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これからのこと
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母の作った親子丼は、味が薄いうえに卵に火が通り過ぎていて、お世辞にも美味しいとは言えなかった。食欲がなかったせいもあり、食べきるのに難儀した。
それでも母が、妊婦であるわたしの身体を気遣ってくれたのだと思うと、なんとも言えない暖かさを感じた。
わたしにとって、たった一人の肉親。
押し黙ったままの夕食だったけれど、食べ終えた母が口を開いた。
「彼と会って来たの?」
「ううん、ハローワークに行ってたのよ。でも、これから生まれることを考えると、仕事を見つけるのは難しいわね」
深刻に聞こえないように、淡々と語った。
「彼に言ったほうがいいわ。あの彼なら結婚しないにしても、親身に考えてくれるわよ」
一般的に母の言うことに間違いはない。だけど、すがりつくようなマネはしたくないのだ。
「そうね。聡太くんなら放っておけないと思うわ。だからわたしは嫌なの。彼を子どもで縛りたくない」
気持ちの離れた彼に養育費を要求するなんて、惨めすぎる。
「美穂、あなたはそれでいいかも知れないけど、子どもが可哀想だわ。水商売でも始める気?」
「バカにしないで! わたしはずっと極貧の生活をして来たのよ。働きもしない飲んだくれと父と一緒だったから。あの生活より酷いことになんてならないわよ!」
「……… 」
見捨てた話を持ち出された母は口を閉ざすより他ない。うな垂れたまま食べ終えた食器を洗い終えると、スゴスゴと自分の部屋へ入っていった。
今さら母に過去を責めたところで、どうなるものでもないのに。
母が心配するのは当たり前なのだ。
わたし自身、どんな仕事について良いのか、少しも分からずにいるのだから。
リビングに敷いた布団に寝転び、スマホで短期のアルバイトを検索してみた。
お腹が大きくなるまで少しでも働いて貯金をしておかないと。わたしには悪阻《つわり》ごときで寝込んでいる余裕などないのだ。
飲食店員、ポスティング、ラベル貼り、テレフォンアポインターなどなど。時給は900~1200円。
時給3000円以上は、ほぼ水商売と言われるもの。口下手でオドオドしてしまうわたしには、所詮《しょせん》無理な世界だ。
それでも他の職種より3倍以上の時給だと思うと、その世界に飛び込んでみたい気持ちはぬぐえない。子どもが寝入った夜なら、あとは母に留守を頼んで仕事に出られるような気もする。
それなら多少寝不足でも、日中は子どもとずっといられるわけだ。寂しい思いをさせずにすむ。
フロアレディとキャバクラ嬢の違いってなんだろう。ホステスさんは身体を触られたりしなくて済むのだろうか。
やれもしない職種についてアレコレ考えてみても仕方がない。不器用なわたしは地道にコツコツ稼ぐしかないのだ。
とにかく明日は産婦人科に行き、本当に妊娠しているのか確認する。母子手帳の交付手続きも必要かも知れない。
仕事も決まってなく、頼れる親もないのに子どもを産もうとしているわたしは、弱そうに見えて、実はかなりの強者《つわもの》かも知れない。極度の貧困がわたしを強くしたのだろうか。
何があっても、この子を産んでみせる。
もうすぐ三月も終わる。
正社員じゃなくても、出来るなら年度始めの四月一日《いっぴ》から働きたい。
昨日ネットで応募したバイト先から電話があった。自宅にいる障害者さんの訪問介護なのだけれど、夜21時から朝7時まで10時間の勤務。無資格でも時給が1700円と驚くほど高い。身体を拭いたり、痰を吸引したり、身のまわりの世話するらしい。
明日講習会があると言うので、それを見て判断しようと思う。無理そうならそのまま面接をせずに帰って良いとのこと。
身障者さんを車椅子に乗せたり、またベッドへ移動させたりするのはかなりの重労働だ。お腹の子のことを思うと、あまり重いものは持たない方がいい。
でも、夜間1日で17000円になる。
ということは、たった十日で17万円だ。
それが本当なら、パートでも十分な収入と言える。
そんな美味しい話が簡単にあるわけがない。多分、想像以上にハードな仕事なのだと思う。
とにかく明日の講習会に参加してみよう。決めるのはそれからでいい。
午後、スーパーに買い出しに行った。
スーパーでお肉や卵、ヨーグルトなどを買い込み、いつも安売りしている八百屋さんにも寄る。ちょっと萎れかけたニラが3束で100円、五個盛りのトマトが250円、曲がったキュウリが7本も入って100円だった。庶民の味方をしてくれるこういうお店は本当にありがたい。
両手に重い袋を下げてアパートへ帰ると、なぜか玄関にメンズのスニーカーが、、
えっ?
