六華 snow crystal 4

なごみ

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別れることの難しさ

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*遼介*


沙織……。


自殺したくなるほど思いつめていたのか。


搬送された病院の、救急処置室前にある長椅子に腰をおろし、手当てを受けている沙織を待っていた。


とにかく命だけは助かって欲しい。


呼吸はちゃんとしていたようだったけれど。


低血糖の状態が長時間続いていたとすれば、脳へのダメージが心配だ。


あの若さで寝たきりになどなってしまったら、一体どうすればいいのだろう。


彩矢ちゃんへの気持ちと、悠李が俺の子であることを知っている沙織なら、理解してくれるだろうと甘えていた。


そう思い込もうとしていた。それは身勝手な考えだったのか。


実家は旭川だと言っていたけれど、沙織の家族のことなど聞いたこともないし、連絡先がわからない。


もう夜の七時を過ぎていて、勤め先の事務に問い合わせたところで誰も残ってはいないだろう。


橋本なら知っているかもしれないと思い、連絡をしてみた。






『えっ、沙織さんが自殺!』


当然、橋本もひどく衝撃を受けたようだった。


沙織をひどい目に合わせてしまった後ろめたさで萎縮した。



「俺の配慮が足りなくて……。さっきアパートへ帰ったら、沙織が俺のベッドで昏睡状態だったんだ。インシュリンを打ったらしくて。救急車で○○総合病院に運ばれたんだけど、家族の連絡先がわからないんだ。橋本ならなにか知ってるかなと思って……」


『沙織さんは大丈夫なんですか!?』


「今処置室で治療を受けている。ドクターからはまだ聞いてないからなんとも言えないんだけど……」


『……わかりました。事務の渡辺さんに電話して聞いてみます。わかったら折り返し電話しますから』


「ありがとう。頼むよ、じゃあ後で」






真っ青になってガタガタと震えていた彩矢ちゃんは大丈夫だろうか……。


あの状況では沙織のことが第一優先で、彩矢ちゃんの心配などしていられるわけもなく、一緒に救急車に乗り込んで来たけれど。


諦めていた彩矢ちゃんをやっと手に入れて、これから家族四人で暮らす見通しがついた矢先だというのに。


確かに俺は自分の幸せに酔って沙織のことなど忘れていた。


無意識に脳裏から沙織を追い出していたかもしれない。


だけど一体どうすれば良かったというのか。


どうしてやったら沙織は納得できたというんだ。


そんなに俺のやり方は間違っていたのか。もっと思いやりのある男だったら違う別れ方ができたのだろうか。


考えても仕方のない後悔をしていたら、誰もいない薄暗い病院の廊下に着信音が鳴り響いた。




橋本からだ。


『あ、今事務の渡辺さんに調べてもらって、旭川のお父さんに電話したんですけどつながらなくて。それで東京のお兄さんのほうにかけたらつながったんですが、、』


橋本はそこで言葉を詰まらせた。


「ありがとう。そうか、兄さんは東京なのか、すぐには来られないな」


『それで、沙織さんのお父さんですけど、先週くも膜下で倒れて入院中だそうです。かなり危ない状況で、医者からの説明では回復の見込みはないとのことです。なので奥さんは旭川から離れられない状況で、しかもその人は沙織さんの実のお母さんではないそうです』


「え? じゃあ、本当の母親はいないのか?」


『交通事故で亡くなっているそうで、再婚した今のお母さんとはかなり険悪だそうです。もう何年も会ってないとのことで……』


「………… そ、そうか、わかった。ありがとう。面倒かけて悪かったな、、」


『僕も今からそっちに行きます。○○総合病院ですね?  じゃあ、あとで』





父親が危篤状態だったのか。


日頃から孤独に見えていた沙織だったけれど、実際のそれは想像以上に深刻だった。


そんな沙織を俺は冷たく捨てたのか。




これから、どうすればいい?


同情で沙織とよりを戻すべきなのか?


