六華 snow crystal 7

なごみ

文字の大きさ
25 / 41

茉理の言い分

しおりを挟む
*潤一*


「とにかく、俺は逮捕されるような目には遭いたくないからな。レオンとの約束は守る。あいつとよく話し合うんだな。さすがに首に縄をつけてまでして連れて行かないだろう」


時計をみると九時二十分を過ぎていた。


レオンとの約束の時間は十時だ。


いつまでもグズグズしていられない。


「話し合いなんてしたくない。七代続いたワイナリーの存亡が掛かってるのよ。私ひとりが我慢すれば、シュルツ一族のみならず、何万人にも及ぶ従業員とその家族が救われるっていうの。そんな風に迫られてみなさいよ。先生にだって断れやしないわよ!」


涙ぐんで茉理は訴えたけれど。


茉理の言い分は痛いほどよくわかる。 


だからと言って俺が逮捕されたり、失職するわけにはいかないだろう。


「俺からもレオンに頼んでみるよ。もしかしたら、そのゲオルクなんとかって言うロリコンも、気が変わってるかも知れないだろう。男は待たされるのが好きじゃないからな」


「そんなに単純な人じゃないわ。私が拒んでいるのを知って好戦的になってるの。とっても歪んでいるのよ。変態のうえに征服欲に取り憑かれているサディストなの。ねぇ、お願い、そんな人と結婚させられる私の身にもなってよ!」


普段は気の強い茉理が涙ぐんでいるのを見ると、さすがになんとかしてやりたい気持ちにもなるが。


「…おまえはまだ若いから、そいつの悪い部分しか見えてないんだよ。男なんて手に入ったモノにはすぐに飽きるんだ。少し我慢すれば巨万の富を手中にできるんだろ?  考え方次第ではそんなに悪い話ではない」


まだ恋愛に夢がある17歳の茉理に、理解しろというのも無理があるかも知れないが。


「大人って、結局はお金なのね。みんな同じことを言う。……もういい」



茉理はなにを思ったのか、暗い目をして自分の寝室へ入っていった。


「茉理、あと三十分で約束の時間だ。五分で支度しろよ!」



ドアの前で叫んだ。


なんとも後味の悪い別れ方になるが仕方がない。


だから茉理とは関わりたくなかったんだ。


なんで俺がこんな厄介ごとに付き合わされなきゃいけないんだよ!





五分後、茉理は大きなバッグを持って大人しく部屋から出て来た。


なんとも言えない重苦しい空気の中、マンションを出た。


レオンが宿泊しているホテルまでは、車で10分ほどだ。


後部座席で押し黙ったままの茉理は、今なにを考えているのだろう。


可哀想な茉理の今後を思うと、俺のような冷めた人間でも気が咎め、罪悪感に苛まれる。 


運転しながらも、静まり返った車内の陰気な息苦しさに耐えきれなくなる。



「バンドをやってるボーカルの男とはどうなったんだ?」


とりあえず何か話そうと、思いついたことを聞いてみた。



「えっ?  な、なによ、いきなり」


今はそれどころじゃないと言いたげに、茉理はバックミラーに映る俺の目を見返した。


「ストーカーするくらい、そいつが好きなんだろう?」


「……謝りたかっただけ。茉理のせいで浩輝くんのプライドをズタズタにしちゃったから」


シュンとしている茉理をみて、さほど興味もなかった浩輝という男のことが知りたくなった。


「なんでおまえがそいつのプライドをズタズタになんて出来るんだよ?」


こんな17歳の娘に傷つけられるようなプライドなど、持っている意味がないだろ。


くだらない男だと思いながらも、我慢して言わずにいた。


「浩輝くんはね、もう少しで大手のプロダクションと契約が出来るところだったの。去年、YouTubeにあげていた曲がバズってね。本当にもう少しのところだった。レコーディングの日は茉理も一緒について行ったの。私は単なるファンじゃないのよ。浩輝くんとはいつも一緒だったから」


「同じスイスの寄宿舎だったんだろう? 二人で駆け落ちでもして日本に来たのか?」


「レオンから聞いたのね?  駆け落ちではなかったけど、私たちは境遇が少し似ていたから、お互いに共感するところがあっただけ。彼は有名な冷凍食品会社の次男なの。バンドのボーカルなんて親に認めてもらえるはずないでしょう? まぁ、それで反発というか、浩輝くんには本当に音楽の才能があったから」


ティーンエイジャーが、親に反発してスイスの寄宿舎から逃避行か。


二人の若さと大胆な生き方に羨ましさをおぼえる。


俺にはもう、分別のない思いきった行動など取れないのだろう。


「それで?  おまえが奴のプライドをズタズタにしたってのはどういうことなんだ?」


「レコーディングの日にね、プロダクションの人が君も歌ってみないかって言ったの。私は人前で歌ったことがないから無理ですって一応は断ったんだけど………」


バックミラーに映る茉理は、未だに後悔を引きずっているみたいだ。


「ふん、それで?  おまえの方が浩輝って奴より歌が上手かったってワケなんだな?  ハハハッ!  それで奴のプライドがズタズタか?  まったく、どうしようもない甘ったれたガキだな」


「違うわよ! 勝手に決めつけないで。私は歌なんてそんなに上手くもないし。ただ私みたいな変わった声のほうがインパクトがあるって。ルックスも美人で個性的だから、この娘《こ》をボーカルにしたほうが絶対に売れるって言われて………」


