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空虚な毎日から抜け出したくて
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*有紀*
いつからこんなに冷めていたのだろう。
遼介への気持ちの急激な変化に自分でも驚いている。
永遠を誓った愛が、たったの二年で脆く崩れた。
” 俺たちの子供を作ろう ”
この言葉をせめて六ヶ月前に言われていたら、どんなに嬉しかっただろう。
三ヶ月前でもまだ間に合ったかも知れない。
遼介にそっくりな子供が欲しかった。
二人でいっぱい可愛がって、少し大きくなったらキャンプやハイキングをして、いろんなところへ連れて行って、家族でたくさん楽しいことがしたかった。
だけど、遼介にそっくりな子供はすでに生まれていて、彩矢と暮らしている。
遼介は優しい。
誠実で責任感があって、そんな遼介がひとり苦労をして自分の子を育てている彩矢を忘れられるわけがないんだ。
遼介がそのうち彩矢と子供のところへ行ってしまうような気がして、ずっと寂しくて、ずっと不安なまま、帰宅の遅い遼介を待っていた。
そんな不安なひとりぼっちの夜を過ごしているうちに、少しづつ、少しづつ、心が凍えていたのかも知れない。
日勤の仕事を終えて一階へ降りると、薬局から出て来た谷さんに呼び止められた。
「あ、有紀ちゃん。いま帰り?」
「う、うん、」
ガラにもなく谷さんの前で緊張している。
「有紀ちゃんにね、あげたいものがあったんだ」
「なーに? なにか美味しいお菓子でもくれるの?」
ちょっとドキドキしながら仏頂面で答える。
「お菓子じゃないんだけどね。ちょっと、待ってて」
谷さんは薬局の中へ戻ると、引き出しの中から本を一冊取り出して持ってきた。
「これ、僕が書いた本なんだけど、新人賞に応募したら受賞しちゃってね。それで書籍にしてくれたから」
「えーっ、新人賞に?」
「前に有紀ちゃん、読みたいって言ってくれただろう」
「すごいね、谷さん、じゃあ、作家になるの?」
「新人賞を取ったくらいで作家にはなれないけどね。これからも趣味で書こうとは思ってる。これ、もらってくれるかな?」
ブルーを基調に装丁されその本は、美しい雪景色が描かれていた。
「わ~ きれいな本。楽しみ~ ! 帰ったらすぐに読むね! 」
「有紀ちゃん、最近また薬局に寄ってくれなくなったね。寂しいなぁ、もっと寄ってくれよ。有紀ちゃんに会うのが楽しみで仕事に来てるんだからさぁ」
ニタニタ笑いながら谷さんは言う。
「谷さんはそうやってすぐに人妻を口説くから危険でしょ! 麗奈さんに言いつけてやるから」
「ハハハッ、どんなに口説いたって、少しもなびいてくれないじゃないか有紀ちゃんは。僕も佐野みたいなイケメンだったらなぁ~」
「十分イケメンでしょ! それ以上モテなくていいわよ。麗奈さんが可哀想~ 浮気なモテ男が夫なんて最悪!」
本当は麗奈さんが羨ましいのだ、私は。
「アハハッ 楽しいなぁ。有紀ちゃんと話していたら、本がそのまま一冊書けちゃいそうだな」
「そんなバカバカしい本、誰も読まないわよ。麗奈さんとのラブロマンスでも書いてください。じゃあね、本ありがとう!」
谷さんに手を振り、急いでいる風を装って足早にロッカールームへ向かった。
私だって薬局で谷さんともっとお話ししていたい。急いで帰ったって待っていてくれる人などいないし、遼介は遅いから。
だけど、もうこれ以上、谷さんを好きにはなりたくない。
最寄駅からアパートまでは歩いて六分ほど。
アパートの近くまで来ると、ミャーミャーと鳴く猫の声が聞こえた。このあたりは野良猫がとても多い。
アパートと民家の間の小路から子猫がチラリと顔を出したのが見えた。
この春に生まれだばかりなのだろう。茶トラと三毛の子猫は、私が近づくと警戒して身構えた。
「子猫ちゃん、おいで。怖くないよ~」
屈んで呼んでみたけれど、人馴れしていない子猫の兄弟は小路の向こうへ逃げて行った。
残念……。
子猫を飼うというのもいいかも知れない。猫ちゃんは寂しい心を癒してくれそうな気がする。
猫ならたとえ離婚になっても面倒なことは何もない。親権がどうとか、養育費などで揉めることもないのだから。
こんな気持ちに気づかされた今となっては、子どもを作ることには抵抗がある。
遼介のことが嫌いになったわけではない。だけど、なんとなく遼介にはもう甘えられなくなってるし、一緒に心から笑いあえたり、楽しんだりが出来ない。
ベストなパートナーだと、ずっとそう信じて来たけれど……。
もう未練がないわけではないけれど、やり直すなら早い方がいい気がして。
それとも、こういったことも乗り越えていくのが夫婦というものなのか。
別かれて暮らしている子どものことが忘れられずにいる人と、これからもずっと寄り添って生きて行くことが正しい道なのだろうか。
最近、朝ごはんも食べずに家を出ていく遼介。お昼もコンビニか何かですませているのかな。
遼介を悲しませたいなんて少しも思わない。ただ、この生活から抜け出したいだけ。
それはわがままなことなの?