そんなことは沙織だって望まないだろう。


………なんでいつもこうなんだよ。




” 女難の相が表れてる ,,


有紀の弟の駿太に初めて会ったとき、そんな冗談を言われて動揺したことを思い出す。


有紀と結婚して、そんな不吉な呪縛からもやっと解放されたと思っていたけれど……。


やっぱり俺の一生は、そんなふうにこれからも続いていくのだろうか。






処置室の扉が開いてストレッチャーに乗せられた沙織が出てきた。


看護師から ” 一般病棟へ入院になります ,, と言われて少し安堵する。


集中治療室でないということは、それほどの重症ではないということか。


エレベーターで五階まであがり、病室前の廊下で待っていたら、やっと面会が許されて二人部屋へ通された。


沙織は窓際のベッドへ寝かされていた。


もう一つは空きベッドだったのでホッとする。


「あとでドクターからお話がありますけど、ご家族の方ですか?」


無愛想なナースが無表情に事務的に尋ねた。


「いえ、旭川にいる父親は入院中で、東京にひとりお兄さんがいるそうなんですが……」


「あなたはどういった関係の方なんですか?」


藪にらみのナースは、詰問するように上目づかいに俺を見つめた。


「同じ職場で働いている同僚です」


「チッ 、」


あからさまに不機嫌な顔で病室を出ていった。


あれが今晩この部屋を担当するナースかと思うとため息がもれた。


沙織がどこまでもついてない女に思えて仕方がなかった。




発見したときよりは少しほおに赤みがさしているように見える。


呼吸も規則的で乱れはない。


だけど目を覚ました沙織になんて言ってあげればいいのだろう。


布団の中の沙織の手を握った。


「沙織、ごめん………。許してくれ」


目を覚ましても、幸せにしてやることなどできない自分が悲しくて泣けてくる。


スライドドアをノックする音がして、橋本が入ってきたので慌てて涙をふいた。


橋本もかなり動揺して慌てているように見えた。


「この時間は家族以外は面会できないって言われて、仕方がないから親戚ですって嘘をついてきたんですけど、まずかったですかね?」


「いや、それでいいよ。身内がいないんだから橋本が来てくれて助かった。俺ひとりで全部決めるのもどうなのかなって困ってたから」


「沙織さん、お父さんのことがよほどショックだったんだろうな……」


正体なく眠っている沙織を橋本が悲しげに見つめた。


「たった一人の身内が危篤状態だったなんてな。そんなことも知らないで、沙織とさっさと別れてしまって……」



さっきの無愛想なナースが入って来た。


「ご親戚の方なんですよね?  説明があるので来ていただいていいですか?」


ナースは橋本の顔だけ見てつっけんどんに言った。


「えっ、ぼ、僕だけですか?」


「身内の方が来られないようですから、ご親戚の方でいいとのことです」


「は、はぁ……」


橋本はかなり戸惑っていたようだったけれど、今さら嘘だと言えるはずもなく、ナースの後についていった。







ドクターからの話では、今は血糖値も安定していて特に深刻なことにはならないだろうとのことだ。


面会時間も過ぎているので、もう帰っていいと言われる。


完全看護だから泊まって付き添いなどできるわけもないけれど、沙織が目を覚ましたときにいてあげたかった。


けれどそんな見せかけの優しさなど、ないほうがいいのかもしれない。


病衣に着替えさせられた沙織の脱いだ衣類は、病室のハンガーに掛けておいた。


沙織のバッグを鍵付きのロッカーへしまい、ゴムのついた鍵は沙織の手首にかけておいた。


靴も持ってきているので、とりあえず明日退院と言われても、なんとかなるだろう。


とにかく危篤でもない限り病院に残っているわけにはいかず、不機嫌なナースに追い立てられるように、橋本と一緒に病院を後にした。







来るときは沙織と一緒に救急車に乗り込んできたので、橋本にアパートまで送ってもらった。


国道沿いの街路樹に祭りの提灯が連なって飾られていた。六月の札幌は色々なお祭りが催されていて、先週よさこいソーラン祭りで賑わっていたかと思えば、今週は札幌祭りが開催されている。