「どっちにしても逆恨みだろ。茉理が責任を感じることなんかじゃない」


そうだ、恨むならその大手プロデューサーの人間を恨むのが筋ってものだろう。


「だけど、あのとき私がいなかったら、多分デビュー出来たはずなんだよ。浩輝くんだって、ずっとミュージシャンをやるつもりではなかったの。いずれは家業を継ぐようなことを言ってたわ。ただ、あんな風に家族の反対を押し切ってスイスの学校を辞めちゃったから、ちゃんと成功して結果を見せたかったのよ。それを私がぶち壊してしまったから……」


「怪我したおまえを放っておいて逃げ出すような男に未練があるのか?」


「放って置かれたわけじゃないの。動き出した車の窓にしがみついたのは私だし、それで電柱に頭をぶつけちゃって。とっても痛かったけど、その時は手術をしなきゃいけないような怪我だとは思わなかったの。すぐに起き上がれたし、浩輝にはタクシーで帰れるって言って。それでタクシーを待っている間に気分が悪くなっちゃって、道路にうずくまっちゃったの。その後のことはよく覚えてない」


そうか、だから轢き逃げ事件は解決しなかったのか。


「ふん、奴は見舞いには来てくれたのか? 」


「怪我したことは浩輝くんには言ってないもん。私のせいでこれ以上迷惑なんてかけられないでしょ。それに彼はもうバンドを解散してしまったの。予備校に行って受験勉強するんだって。それを聞いて私、びっくりしちゃって、諦めないでって言ったの。浩輝くんには才能があるんだからって。どうしても続けて欲しくて、それで動きだした車に……」


「新しい目標が出来たならそれでいいだろう。奴も吹っ切れたんだよ。おまえも新しい目標でも見つけて、自分の人生を生きろ」


言ってしまってからヤバいと思ったがすでに後の祭りだ。


「ゲオルクとの結婚が私に与えられた人生なのね。私には選択肢なんてないから」


「………… 」


沈痛に語る茉理に、返す言葉もなかった。



「あ、忘れてた。お礼を言っておかないとね。匿ってくれてありがとう。本当に迷惑いっぱいかけちゃって、ごめんなさい」


ミラーに映る俺に向かって頭をさげた。


「な、なんだよ、急にかしこまって。おまえらしくないことするなよ」


茉理に礼なんか言われると、こっちのほうが気まずくなる。



「あ、、それとね。もうひとつ謝らないといけないことがあるんだ。美穂さんのことなんだけどね……」


「どうせおまえが余計なことを言って、追い出したんだろう。わかってるよ、そんなこと」



ーー美穂も美穂だ。


こんな高校生に言い負かされて追い出されるんだからな。



少しは毅然としたところを見せろってんだ。


「だけど、茉理ね、美穂さんにすごく悪いこと言っちゃったから……」


「なんだよ、なにを言ったんだよ?」



「………夜の、夜のサービスもする代行サービスって、、」


「は?  なんだそれ? どういう意味だ?」


「だから、、セックス付きの家事代行サービスって言っちゃったの!」



まぁ、確かに。


そう言われればそうかもしれない。


  
「そうか、それで? 美穂はなんて言った?」


「そんなんじゃないって。私たちはそんな関係じゃないって」


「そうか、それでいいじゃないか。じゃあ、なんであいつは出て行ったんだよ?」



「だから、茉理が………」


「だから? なにを言ったんだよ!」


まどろっこしい言い方をする茉理にイライラした。


「茉理、先生からそう聞いたって言ってしまったの。うちにはセックス付きの家事代行サービスの女がいるから、家には泊められないって。だから、あの鬼ばばの家に連れていかれたって。美穂さんはそれがすごくショックだったみたい。茉理がコンビニから帰ったら、もう居なかったの」


俺にはなにがなんだかよくわからなかった。


美穂がなぜそんな理由でマンションを飛び出してしまったのかが。



茉理は今日で居なくなるってのに。


とにかく今は美穂のことよりも茉理のことが心配だった。


よくわからない話をしているうちにレオンが宿泊しているホテルが見えてきた。


     

ホテルの地下駐車場に車を停めて、茉理とエレベーターに乗った。


フロントのある一階を押す。


レオンとは一階のロビーで待ち合わせている。


茉理ともあと数分で別れることになるのかと思うと、なんとも言えない寂しさを感じた。


疎ましく、厄介なだけの女だったはずだけれど……。


エレベーターが開き、英国調の落ち着いたロビーが見えた。ブリティッシュがテーマの洒落た雰囲気のホテルだ。


ロビーを見渡すと、奥のソファーにレオンが座っているのが見えた。


とりあえずレオンとの約束は守れたと思い、ホッとした。


遅い足取りの茉理とレオンのいるほうへ向かって歩く。


レオンのほうが俺たちに気づいてソファから立ち上がった。



「ハーイ、茉理!」


レオンの呼びかけには反応を見せず、茉理は観念したのか押し黙り、ずっと俯いたままだ。


もしかしたら途中で茉理に逃げられるのではないかと、気が気でなかったのだが。


だけど、まだ安心はできないと思った。



こいつは只者ではないからな。


大人しくレオンとドイツに帰るとは思えない。



「茉理、ワカッテクレタノデスネ? 明日ハ、一緒ニドイツへ帰リマスネ?」


レオンはクセのある日本語で諭すかのように茉理に問いかけた。


うなだれていた茉理だったが、突然なにか思い出したかのようにスクッと顔を上げた。



「……やっぱり、やっぱりドイツには帰れない!  私、この人と結婚します!!」



そう言って茉理は俺の腕にしがみついた。




ーーう、嘘だろう!!












しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...