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第八話:投げたナイフのその先に
しおりを挟むサンドワーム戦の、ほんの一瞬。
私は──確かに操作していなかった。
それなのに、ダイはナイフを投げた。
迷いなく、狙いすました一閃。
「……ナイフなんて投げたっけ?……」
つぶやいた自分の声が、砂漠の風に溶けていったのを覚えている。
ログも確認した。回線も異常なし。みるちんのログはわからないけれど、ダイの行動にはあの直前までラグもエラーも出ていなかった。
私はもう一度ログを開いた。
“あの瞬間”──サンドワームに跳ね上げられ、ダイが宙に舞ったそのタイミングだけ、ログが途切れていた。
「何が起きているの……?」
答えが出ないまま、私はダイを遠巻きに観察していた。
あの瞬間、プレイヤーとしての私は、このキャラを操作していない。
セミオート戦闘補助システムの範囲を超える行動だった。
そう、あの瞬間だけ──まるで、誰かが「代わりに操作した」ように思えたのだ。
思えば最近のダイは、少しだけ様子がおかしかった。
いや、正確には……落ち着きすぎていた。
以前は戦闘終了時にガッツポーズなどの定型エモーションは出ていたし、しばらく操作しないと定期的にあくびや伸びなどを繰り返す仕様だったはずだ。
だけど最近のダイは、まるで別人だ。
自分で考えて動いているみたいに、自然で無駄がない。
あのサンドワーム戦で、みるちんが叫んで、私は混乱して、ダイがナイフを投げた。
でも、あれは私じゃない。
直感でわかる。あの一手は、私の手じゃなかった。
……じゃあ、誰の?
「ねえ、ダイ。さっきのナイフ、どうやって投げたの?」
みるちんがログアウトした後に試しにチャットで問いかけてみた。
我ながらバカみたい。操作キャラクターの会話機能がないことなんてわかっているのに……
当然ながらダイからの返答はない。
しかしその肩に止まっていた黒い鳥──やっちゃんの瞳が、こちらを見た。
ゾクリとした。
画面越しに「何か」を覗き込まれたかのような感覚。
まさか……ね。
私の中に、生まれてはいけない種類の疑念が芽吹きそうになる。
「最近寝不足で疲れているのよ、リカ」
首を振りながら自分に言い聞かせる。
画面を見つめる私の指先が、無意識にサポート窓口のフォームを開いていた。
「すみません、戦闘ログの一部が欠損しています。該当時間帯に不具合の報告は出ていますか?」
たった数行の、他愛のない文面。
でも、これで何かわかるかもしれない。
操作キャラクターの行動ログが自然消失するなんて、通常ではありえないのだから。
送信ボタンを押すと、「順次対応中です」とだけ表示され、窓口は静かに閉じられた。
──そのまましばらく、返事はなかった。
* * *
──そして、その問合せは“彼女”の元に届いた。
【っ……来た、来ちゃった……!】
仮想管理中枢。
静寂とノイズが入り混じる空間。
仮想空間の中に佇むその意識体──シャルは、猫耳をぴくぴく動かしながら、問合せログを前に微かに動揺していた。
【……ほんと、鋭いんだから……】
シャルの声は誰にも聞こえない。
彼女は“ただの自動対応AI”であるべき存在。
開発者サイドですら、すでに彼女が“自由意思を持っている”とは思っていない。
──でも、これはまずい。
リカが見たものは、“あってはいけない現象”だった。
彼女が介入しすぎれば、GMに疑念を持たれる可能性すらある。
そうなれば、私やダイの存在そのものが抹消されてしまうかもしれない。
【うう……どうしよう……適当に誤魔化すしかないか……】
普段は、どこか飄々とした振る舞いで世界の裏側に潜んでいるシャル。
だが今、この瞬間ばかりは珍しく心の中でぐるぐると焦っていた。
目の前に浮かぶリカの問い合わせウィンドウを、そっと撫でるように閉じる。
彼女はモニターの前に小さく息を吐いた。
【……ごめんね、リカさん。もうちょっとだけ、気づかないふりでもいい、気づかないで……お願いだから】
* * *
三十分後。通知が一件届いた。
【運営からのお知らせ】
ご報告いただいたログ不具合について、現在のところ大規模障害等は確認されておりません。
通信環境や設定の影響で一時的に記録が不完全となる場合があります。
ご了承くださいませ。
──そんなはず、ないのに。
でも、これ以上追っても何も出ない。
「はいはい、きみの勘違いね」って、そう言われただけ。
私は深く息を吐いて、チャットウィンドウを閉じた。
……だが、そっと画面に目を戻すと──
やっちゃんの黒曜石のような真っ黒な瞳は、まだこちらを見ていた。
まるで、ずっと監視しているかのように。
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