明日の土曜日は、彩矢ちゃんと子供たちを連れてお祭りに行く予定だった。


北海道神宮を参拝し、おみくじを引いたり、露店を見てまわったりを楽しみにしていた。


悠李にクジを引かせて、雪花ちゃんにはわたあめなんかを買ってあげたら、きっと喜ぶだろうなと。


そんな幸せな時間を一緒に過ごしているうちに、少しづつ仲良くなっていけそうな気がして。


そんなことを想像しながら、祭りの飾り付けがされている街の風景を助手席の窓から眺めていた。


「佐野さん、明日は僕、少し遅れて出勤してもいいですか? 沙織さんに洗面道具なんかを持っていってあげたほうがいいのかなって思って」


橋本はそんなことを考えていたのか。沙織のことが本当に心配なんだな。


「よく気がつくんだな、、俺よりも橋本のほうがずっと頼りになるな」


「沙織さんは佐野さんの方が嬉しいと思いますけどね。僕は一応親戚ってことになってるんで、朝早く行っても許されるかなと……。多分すぐに退院できるらしいですけど。ただ、自殺だから……。身体が元気になってもその後が心配だな。マンションへ一人で戻していいのかどうか……」


「そ、そうだな。沙織がよければ俺のところへ泊めてもいいけど、、どうかな?  たぶん自分のマンションへ帰るっていうだろうな。どうすればいいんだろ……」


「女性に無理に泊まれとは言えませんからね。心療内科にも連れて行ったほうがいいですよね。とにかく明日は沙織さんのところに寄ってから、出勤します」


「う、うん、じゃあ、頼むよ。俺も帰りには寄るけど、ありがとう」


橋本のような同僚がいてくれることが本当にありがたかった。






アパートへ戻り、彩矢ちゃんのことが心配で電話をかけた。一回の呼び出しですぐに彩矢ちゃんの声がした。


『さ、佐野さん……?』


「彩矢ちゃん、……沙織は大丈夫だったから。たぶん退院もすぐにできると思う……」



『……う、うん、』


彩矢ちゃんは泣いていたようだった。


「沙織、実家のお父さんがくも膜下で死にかけてるんだ。そっちのショックも大きかったんだと思う。……彩矢ちゃん、それで……俺しばらくの間、沙織についてあげたほうがいいのかなと思って」


『…うん、……』


「彩矢ちゃん、待っててくれる?   俺、必ず戻るから、……絶対に戻るから」


『うん……』


「ごめん、こんなことになってしまって。俺の考えが甘くて。……じゃあ、また連絡するから」




電話を切ったあと、どっと疲れが押し寄せた。


沙織は立ちなおれるだろうか。それはいったいどれくらいの時間がかかるのだろう。


どんなに時間をかけたところで、互いに納得し、円満に解決することなどないのだろう。


ずっと沙織の束縛から逃れられないような気がして気が滅入る。


シャワーを浴びたあと、夕食を食べていないことに気づき、バナナだけを食べて寝た。






翌朝、橋本が遅れて出勤してきた。


沙織となにかあったのか浮かない顔をしている。


「おはよう。悪かったな、朝早くから。沙織はどうだった?」


「沙織さん、明け方に病院を逃げ出してしまってて、いませんでした」


「えっ!  逃げだしたって? 」


「今朝五時ごろ病院から電話が来て、点滴を外していなくなってたって」


「それで、それで、沙織はどこに?」


「ちゃんとタクシーでマンションに帰ってました。電話に出てくれたんで連絡が取れてよかったです」


安心はしたものの、身勝手なことばかりする沙織に腹が立った。


「相変わらず勝手だな。人に心配ばかりかけて」


つい非難めいた言葉がもれる。



「自殺未遂なんてカッコ悪くて居られないって。あとで返すから入院費立て替えておいて欲しいって。だから会計は済ませて来ました。沙織さん今日は代休だそうだし、明日から普通に仕事に行くって言ってましたよ。電話ではいつもと変わらない様子だったんですけどね。でもどうなんでしょう?  本当に一人で大丈夫なのかなって、ちょっと心配で……」



「そ、そうか、俺もあとで電話してみるよ。マンションにも行ってみる。会ってはくれないかも知れないけど」


どうなんだろう……沙織はまだ死にたい気持ちでいるのだろうか?



俺と会ってくれるだろうか?







