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また裏切られて
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**彩矢**
突然、アメリカからかえって来たと思ったら、子供たちを遊園地に連れて行くなんて。
ーーなにか、おかしい。
それになぜか元気がない。
やはり早く離婚したくなったということなのか。わたしを可哀想に思って、言い出せずにいるの?
離婚したいほど嫌いなら、こんなことをしてないでサッサと話を進めるはずだと思うけれど……。
も、もしかして病気?
まさか癌で余命半年とか?
それなら一時帰国ではなく、研修など完全に諦めて帰ってくるはずだし。
優しすぎる潤一に、懐疑的な憶測ばかりが頭をよぎる。
だけど、悠李、あんなに喜んで……。
アメリカでの生活が潤一を変えたのだろうか。凶暴な人ばかりが住む、野蛮な国という印象しかないけれど。
家族のことは日本人以上に大切に考える民族なのかも知れない。
アメリカ映画は家族愛がテーマになっているものが多いし。
じゃあ、潤一がマイホームパパになっちゃうってこと?
想像がつかないというか、似合わなすぎて、イメージがくずれる。
どんなにマインドコントロールされたとしても、潤一がマイホームパパになるなんて、ありえない。
だけど、少しでもそんな風に変わってくれたとしたら……。
先週、一階の廊下で佐野さんとすれ違った。
「彩矢ちゃん、、」
めずらしく呼び止められて驚く。
周囲には誰もいなかったけれど、あたりを見まわし再度確認をした。
「は、はい?」
「悠李と雪花ちゃん、保育園は楽しんでる?」
話しの内容は子供のことだったけれど、熱っぽく感じられる佐野さんのまなざしに戸惑う。
「え、ええ、悠李とっても楽しいって。お友達が増えて、遊び方も言葉づかいもどんどん乱暴になってきて、ちょっと困ってる……」
「そうか、楽しんでるなら大丈夫だな。彩矢ちゃん、今日の帰り送らせてもらえないかな? ……別に一緒にどこかへ行こうってことじゃないんだ。ただ、ちょっと話しておきたいこととかあって……。ダメかな?」
「話しておきたいこと?」
親密な関係になることを躊躇している自分がいた。
「うん、今ここではちょっと……」
遠慮がちに言う佐野さんの誘いは、いつも断わりにくい。
「わかった。じゃあ、終わったらLINEで知らせてくれる。病院の駐車場が待ち合わせ場所だと私、……困るわ」
「うん、じゃあ、後で連絡する」
安心したような笑顔を浮かべて、佐野さんはCT室へ入っていった。
佐野さんのような誠実な人が夫で子供たちの父親だったら、どんなにいいだろうと確かにそう思っていた。
それは叶わぬ願いだったからこそ、単純にそう思えたのかも知れない。
今、目の前にその現実が起こりつつあることに、ためらいと戸惑いがあった。
私は無い物ねだりをしていただけで、潤一と離婚する気など、はなからなかったのではないだろうか。
だとすれば、佐野さんにとんだ誤解をさせてしまったことになる。
日勤の仕事を終え、更衣室へ向かいながらLINEを確認する。
佐野さんからLINEが届いていた。
病院から100mほど先のコンビニで待っているとのことだった。
……コンビニの駐車場。
かつて潤一と不倫関係だった時の待ち合わせ場所。
暗い過去を思い出し、後ろめたさがつのる。
いくら深い関係になってないからといっても、誰かに見られでもしたら、どんな言い訳をしても信じてはもらえないような気がした。
