし、それでも父は私を王太子に据えたのだ。
愛する弟と愛する息子の間で、私を選んでくれた。
私が十八のとき、父は病に倒れた。
王家の後ろ盾を確かなものとするため、父は侯爵家の令嬢との婚姻を望んでいた。だが私は、その婚姻を「父の病が癒えたのちに」と言い訳して、先延ばしにした。
それから幾ばくも経たぬうちに、父の容体は悪化し、ついには立つことも叶わなくなった。
やがて私は、王位を継ぐこととなる。
そして、国王となったその年、ようやく結婚した。もちろん、愛のない侯爵令嬢ではない。相手は、学院時代から互いに心を通わせていた子爵令嬢──今の王妃である。
その知らせに、大公をはじめ、父の忠臣たちは一斉に反対の声を上げた。だが、もはや王となった私に、誰が異を唱えられよう。
“私が、ドレイスブルグ国の国王だ。王命に背くというのか”
その一言で、彼らの口は一斉に閉ざされた。
孫である王太子が生まれて三年後、父は、ルシアーナとの婚約を整えたのち、そのまま崩御した。
その知らせを受けたとき、私は静かに思った。
――これで、すべてを自らの手で動かせる、と。
父の生前、「私を支えるため」と称して整えられた数々の“新制”を、私は一つ残らず見直した。そして、私に忠誠を誓う者たちだけで、王の座を取り巻く枠組みを新たに築いたのである。
「陛下! こんなこと、許されません!」
「そうです、厳罰を下すべきです!」
怒号のような声が、部屋を満たした。
ぼんやりと過去を思い返していた私の意識を、臣下たちの熱が引き戻す。
「……その通りだ」
私はゆっくりと立ち上がる。
「父が残したという“証文”の確認も必要だ。罪を問わないだと? そんな馬鹿げた話があるか。必ず見つけ出し、破棄しろ。ルシアーナの行動に裏づけを与えてはならん」
くだらない嘘を。
父上が、私に黙ってそんな狡猾な真似をするものか。……いや、待て。大公と内々に通じていた可能性も、捨てきれぬ。
大公は、息子夫婦が亡くなって以来、すっかり気力を失ったように見えた。
王宮にも顔を出さず、世を捨てたかのように静かに暮らしていた。
だが――その裏で、長い年月をかけて私を観察し、見極め、最後に一矢報いようとしていたのか。
なめやがって。
脳裏に、ルシアーナの顔が浮かぶ。ベールで口元を隠し、ただ瞳だけで感情を語る女。あの瞳が気に入らなかった。まるで大公の生き写しのように、何もかもを見透かす冷たい目。
その目に見据えられるたび、大公に監視されているような錯覚に囚われた。思い出すだけで、胸の奥に黒いもやが立ちのぼる。
だが――女神の使徒が現れ、息子が恋をした。
ルシアーナとの婚約を解消するには、これ以上ない大義名分だった。宰相が養女にと願い出てくれたおかげで、身分の問題も解決し、王妃も満足していた。
……なのに、ルシアーナもまた、女神の使徒だと?
しかも、サラよりも強い力を持つというのか。
くそ。
知っていたのなら使いようもあった。孫娘に女神の紋章が現れたことを、大公は黙っていたのだな。国への報告義務があるだろう、それを……!
……いや、まさか。父上は、それを知っておられたのか?