考える間もなく、リビングに通じるドアが開けられた。
「美穂さん!」
「そ、聡太くん!!」
それでも母が、妊婦であるわたしの身体を気遣ってくれたのだと思うと、なんとも言えない暖かさを感じた。
わたしにとって、たった一人の肉親。
押し黙ったままの夕食だったけれど、食べ終えた母が口を開いた。
「彼と会って来たの?」
「ううん、ハローワークに行ってたのよ。でも、これから生まれることを考えると、仕事を見つけるのは難しいわね」
深刻に聞こえないように、淡々と語った。
「彼に言ったほうがいいわ。あの彼なら結婚しないにしても、親身に考えてくれるわよ」
一般的に母の言うことに間違いはない。だけど、すがりつくようなマネはしたくないのだ。
「そうね。聡太くんなら放っておけないと思うわ。だからわたしは嫌なの。彼を子どもで縛りたくない」
気持ちの離れた彼に養育費を要求するなんて、惨めすぎる。
「美穂、あなたはそれでいいかも知れないけど、子どもが可哀想だわ。水商売でも始める気?」
「バカにしないで! わたしはずっと極貧の生活をして来たのよ。働きもしない飲んだくれと父と一緒だったから。あの生活より酷いことになんてならないわよ!」
「……… 」
見捨てた話を持ち出された母は口を閉ざすより他ない。うな垂れたまま食べ終えた食器を洗い終えると、スゴスゴと自分の部屋へ入っていった。
今さら母に過去を責めたところで、どうなるものでもないのに。
母が心配するのは当たり前なのだ。
わたし自身、どんな仕事について良いのか、少しも分からずにいるのだから。
リビングに敷いた布団に寝転び、スマホで短期のアルバイトを検索してみた。
お腹が大きくなるまで少しでも働いて貯金をしておかないと。わたしには悪阻《つわり》ごときで寝込んでいる余裕などないのだ。
飲食店員、ポスティング、ラベル貼り、テレフォンアポインターなどなど。時給は900~1200円。
時給3000円以上は、ほぼ水商売と言われるもの。口下手でオドオドしてしまうわたしには、所詮《しょせん》無理な世界だ。
それでも他の職種より3倍以上の時給だと思うと、その世界に飛び込んでみたい気持ちはぬぐえない。子どもが寝入った夜なら、あとは母に留守を頼んで仕事に出られるような気もする。
それなら多少寝不足でも、日中は子どもとずっといられるわけだ。寂しい思いをさせずにすむ。
フロアレディとキャバクラ嬢の違いってなんだろう。ホステスさんは身体を触られたりしなくて済むのだろうか。
やれもしない職種についてアレコレ考えてみても仕方がない。不器用なわたしは地道にコツコツ稼ぐしかないのだ。
とにかく明日は産婦人科に行き、本当に妊娠しているのか確認する。母子手帳の交付手続きも必要かも知れない。
仕事も決まってなく、頼れる親もないのに子どもを産もうとしているわたしは、弱そうに見えて、実はかなりの強者《つわもの》かも知れない。極度の貧困がわたしを強くしたのだろうか。
何があっても、この子を産んでみせる。
もうすぐ三月も終わる。
正社員じゃなくても、出来るなら年度始めの四月一日《いっぴ》から働きたい。
昨日ネットで応募したバイト先から電話があった。自宅にいる障害者さんの訪問介護なのだけれど、夜21時から朝7時まで10時間の勤務。無資格でも時給が1700円と驚くほど高い。身体を拭いたり、痰を吸引したり、身のまわりの世話するらしい。
明日講習会があると言うので、それを見て判断しようと思う。無理そうならそのまま面接をせずに帰って良いとのこと。
身障者さんを車椅子に乗せたり、またベッドへ移動させたりするのはかなりの重労働だ。お腹の子のことを思うと、あまり重いものは持たない方がいい。
でも、夜間1日で17000円になる。
ということは、たった十日で17万円だ。
それが本当なら、パートでも十分な収入と言える。
そんな美味しい話が簡単にあるわけがない。多分、想像以上にハードな仕事なのだと思う。
とにかく明日の講習会に参加してみよう。決めるのはそれからでいい。
午後、スーパーに買い出しに行った。
スーパーでお肉や卵、ヨーグルトなどを買い込み、いつも安売りしている八百屋さんにも寄る。ちょっと萎れかけたニラが3束で100円、五個盛りのトマトが250円、曲がったキュウリが7本も入って100円だった。庶民の味方をしてくれるこういうお店は本当にありがたい。
両手に重い袋を下げてアパートへ帰ると、なぜか玄関にメンズのスニーカーが、、
えっ?
考える間もなく、リビングに通じるドアが開けられた。
「美穂さん!」
「そ、聡太くん!!」
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