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5 side アレシュ・ハインズ 前編
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書類整理がひと段落し、そろそろ休憩でもと思った矢先、『暗緑の森』に見慣れない生体反応が見られた。
『暗緑の森』はその名の通り、薄暗い暗緑色の木々で構成された森だ。そこにいる魔物も強いため、腕試しをしようとする馬鹿か、余程のことでない限り魔族でさえも近寄らない。
何がいるのか疑問に思いながら、近くにかけてあったローブに袖を通す。
出かける旨を適当な紙に書いて机上に置き、俺はテラスから飛び降りた。
「森の様子がおかしいな。」
森は、とても生き生きとしているように感じられた。いつもは暗くジメジメとしているのに、この日はいやに明るい色の葉が目立つ。
俺は辺りに注意を払いながら、森の中心部へと歩いていった。
「やはりおかしい。」
途中から魔物の姿を全く見なくなったのだ。普通、奥に進むにつれ魔物との遭遇率は高くなる。
無意識のうちに''威圧''を発しているのかと確認するが、その様子はない。
気味の悪い漠然とした不安に眉をひそめながら、再び歩きだそうとしたその時、何者かに背後からローブを引っ張られた。
敵襲か、と攻撃魔法を発動させながら振り返れば、そこに居たのは小さな子供だった。
目が合った、そう思った瞬間子供はその場に崩れ落ちた。
「何故こんな所に人間の子供が…。」
服から伸びる四肢はやせ細り、足に関しては、切り傷や擦り傷があちこちにあって痛々しい。おそらくその小さな体で森を歩き回ったのだろう。
念の為に拘束の魔法をかけ、子供に近寄る。力尽きて眠っているようだ。それでも、俺のローブをしっかりと握っているところを見ると、必死に生きようとしているのだろう。
魔力を開放して、この森全体を探索しても、この子以外に人間の反応はない。
「捨てられたのか…。」
態々魔族領の森に赴いて子供を捨てるなんて、人間はなんて残酷なんだろう。
そう思わずにはいられなかった。
「…すまない。」
それでも、俺は魔族を統べる者として人間の子を生かしておくわけにはいかない。魔族は人間の敵なのだから。
せめて苦しまず逝けるように、大きめの氷の刃を出現させ、その細い首に当てる。
「っ…」
力を込め用とした時、先程の子供の顔が浮かんだ。俺を見つけて心底ほっとしたような安心しきった顔。そしてなにより、生への執着で満ち満ちていた瞳。
今まで、数え切れないほどの命を奪ってきた。老若男女問わず、村ひとつを壊滅に追い込んだことさえあった。
それなのに、どうしても手に力を込めることが出来なかった。目の前の必死に生きようとする小さな命を奪うことが出来なかった。
「俺も落ちぶれたな。」
自嘲気味の声が森に響いた。
この子供が人間が仕掛けた罠だって可能性も充分ある。もしそうだった場合は、この子が黒だと判明した時に殺せばいい。
そう自分に言い訳して、子供をそっと抱き上げた。子供は左手に俺のローブ、右手には木の枝を握っていた。
安全な場所に運び、体が痛くならないようローブでぐるぐる巻きにして、地面に下ろす。
「いい加減出てきたらどうだ。」
歩いている最中もずっと感じていた視線。悪意が感じられなかったため、無視していたが、結局洞窟までその視線は消えなかった。
''威圧''を纏って振り向けば、そこに居たのは魔物のシマリリスだった。
小さな体をプルプルと震わせながら、岩陰から顔を出していた。
「珍しいこともあるもんだ。」
シマリリスは臆病な魔物で、基本的に姿を現すことは無い。ましてや、目の前の魔物はシマリリスの上位種だ。白地に水色の縦縞模様の一般的な種よりも知能が高いから、自ら俺の前に姿を現すなんて考えられない。
