スターライトパレード

木風

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第二巻 Dear You

第4話「閉ざされた扉とテレビの向こう」

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「クラシックを捨てるなんて許さない。あなたは“本来の道”に戻るべきよ」

ポロポロと涙があふれる。
私は……キラキラしたみんなの姿を、近くで見たくて……

「友達なら、向こうでもできるわ」
「ちが……っ……!」

ママが手を伸ばす。

「スマホ。寄越しなさい」

おずおずと差し出すと、ママは電源を落とす。

「ネット環境も止めるわ。食事は届けさせるから。向こうに行く日まで、家から出ることは許しません」
「ママ、お願い……ママ、聞いて……!」

スマホの電源を落としたママが真っ直ぐ私を見る。
あぁ…ダメだ…誰よりも音楽に誇りを持っているママ…
私が説得なんてできる気がしない…

「聞かないわ。聞いた結果が今なんでしょう」

ママが背を向ける。

「今日の夜は一緒に食べましょう」

……食欲なんて、あるはずがないのに。

「パパに連絡してくるわ。部屋で待ちなさい」

リビングの扉が閉まる。 こんなにも重く、冷たい音だったなんて……

……

「冷めるわよ」

湯気の消えかけた料理を見ながら、ママが淡々と言う。

両側に挟まれたパパは、箸を持ったまま固まっている。
誰も悪くないような顔をして、それでも誰ひとり笑っていない。

料理は、明らかに美味しそうだった。 けれど、何を口にしても味なんてしない気がした。
食事なんて、進むわけがない。

個室の照明は落ち着いていて、障子越しに見える庭は月明かりに照らされている。
音もなく整えられた畳の上に、静かに料理が運ばれてくる。
一皿ずつ、まるで展示品みたいにきれいな見た目。
お吸い物からは、どこかで嗅いだことのある、秋っぽい香りがしていた。

「やっぱり日本の料理は繊細ね。素材の持ち味がちゃんと引き立ってるわ」

ママは、わざとらしくもない調子で言う。
でもその言葉は、どこか遠くから聞こえているような感じがした。

「……あら、仕事の電話が……ちょっと出るわね」

ママが席を立ったタイミングを見計らって、私は口を開く。

「パパ……ママを説得して。私……」
「……奏はママに、ちゃんと気持ちを話した?」
「無理だよ……全然……そんな雰囲気じゃなくて……」
「奏……パパは、いつも奏の味方で、ママと同じように奏を応援しているつもりだよ?」

……『shooting stars』のとき、契約関係のことはパパが全部やってくれた。

「がんばれ」って、あのときは言ってくれたのに……

なんで……今、味方してくれないの……!?
作曲したいっていう私の気持ち、応援してくれないの……?
初めてコンクールで倒れた日のことを思い出す。
あの日、ママは地方公演の本番を控えていたはずなのに、すぐに病院に駆けつけてくれた。

「奏……!大丈夫!?」

気がついたら病院のベッドの上で。
何が起きたのかわからないまま、ママの顔を見た瞬間、安心して……

「マ……マ……私……うわぁぁぁぁあん……!!」

声にならない嗚咽と一緒に、ママに抱きついて泣いた。
その後、教室に行っても、最初は見学者がいるだけで鍵盤に手を置けなくなり……

「大丈夫よ……弾けてるわ……大丈夫……」

次第に先生が隣にいるだけで弾けなくなっていった。

「ゆっくり……落ち着いて……上手……大丈夫だから」

ママは仕事を全てキャンセルして、私のそばにいてくれた。
大好きなヴァイオリンを弾くママの手。
優しくて、あたたかくて、すごく綺麗な手だった。

ママがいてくれるだけで大丈夫、そう思っていたのに……

「イップスのようなものでしょう。心因性なものが原因ではないかと……」

病院でも、原因ははっきりしなかった。
治療法が具体的にわからないまま、私はママとパパの前でも弾けなくなってしまった…

「……!!!どうして……!奏が……可哀想よ……あんなに……っ あんなにピアノが好きな子なのに……!!」
「……薫さん、落ち着いて……奏は大丈夫だよ……」
「今までの……今までの奏の努力と才能が……っっ!!!」

