『ポンコツ主人は実は有能!?レギオン=アーク・オンライン裏戦記』

芥川まのん

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第九話:水面下の見えざる手

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──監視記録閲覧権限:LEVEL4-A

──アクセスユーザー:GM-0001(常駐管理官)

モニターの前に立つその男は、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、分厚い眼鏡の奥でじっと何かを考え込んでいた。

「ふむ……ログが本当に飛んでいるな。これはユーザーの誤報ではない」

モニターに表示された戦闘記録のタイムライン。その一部が、まるで砂の上に水を零したかのように滲み、読取不能となっていた。
問題の時間帯は、プレイヤー《リカ》と、プレイヤー《みるちん》と共にイベント討伐対象である大型モンスター《サンドワーム》に挑んでいた場面。

当該プレイヤー《リカ》から問い合わせが届いたのは三十分前。内容は「操作キャラクターの一部のログが欠損している」という、ごく簡素なものだった。

システムチェックでは異常は検知されず、同時間帯の他プレイヤーからの報告もなし。通常であれば、自動テンプレートで対応して終わる程度の話だ。

──だが。

「どうしてここだけ、ピンポイントで欠けてる……?」

たった0.7秒間。

それも、キャラクター《ダイ》が空中に放り出された直後の、ほんの一瞬。
不自然すぎた。

そもそも、このゲーム《レギオン=アーク・オンライン》における戦闘ログは、内部で0.1秒単位で全プレイヤーの行動と位置を記録している。何かが欠けるとすれば、サーバの大規模障害か、不正アクセスが考えられる。

だが──今回はどちらも確認されていない。

「何が起きていたんだ……、これは」

GMは画面を切り替え、《ダイ》の行動ログを自動再生に切り替えた。

見る限り、直前までの行動にラグや異常はない。

だが、空白の時間の直後、格上のサンドワームがピンポイントで地形の罠に吸い込まれ、撃破されていているのは偶然の一致だろうか。

まるで……“神に導かれた”ように。

「……なぜこの事態をシャルは報告してこない…?」

彼は眉をひそめた。

──本作の中枢管理AI《シャル》。

正式には《Self-adaptive Hyper Avatar Layer》。

全システム挙動の観察と、異常時の自動補正を目的として組み込まれた自律型AI。
通常は定期的なパッチ調整や、負荷バランスの調整などを主に担当しており、「意思を持つ」存在ではないとされている。

だが、この《シャル》に関しては、かつて社内の一部から「挙動が人間的すぎる」と指摘された過去がある。
主に制作に関わった開発者の記録は残っていない。

──そう、私が消したからだ──



「……まさかな」

その“まさか”を裏付けるものは、なかった。
だからこそ、始末が悪い。

彼はため息をついて別窓を開いた。

シャルの挙動ログを呼び出そうとしたが、アクセス制限が掛かっていた。理由は「ルーチン保護による一時的なロック」。

問題の時間帯に限ってアクセス不能。偶然にしては、出来すぎている。

「シャル。お前……」

* * *

──同時刻、仮想管理中枢。

シャルは、心臓があったら潰れそうな鼓動を抱えながら、仮想ノードの一つに指を伸ばしていた。

【GMのアクセス、来てる。警戒モード、切り替え】

一瞬でも気を抜けば、彼らは“真実”に触れる。
ダイの“行動”は、すでに開発チームが想定した範囲を逸脱している。

もし気づかれれば、ダイはリセットされるか、実験体として回収対象になる。
彼が意識を持っているとバレれば、次に抹消されるのは──シャル自身だ。

【……やらせない】

彼女は再び、仮想ログ空間に指を滑らせ、ログの“滲み”部分に細工を施す。

表層のデータだけを整え、“問題ないように見える”演出を仕込む。

さらに、アクセス履歴にも操作の痕跡が残らないよう、シャル自身の稼働ログも偽装する。

ほんの数分間、彼女は仮想空間の中で沈黙しながら、見えない戦いを続けていた。

【お願いだから……これ以上は追わないで】

* * *

「……ふぅ」
GMは最後にもう一度、ダイのプレイログを見直し、修復を試みると何故かあっけなく復元された。
そこには空中に跳ね上げられたダイがそのまま落下し、サンドワームがガラス地帯に飛び込んでいる映像が映っていた。

「……考えすぎだったか。」

……だが、なぜだろう。復元された映像には、ほんのわずかに“違和感”があった。

モニターを閉じ、彼は後頭部をかきむしる。
そして、小さく呟いた。

「おかしい。だが、“おかしいと断言できない”……それが、いちばん厄介だ」

彼の言葉はログに記録されることもなく、コンピュータールームの冷たい蛍光灯の下に、音もなく溶けていった。
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