金色アンダンテ

弥生なぬか

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3 金色の応援

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仕事の帰り道はお気に入りだ。政令指定都市に隣接するとは言え、この街は自然が豊かだからか、夜の星に手が届きそうだ。雲のない日なんて天の河が降ってきそうだ。今日は、特にアルタイルが明るい。両親とも夜道が暗いから、駅まで迎えに行くとか、タクシーで帰ってこいとか心配している。確かに今さっきすれ違った学生?からこちらをジロジロ見られてる気がしたけど。でも目の焦点がさだまっていなかったから、私を見てたわけじゃないかもしれないし。まあ一緒にいたカップル?の女の子に怒られてたし。とにかく、身の危険を感じた事はない。星を見ながら家に帰るのは楽しみの1つなんだから、やめられないよ。
まぁ、最近はそれだけが理由ではないのだけれど。
今日はもしかしたら三等星まで見えるかもしれない。


ただいま。
ジャラッと鍵をシューボックスの上に置く。鍵の定位置だ。少しむくんだ脚をパンプスから引っこ抜く。ヒールは高い方が脚が綺麗に見えるから好きだけど、とりあえず爪先と土踏まずが痛い。だから職場ではヒールの低いものに履き替える。
洗面所で手洗いうがいをしていると、
「おかえり。」
母がリビングのドアを開けて顔をのぞかせる。
ドアの隙間からは野球中継の声がもれて聞こえる。
「夕食はまだなんでしょう。何か食べる?」
「うん。食べる。荷物置いてくるね。」
スプリングコートを腕にかけ二階に上がる。ベットの上に持ち帰りの仕事が入った鞄を置くとその部分が3~4センチメートル沈んだ。こんなに持って帰ってきてもどうせやらないんだけど。つくづく自分は貧乏性だと思う。ドレッサーの鏡を見ながら金色のピアスを外して切子ガラスのグラスにシャランと滑り落とす。髪を束ねたヘアクリップを外して、クローゼットを開く。仕事から帰ってきて圧迫感のないルームウエアに着替える時間も好き。スーツという鎧を脱いで本当の自分に戻ることができるから。手早くスーツをハンガーに吊し部屋を出る。
と、向かいの部屋のドアが少し空いている。ドアには木彫りのネームプレートが主人の不在を示すように下がっている。一文字ずつ触ってみる。さ・お・り。ドアノブに手を置くとシルバーの色味のイメージと違って温もりがあるように感じる。ドアをゆっくり押し開け、部屋の中を覗くと、廊下のライトの光が、ドアの隙間と足の間をぬって部屋の奥をまっすぐ照らす。部屋の一番奥にあるベッドのサイドテーブルの上には、写真立てが置いてある。姉妹でのツーショットや家族で箱根に行った写真の姉の耳には金色のピアスが似合っていた。その後ろには金色のブリキ缶が鈍く反射していた。あれはさおりの写真入れだ。
「しおり!ご飯できたよ。おいで。」
下階から母の呼び声で、ふと我にかえりドアを閉め、階段を下った。
後であの金色のブリキ缶開けてみようっと。

「仕事はどうだ?」
見ていた野球中継を消して、右手にグラス、左手に缶ビールを持ち、リビングのソファーからダイニングのテーブルに移ってきた父が尋ねてきた。
「うん。慣れてはきたけど、その分任される仕事も多くなってきたよ。」
いつしか食べられるようになったピーマンを口に入れながらこたえた。母が肉詰めにしてくれたからかな。
「いいことだ。」
「お父さん!こんな遅くまで働きっぱなしで何がいいもんですか。そもそも、お父さんはいつもしおりの味方なんですから。そして私ばっかりが小言言わなくちゃいけないようになってるんです。わかってますか?」
ふふふ。いつもと同じパターン。この二人はこれを何百回、いや何千回繰り返してきたのだろう。
実は、仕事は微妙。任される仕事も多くなり、複雑になる。それに伴ってミスをすることも増えてきた。ミスの無いように確認を丁寧にするほど、時間もかかる。今日も仕事が遅くて上司に迷惑をかけた。上司や同僚はいい人ばかりで、仕事が遅くてもミスをしても笑顔で対応してくれる。それが余計に自分の無能さを突きつけられているように感じる。その自己嫌悪を、最寄りの駅から家まで歩く夜空に発散しているのかもしれない。
「まあ。しおり。なんだ…。がんばれ。」
そういうと父は、また、右手にグラス、左手に缶ビールを持ち、リビングのソファーへ退散し、野球中継の見出した。あっ。逃げたな。お父さん。全くかわいいなあ。と思っていると、
「全くもう。いつも都合が悪いと逃げんるんだから。お父さん。」と、お母さん。プンスカ怒っているお母さんもかわいい。
「しおり。お風呂も沸いてるからゆっくり入りなね。」ありがとう。二人のおかげで明日からの仕事もまた頑張れるよ。
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