もう、うしろ指をさされるようなことはしたくない……。
暗澹とした気持ちでコンビニへ向かった。
コンビニに着くと、佐野さんは雑誌を立ち読みしていたようで、わたしを見つけるとすぐに出てきた。
佐野さんが助手席のドアをあけてくれたけれど、「ごめんなさい」と言って、後部座席のドアをあけた。
なにも言わずに、寂しそうな顔をして運転席へ向かった佐野さんに、申し訳ない気持ちになった。
「琴似のマンションじゃなくて、実家の方でよかった?」
コンビニの駐車場を出て、しばらく走ったところで佐野さんが聞いた。
「ええ、保育園は実家のそばだから。母にお迎えを頼んでるの」
バックミラーに映る佐野さんから、目をそらしながら話す。
「お母さんはずいぶん若いんだね。彩矢ちゃんによく似てたな」
「会ったことがあるの?」
驚いて思わずミラーに映る佐野さんを見つめた。
「会ったわけじゃないけど、ずいぶん前に悠李と家の前で雪遊びしているところを見たことがあって」
「そ、そうだったの……」
もしかして、いつも気づかないところで見られていたのだろうか。
「ご、ごめん、俺ってストーカーだな。どうしても悠李に会いたくなってしまって、、ゴ、ゴールデンウィークはどこかに行ったのかい?」
佐野さんはまずいことを言ってしまったかのように、話題を変えた。
佐野さんがストーカーだからって、別に怖いなんて思わないけど……。
「特に大したところへは行ってないの。父が洞爺湖温泉に連れて行ってくれたのと、母の実家の恵庭に行っただけ。そこには曽祖父母がいて、悠李と雪花に会いたがってたから」
「そうか。ひいお婆さんと、ひいお爺さんはいま何歳なんだい?」
「確か、74と78歳です」
「ふーん、曽祖父母と言ってもまだ若いんだね」
「5年前ならひいひいお婆さんも生きてたんですけど、」
「そうか、それは残念だったな。彩矢ちゃんの家系は早婚なんだね」
「佐野さんは連休中はどこかへ行ったの?」
「いや、俺もどこにも行ってない。同僚の橋本と近くへ飲みに行ったくらいだよ」
「そう。それで今日はなんの話?」
「う、うん、ちょっと運転しながらだと、落ち着かないから、近くの公園に停めてからでいいかな?」
「………… うん、」
深刻な話だったらどうしよう。
もしかして、離婚はいつしてくれる?とか、本当に別れる気はあるの?とか、そういう話だろうか。
だとしたらなんて答えればいいのだろう。
わたしは卑怯だ。
佐野さんを失いたくないくて、それなのに潤一と別れる決心もつけられないのだった。
実家そばの公園の駐車場に停まった。
まだ、6時を過ぎたばかりの夕暮れで、あたりは明るかった。
車を降りて、公園のベンチに腰をおろした。
「あのさ、ちょっと聞きにくいんだけど、松田先生からは今も仕送りってされてるのかなって思って」
佐野さんがうつむきながら遠慮がちに聞いた。
「研修中は収入も少ないから、今はもらってないの。でも、マンションの家賃は払ってくれているから、生活はそれほど大変じゃないわ。実家で食べることが多いから、食費もあまりかからないし」
「そうか。こんなこと言ったら失礼なのかもしれないんだけど、俺が少し援助するのってダメかな? 俺、裕福とは言えないけど、そんなに金って使わないし、少しでも悠李のために何かしたくて……」
「佐野さんは責任なんて感じなくていいわ。悠李はわたしのせいで産まれちゃった子だから……。わたしがあの日、無理に泊まりたいなんて言って、佐野さんを困らせて」
