32 / 58
****
しおりを挟む和樹の死体から早く逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
だけど、まだしなければいけないことはないだろうかと焦りながらも考えた。
靴の跡なども、警察は調べるはずだ。
ブーツの跡で、犯人は女だと断定されてしまうのではないか。
ブーツを脱ぎ、厨房に置かれていたスリッパを履いて、歩きまわったブーツの跡を雑巾で拭いた。
携帯と足跡以外にも何かがありそうだけれど、グズグスはしていられない。
誰かがここに来たらもうおしまいだ。
厨房から奥に通じるドアを開けると、ハンガーに和樹の黒いダウンコートとがかかっていた。コートの上から、ブカブカのそのコートを着て店を出た。
来るときにマスクをつけていたのは正解だった。
不自然に見えないように歩き、通りへ出た。
来るときよりも雪は激しくなっていた。
これで足跡も消えるだろうか。
まだ、やり残したことがありそうで落ち着かないが、仕方がない。
手稲駅の改札を通り、2番ホームから2時50分発の小樽行きの列車に乗った。
こんな時間だけあって、車内は空いていた。
和樹のダウンコートを重ね着していたので、汗をかいた。
このコートはどこに捨てたらいいのだろう。
持って帰って、ゴミに出すのが安全な気もするが、大きすぎて家族に発見されても面倒だ。
列車内に置き忘れるのはどうだろう。
誰かが持ち去ってくれたら一番いいけれど、忘れ物扱いされると危険かもしれない。
結局家まで持ち帰り、見つからないように紙袋に入れ、クローゼットにしまい込んだ。
来週、古着のゴミに出すのが一番安全だ。
防犯カメラはどこまで私を捉えていたのだろうか。それが一番に気にかかった。
捜査の手はどこまで伸びるだろう。和樹の母があんな死に方をしたのだから、容疑をかけられるかも知れない。
今度こそ本当に逮捕させられてしまうのだろうか。
母を殺してしまった時に逮捕されていた方が良かった。あの状況なら、介護に疲れた主婦として世間からも同情され、刑も軽く済んだだろう。
今では三人もの人間を殺めた極悪人だ。
ひとつの罪は、さらにもうひとつのより大きな罪を呼ぶ。
坂を転げ落ちるかのように、私の人生はこれからも加速して転落していく。
日頃の不満と怒りが、これほど人を破滅に追い込むとは。
ーー和樹のスマートフォン。
これはどこに捨てるべきか。
うちの固定電話にもこのスマホから来た通話記録が残されているはずだ。
全ての証拠を消すとは、なんと難しいことなのだろう。
ーーあんた、不倫してたんだってな。
軽蔑した目で見すえた和樹の顔を思い出す。
3年前、介護に疲れて精神的におかしくなっていた時期があった。
そんな私に貴之は無関心で、何の手助けもしてくれなかった。
投げやりな気持ちと救いを求めて、出会い系サイトでやり取りした相手と関係を持った。
何人かとそんな交渉を持ったが、少しの癒しも与えられず、みじめさと屈辱感だけが残った。
だけど、一体いつ見られていたのだろう。
そんな場所で目撃していたのなら、義姉だって怪しいものだ。
義姉からの口止め料が、思いのほか安いと感じたのはそのせいだったのだ。
人生の転落はすでに3年前から始まっていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる