六華 snow crystal 5

なごみ

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第1章

話しの食い違い

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「ただいま~ 」


今日はバイトが休みなのか、珍しくリビングに駿太がいた。ソファに座ってテレビを見ながら、プラ容器に入った牛丼を食べていた。


なに食わぬ顔をして、抱っこした美冬とリビングに入った。


「あら、美冬。やっと帰ってきてくれたの」


母も何事もなかったかのようにソファから立ち上がると、抱っこ紐からはずした美冬を受けとってくれた。


父だけが難しい顔をして、キッチンのテーブルにひろげた教材か何かの資料を見ていた。



「ねぇ、聞いて!  今日ね、美冬歩けるようになったのよ!」


リビングになんとなく漂っている悲愴感を吹き飛ばすように明るく言った。


「そうなの、よかったわね。もう一歳だもんね」


母がおぶり紐からはずして立たせると、美冬はまたよちよちと歩きはじめた。


「あら、ほんとだ。美冬、上手ねぇ!」


気をとり直したように、母は微笑んだ。



「それで?  ねーちゃんは結局どーすんだよ? 再婚するの? しねえの? 」


空気の読めない駿太が、テレビを観ながら平然と言ってのける。


「昨日の朝、ねーちゃんに会いに来てたぜ。なかなかイケメンの婚約者じゃないか。いないって言ったら、浮かない顔して帰って行ったけどな。どうしたんだよ、喧嘩でもしたのか?」


修二さん、会いに来たんだ。


……奥さんがいるのに、なにしに来たの? 今さらなにが言いたいの?



「駿太、おまえはなにも知らないんだ。余計なことを言うな」


父は資料から目を離さずに駿太を叱った。


「知らないってなにがだよ。なんかヤバい相手なのか?」


「いいから駿太はご飯食べたら、自分の部屋へ行って」


慌てたようにそう言った母は珍しくオタオタしていた。



部屋の空気が一気に重くなった。


ひとり楽しげによちよちと歩いていた美冬も、あくびをして目をこすった。


「先に美冬を寝かせて来るわ」


美冬を抱き上げ、となりの和室へ向かった。


父と母はもう知っているのだろうか?   


もしかしたらお母様からお詫びの電話でもあって、一部始終を聞かされたのかもしれない。


修二さんも嘘をつくことに苦しんだかもしれないけれど、結果的には結婚詐欺に遭っていたようなものだ。


なんだか、とっても惨め。


美冬をパジャマに着替えさせ、添い寝をしてあげたら、疲れていたのかすぐに寝息をたてた。


憂鬱な気分で起きあがり、リビングへ戻った。


父と母にまた要らぬ心配をかけてしまったことが悔やまれる。


駿太は母の言いつけに素直に従ったようで、リビングにいなかった。




神妙な面持ちでソファに腰掛けている、両親のとなりにすわった。


「余計な心配かけちゃってごめんなさい。でも大丈夫よ。はじめから私、シングルマザーで平気って思ってたから」


精一杯のつよがりは、よけい惨めに見えたかも知れない。


「やっぱり、許せないの?  騙されていたこと」


母は顔もあげずにポツリとつぶやく。


「私に修二さんは無理だってわかったからいいわ。独身の頃から女性関係の絶えない人だったから。だから結婚しなくてよかったの。浮気夫なんかに悩まされたくないもの」


修二さんがそんな人だったかどうか、本当のところはよくわからない。だけど今はそう思いたかった。


「そんなに不誠実な人には見えなかったけど。わざわざお詫びに来てくださって、結婚していた理由もちゃんと話してくれたのよ」


母は修二さんを擁護するように言った。


「そうね、修二さんは不誠実というよりは、優柔不断ね。優しいからうまく断れないの。だけど、そういう態度が一番よくないでしょう。これ以上、振りまわされなくて済んだからよかったわ。お父さんとお母さんももう忘れて。わたし明日からまた仕事を探すわ。美冬は託児所にも慣れてるから平気よ」


みじめな気持ちを悟られないように、サバサバと言ってはみたけれど……。


「でも、修二さんは美冬のお父さんなんだし……。あなたにはひどいことをしたってとても後悔していたわ。だけどそれは後遺症のせいでもあったんでしょう? 」


女性ウケする修二さんは、母の心までつかんでしまったのだろうか。


「いくら過去に後遺症があったとしても、未だに不誠実であることに変わりない。修二君との結婚には反対だな。有紀に未練がないなら、無理に再婚することもないだろう」


父の不信感と憤りは、寛容すぎる母とは対照的だった。


私に結婚するつもりのないことを知って、ホッとしているように感じられた。


「だけど、やっばり美冬が可哀想だわ」


かなり不満げに母はつぶやく。


「有紀が大丈夫だと言ってるんだ。君が責任を取れるわけではない。余計な口出しはしないことだな」


父は真っ向から母の意見に反対した。


「有紀、美冬のこともよく考えてあげたほうがいいと思うの。実の父親じゃないなら、お母さんだって無理に勧めたりはしないけど……」



身勝手なことを言う母が信じられない。


「修二さんはもう結婚してるのよ。いくら美冬のためだって、人の家庭をこわすなんてこと出来ないでしょ!」


わが子と孫の幸せのためなら、他人はどうなろうとかまわないと言うのか。

 

「えっ、だって奥さんは美冬のお誕生日に亡くなったんでしょう?  癌で余命宣告されてたって聞いたけど」


余命宣告?  


あの知佳さんが?


どうせ嘘をつくなら、もっと信憑性のありそうなことを言ったらいいのに。


「なに言ってるの。修二さんの奥さんはいたって健康な人よ。ヨガのインストラクターをしてるの。殺されたって死なないくらい元気だわ」


母はなにか勘違いしているのかもしれない。それとも修二さんが、苦しまぎれの嘘でもついたのか。


「おかしいわね。どう言うことなのかしら?  でも、間違いなくそう聞いたわよ」


「そんなことはどっちだっていいだろう。再婚相手としてどうなのかという話をしているんだ。有紀が将来うまくやっていけそうもない相手だと判断したんだろう。美冬のことはそんなに心配することはない。駿太も来年には大学を卒業するし、金銭的な援助くらいはしてやれる」


父は断固として反対なのだろう。


「お父さん、大丈夫よ。わたし、節約は得意だもの。美冬一人くらい大学まで行かせてあげられるわ」


ずっと頑張って働いてきた両親には、定年後、楽しく過ごしてもらいたい。


「作家だかなんだか知らんが、まともに働けもしないろくでもない亭主など、いないほうがマシだ!」


吐き捨てるように言った父の言葉が、グサリと胸に刺さった。


私の説明も悪かったけど、修二さんはそんなにひどい人じゃない……。


早く忘れたくて、修二さんを無理やり悪者に仕立ててしまったけれど。


だって、そうでもしないと辛いんだもの。

 

修二さんなんか、最低の修二さんなんかもう嫌いなんだから……。







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