私に気づかれないように泣くママを、パパが支えていた。
ママが予定していた公演をすべてキャンセルしたと知ったのは、それから間もなくのことだった。

……私は、ママのために、何ができるんだろう。
答えが出せないまま時が流れていったある日、

「奏……ママに、フランスのオーケストラから常任の話が来たんだ。奏は、どうしたい?」

どうしたい……?
私はどうしたいんだろう……そんなのわかっている。

私が「一緒にいてほしい」と願ったら、きっとママは全ての仕事を捨ててしまう。
ヴァイオリンすら……きっと捨ててしまう。

……私は、ママのヴァイオリンが、世界で一番大好き。

「……1人になりたい。でも……ピアノとは、離れたくない……」
「……そうか。うん。パパの方で準備をするから。奏は、何も心配いらないよ」

その言葉と一緒に、パパが私の手を握ってくれた。
ママとは違う、少し大きくて、ごつごつしてて、でもそれ以上にあたたかい手だった。

そしてママがフランスに発つ前日……

パパは、私をとあるマンションに蓮れて行ってくれた。

好きなインテリアでまとめられた部屋。
1部屋は完全防音仕様で、中央には、家で使っているのと同じグランドピアノ。

「奏……」

ママがそっと抱きしめてくれた。

「大好きよ。奏が……奏のピアノが、世界で一番大好きよ」

……

「……あら、全然食事が進んでないじゃない」

ママが戻ってきた途端、空気がまた重くなる。

何度も来ていたはずの店なのに、食事の味は全くしなかった。
家族での久しぶりの食事も、ただ黙々と終わっていく。

部屋に戻ると、ママが言った。

「ママは明日からのリハのためにホテルに戻るわ。くれぐれも、言ったことは守るように」

ネット回線は抜かれ、インターフォンの応答も切られた。 ドアを開けていいのは、定時に届く食事の時だけ。

「一人なら弾けるんでしょう?練習は、しっかりしなさい」

玄関のドアが閉まる。 もう、二度と開かないような音がした。

……

それから数日。

学校にも行かず、部屋にこもりきりの生活。
こんなにも時間が経つのが遅いなんて…

ママの手によって、Wi-Fiの回線も、みんなにもらったPCのLANケーブルも切られていた。
私よりも機械に疎いと思っていたのに……

「今日は……何しよう……」

ヨーグルトを食べながら、ぼんやりと考える……

だって……何か考えないと…… TV観てたら……!!!
ずっとスターライトパレードのみんなが出て来るんだもん!!!

番組が終わったらピアノに触れる……また別の番組を見る…… そんな生活をもう、3日も繰り返していた。

昨日なんて、椿さん主演のドラマを真面目に見てしまった。
サスペンスなのに、冒頭数分でラブシーン。
椿さんが泣きじゃくるヒロインを抱き寄せ、自然に唇を重ねる。

「ひゃっ……えっ……!?」

思わず変な声が出て、ソファのクッションを抱えて顔を隠した。
でも気になって、上目遣いで画面を覗いてしまう。

キスしたままの角度が絶妙すぎて、椿さんの睫毛が長すぎて…… 手の位置が反則すぎる……!!

「無理、無理、無理……し、しんど……!」

普段の飄々としている椿さんのあんな表情が見れるなんて……
主題歌も、ドラマの雰囲気にぴったりで。 弦の緊張感……あれはピアノじゃ出せない。

私にも、ああいう音、作れるのかな。

……シリアスな曲、まだ作ったことがないな。
……やってみようかな。

目を閉じると、ふっと浮かんだのは……ママのヴァイオリン。

……ダメだ。

ダメだ…ママを思い出すと現実に戻ってしまう。
今の現状をどうしたらいいのかわからなくなってしまう……

気を紛らわそうとテレビ番組表に視線を戻す。

今日はこれからお昼のバラエティと、あ、あと歌番組には全員で…
他は……夜と深夜にもバラエティ番組……
全部、観る気でいる自分に、少し笑ってしまう。

……みんなに、会いたいな。

……

ケータリングのご飯が届く頃、スターライトパレードが出演する歌番組が始まった。
あまり他のグループをちゃんと見たことがなかったけど、今日はなんだか目が止まった。

『mignonの皆さん、新曲「灯」を披露していただきました!』

『沙羅さん、昨年のドラマ「キスの記憶」では、スターライトパレードのセナさんとも共演されていましたよね?』

え……今、セナ君の名前……?

『現場ではどういった雰囲気でしたか?』
『ふふっ……あの時、私、誕生日が撮影中だったんですけど、セナ君がサプライズでプレゼントくれたのが印象的で』
『いや、沙羅さんが主演だったので。主役の誕生日は、盛大に祝うのが礼儀かなって』

黄色い歓声と、画面に映る仲の良さげな2人。

……何、その距離感……

「そんなに女慣れしてたら、今ここにいねぇよ」

って、言ってたじゃん……

「……嘘つき……」

…普段アイドルのセナ君は見慣れてるはずのつもりなのに…
可愛い人の前じゃあんな顔するんだ。
なんかーー、無駄にキラキラさせて…!
王子様みたいな笑顔しちゃってさ!!

ドラマは観てないけど、タイトルからして絶対イチャイチャしてるのが伝わってくるんだけど!?
これからみんながパフォーマンスするのに、私は思わずテレビから離れ、PCの椅子に移動する。

テレビからは『shooting stars』が流れる。

セナ君が選んでくれたMac。 その縁をなぞりながら、今まで彼に触れられた場所を思い出す。
腕、手、耳、おでこ、頭……そして……唇。
テレビの中、別の女性を見て笑うセナ君の姿。

「私にも……もっと触れてくれても、いいのに……」

……あれ!?
なに今の!?

思わず口にした言葉に、自分で驚いて髪の毛をぐしゃっと握る。
窓に映る自分の姿。

さっきテレビに映ってたあの子、可愛くて綺麗だったな……
スタイルもよくて、髪もサラサラで、肌も綺麗で、目が大きくて、まつ毛も長くて。

セナ君と並んで、すごく似合ってた。
美男美女ってまさにこんな感じなんだろうって…素直に思った。

私とは、全然違う。

……みんな、どんな人と恋をしてきたんだろう。
あんなに華やかな世界で、可愛くて綺麗な人と出会って、ドラマで恋人役なんてしたら……
……好きになったり、しないのかな。

初恋すら知らない私は、やっぱりテレビの向こうの人間なんだと、改めて思い知った。
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