そいつは、俺と子供を交互に見比べていた。
「お前、この子供に恩でもあるのか?」
ふざけ半分で聞いてみれば、奴はコクリと頷いた。こちらの言葉を理解出来るほどには知能が高いらしい。
「なら、俺が飯作っている間見張っててくれ。」
シマリリスはキュッ、と一声鳴いて、子供の顔の傍で丸くなった。
洞窟が視界に入る範囲で獲物を狩って、簡単な飯を作る。あの様子じゃあ何も食べていないだろうし、軽めのものの方がいいか。
先程倒したグリシシの出汁に使うところ以外は、亜空間に放り投げる。持ち帰れば、食材の足しになる。頭にやたらでかいコブがあったが、どこかでぶつけたのだろうか。
丁度飯が出来上がった頃、洞窟の中から動く気配を感じた。
顔を覗かせてみれば、案の定子供は起きていた。眠っている段階で整った顔立ちだとは思っていたが、まさかここまで可愛らしいとは思わなかった。
ますますこの子供を捨てた人間の気持ちが理解できない。
「起きたか?」
声をかけてやれば、子供はぽかん、と口を半開きにして何故か手を合わせていた。
その間抜け面がおかしくて、笑いそうになる。
「気分はどうだ?」
再度呼びかけるが、子供は言葉が理解できないとでも言いたげに首を傾げるだけだった。
言葉が通じないのか?
まさか、と思い子供の額に自分のそれを当て、呪文を唱える。
「【透視】」
【透視】を使って子供の記憶を覗き、俺は唖然とした。記憶がこの森で目覚めたところから始まっているのだ。記憶喪失の者であっても、脳内に刻まれた記憶は残っている。
そんなことが有り得るのか、と内心動揺しながら子供に直接尋ねるべく、他の魔法をかける。
「【通訳】
これでわかるか?」
どうやら術は成功したようで、子供は不思議そうに辺りを見渡していた。
質問したいのは山々だったが、子供の腹が空腹を猛烈に訴えていたのでとりあえず飯にしようと思う。
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明日の11時に後編投稿します
『暗緑の森』はその名の通り、薄暗い暗緑色の木々で構成された森だ。そこにいる魔物も強いため、腕試しをしようとする馬鹿か、余程のことでない限り魔族でさえも近寄らない。
何がいるのか疑問に思いながら、近くにかけてあったローブに袖を通す。
出かける旨を適当な紙に書いて机上に置き、俺はテラスから飛び降りた。
「森の様子がおかしいな。」
森は、とても生き生きとしているように感じられた。いつもは暗くジメジメとしているのに、この日はいやに明るい色の葉が目立つ。
俺は辺りに注意を払いながら、森の中心部へと歩いていった。
「やはりおかしい。」
途中から魔物の姿を全く見なくなったのだ。普通、奥に進むにつれ魔物との遭遇率は高くなる。
無意識のうちに''威圧''を発しているのかと確認するが、その様子はない。
気味の悪い漠然とした不安に眉をひそめながら、再び歩きだそうとしたその時、何者かに背後からローブを引っ張られた。
敵襲か、と攻撃魔法を発動させながら振り返れば、そこに居たのは小さな子供だった。
目が合った、そう思った瞬間子供はその場に崩れ落ちた。
「何故こんな所に人間の子供が…。」
服から伸びる四肢はやせ細り、足に関しては、切り傷や擦り傷があちこちにあって痛々しい。おそらくその小さな体で森を歩き回ったのだろう。
念の為に拘束の魔法をかけ、子供に近寄る。力尽きて眠っているようだ。それでも、俺のローブをしっかりと握っているところを見ると、必死に生きようとしているのだろう。
魔力を開放して、この森全体を探索しても、この子以外に人間の反応はない。
「捨てられたのか…。」
態々魔族領の森に赴いて子供を捨てるなんて、人間はなんて残酷なんだろう。
そう思わずにはいられなかった。
「…すまない。」