「なんの責任もないわけないだろう。彩矢ちゃんが一人で作ったわけじゃないんだから。頼むよ、少しは何かさせてくれよ。今は必要なくても、子供は将来たくさんお金がかかるだろう? もし母子家庭になって私大になんか行くことになったら」
「で、でも…………」
「別にそれで彩矢ちゃんを縛るつもりなんてないよ。ただ俺の自己満足でそうしたいんだ。たくさん出せるってわけでもないけど、ダメかな?」
「せ、せっかくだけど、やっぱりもらえないわ。困るわ、わたし……」
お金なんてもらえるわけがない。
本当に離婚して佐野さんと一緒になるって決めてしまえないうちは。
「彩矢ちゃん……。松田先生からはよく連絡なんかはあるの?」
「た、たまには」
「離婚の話なんかはもうしてないんだろ?」
「………… 」
「いいんだ、別に。離婚なんてそんなに簡単に出来ることじゃないから。俺ももう、彩矢ちゃんのこと待つのやめるよ。待ってなんかいられたら重いだろ。だから、俺のことは気にしないで」
「佐野さん……」
確かに佐野さんの気持ちが少し重いと感じてはいた。
だけど、もう待つのをやめるって、、
そう言われた途端に、なんとも言えない喪失感に襲われた。
突然涙がこみあげて止まらなくなった。
「ご、ごめんなさい!」
立ちあがって、家へ向かって駆けだした。
「彩矢ちゃん!」
佐野さんも追いかけては来なかった。
私はどうしようもないほどの甘ったれだ。
そして、……あまりにも身勝手だった。
ルスツリゾートで夕方の4時まで遊び、悠李は十分満足したようだった。
潤一に射撃の仕方を教えてもらったり、ゴーカートに乗ったり、なんとなく今日は本当の親子のようにみえた。
雪花もババにだいぶ慣れてきたようで、眠くなると嫌がらずに抱っこされていた。
こんな潤一でいてくれるなら、わざわざ離婚などする必要もない気がする。
両親にだってもう心配はかけたくないし。
佐野さんに同情などすることはない。とってもモテる素敵な人なのだから……。
私よりいい人がいくらでもみつけられる。
帰りの車の中で運転しながらそんなことを考えていた。
チャイルドシートの悠李と雪花も、助手席の潤一も疲れてねむっていた。
途中、ファミリーレストランへ寄って夕食をとり、琴似のマンションに着いたのは夜の8時に近かった。
眠そうな雪花と悠李と一緒にお風呂に入り、歯磨きをして布団にはいった。
今日は二人とも絵本一冊ですぐに眠ってくれた。
リビングへ戻ると、潤一がソファに座ってビールを飲んでいた。
「チーズと冷凍枝豆ならあるけど、食べる?」
「うん、じゃあ枝豆」
冷凍枝豆をレンジであたため、軽く塩をして出した。
「今日はありがとう。悠李と雪花があんなに喜んで、、私もすごく楽しかった」
そう言って潤一のとなりに腰をおろした。
「おまえも飲むか?」
ロング缶を持ちあげて潤一がきいた。
「ううん、アルコールは苦手だから」
「そうだったな……」
「ロスはどんなところ? やっぱり危ない感じ?」
「どうなんだろうな、街をウロウロしているヒマなんてないからな。事件は頻繁に起こってはいるようだから、やっぱり日本とは違うよ」
そう言って、潤一はまたグラスにビールを注いだ。
「あまり飲みすぎないで。ずいぶん疲れているんじゃない? いつもより元気がないみたいだわ」
「…………彩矢、ちょっと話しておかなきゃならないことがあるんだ」
「えっ、なあに? かしこまって」
ーー話しておかなきゃならないこと?
「おまえ、佐野とはもう会ってないのか?」
そ、そのこと?