仕事を終えて沙織のマンションへ向かった。駐車場から電話をしてみたが、やはり出てはくれなかった。


だけどすぐにLINEが送られてきた。


『昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした』


他人行儀な文面に、放っておいて欲しいという沙織の気持ちを感じた。


今はそっとしておくのがいいのかも知れない。



だけど……。


まだ死にたい気持ちが残っているとしたら……


今度こそ上手くやろうなどと思っているのだとしたら。


それを思うと恐ろしくて、このまま帰る気持ちにはなれなかった。



『 沙織、俺が悪かったよ。あまりに一方的だったと反省している。今マンションの駐車場にいる。頼むから会って欲しい。来てくれるまでずっと待ってる』


送信したあと、沙織が来てくれたら一体なにをどう言うべきなのかと悩む。


とにかく沙織を死なせるわけにはいかない。


そんなことされたら、俺と彩矢ちゃんはこの先、決して幸せに暮らしていけない。





待ち続けて三時間がたち、夜の九時を過ぎていた。


来ないのは分かりきっていたけれど、ずっと待っていると言った手前もあり、帰ってしまうわけにもいかなかった。


どうせ明日は日曜で休みだ。さほど寒くもないし、車の中で寝てもいい。


だけどさすがに少し腹も空いて、なにか飲みたくなってきた。


マンションからそれほど離れていないところにコンビニが見えたので、夜も長いし、なにか口に入れるものがあったほうがいい。


車を降りて徒歩で向かった。






まっすぐにレジ横の弁当コーナーへ行ってみたが、弁当類はほぼ売り切れて、ドリアなどしか余ってなかった。


仕方なく売れ残りの梅おにぎりとスナック菓子、チーズちくわとお茶をカゴに入れた。レジで肉まんも頼み、ホカホカの肉まんを手に店をでた。


外は少し肌寒く感じられたが、吹き抜ける風は爽やかだった。


空にぼんやりと星座が光っていた。パッと見てわかるのは北斗七星くらいだ。


星空を眺めながら駐車場に戻ると、車の前に沙織が立っていた。


「さ、沙織!」


「じゃーん!  復活しましたぁ!  うふふっ」


ふざけている沙織に少し腹が立ったけれど、わざと明るくしているようにも見えて、なにか痛々しく感じられた。


「大丈夫か? 晩飯食べられたのか?」


「ご飯なんていらない。ねぇ、ドライブしようよ~」


「いいけど、まだ静かにしていたほうがいいんじゃないのか? とにかく寒いだろ、車に乗れよ」


「は~い!」


素直に助手席のドアを開けた沙織は、肩に黒の大きなボストンバッグをさげていた。


「なんだよ、その荷物?」


沙織は返事もせずに後部座席に荷物を放り込むと、助手席に座った。


「ドライブってどこに?  どこに行きたい?」


駐車場から一般道へ出て沙織に聞いた。


「うーん、そうね。……やっぱり遼ちゃんのアパートでいいわ」


アパートなら確かに沙織をずっと監視していられるから安心ではある。さっきまではそれを望んでもいた。


だけどあまりにあっけらかんとした沙織に少し不信感を覚えた。


もしかして俺たちは、沙織の策略にまんまと嵌められたのではなかろうかと……。


アパートの駐車場に着き、沙織は車を降りると慣れた調子で階段をカンカンと登っていった。







「あれっ? 歯ブラシがないわ。ねぇ、私の歯ブラシはどこやっちゃったのよ?」


洗面台で手を洗っていた沙織が怒る。


「あ、、ごめん。コンビニで買ってくるよ。他になにかいるものってあるかな?」


「別にないけど私も一緒に行く」


外へ出ると沙織が腕を組んできた。


以前、半同棲のように暮らしていたときは、こんなふうに腕を組んでコンビニへ行ったこともあった。


そのときは不快感を覚えたりはしなかったけれど……。


こんなことになってしまって本当によかったのだろうかと、後悔の気持ちが湧いてくる。


また沙織に誤解をさせるようなことになってしまったのだろうか。