それでも、俺は魔族を統べる者として人間の子を生かしておくわけにはいかない。魔族は人間の敵なのだから。
せめて苦しまず逝けるように、大きめの氷の刃を出現させ、その細い首に当てる。
「っ…」
力を込め用とした時、先程の子供の顔が浮かんだ。俺を見つけて心底ほっとしたような安心しきった顔。そしてなにより、生への執着で満ち満ちていた瞳。
今まで、数え切れないほどの命を奪ってきた。老若男女問わず、村ひとつを壊滅に追い込んだことさえあった。
それなのに、どうしても手に力を込めることが出来なかった。目の前の必死に生きようとする小さな命を奪うことが出来なかった。
「俺も落ちぶれたな。」
自嘲気味の声が森に響いた。
この子供が人間が仕掛けた罠だって可能性も充分ある。もしそうだった場合は、この子が黒だと判明した時に殺せばいい。
そう自分に言い訳して、子供をそっと抱き上げた。子供は左手に俺のローブ、右手には木の枝を握っていた。
安全な場所に運び、体が痛くならないようローブでぐるぐる巻きにして、地面に下ろす。
「いい加減出てきたらどうだ。」
歩いている最中もずっと感じていた視線。悪意が感じられなかったため、無視していたが、結局洞窟までその視線は消えなかった。
''威圧''を纏って振り向けば、そこに居たのは魔物のシマリリスだった。
小さな体をプルプルと震わせながら、岩陰から顔を出していた。
「珍しいこともあるもんだ。」
シマリリスは臆病な魔物で、基本的に姿を現すことは無い。ましてや、目の前の魔物はシマリリスの上位種だ。白地に水色の縦縞模様の一般的な種よりも知能が高いから、自ら俺の前に姿を現すなんて考えられない。
そいつは、俺と子供を交互に見比べていた。
「お前、この子供に恩でもあるのか?」
ふざけ半分で聞いてみれば、奴はコクリと頷いた。こちらの言葉を理解出来るほどには知能が高いらしい。
「なら、俺が飯作っている間見張っててくれ。」
シマリリスはキュッ、と一声鳴いて、子供の顔の傍で丸くなった。
洞窟が視界に入る範囲で獲物を狩って、簡単な飯を作る。あの様子じゃあ何も食べていないだろうし、軽めのものの方がいいか。
先程倒したグリシシの出汁に使うところ以外は、亜空間に放り投げる。持ち帰れば、食材の足しになる。頭にやたらでかいコブがあったが、どこかでぶつけたのだろうか。
丁度飯が出来上がった頃、洞窟の中から動く気配を感じた。
顔を覗かせてみれば、案の定子供は起きていた。眠っている段階で整った顔立ちだとは思っていたが、まさかここまで可愛らしいとは思わなかった。
ますますこの子供を捨てた人間の気持ちが理解できない。
「起きたか?」
声をかけてやれば、子供はぽかん、と口を半開きにして何故か手を合わせていた。
その間抜け面がおかしくて、笑いそうになる。
「気分はどうだ?」
再度呼びかけるが、子供は言葉が理解できないとでも言いたげに首を傾げるだけだった。
言葉が通じないのか?
まさか、と思い子供の額に自分のそれを当て、呪文を唱える。
「【透視】」
【透視】を使って子供の記憶を覗き、俺は唖然とした。記憶がこの森で目覚めたところから始まっているのだ。記憶喪失の者であっても、脳内に刻まれた記憶は残っている。
そんなことが有り得るのか、と内心動揺しながら子供に直接尋ねるべく、他の魔法をかける。
「【通訳】
これでわかるか?」
どうやら術は成功したようで、子供は不思議そうに辺りを見渡していた。
質問したいのは山々だったが、子供の腹が空腹を猛烈に訴えていたのでとりあえず飯にしようと思う。
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明日の11時に後編投稿します
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