まだ許してくれてなかったんだ。返事もできずにうなだれる。
「………… 」
「会ってるのか?」
……どうしよう。なんて言ったら、、
「今勤めている病院には、、佐野さんがいるの。信じてくれないと思うけど、偶然よ。別に深い仲にもなったりはしてないわ」
「気持ちの方はどうなんだ? まだ、佐野のことが好きか?」
尋問を受けている容疑者のような気分になる。
「なぜ、そんなこと聞くのよ? 何が言いたいの!」
「責めてるわけじゃない。……俺にはもう、責める資格がないんだ」
「えっ?」
「ジェニファー、、むこうで仲良くなった女なんだけど、、この間、妊娠したって言われて……」
「…………!」
「彩矢、ごめん。ピルを飲んでるっていうから、まさかこんなことになると思わなかった。 でも、やっぱり俺が一番悪いけどな、、」
そんな、、そんなことって……。
ソファから呆然と立ちあがり、悠李と雪花が寝ている部屋へ早足に逃げこんだ。
潤一がマイホームパパになど、なれるはずがなかった。そんなこと、誰よりもよく知っていたはずなのに……。
潤一がむこうで浮気をしていたことには、なんとなく気づいてはいた。だけど、二度もこんなことって。
悠李と雪花が寝ている布団の横で突っ伏して泣いた。
しばらくすると潤一が部屋に入ってきた。
うつ伏せで泣いている私の横に腰をおろした。
「彩矢、俺は離婚はしたくないって思ってる。だけど、ジェニファーには堕ろせとは言えなくて、、だから、認知はするつもりだ。おまえが許せないなら離婚するしかないけど……」
「だから、……だから佐野さんのところへ行って欲しいってことだったのね。私たちの関係を勝手に誤解して怒り狂っていたくせに、今度は自分の都合で佐野さんとよりを戻せって言うのね!」
そんな風に自己分析しながら言っているうちに、猛烈な怒りが沸きおこった。
「違う! 別に佐野のところへ行けとは言ってない。ただ、おまえが俺を許せなくて離婚するなら、俺はジェニファーと結婚しようと思っている。それを話しに帰ってきたんだ」
「何度も、何度もよく同じことが言えるわねっ、莉子ちゃんのことがあったばかりだっていうのに!」
悔し涙があとから、あとから、あふれて止まらない。
「莉子のことは俺だって被害者だろ。俺は騙されてたんだから……」
「浮気をしていたことに変わりないわ。莉子ちゃんの方があなたなんかより、ずっとかわいそうだわ!」
「だから、あやまるよ。彩矢の好きなようにしてくれよ。俺は離婚したくて帰って来たわけじゃないんだから」
そう言って潤一は私の肩に手をおいた。
「さわらないで! 出てってよ!」
潤一の手を払いのけ、泣きじゃくる。
「おまえだって離婚したかったんじゃなかったのか? ロスに行く前、俺たちは離婚寸前だっただろ」
「…………。」
「とにかく、そういうことだ。俺は離婚はしたくないと思ってる。後はおまえが決めてくれ」
そう言って、潤一は部屋を出ていった。
だから、だから、遊園地になんか行ったのね。
ーー最後の、最後のお別れの前に。
突然、アメリカからかえって来たと思ったら、子供たちを遊園地に連れて行くなんて。
ーーなにか、おかしい。
それになぜか元気がない。
やはり早く離婚したくなったということなのか。わたしを可哀想に思って、言い出せずにいるの?
離婚したいほど嫌いなら、こんなことをしてないでサッサと話を進めるはずだと思うけれど……。
も、もしかして病気?
まさか癌で余命半年とか?
それなら一時帰国ではなく、研修など完全に諦めて帰ってくるはずだし。
優しすぎる潤一に、懐疑的な憶測ばかりが頭をよぎる。
だけど、悠李、あんなに喜んで……。
アメリカでの生活が潤一を変えたのだろうか。凶暴な人ばかりが住む、野蛮な国という印象しかないけれど。
家族のことは日本人以上に大切に考える民族なのかも知れない。
アメリカ映画は家族愛がテーマになっているものが多いし。
じゃあ、潤一がマイホームパパになっちゃうってこと?