知らぬは、私だけだったというのか。
「陛下、ご報告いたします。兵は、一週間の準備の後に出立可能でございます」
「一週間だと!? アイゼンベルク領に着くだけでも一週間はかかるのだぞ。二週間も猶予を与えれば、向こうは迎え撃つ準備を整えてしまうではないか!」
側近の声がわずかに震え、室内の空気が凍りついた。
「そ、そうおっしゃられましても──」
「ならば、有力な者を数名、転移魔法で先行させろ。現地の情報を集め、兵が到着するまでの作戦を立てさせるのだ」
命を下した矢先、別の報告が返る。
「試みましたが……なぜか弾かれ、転移が成立しませんでした」
「何だと!? 魔法が遮られたのか?」
「いいえ、そのような反応ではなく……何か、柔らかな力に押し返されるような感触で──」
体中の血が一気に冷えた。
ちっ、と舌打ちが無意識に漏れる。
ルシアーナの力だ。可能性は高い。女神の使徒の力を用い、術そのものを弾き返しているのだろう。
「三日だ。準備期間を三日に短縮しろ。夜も休むな。可能な限り速く出立せよ!」
命じ終え、私は深く椅子にもたれかかった。窓の外では、遠くの雲が重く垂れ込めている。
行く手を阻む、見えぬ壁。
――ルシアーナ。この王国の歯車に深く、食い込もうというのか。絶対に許さん。
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので、もう頑張りません 〜静かな公爵に放っておかれたら、本当の人生が始まりました〜
あう
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
私を欠陥品と呼ぶ執事長が鬱陶しいので、侯爵夫人として排除することにしました
菖蒲月(あやめづき)
ファンタジー
「欠陥品に払う敬意など無い」
結婚後もそう言って嫌がらせを続けるのは、侯爵家の執事長。
どうやら私は、幼少期の病が原因で、未だに“子を産めない欠陥品”扱いされているらしい。
……でも。
正式に侯爵夫人となった今、その態度は見過ごせませんわね。
証拠も揃ったことですし、そろそろ排除を始めましょうか。
静かに怒る有能侯爵夫人による、理性的ざまぁ短編。
________________________________
こちらの作品は「小説家になろう」にも投稿しています。
「仕方ない」には疲れました ~三年続いた白い結婚を終わらせたら、辺境公爵の溺愛が待っていました~
ゆぷしろん
恋愛
「仕方ない」と白い結婚に耐え続けていた伯爵夫人エリス。
彼女の誕生日、夫は幼なじみのセシリアを屋敷に連れ帰り、エリスが大切にしてきた猫を彼女に見せろと言う。冷めた晩餐の前で心が折れたエリスは、ついに離縁を宣言し実家へ戻った。
彼女の薬草知識と領地経営の才は、北方を守る公爵ディートリヒが目を留める。流行り病に苦しむ公爵領を救うため奮闘するエリスは、初めて努力を認められ、大切に扱われる喜びを知っていく。一方で彼女を失った元夫の伯爵家は傾き、身勝手な幼なじみの嘘も暴かれて――。
我慢をやめた傷心令嬢が、辺境公爵に溺愛され、自分らしい幸せを選び直す逆転愛されファンタジー。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
選ばれなかったのは、どちら?
白瀬しおん
恋愛
「あなた、本当にうちの家にふさわしいと思っているの?」
その一言で、すべては終わるはずだった。
婚約者は沈黙し、公爵夫人は微笑む。
わたくしはただ、静かに席を立った。
――それで、終わりのはずだったのに。
届いた一通の封書。
王城からの照会。
そして、夜会に現れた“迎え”。
その日、選ばれたのは――どちらだったのか。
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
pdf
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
婚約破棄された公爵令嬢は、もう助けません
エスビ
恋愛
「君との婚約は破棄する。――君は、もう必要ない」
王太子から一方的に突きつけられた婚約破棄。
その理由は、新たに寵愛する令嬢の存在と、「君は優秀すぎて扱いづらい」という身勝手な評価だった。
だが、公爵令嬢である彼女は泣かない。
怒りに任せて復讐もしない。
ただ静かに、こう告げる。
「承知しました。――もう、誰の答えも借りませんわ」
王国のために尽くし、判断を肩代わりし、失敗すら引き受けてきた日々。
だが婚約破棄を機に、彼女は“助けること”をやめる。
答えを与えない。
手を差し伸べない。
代わりに、考える機会と責任だけを返す。
戸惑い、転び、失敗しながらも、王国は少しずつ変わっていく。
依存をやめ、比較をやめ、他人の成功を羨まなくなったとき――
そこに生まれたのは、静かで確かな自立だった。
派手な断罪も、劇的な復讐もない。
けれどこれは、
「奪われたものを取り戻す物語」ではなく、
「もう取り戻す必要がなくなった物語」。
婚約破棄ざまぁの、その先へ。
知性と覚悟で未来を選び取る、静かな逆転譚。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。