いつだって見られている

なごみ

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夕方になって夫の大島貴之《おおしま たかゆき》が帰宅した。


元々母と相性もよくなかった夫は、なんの感慨もなく棺の中の母を見つめた。


福岡に住んでいる兄は飛行機で来るので、明日の告別式には間に合うように行くと、さっき連絡があった。


ここは札幌といっても、小樽に近い辺鄙な田舎だから、今日中に来るのは難しいかもしれない。


2歳年下の妹は、ここから車で30分ほどの大谷地というところに住んでいる。


仕事が忙しいとかなんとか言って、ほとんど顔を出したことがない。


あと近い身内といえば、夫の姉がここの家から徒歩5分のところに住んでいる。


義姉には夫から連絡を入れて貰えばいい。


ご近所には知らせなかった。


今までご近所付き合いで葬儀の連絡があるたびに香典を包んで焼香に行っていたことを思うと、損をした気分になるが、そんなことも言ってられない。


遠い親戚には葬儀が終了してから近親者のみで行なったと連絡を入れればいい。


娘も息子もさすがに今日は部活を休んで早く帰宅した。


棺に縋って泣く者など一人も居なかった。


 娘の日菜は母の糞尿の臭いに悩まされていたし、やんちゃだった息子の健太は、幼少の頃からこの祖母には何かと叱られてばかりいた。


それでも皆、一応は棺の母の顔を見て手を合わせた。


「あら、これってエルメスのスカーフじゃない?」


さっき駆けつけた近所に住む義姉が、目ざとくスカーフに目を止めた。


高校生の娘の日菜も飛んで来てスカーフを見つめる。


「あ、本当だ。えーっ、もしかしてこれ、明日いっしょに燃やしちゃうってこと?」


 日菜が憮然として私を見つめた。


「最期くらいはいいでしょ。おばあちゃんの旅支度なのよ。みすぼらしいと可哀想だわ」


「ふ~ん、お母さんってそんなに優しかったっけ?」


日菜は訝しげに嫌味をたっぷり含ませて言った。


くたびれた化繊のスカーフのほうが、違和感がなかった。


余計なマネをしたことを悔やんだが、あとの祭りだ。


「スカーフは絶対に盗らないでよっ、  お婆ちゃんに私があげたものなんですからね!」


きつい口調でいましめる。


「誰も盗らないわよ。そんな死人に巻いたものなんか、キモくて巻けないってば」


ブスッと不貞腐れた日菜は、リビングのソファーにドサリと座った。



「ねぇ、今晩って何食べるの? 私もう、お腹すいちゃってるんだけど」


日菜はソファへどさりと腰をおろすと、不機嫌に言った。


「あぁ、忘れてたわ。コンビニかスーパーに行って、お弁当を適当に買って来てちょうだい。あと、おつまみとかお菓子もお願い」


バッグの財布から壱万円札を取り出して日菜に渡した。


「ねぇ、健太もいっしょに行ってよ。重くて持てないからさぁ」


スマホゲームをしていた息子の健太が  ” チッ ” と舌打ちをして顔を上げた。




晩ご飯はお弁当で済ませるとして、今夜は何かと忙しくなる。


ビールはとりあえず箱買いしてあるし、この人数なら焼酎とウィスキーだって、家にあるもので間に合いそうだ。


身内だけで済ませることにして本当に良かった。葬儀はしなければならないことが多すぎる。


明日の火葬場で食べる昼食は葬儀屋にお願いしてある。


寺の住職にさっき電話したら、長いことご無沙汰していたので、高飛車な物言いだったが、それでもなんとか承諾してくれた。


お坊さんへのお布施は明日すぐに手渡ししなければいけないのだ。戒名代もあって、結構な金額になる。

義姉は相場を知っているだろうか?  年配者がいないと、こういった時に困る。


現金十万円なら、クローゼットの奥に隠したのがあるが足りるのだろうか?


火葬場にも支払わねばならないからどっちにしても足りない。明日、近くのゆうちょから夫におろして来てもらおう。



信仰もないのに多額のお布施代などバカバカしいが、お経もない葬式はやはり物足りない気がした。














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