六華 snow crystal 8

なごみ

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これからのこと

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母の作った親子丼は、味が薄いうえに卵に火が通り過ぎていて、お世辞にも美味しいとは言えなかった。食欲がなかったせいもあり、食べきるのに難儀した。


それでも母が、妊婦であるわたしの身体を気遣ってくれたのだと思うと、なんとも言えない暖かさを感じた。


わたしにとって、たった一人の肉親。


押し黙ったままの夕食だったけれど、食べ終えた母が口を開いた。


「彼と会って来たの?」


「ううん、ハローワークに行ってたのよ。でも、これから生まれることを考えると、仕事を見つけるのは難しいわね」


深刻に聞こえないように、淡々と語った。


「彼に言ったほうがいいわ。あの彼なら結婚しないにしても、親身に考えてくれるわよ」


一般的に母の言うことに間違いはない。だけど、すがりつくようなマネはしたくないのだ。


「そうね。聡太くんなら放っておけないと思うわ。だからわたしは嫌なの。彼を子どもで縛りたくない」


気持ちの離れた彼に養育費を要求するなんて、惨めすぎる。







「美穂、あなたはそれでいいかも知れないけど、子どもが可哀想だわ。水商売でも始める気?」


「バカにしないで!  わたしはずっと極貧の生活をして来たのよ。働きもしない飲んだくれと父と一緒だったから。あの生活より酷いことになんてならないわよ!」


「……… 」


見捨てた話を持ち出された母は口を閉ざすより他ない。うな垂れたまま食べ終えた食器を洗い終えると、スゴスゴと自分の部屋へ入っていった。


今さら母に過去を責めたところで、どうなるものでもないのに。


母が心配するのは当たり前なのだ。


わたし自身、どんな仕事について良いのか、少しも分からずにいるのだから。








リビングに敷いた布団に寝転び、スマホで短期のアルバイトを検索してみた。


お腹が大きくなるまで少しでも働いて貯金をしておかないと。わたしには悪阻《つわり》ごときで寝込んでいる余裕などないのだ。


飲食店員、ポスティング、ラベル貼り、テレフォンアポインターなどなど。時給は900~1200円。


時給3000円以上は、ほぼ水商売と言われるもの。口下手でオドオドしてしまうわたしには、所詮《しょせん》無理な世界だ。


それでも他の職種より3倍以上の時給だと思うと、その世界に飛び込んでみたい気持ちはぬぐえない。子どもが寝入った夜なら、あとは母に留守を頼んで仕事に出られるような気もする。


それなら多少寝不足でも、日中は子どもとずっといられるわけだ。寂しい思いをさせずにすむ。


フロアレディとキャバクラ嬢の違いってなんだろう。ホステスさんは身体を触られたりしなくて済むのだろうか。


やれもしない職種についてアレコレ考えてみても仕方がない。不器用なわたしは地道にコツコツ稼ぐしかないのだ。


とにかく明日は産婦人科に行き、本当に妊娠しているのか確認する。母子手帳の交付手続きも必要かも知れない。


仕事も決まってなく、頼れる親もないのに子どもを産もうとしているわたしは、弱そうに見えて、実はかなりの強者《つわもの》かも知れない。極度の貧困がわたしを強くしたのだろうか。


何があっても、この子を産んでみせる。







もうすぐ三月も終わる。


正社員じゃなくても、出来るなら年度始めの四月一日《いっぴ》から働きたい。


昨日ネットで応募したバイト先から電話があった。自宅にいる障害者さんの訪問介護なのだけれど、夜21時から朝7時まで10時間の勤務。無資格でも時給が1700円と驚くほど高い。身体を拭いたり、痰を吸引したり、身のまわりの世話するらしい。


明日講習会があると言うので、それを見て判断しようと思う。無理そうならそのまま面接をせずに帰って良いとのこと。


身障者さんを車椅子に乗せたり、またベッドへ移動させたりするのはかなりの重労働だ。お腹の子のことを思うと、あまり重いものは持たない方がいい。


でも、夜間1日で17000円になる。


ということは、たった十日で17万円だ。
それが本当なら、パートでも十分な収入と言える。


そんな美味しい話が簡単にあるわけがない。多分、想像以上にハードな仕事なのだと思う。


とにかく明日の講習会に参加してみよう。決めるのはそれからでいい。



午後、スーパーに買い出しに行った。


スーパーでお肉や卵、ヨーグルトなどを買い込み、いつも安売りしている八百屋さんにも寄る。ちょっと萎れかけたニラが3束で100円、五個盛りのトマトが250円、曲がったキュウリが7本も入って100円だった。庶民の味方をしてくれるこういうお店は本当にありがたい。


両手に重い袋を下げてアパートへ帰ると、なぜか玄関にメンズのスニーカーが、、


えっ?


考える間もなく、リビングに通じるドアが開けられた。



「美穂さん!」



「そ、聡太くん!!」
















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