コンビニで歯ブラシとカップ麺、炭酸飲料と柿の種などを買い、アパートへ戻る。




「ずっと食欲なかったのにお腹すいちゃった。遼ちゃんもカップ麺食べる? 」


キッチンで沙織はやかんを火にかけた。


「いや、俺はおにぎりと肉まんがあるからいいよ」


肉まんはすっかり冷めていて、またレンジで温めなおし、ソファに座った。


お湯を注いだカップ麺を持って沙織もソファに腰をおろした。


「蒙古タンメン食べるの久しぶりっ、」


沙織はどこまでも浮かれているように見えて、同情する気持ちが段々と薄れていく。


「沙織、言っておきたいことがある。俺は別にいい加減な気持ちでおまえと付き合っていたつもりはなかったんだ。だけど……」


「な~に、かしこまっちゃって。わかってるよ、そんなこと」


沙織は目も合わせず、すっとぼけたように話を反らせてカップ麺の蓋をはがした。


「わかって欲しいんだ、沙織。おまえのことは本当に好きだったんだよ。だけど、彩矢ちゃんは……彩矢ちゃんは俺にとっては特別なんだ。子供もいるし、申し訳ないんだけど」


「じゃあ、なぜマンションで待ってたりしたのよ? 放っておいてくれたらよかったじゃない」



沙織は無表情に割り箸をパチンと引き割ると、蒙古タンメンをすすり始めた。


「うわっ、辛っ!」


ふうふう言いながら食べている沙織に、なんとか理解できるように説明したかった。


「お父さんが倒れて状態も良くないって聞いたんだ。そんな辛いときにひどいことをしてしまって、本当に申し訳なかったよ。だから沙織が元気になれるまでは助けたいんだ。俺にできることはしたいと思ってる。だけど……俺はいずれ彩矢ちゃんと再婚するつもりだ。そのことだけはわかって欲しい」


「……わかった。じゃあ、元気になれるまではずっとここにいていいのね」


常識の通じない沙織と、ひどく無謀な取引をしてしまったような後悔に襲われた。



沙織はさほどショックも受けてないといった様子で平然とカップ麺を食べ続けた。


食べ終えた沙織は、ボストンバッグから化粧ポーチやら着替えなんかを取り出した。


「あーあ、行きたくないな。明日は日勤なの。遼ちゃんはいいなぁ、毎週日曜日お休みで」


シャワーを浴びて濡れた髪をタオルで拭いている俺に、沙織が憂鬱な顔でつぶやく。


「有給取れないのか? 体調がよくないなら休めよ」


「簡単に休んだりできないわよ。ギリギリの人数でやってるのに。ギリギリじゃないわね、全然足りない人数でやってるのよ」


「具合の悪い看護師に世話されたくないだろう、患者だって」


「看護師長とか、院長に言ってやってよ、私たちの大変さなんか、ちっともわかってくれないんだから」


「とにかく明日仕事に行くなら、もう寝たほうがいいぞ」





ベッドは沙織に使わせることにして、クローゼットから敷布団を出し、狭いリビングの空きスペースに敷いた。


「やだぁ、どうしてそっちに敷くの?  寂しいから隣で寝てよ~」


本気とも冗談とも取れないような口ぶりで沙織はふくれた。


「別々のほうがよく眠れるだろ。もう絶対に変な気なんか起こすなよ! 」


「変な気ってな~に~?  遼ちゃんを襲っちゃダメってこと?」


悪戯っぽく沙織はケタケタと笑った。


「バカ!  さっさと寝ろ!」







夜中、不意に目を覚ますと沙織が隣で寝ていた。


「沙織っ、な、なんで隣にいるんだよっ!」


ガバッとはね起きようとすると、沙織にしがみつかれた。


「お願い、隣で寝させて。怖いの、……本当に怖いの」


沙織は震えて泣いていた。


「さ、沙織……」


夜中の二時を過ぎていた。まだ眠れてなかったのか。


不自然に元気で明るすぎるとは思っていた。




やっぱり無理をしていたのか、沙織……。


涙をふいてあげ、沙織をきつく抱きしめた。


同情なのか愛おしさなのか、よく分からない感情が押し寄せる。




本当に別れられるだろうか、沙織と……。






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