想像がつかないというか、似合わなすぎて、イメージがくずれる。
どんなにマインドコントロールされたとしても、潤一がマイホームパパになるなんて、ありえない。
だけど、少しでもそんな風に変わってくれたとしたら……。
先週、一階の廊下で佐野さんとすれ違った。
「彩矢ちゃん、、」
めずらしく呼び止められて驚く。
周囲には誰もいなかったけれど、あたりを見まわし再度確認をした。
「は、はい?」
「悠李と雪花ちゃん、保育園は楽しんでる?」
話しの内容は子供のことだったけれど、熱っぽく感じられる佐野さんのまなざしに戸惑う。
「え、ええ、悠李とっても楽しいって。お友達が増えて、遊び方も言葉づかいもどんどん乱暴になってきて、ちょっと困ってる……」
「そうか、楽しんでるなら大丈夫だな。彩矢ちゃん、今日の帰り送らせてもらえないかな? ……別に一緒にどこかへ行こうってことじゃないんだ。ただ、ちょっと話しておきたいこととかあって……。ダメかな?」
「話しておきたいこと?」
親密な関係になることを躊躇している自分がいた。
「うん、今ここではちょっと……」
遠慮がちに言う佐野さんの誘いは、いつも断わりにくい。
「わかった。じゃあ、終わったらLINEで知らせてくれる。病院の駐車場が待ち合わせ場所だと私、……困るわ」
「うん、じゃあ、後で連絡する」
安心したような笑顔を浮かべて、佐野さんはCT室へ入っていった。
佐野さんのような誠実な人が夫で子供たちの父親だったら、どんなにいいだろうと確かにそう思っていた。
それは叶わぬ願いだったからこそ、単純にそう思えたのかも知れない。
今、目の前にその現実が起こりつつあることに、ためらいと戸惑いがあった。
私は無い物ねだりをしていただけで、潤一と離婚する気など、はなからなかったのではないだろうか。
だとすれば、佐野さんにとんだ誤解をさせてしまったことになる。
日勤の仕事を終え、更衣室へ向かいながらLINEを確認する。
佐野さんからLINEが届いていた。
病院から100mほど先のコンビニで待っているとのことだった。
……コンビニの駐車場。
かつて潤一と不倫関係だった時の待ち合わせ場所。
暗い過去を思い出し、後ろめたさがつのる。
いくら深い関係になってないからといっても、誰かに見られでもしたら、どんな言い訳をしても信じてはもらえないような気がした。
もう、うしろ指をさされるようなことはしたくない……。
暗澹とした気持ちでコンビニへ向かった。
コンビニに着くと、佐野さんは雑誌を立ち読みしていたようで、わたしを見つけるとすぐに出てきた。
佐野さんが助手席のドアをあけてくれたけれど、「ごめんなさい」と言って、後部座席のドアをあけた。
なにも言わずに、寂しそうな顔をして運転席へ向かった佐野さんに、申し訳ない気持ちになった。
「琴似のマンションじゃなくて、実家の方でよかった?」
コンビニの駐車場を出て、しばらく走ったところで佐野さんが聞いた。
「ええ、保育園は実家のそばだから。母にお迎えを頼んでるの」
バックミラーに映る佐野さんから、目をそらしながら話す。
「お母さんはずいぶん若いんだね。彩矢ちゃんによく似てたな」
「会ったことがあるの?」
驚いて思わずミラーに映る佐野さんを見つめた。
「会ったわけじゃないけど、ずいぶん前に悠李と家の前で雪遊びしているところを見たことがあって」
「そ、そうだったの……」
もしかして、いつも気づかないところで見られていたのだろうか。
「ご、ごめん、俺ってストーカーだな。どうしても悠李に会いたくなってしまって、、ゴ、ゴールデンウィークはどこかに行ったのかい?」
佐野さんはまずいことを言ってしまったかのように、話題を変えた。
佐野さんがストーカーだからって、別に怖いなんて思わないけど……。
「特に大したところへは行ってないの。父が洞爺湖温泉に連れて行ってくれたのと、母の実家の恵庭に行っただけ。そこには曽祖父母がいて、悠李と雪花に会いたがってたから」
「そうか。ひいお婆さんと、ひいお爺さんはいま何歳なんだい?」
「確か、74と78歳です」
「ふーん、曽祖父母と言ってもまだ若いんだね」
「5年前ならひいひいお婆さんも生きてたんですけど、」
「そうか、それは残念だったな。彩矢ちゃんの家系は早婚なんだね」
「佐野さんは連休中はどこかへ行ったの?」
「いや、俺もどこにも行ってない。同僚の橋本と近くへ飲みに行ったくらいだよ」
「そう。それで今日はなんの話?」
「う、うん、ちょっと運転しながらだと、落ち着かないから、近くの公園に停めてからでいいかな?」
「………… うん、」
深刻な話だったらどうしよう。
