六華 snow crystal 7

なごみ

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茉理の言い分

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*潤一*


「とにかく、俺は逮捕されるような目には遭いたくないからな。レオンとの約束は守る。あいつとよく話し合うんだな。さすがに首に縄をつけてまでして連れて行かないだろう」


時計をみると九時二十分を過ぎていた。


レオンとの約束の時間は十時だ。


いつまでもグズグズしていられない。


「話し合いなんてしたくない。七代続いたワイナリーの存亡が掛かってるのよ。私ひとりが我慢すれば、シュルツ一族のみならず、何万人にも及ぶ従業員とその家族が救われるっていうの。そんな風に迫られてみなさいよ。先生にだって断れやしないわよ!」


涙ぐんで茉理は訴えたけれど。


茉理の言い分は痛いほどよくわかる。 


だからと言って俺が逮捕されたり、失職するわけにはいかないだろう。


「俺からもレオンに頼んでみるよ。もしかしたら、そのゲオルクなんとかって言うロリコンも、気が変わってるかも知れないだろう。男は待たされるのが好きじゃないからな」


「そんなに単純な人じゃないわ。私が拒んでいるのを知って好戦的になってるの。とっても歪んでいるのよ。変態のうえに征服欲に取り憑かれているサディストなの。ねぇ、お願い、そんな人と結婚させられる私の身にもなってよ!」


普段は気の強い茉理が涙ぐんでいるのを見ると、さすがになんとかしてやりたい気持ちにもなるが。


「…おまえはまだ若いから、そいつの悪い部分しか見えてないんだよ。男なんて手に入ったモノにはすぐに飽きるんだ。少し我慢すれば巨万の富を手中にできるんだろ?  考え方次第ではそんなに悪い話ではない」


まだ恋愛に夢がある17歳の茉理に、理解しろというのも無理があるかも知れないが。


「大人って、結局はお金なのね。みんな同じことを言う。……もういい」



茉理はなにを思ったのか、暗い目をして自分の寝室へ入っていった。


「茉理、あと三十分で約束の時間だ。五分で支度しろよ!」



ドアの前で叫んだ。


なんとも後味の悪い別れ方になるが仕方がない。


だから茉理とは関わりたくなかったんだ。


なんで俺がこんな厄介ごとに付き合わされなきゃいけないんだよ!





五分後、茉理は大きなバッグを持って大人しく部屋から出て来た。


なんとも言えない重苦しい空気の中、マンションを出た。


レオンが宿泊しているホテルまでは、車で10分ほどだ。


後部座席で押し黙ったままの茉理は、今なにを考えているのだろう。


可哀想な茉理の今後を思うと、俺のような冷めた人間でも気が咎め、罪悪感に苛まれる。 


運転しながらも、静まり返った車内の陰気な息苦しさに耐えきれなくなる。



「バンドをやってるボーカルの男とはどうなったんだ?」


とりあえず何か話そうと、思いついたことを聞いてみた。



「えっ?  な、なによ、いきなり」


今はそれどころじゃないと言いたげに、茉理はバックミラーに映る俺の目を見返した。


「ストーカーするくらい、そいつが好きなんだろう?」


「……謝りたかっただけ。茉理のせいで浩輝くんのプライドをズタズタにしちゃったから」


シュンとしている茉理をみて、さほど興味もなかった浩輝という男のことが知りたくなった。


「なんでおまえがそいつのプライドをズタズタになんて出来るんだよ?」


こんな17歳の娘に傷つけられるようなプライドなど、持っている意味がないだろ。


くだらない男だと思いながらも、我慢して言わずにいた。


「浩輝くんはね、もう少しで大手のプロダクションと契約が出来るところだったの。去年、YouTubeにあげていた曲がバズってね。本当にもう少しのところだった。レコーディングの日は茉理も一緒について行ったの。私は単なるファンじゃないのよ。浩輝くんとはいつも一緒だったから」


「同じスイスの寄宿舎だったんだろう? 二人で駆け落ちでもして日本に来たのか?」


「レオンから聞いたのね?  駆け落ちではなかったけど、私たちは境遇が少し似ていたから、お互いに共感するところがあっただけ。彼は有名な冷凍食品会社の次男なの。バンドのボーカルなんて親に認めてもらえるはずないでしょう? まぁ、それで反発というか、浩輝くんには本当に音楽の才能があったから」


ティーンエイジャーが、親に反発してスイスの寄宿舎から逃避行か。


二人の若さと大胆な生き方に羨ましさをおぼえる。


俺にはもう、分別のない思いきった行動など取れないのだろう。


「それで?  おまえが奴のプライドをズタズタにしたってのはどういうことなんだ?」


「レコーディングの日にね、プロダクションの人が君も歌ってみないかって言ったの。私は人前で歌ったことがないから無理ですって一応は断ったんだけど………」


バックミラーに映る茉理は、未だに後悔を引きずっているみたいだ。


「ふん、それで?  おまえの方が浩輝って奴より歌が上手かったってワケなんだな?  ハハハッ!  それで奴のプライドがズタズタか?  まったく、どうしようもない甘ったれたガキだな」


「違うわよ! 勝手に決めつけないで。私は歌なんてそんなに上手くもないし。ただ私みたいな変わった声のほうがインパクトがあるって。ルックスも美人で個性的だから、この娘《こ》をボーカルにしたほうが絶対に売れるって言われて………」