一緒にいても、いつもどこか憂いを秘めているような遼介に遠慮があった。
彩矢と子どもから遼介を略奪してしまったような、そんな重い気分にいつも苛まれていた。
彩矢、松田先生のところへ戻ってたんだ。
なのに、遼介に子どもの写真を渡したのはなぜ? LINEで動画まで。
いつまでも遼介を自分のものにしておきたいんだ、彩矢は。
だから、もういらない! そんな遼介なんて。
いつからこんなに冷めていたのだろう。
遼介への気持ちの急激な変化に自分でも驚いている。
永遠を誓った愛が、たったの二年で脆く崩れた。
” 俺たちの子供を作ろう ”
この言葉をせめて六ヶ月前に言われていたら、どんなに嬉しかっただろう。
三ヶ月前でもまだ間に合ったかも知れない。
遼介にそっくりな子供が欲しかった。
二人でいっぱい可愛がって、少し大きくなったらキャンプやハイキングをして、いろんなところへ連れて行って、家族でたくさん楽しいことがしたかった。
だけど、遼介にそっくりな子供はすでに生まれていて、彩矢と暮らしている。
遼介は優しい。
誠実で責任感があって、そんな遼介がひとり苦労をして自分の子を育てている彩矢を忘れられるわけがないんだ。
遼介がそのうち彩矢と子供のところへ行ってしまうような気がして、ずっと寂しくて、ずっと不安なまま、帰宅の遅い遼介を待っていた。
そんな不安なひとりぼっちの夜を過ごしているうちに、少しづつ、少しづつ、心が凍えていたのかも知れない。
日勤の仕事を終えて一階へ降りると、薬局から出て来た谷さんに呼び止められた。
「あ、有紀ちゃん。いま帰り?」
「う、うん、」
ガラにもなく谷さんの前で緊張している。
「有紀ちゃんにね、あげたいものがあったんだ」
「なーに? なにか美味しいお菓子でもくれるの?」
ちょっとドキドキしながら仏頂面で答える。
「お菓子じゃないんだけどね。ちょっと、待ってて」
谷さんは薬局の中へ戻ると、引き出しの中から本を一冊取り出して持ってきた。
「これ、僕が書いた本なんだけど、新人賞に応募したら受賞しちゃってね。それで書籍にしてくれたから」
「えーっ、新人賞に?」
「前に有紀ちゃん、読みたいって言ってくれただろう」
「すごいね、谷さん、じゃあ、作家になるの?」
「新人賞を取ったくらいで作家にはなれないけどね。これからも趣味で書こうとは思ってる。これ、もらってくれるかな?」
ブルーを基調に装丁されその本は、美しい雪景色が描かれていた。
「わ~ きれいな本。楽しみ~ ! 帰ったらすぐに読むね! 」
「有紀ちゃん、最近また薬局に寄ってくれなくなったね。寂しいなぁ、もっと寄ってくれよ。有紀ちゃんに会うのが楽しみで仕事に来てるんだからさぁ」
ニタニタ笑いながら谷さんは言う。
「谷さんはそうやってすぐに人妻を口説くから危険でしょ! 麗奈さんに言いつけてやるから」
「ハハハッ、どんなに口説いたって、少しもなびいてくれないじゃないか有紀ちゃんは。僕も佐野みたいなイケメンだったらなぁ~」
「十分イケメンでしょ! それ以上モテなくていいわよ。麗奈さんが可哀想~ 浮気なモテ男が夫なんて最悪!」
本当は麗奈さんが羨ましいのだ、私は。
「アハハッ 楽しいなぁ。有紀ちゃんと話していたら、本がそのまま一冊書けちゃいそうだな」
「そんなバカバカしい本、誰も読まないわよ。麗奈さんとのラブロマンスでも書いてください。じゃあね、本ありがとう!」
谷さんに手を振り、急いでいる風を装って足早にロッカールームへ向かった。
私だって薬局で谷さんともっとお話ししていたい。急いで帰ったって待っていてくれる人などいないし、遼介は遅いから。
だけど、もうこれ以上、谷さんを好きにはなりたくない。
最寄駅からアパートまでは歩いて六分ほど。
アパートの近くまで来ると、ミャーミャーと鳴く猫の声が聞こえた。このあたりは野良猫がとても多い。
アパートと民家の間の小路から子猫がチラリと顔を出したのが見えた。
この春に生まれだばかりなのだろう。茶トラと三毛の子猫は、私が近づくと警戒して身構えた。
「子猫ちゃん、おいで。怖くないよ~」
屈んで呼んでみたけれど、人馴れしていない子猫の兄弟は小路の向こうへ逃げて行った。
残念……。
子猫を飼うというのもいいかも知れない。猫ちゃんは寂しい心を癒してくれそうな気がする。
猫ならたとえ離婚になっても面倒なことは何もない。親権がどうとか、養育費などで揉めることもないのだから。
こんな気持ちに気づかされた今となっては、子どもを作ることには抵抗がある。
遼介のことが嫌いになったわけではない。だけど、なんとなく遼介にはもう甘えられなくなってるし、一緒に心から笑いあえたり、楽しんだりが出来ない。
ベストなパートナーだと、ずっとそう信じて来たけれど……。
もう未練がないわけではないけれど、やり直すなら早い方がいい気がして。
それとも、こういったことも乗り越えていくのが夫婦というものなのか。
別かれて暮らしている子どものことが忘れられずにいる人と、これからもずっと寄り添って生きて行くことが正しい道なのだろうか。
最近、朝ごはんも食べずに家を出ていく遼介。お昼もコンビニか何かですませているのかな。
遼介を悲しませたいなんて少しも思わない。ただ、この生活から抜け出したいだけ。
それはわがままなことなの?
一緒にいても、いつもどこか憂いを秘めているような遼介に遠慮があった。
彩矢と子どもから遼介を略奪してしまったような、そんな重い気分にいつも苛まれていた。
彩矢、松田先生のところへ戻ってたんだ。
なのに、遼介に子どもの写真を渡したのはなぜ? LINEで動画まで。
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だから、もういらない! そんな遼介なんて。
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