もしかして、離婚はいつしてくれる?とか、本当に別れる気はあるの?とか、そういう話だろうか。
だとしたらなんて答えればいいのだろう。
わたしは卑怯だ。
佐野さんを失いたくないくて、それなのに潤一と別れる決心もつけられないのだった。
実家そばの公園の駐車場に停まった。
まだ、6時を過ぎたばかりの夕暮れで、あたりは明るかった。
車を降りて、公園のベンチに腰をおろした。
「あのさ、ちょっと聞きにくいんだけど、松田先生からは今も仕送りってされてるのかなって思って」
佐野さんがうつむきながら遠慮がちに聞いた。
「研修中は収入も少ないから、今はもらってないの。でも、マンションの家賃は払ってくれているから、生活はそれほど大変じゃないわ。実家で食べることが多いから、食費もあまりかからないし」
「そうか。こんなこと言ったら失礼なのかもしれないんだけど、俺が少し援助するのってダメかな? 俺、裕福とは言えないけど、そんなに金って使わないし、少しでも悠李のために何かしたくて……」
「佐野さんは責任なんて感じなくていいわ。悠李はわたしのせいで産まれちゃった子だから……。わたしがあの日、無理に泊まりたいなんて言って、佐野さんを困らせて」
「なんの責任もないわけないだろう。彩矢ちゃんが一人で作ったわけじゃないんだから。頼むよ、少しは何かさせてくれよ。今は必要なくても、子供は将来たくさんお金がかかるだろう? もし母子家庭になって私大になんか行くことになったら」
「で、でも…………」
「別にそれで彩矢ちゃんを縛るつもりなんてないよ。ただ俺の自己満足でそうしたいんだ。たくさん出せるってわけでもないけど、ダメかな?」
「せ、せっかくだけど、やっぱりもらえないわ。困るわ、わたし……」
お金なんてもらえるわけがない。
本当に離婚して佐野さんと一緒になるって決めてしまえないうちは。
「彩矢ちゃん……。松田先生からはよく連絡なんかはあるの?」
「た、たまには」
「離婚の話なんかはもうしてないんだろ?」
「………… 」
「いいんだ、別に。離婚なんてそんなに簡単に出来ることじゃないから。俺ももう、彩矢ちゃんのこと待つのやめるよ。待ってなんかいられたら重いだろ。だから、俺のことは気にしないで」
「佐野さん……」
確かに佐野さんの気持ちが少し重いと感じてはいた。
だけど、もう待つのをやめるって、、
そう言われた途端に、なんとも言えない喪失感に襲われた。
突然涙がこみあげて止まらなくなった。
「ご、ごめんなさい!」
立ちあがって、家へ向かって駆けだした。
「彩矢ちゃん!」
佐野さんも追いかけては来なかった。
私はどうしようもないほどの甘ったれだ。
そして、……あまりにも身勝手だった。
ルスツリゾートで夕方の4時まで遊び、悠李は十分満足したようだった。
潤一に射撃の仕方を教えてもらったり、ゴーカートに乗ったり、なんとなく今日は本当の親子のようにみえた。
雪花もババにだいぶ慣れてきたようで、眠くなると嫌がらずに抱っこされていた。
こんな潤一でいてくれるなら、わざわざ離婚などする必要もない気がする。
両親にだってもう心配はかけたくないし。
佐野さんに同情などすることはない。とってもモテる素敵な人なのだから……。
私よりいい人がいくらでもみつけられる。
帰りの車の中で運転しながらそんなことを考えていた。
チャイルドシートの悠李と雪花も、助手席の潤一も疲れてねむっていた。
途中、ファミリーレストランへ寄って夕食をとり、琴似のマンションに着いたのは夜の8時に近かった。
眠そうな雪花と悠李と一緒にお風呂に入り、歯磨きをして布団にはいった。
今日は二人とも絵本一冊ですぐに眠ってくれた。
リビングへ戻ると、潤一がソファに座ってビールを飲んでいた。
「チーズと冷凍枝豆ならあるけど、食べる?」
「うん、じゃあ枝豆」
冷凍枝豆をレンジであたため、軽く塩をして出した。
「今日はありがとう。悠李と雪花があんなに喜んで、、私もすごく楽しかった」
そう言って潤一のとなりに腰をおろした。
「おまえも飲むか?」
ロング缶を持ちあげて潤一がきいた。
「ううん、アルコールは苦手だから」
「そうだったな……」
「ロスはどんなところ? やっぱり危ない感じ?」
「どうなんだろうな、街をウロウロしているヒマなんてないからな。事件は頻繁に起こってはいるようだから、やっぱり日本とは違うよ」
そう言って、潤一はまたグラスにビールを注いだ。
「あまり飲みすぎないで。ずいぶん疲れているんじゃない? いつもより元気がないみたいだわ」
「…………彩矢、ちょっと話しておかなきゃならないことがあるんだ」
「えっ、なあに? かしこまって」
ーー話しておかなきゃならないこと?