「どっちにしても逆恨みだろ。茉理が責任を感じることなんかじゃない」


そうだ、恨むならその大手プロデューサーの人間を恨むのが筋ってものだろう。


「だけど、あのとき私がいなかったら、多分デビュー出来たはずなんだよ。浩輝くんだって、ずっとミュージシャンをやるつもりではなかったの。いずれは家業を継ぐようなことを言ってたわ。ただ、あんな風に家族の反対を押し切ってスイスの学校を辞めちゃったから、ちゃんと成功して結果を見せたかったのよ。それを私がぶち壊してしまったから……」


「怪我したおまえを放っておいて逃げ出すような男に未練があるのか?」


「放って置かれたわけじゃないの。動き出した車の窓にしがみついたのは私だし、それで電柱に頭をぶつけちゃって。とっても痛かったけど、その時は手術をしなきゃいけないような怪我だとは思わなかったの。すぐに起き上がれたし、浩輝にはタクシーで帰れるって言って。それでタクシーを待っている間に気分が悪くなっちゃって、道路にうずくまっちゃったの。その後のことはよく覚えてない」


そうか、だから轢き逃げ事件は解決しなかったのか。


「ふん、奴は見舞いには来てくれたのか? 」


「怪我したことは浩輝くんには言ってないもん。私のせいでこれ以上迷惑なんてかけられないでしょ。それに彼はもうバンドを解散してしまったの。予備校に行って受験勉強するんだって。それを聞いて私、びっくりしちゃって、諦めないでって言ったの。浩輝くんには才能があるんだからって。どうしても続けて欲しくて、それで動きだした車に……」


「新しい目標が出来たならそれでいいだろう。奴も吹っ切れたんだよ。おまえも新しい目標でも見つけて、自分の人生を生きろ」


言ってしまってからヤバいと思ったがすでに後の祭りだ。


「ゲオルクとの結婚が私に与えられた人生なのね。私には選択肢なんてないから」


「………… 」


沈痛に語る茉理に、返す言葉もなかった。



「あ、忘れてた。お礼を言っておかないとね。匿ってくれてありがとう。本当に迷惑いっぱいかけちゃって、ごめんなさい」


ミラーに映る俺に向かって頭をさげた。


「な、なんだよ、急にかしこまって。おまえらしくないことするなよ」


茉理に礼なんか言われると、こっちのほうが気まずくなる。



「あ、、それとね。もうひとつ謝らないといけないことがあるんだ。美穂さんのことなんだけどね……」


「どうせおまえが余計なことを言って、追い出したんだろう。わかってるよ、そんなこと」



ーー美穂も美穂だ。


こんな高校生に言い負かされて追い出されるんだからな。



少しは毅然としたところを見せろってんだ。


「だけど、茉理ね、美穂さんにすごく悪いこと言っちゃったから……」


「なんだよ、なにを言ったんだよ?」



「………夜の、夜のサービスもする代行サービスって、、」


「は?  なんだそれ? どういう意味だ?」


「だから、、セックス付きの家事代行サービスって言っちゃったの!」



まぁ、確かに。


そう言われればそうかもしれない。


  
「そうか、それで? 美穂はなんて言った?」


「そんなんじゃないって。私たちはそんな関係じゃないって」


「そうか、それでいいじゃないか。じゃあ、なんであいつは出て行ったんだよ?」



「だから、茉理が………」


「だから? なにを言ったんだよ!」


まどろっこしい言い方をする茉理にイライラした。


「茉理、先生からそう聞いたって言ってしまったの。うちにはセックス付きの家事代行サービスの女がいるから、家には泊められないって。だから、あの鬼ばばの家に連れていかれたって。美穂さんはそれがすごくショックだったみたい。茉理がコンビニから帰ったら、もう居なかったの」


俺にはなにがなんだかよくわからなかった。


美穂がなぜそんな理由でマンションを飛び出してしまったのかが。



茉理は今日で居なくなるってのに。


とにかく今は美穂のことよりも茉理のことが心配だった。


よくわからない話をしているうちにレオンが宿泊しているホテルが見えてきた。


     

ホテルの地下駐車場に車を停めて、茉理とエレベーターに乗った。


フロントのある一階を押す。


レオンとは一階のロビーで待ち合わせている。


茉理ともあと数分で別れることになるのかと思うと、なんとも言えない寂しさを感じた。


疎ましく、厄介なだけの女だったはずだけれど……。


エレベーターが開き、英国調の落ち着いたロビーが見えた。ブリティッシュがテーマの洒落た雰囲気のホテルだ。


ロビーを見渡すと、奥のソファーにレオンが座っているのが見えた。


とりあえずレオンとの約束は守れたと思い、ホッとした。


遅い足取りの茉理とレオンのいるほうへ向かって歩く。


レオンのほうが俺たちに気づいてソファから立ち上がった。



「ハーイ、茉理!」


レオンの呼びかけには反応を見せず、茉理は観念したのか押し黙り、ずっと俯いたままだ。


もしかしたら途中で茉理に逃げられるのではないかと、気が気でなかったのだが。


だけど、まだ安心はできないと思った。



こいつは只者ではないからな。


大人しくレオンとドイツに帰るとは思えない。



「茉理、ワカッテクレタノデスネ? 明日ハ、一緒ニドイツへ帰リマスネ?」


レオンはクセのある日本語で諭すかのように茉理に問いかけた。


うなだれていた茉理だったが、突然なにか思い出したかのようにスクッと顔を上げた。



「……やっぱり、やっぱりドイツには帰れない!  私、この人と結婚します!!」



そう言って茉理は俺の腕にしがみついた。




ーーう、嘘だろう!!












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