「おまえ、佐野とはもう会ってないのか?」
そ、そのこと?
まだ許してくれてなかったんだ。返事もできずにうなだれる。
「………… 」
「会ってるのか?」
……どうしよう。なんて言ったら、、
「今勤めている病院には、、佐野さんがいるの。信じてくれないと思うけど、偶然よ。別に深い仲にもなったりはしてないわ」
「気持ちの方はどうなんだ? まだ、佐野のことが好きか?」
尋問を受けている容疑者のような気分になる。
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「責めてるわけじゃない。……俺にはもう、責める資格がないんだ」
「えっ?」
「ジェニファー、、むこうで仲良くなった女なんだけど、、この間、妊娠したって言われて……」
「…………!」
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そんな、、そんなことって……。
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潤一がマイホームパパになど、なれるはずがなかった。そんなこと、誰よりもよく知っていたはずなのに……。
潤一がむこうで浮気をしていたことには、なんとなく気づいてはいた。だけど、二度もこんなことって。
悠李と雪花が寝ている布団の横で突っ伏して泣いた。
しばらくすると潤一が部屋に入ってきた。
うつ伏せで泣いている私の横に腰をおろした。
「彩矢、俺は離婚はしたくないって思ってる。だけど、ジェニファーには堕ろせとは言えなくて、、だから、認知はするつもりだ。おまえが許せないなら離婚するしかないけど……」
「だから、……だから佐野さんのところへ行って欲しいってことだったのね。私たちの関係を勝手に誤解して怒り狂っていたくせに、今度は自分の都合で佐野さんとよりを戻せって言うのね!」
そんな風に自己分析しながら言っているうちに、猛烈な怒りが沸きおこった。
「違う! 別に佐野のところへ行けとは言ってない。ただ、おまえが俺を許せなくて離婚するなら、俺はジェニファーと結婚しようと思っている。それを話しに帰ってきたんだ」
「何度も、何度もよく同じことが言えるわねっ、莉子ちゃんのことがあったばかりだっていうのに!」
悔し涙があとから、あとから、あふれて止まらない。
「莉子のことは俺だって被害者だろ。俺は騙されてたんだから……」
「浮気をしていたことに変わりないわ。莉子ちゃんの方があなたなんかより、ずっとかわいそうだわ!」
「だから、あやまるよ。彩矢の好きなようにしてくれよ。俺は離婚したくて帰って来たわけじゃないんだから」
そう言って潤一は私の肩に手をおいた。
「さわらないで! 出てってよ!」
潤一の手を払いのけ、泣きじゃくる。
「おまえだって離婚したかったんじゃなかったのか? ロスに行く前、俺たちは離婚寸前だっただろ」
「…………。」
「とにかく、そういうことだ。俺は離婚はしたくないと思ってる。後はおまえが決めてくれ」
そう言って、潤一は部屋を出ていった。
だから、だから、遊園地になんか行ったのね。
ーー最後の、最後のお別れの前に。
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